上 下
151 / 211

アイデンティティ

しおりを挟む
「レプリカントだって、必死で生きたんだ。
 たとえそれが間違った結論だって、必死に生きて考えた結果なんです。それが……オリジナルが生きているから、レプリカントは見捨てて良いだなんて」

 ターニーは眉間に皺をよせ、クラリスを睨みつける。その眼差しに普段の敬愛の色はない。

「オリジナルだから尊くて、レプリカントだから価値がないだなんて……でも、確かにそうなのかもしれない。
 僕も同じだ。
 クラリス様が戯れに作った自動人形……でも、そんな僕にだって譲れないものがある」

 かちゃかちゃかちゃと音がした。それは、アルテグラが彼女の骨だけの手で拍手をしている音だった。

「素晴らしイ!」

「あ、アルテグラ、なにを……?」

 アルテグラはクラリスの方には一瞥もせず、ターニーの方だけを見て話す。骸骨であるためその表情を伺い知ることは出来ないが、彼女が大変に興味をそそられたことだけは分かる。

「私は、長年『人間とは何なのか』をテーマに研究を続けてきました……」
「すいません、時間がないので手短に」
「あっハイ」

 一瞬で「長くなる」と判断したターニーは結論を急がせる。

「もし、あなたがクラリスさんの魔石を回収できたのなら、無償で彼女を復活させることを約束しましょウ。さあ、あなたが欲することを為すといいデス!」
「なっ、勝手なことを!!」

 ターニーの瞳にはもう迷いの色はない。まだ何やらやり取りをしているマッピとセゴーの方を見ながら呟くように言う。

「これは僕がやらなきゃならないんだ……マッピさんは今もああやって危険も顧みず時間稼ぎをしてくれている」

「いや、それは……どうなんでしょうネ……?」

 首を傾げるアルテグラを差し置いて、ターニーはクオスの方に走り出した。

「い、行っちゃダメ! ターニー! こ、これは命令よ!!」

「おっと、そうはいきませんよ」

 ターニーの体に飛び移ろうとしたクラリスをアルテグラが止めた。

「ターニー君は今、自己同一性を確立して、自らの意思で、あなたの命令を無視して自らの為すべきことを為そうとしてるんデス。親に出来るのはそれを見守る事だけデス」

 クラリスはなんとかしてアルテグラの拘束を解いてターニーを追いかけようとするが、しかしアルテグラはそれを許さない。いくら運動神経の鈍いアルテグラと言えども一度捕まえた人形を手放してしまうほど間抜けではない。

「驚きましたヨ。まさか人間ですらない、自動人形オートマタがこんな『意思』を見せてくれるなンて」

「放して! 今あなたの『研究』なんてどうでもいい!! あなたは『人間』を知りたいだけでしょう!?」

「分かりませンか?」

 アルテグラはクラリスの向きを変えて、自分に正対させた。

「彼は今、『人間』になったんですヨ」
 

――――――――――――――――
 

「だから! あんたの根性が足りないってのよ!!」

「そんなこと言われても……」

「普通にやれば掴めないわけないでしょうが!! あんた私の貧乳をネタに笑い取るためにわざと落としたんじゃないの!? ぶっ殺すわよ!!」

「いや……そんなつもりは……ん?」

 私に怒られて平身低頭していたセゴーが何かに気付いて振り向く。私もそれにつられて視線をやると……ターニー君が走ってる。一体何を……?

 あの方向は、まさか、クオスさんの遺体を回収しようとして? まだ諦めていなかったの?

「何をするつもりだ!!」

 あっ、まだ説教の途中だったのに!! セゴーは理由も分からずとりあえず動きを見せたターニー君の方にうぞうぞと触手を動かして移動する。このヤロウ、説教から逃げるいい口実を見つけやがったな! 逃がすもんか!!

 触手のくせになんて速さだ。私は全く追いつくことができずに、ターニー君の方に移動するセゴーを見ている事しかできなかった。

「クオスさん! ……よかった、目立った損壊はない」

 クオスさんの遺体を確認してホッと一息つくとターニー君はすぐに彼女の遺体を担ぎ上げてアルテグラ達の元に戻ろうとする。しかしそれを巨大な影が遮った。

「俺を無視すんじゃねぇッ!!」

 セゴーの触手がクオスさんを担いだターニー君に叩きつけられ、彼はまるで糸の切れた操り人形のようになぎ倒された。

 いや、実際になのだろう。

 もはや彼の体は腰から下が粉々に砕け散り、クオスさんの体を守ることもできず、力ない瞳でセゴーを見上げるだけ。

「なんだこの女の死体は……? の気配を感じる……」

 そう言ってセゴーは触手で以てクオスさんの体を持ち上げる。凹凸があるので把持しやすいんだろうか。

「や……やめ……」

 精一杯の力で声を絞り出すターニー君。しかしその懇願をあの自分勝手な男がきくはずもない。セゴーは口から触手を伸ばし、クオスさんの体を飲み込んだ。

「何やってんだセゴー!!」

 クオスさんの体を飲み込んで動きを止めていたセゴーに私が飛び蹴りを喰らわすが、当然その程度の事、今のセゴーには痛くも痒くもない。

「おお……力がみなぎってくる……

 さっき俺のレプリカントを食ったと時もそうだったが、魔石には何か力があるのか……」

 自分の体を主張するように、うねうねと触手を動かすセゴー。ずずいと体がまた一回り大きくなったように見える。

「あ、アレ……? なんか、さっきと雰囲気が、違うような……」

「……小娘、アルグス達はどこにいる」

「そ、それを聞いてどうするつもりなの……? っていうかあなたの最終目的って?」

「ふっ、ふはは、目的か……?」

 セゴーは天を仰ぎ、両手で自分の顔を覆った。笑い声はやがて後悔のうめき声となり、そしてすすり泣くような声に変化していった。

「ああ、俺にはもう……生きる目的なんぞ何もない。こんな体で、モンスターになって、いったいどんな夢を語れというのか。体が変容すれば、やがて精神もそれにふさわしいものになっていくのを感じる。俺はいずれ、本物のモンスターになるだろう」

「あ、本人的にはまだモンスターじゃなかったんだ」

「その前に、気に食わない奴らを片っ端から殺してやる。七聖鍵、メッツァトル、俺の邪魔をしたやつらは、許さん」

 逆恨みもいいところだけど、しかし既にこの場を支配しているのは暴力なのだ。そこにはすでに法の支配も論理の正しさも及ばない。

 私はそろりそろりと後ずさりして、一気に駆け出す。私自身セゴーのターゲット、メッツァトルの一員なのだから。

 しかし既に化け物と化したセゴーはそれを逃がしたりはしない。今度は確実に一撃で私を始末するべく触手を振り上げ、そして打ち下ろす。万事休すかと思ったけど、しかしすんでのところで轟音をたてながら何かが飛来する。

 暴風を纏った何か。それが触手を消し飛ばしたのだ。

「こ……この技は……見たことがある
 クオスさんのヴァルショット!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...