上 下
138 / 211

判断が早い

しおりを挟む
 全力で走り続けて、ようやくティアグラの屋敷の入り口が見えてきた。ついさっきまで私とアルグスさん達がいた場所。さっきと同じく、数は随分減ったが人だかりができたままだ。
 
 そしてその中心には……ティアグラと対峙する……ん?
 
 私は足を止め、息を整えながら目をこする。てっきり逃げ遅れたドラーガさんがティアグラの私兵につかまってるんじゃないかと思ってたんだけど……いや、状況はまさしくそれに近い状態なんだけれども。
 
 私はもう一度目を凝らして屋敷の入り口を見る。
 
 そこには、ドラーガさんが……
 
 土下座していた。
 
 何故斯様なことに。
 
 も、もうちょっと近づいて声の聞こえるところまで行ってみよう。
 
「な……何のつもりなのドラーガ……」
 
 そりゃそうよね。ティアグラも戸惑うよね。私も始めて見た時は度肝を抜かれたもん。
 
「お願いしますティアグラ様ぁ!!」
 
 一応……まさかないとは思うけど衛兵に囲まれて助かりたいから寝返るってんじゃないよね?
 
「どうか一言、たった一言でいいんでクオスと話をさせてください!!」
 
 ドラーガさんが、自分のためじゃなく仲間のために頭を下げている……不覚にもこれにはちょっと胸に来るものがあった。
 
「呆れたわ……あなたプライドってものが無いの? Sランクパーティーのメンバーともあろうものが、こんな簡単に頭を下げるなんて」
 
 ドラーガさんはティアグラの言葉に頭を上げた。そして真っ直ぐ彼女の目を見て話しかける。
 
「俺にとっては……何物にも代えがたい、大切な仲間なんだ。その仲間のために頭を下げることが、そんなにおかしいことか?」
 
 なんか……込み上げてくるものが。
 
 いや涙とかじゃない。言い直すと、胃の内容物が込み上げてきそうな感覚。
 
「反吐が出そう」ってやつだ。
 
 あの人はたとえ何があろうともあんな綺麗事を言う人じゃないし、むしろそういう綺麗事を何よりも嫌う人だ。仲間を大事に思ってる、というのは本当だろうけど。
 
「お願いだ、たった一目、あわせてくれるだけでいい。この通りだ!」
 
 そう言って頭を下げて地面にこすりつける。
 
 はは~ん、なるほどね。分かったぞ。この土下座はティアグラに向けてのアクションじゃない。
 
 もちろん願いが聞き届けられれば言うことなしだけど、ティアグラがそんな甘い奴じゃないことはドラーガさんもよく分かってる。
 
 この土下座は、レタッサさんはじめ周りの人に見せるためにやっているんだ。仲間のためにプライドをかなぐり捨てて懇願するSランクパーティーの賢者というものを見せることでティアグラの取り巻きを切り崩しにかかっている。
 
 事実レタッサさんは戸惑いの表情を隠せていない。
 
「ふふ、Sランクパーティーの風上にも置けない腰抜けね。そんなだから仲間に逃げられるのよ」
 
 ティアグラは分かってないな。周りの人は見てるよ。「もし自分が同じように危機に陥ったなら、この『聖女様』は同じように頭を下げて自分の事を助けてくれるだろうか」って。
 
「あなたみたいな半端者にはその姿がお似合いね」
 
 そしてティアグラはすっと右足を差し出す。
 
「もしどうしてもお話を聞いて欲しいなら、私の靴をお舐めなさいな。それができるなら」
「よろこんでぇ!!」
 
 こいつ……
 
 ノーモーションで靴舐めよった……
 
 プライドないのか。
 
「ひっ! やめっ、気持ちわるっ!!」
 
 ティアグラはべろべろと靴を舐めまわされて慌てて後ずさりして逃げた。
 
 これはぁ……アレちゃうかな? 逆効果ちゃうかな? やりすぎちゃうかな?
 
