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アフターケア

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「どう? もう落ち着いたかしら?」 

 三十代くらいの、まさに女盛りと言った風体の金髪の女性。

 この館の主、“聖女”ティアグラである。

「こんなに部屋を暗くしていたんじゃ気分も落ち込んでしまうわ。カーテンを開けるわよ」

 シャッとカーテンを開けるとまばゆい光が入ってきて部屋の中を照らす。外は昼間のようである。

 陽の光によって浮かび上がったプラチナブランドの少女。美しいが、しかしか細く、その表情には覇気が感じられない。椅子には座らず、部屋の端にうずくまって座っている。

「あら、ごはんにも手を付けていないのね。いけないわ。せっかく新しい人生を手に入れたっていうのに、このままじゃあなた死んでしまうわよ」

 ティアグラは笑顔を引っ込めて眉根を寄せ、少し悲しそうな表情を見せる。しかし彼女を無理に立たせるようなことはせずに、床に跪き、寄り添う様に肩に手を乗せてから、優しく抱きしめた。少女は成すがまま。相変わらず生気の感じられない顔ではあるが、しかし抵抗もしない。

「大丈夫、何があっても……たとえ世界の全てがあなたを非難したとしても、私はあなたの味方よ」

 耳元でそう囁いて、ゆっくりと少女の背中を撫でた。

「……私は……情けをかけられるような人間では……ありません。罪深い、救われない人間なんです……」

 ようやく発された少女の言葉は、自身を卑下するようなものであった。ティアグラは今度は強く彼女の身体を抱きしめた。

「罪を犯したことのない人間なんていないわ……それは私だって同じ。
 あなたの罪を本当の意味で赦してあげられるのは、あなただけなの」

 そう言ってしばらくは泣き出した少女の背中をティアグラは撫でていたが、やがて立ち上がって、優しい笑みを見せた。

「今はまだ心の整理がつかないかもしれない、それができるようになるまで、いつまででもここに居ていいのよ……でも、ご飯は食べてくれた方が、私も安心できるかしら」

 そう言って困ったような表情で柔らかい笑みを見せる。

 話し終わるとティアグラは部屋のドアのところまで歩いていき、ドアに手をかけてから再度少女の方に振り向いた。

「自分を大切にしてね」

 そしてドアをゆっくりと閉めながら、言葉を続ける。

「じゃあね、クオス」


――――――――――――――――


「どうでしタ? クオスさんの様子は」

「お姉様……」

 ドアを閉めてティアグラが廊下に出ると、すぐそこには黒いドレスに身を包んでベールのついたトークハットを被った女性、七聖鍵のメンバーであり、彼女の実の姉でもあるアルテグラである。

 そのままティアグラは包み隠さずに部屋の中のクオスの様子をアルテグラに話したが、途中から様子がおかしくなった。

「じゃあ、メッツァトルは、クオスさんが裏切ったことに気付いているっていうのね?」

「?」

 アルテグラは首を傾げる。それもそのはず。メッツァトルの話など彼女はしていない。話の流れと無関係に、突然ティアグラが話し出したのだ。

「彼らがクオスさんをどうするつもりなのかは分からないけれど、しばらくは私達が保護した方がよさそうね。彼女は私達が守ってあげなくっちゃ」

「……どういう? 私はメッツァトルの話なんて……」

 アルテグラが聞き返そうとすると、ティアグラはにこりと微笑んで、無言で人差し指を立てて口の前に持ってきた。「黙れ」というサインだ。

 そのまま彼女はコツコツと廊下を歩き始めたので、アルテグラも訳が分からないままながら彼女の後をついていく。

「ここまでくれば充分よ。今の彼女は人間の身体だから、これだけ離れれば私達の声は聞こえない」

 アルテグラはようやく状況を飲み込んだ。先ほどの話はクオスに聞かせるためにしていたのだと。メッツァトルが敵対的だとほのめかすようなことを呟いて、さらに恩を着せるような発言をする。

 おそらくはこれからもそれを繰り返し、少しずつメッツァトルがクオスを憎んでいるような内容に傾けていき、不自然にならない程度に「そこから自分が彼女を守っている」ような情報を聞こえるか聞こえないかの距離で投入していくのだろう。

 思わずアルテグラは感心する。あまり他人の感情の機微に鋭くない彼女にはとても真似できない芸当だと恐れ入ったのだ。

「ねえ、そんな事よりお姉様、私が使おうと思っていたのに、サリスの身体を黙ってクオスに使ってしまうなんてひどいわ」

「え?」

 最初、アルテグラは妹が何を言い出したのかが分からなかった。アルテグラからすると彼女の言動はいつも前後のつながりが薄く、よく言えば自由なので内容を把握しづらいのだが、少し考えると彼女が何を言いたいのかが分かった。

「ちょ、ちょっと待って下さイ、ティアグラ、あなたの身体、まだ三十代前半だったでしょウ? あと二、三十年は健康に使えるはず……」

「あら、お姉様は『そんな身体』だから分からないのかもしれないけれど、最近目じりの辺りのシワとかが気になってきてるのよね……」

 そう言ってティアグラは小さな手鏡をどこかから取り出して自分の目元を確認している。

「で、でも、その体は未だ十年ちょっとしか使って……いくら何でも早すぎるというカ……」

「お姉様は黙って私達の言う事を聞けばいいのよ」

 そこまではティアグラは人当たりの良い、温厚な喋り方であったのだが、しかしその言葉はそれまでにない冷たい語調であった。

「誰のおかげで研究を続けていられると思っているの、アンデッドの分際で」

 そのこと自体に何か思うところがあるわけではない。正直言えばアルテグラは他人が自分に向けてくる悪意や忌み嫌う感情に対してあまり関心がない。そうでなければアンデッドになど最初からならないのだが。

 ただ彼女が感じたのは「せっかく命を捧げてくれた人物の身体を借り受けているのにもったいない」という気持ちだけであった。

「ねえ、この間イリスウーフへの襲撃を命じた冒険者にレタッサがいたわよね? あの子まだ二十歳前だったわよね。私今度はあの子がいいわ」

 また始まった……アルテグラが感じたのは、ただそれだけであった。妹の気まぐれは別に今に始まったことではない。そもそもレタッサの外見はティアグラが今まで好んでいた外見とは違うように感じられる。

「飽きちゃったのよね、この体。レタッサは栗色の毛に細身の筋肉質な体でしょ? ああいうタイプ今まで使ったこと無かったし、たまにはいいかな、って」

 まるで服でも着替えるかのように彼女は言う。実際彼女にとってはそのくらいの事なのだろう。「服を着替える様に」というのは言いすぎだとしてもせいぜいが「タトゥーを彫る様に」くらいの感覚なのかもしれない。

「まあ……どっちにしろ説得はお願いしますヨ。私はそういうの苦手ですから。
 じゃあ、私はこれデ……」

「あら、もう帰ってしまうの? お姉様。せっかくだから久しぶりに姉妹水入らずでお食事でもしようと思ったのに」

 他人の悪意には無頓着でも「面倒くさい」とは感じる。思わずため息をつきそうになるのをアルテグラはすんでのところで踏みとどまった。そんな事をすればこの妹は何倍にもして言葉で返してくるからだ。

 そもそもアルテグラが食事をとれないのはティアグラも知っているはず。とすれば始まるのは食事会というよりは彼女の独演会。ただひたすらに面倒くさい。

 そこまで忙しいわけではないのだが、しかしティアグラのとりとめもない愚痴を延々と聞いているほど暇でもない。

 「面倒くさいからお断りします」……などという答えがよくないことは流石に三百年も生きていれば彼女でも分かる。

「まあ、私の館の方にもケアが必要な人がいるんで、残念ですけどお断りします」

「ケアが?」

「ええ……クオスさんでス」
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