 衛兵達もドン引きしてるし、私もしてる。
 
「舐めたから……クオスに」
 
 マイペースだなドラーガさん。
 
「ざ、残念ね! クオスはもうここにはいないわ!
 
 その瞬間。
 
 目を疑った。
 
 ドラーガさんが土下座の姿勢のまま、衛兵たちの足の間をゴキブリの様に這ったままカサカサと移動して彼らの輪の中から脱出したのだ。
 
「気持ちわるっ!!」
 
「逃げるぞマッピ、ここはもう用済みだ」
 
 ひっ、喋った!
 
 っていうか私がいることに気付いてたのか。
 
 相変わらず異常に判断の早いドラーガさん。ティアグラと衛兵たちはあまりの唐突な展開と異様な動きに対応できずにぽかんとしている。確かに逃げるんなら今の内。私とドラーガさんは走り出した。
 
「クオスが確かにここにいて、そして現在はいないことが確認できた。アルグス達のいる場所は分かるんだろうな!」
「もちろん! でも、まだ同じ場所にいるかどうか……ただ、最終目的地はムカフ島です!」
 
 逃げる私達を視線で追うティアグラの顔は、笑っているように見えた。
 
「ふふ、どこに向かうつもりかは知らないけれど、目的地にたどり着く前に仕留めてみせるわ」
 
 
――――――――――――――――
 
 
「うう~、わ、私がドラーガを助けに行かなきゃいけなかったのにぃ~」
 
「だ、大丈夫、ドラーガならきっとマッピが見つけてきてくれるから」
 
 悔しがって涙を見せるイリスウーフをアンセが慰める。
 
「ち、違うんです、私、皆さんに助けてもらったのに全然恩返しできてなくって……」
 
 二人のやり取りを見ながらアルグスは周囲を警戒する。周りには低めの塀とごみごみした街並み。スラムとまではいかないがあまりお上品な区画ではない。正直彼自身もあまり立ち入ったことのない場所だ。
 
「クオスの事もそうだし、困ったときは仲間なら助けあうものさ」
 
 喋りながらも警戒は怠らない。
 
 今はパーティーの哨戒を一手に引き受けていたクオスもいないのだから。
 
 それにしても大分追っ手の数も収まってきた。
 
「このまま無事ムカフ島まで逃げ切れるのかしら……?」
 
 アンセが不安そうにそう呟くが、しかし目的はムカフ島まで逃げ延びることではないのだ。アルグスはふと思いついて二人に相談するように小さな声で話しかける。
 
「なあ……僕達もティアグラの屋敷に引き返してみないか?」
 
「えっ!? 何を言い出すのよアルグス!!」
 
 今そこから逃げてきたのにまた引き返す。その真意が読めなかった。しかしアルグスが言っているのはもちろんまた正面から訪ねて行くという事ではない。
 
「今ティアグラの第一の目的は僕達を探し出して捕縛、又は殺害することだ。そのために町に大勢の追っ手を放ってることだろう……付近の奴らはあらかた排除したが」
 
「まさか、屋敷は手薄になっている、とか……?」
 
 イリスウーフがおずおずと尋ねる。アルグスはそれに黙ってこくりと頷いた。
 
「こっちが攻撃された側だからこういう言い方はおかしいけど、波状攻撃を仕掛けるんだ。僕達三人が力を合わせれば、きっとティアグラも倒せるはず。その隙に……」
 
 その隙に……必ずクオスを探し出し、助ける。
 
 その言葉を継ごうとした時であった。
 
 やはり冒険者の性か、気を抜いているように見えても緊急性を感じさせる音には優先的に反応する。
 
 高い位置から聞こえてきた風切り音に振り向き、即座に盾をかざし、矢を弾く。
 
「敵襲だ! 弓使いの!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

あなたに何されたって驚かない

こもろう
恋愛
相手の方が爵位が下で、幼馴染で、気心が知れている。 そりゃあ、愛のない結婚相手には申し分ないわよね。 そんな訳で、私ことサラ・リーンシー男爵令嬢はブレンダン・カモローノ伯爵子息の婚約者になった。

処理中です...