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ダブルジョパディ
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「クロスボウという武器がある。いわゆる弩だな。この武器は二百年ほど前に一般に広く知られるようになった」
冷静さを取り戻したデュラエスが滔々と語る。
「当初、引き金を引けば矢が発射されると一般には広く知られていなかったとしよう。当然これを人に向けて発射されても罪とする法がなかったとして、これをもって行った殺人が無罪となるだろうか?」
静まり返る聴衆。私達も、そしてドラーガさんもその問いには答えない。
「当然ならない。殺意を持って行った凶行が、その凶器が知られていなかったというだけで無罪となるはずなどないのだ」
「まあ……」
ドラーガさんが口を開く。よし、ドラーガさんのターンだ。一体どんな屁理屈で彼を言い負かすのか!
「それは一旦こっちに置いておいて……だ」
おおい!!
マジかよお前!! 荷物を脇に置いとくようなパントマイムしてんじゃねーよ!! 真面目にやれよ!! デュラエスも苦笑いだろうが!!
「あ、アルグスさん……?」
クオスさんが小声で、押し合いをやめて立ち尽くしてるアルグスさんに話しかける。
「これ、もしかして時間稼ぎなんじゃ……? もしかしたらこのくだらない会話をしてる間に刑場に近づいた方がいいんじゃ?」
「ん……? そ、そうなのか?」
アルグスさんが辺りを見回す。先ほどまで押し合い圧し合いしていた騎士団の男達も向きを変えて、アホづらさげて壇上に注目している。確かにチャンスと言えばチャンスなのかもしれない……でも。
「よし、一気に……」
「待ってください」
決意の炎を目に宿しかけたアルグスさんを……私が止めた。
「ごめんなさい、根拠はないんですけど、もう少しだけ待ってください」
そう。根拠はないのだが。
「ドラーガさんは、まだ『隠し玉』を持っています。……もう少しだけ、彼を信じてみましょう」
根拠はないのだが、私の本能が、もう少しだけ、彼を信じてみようと言ったのだ。彼の余裕の笑みに、何かありそうな、そんな気がしたんだ。
「確かに言ったな……? 『三百年前の裁判で決着がついている』と」
今度こそドラーガさんのターンが始まった。
「い、言ったからどうした」
「俺があんなしょぼい根拠でこんな町の外れくんだりまで出向いてきたとでも思ってんのか? おめでたい頭してやがんなぁ」
煽りに煽るドラーガさん。デュラエスのこめかみにはピクピクと血管が浮き出ている。
「はっきりと言おう。俺はその女、イリスウーフが無罪だなんて一言も言ってねえぜ? むしろ確かに有罪だと思っている」
ええええ? 何言いだすのこの人? 無罪だって言ってなかったっけ!? え? 言ってなかった? どういうこと?
イリスウーフさんの方を見る。てっきり彼女は信じていた人に裏切られたと、絶望の色を顔に浮かべているのだろうと思たのだけど……なんと彼女は、うっすらと笑顔を浮かべていたのだ。
「そしてもちろん、イリスウーフ自身も『有罪』だと思っている。『罪を償いたい』ともな」
なにを……何を言い出すの、この人は?
「その上で、この裁判と処刑は『無効だ』と言ってるんだ。分かるか?」
分からない。何を言っているのかさっぱり分からない。
「ふざけるな! 償いたいのならば、罪を償えばよい!! その首を地に落とすことでな!!」
もはや怒りの感情を隠すこともなくデュラエスが叫んだ。しかしそれでもドラーガさんは笑みを崩さない。
「だがもし、『すでに罪を償っている』としたらどうだ?」
その時確かに空気が変わった。
私達も市民も何が起きているのか、全く理解の範疇の外で思考が追いつかなかったけど、しかし確かにデュラエスの顔色が一気に蒼白になったのだ。
「首切り役人!!」
デュラエスが表情を一転、怒って……いや、あれは焦りの表情か? 首切りアーサーを呼びつける。
「何をしている! さっさと首を落とせ!! 令状はここにある!」
もはや最初の頃のような余裕はない。早く刑を執行しろと首切りアーサーにせっついている。ドラーガさんの言ったことはよほど触れられたくないことなのか。
「し……しかし」
「俺に逆らうか!! 貴様は黙って首を切ればよいのだ!!」
とうとう本性を現したというか……高圧的に、頭ごなしに怒鳴りつける。しかし首切りアーサーは斧を振りかぶろうとはしない。事態に対応できず、おろおろと戸惑っている感じだ。
そうこうしていると、ドラーガさんが二人のやり取りを無視して話し出した。
ぴっ、と人差し指を立てていつもの余裕の表情。「罪を償っている」とは一体どういうことか。
「法の原則ってのは他にもいろいろとある。そのうちの一つが二重処罰の禁止だ……」
ダブルジョパディ? 必殺技の名前みたいだけど。いったいそれは?
「何人たりとも同一の犯罪によって二度処罰されることがあってはならない」
「ぐっ……」
デュラエスがうめき声を上げる。なんとなく……私にもなんとなく分かってきたぞ。つまり、ドラーガさんが言っていたことは、そういう事か。
「お前さっき確かに言ったな? 『三百年前の裁判で決着がついている』、と」
ドラーガさんは懐からゴソゴソと何枚かの紙を取り出してそれを見ながら言葉を続ける。
「俺も気になったから調べてみたんだよ。当時の裁判記録やらなにやら、記録と名のつく物は片っ端からな。
結論から言うぜ。イリスウーフは旧カルゴシアの崩壊の件でたしかに三百年前に有罪判決を受けて、そして刑罰を受けている。ええと……どんな刑だったかな?」
そう言ってドラーガさんはイリスウーフさんに視線を送る。彼女は小さい声で「火口投下刑です」と答えた。そう、彼女は既にその件で刑の執行を受けているのだ。
当然と言えば当然。一度刑の執行を受けた人間が、同じ犯罪で何度も刑罰を受けるなどあり得るはずがない。法に詳しくない人間でも直感的にそれは分かる。ようやく私はドラーガさんの余裕の表情の根拠を知ることができた。
「ハイ、そういうわけで今っ度こそ解散! さあ~、娯楽の時間はお終いだ。お前ら帰った帰った」
「ま、待て! そんなことは認められん!」
しかしデュラエスは未だ諦めがつかないのか、必死でドラーガさんを止める。
「んだよ、この期に及んでまだ生き恥晒そうってのか? いいぜ、どこまでも付き合ってやるよ」
「ふざけるのもたいがいにしろ、『刑は執行された』だと? 現にイリスウーフはこうしてのうのうと生きているではないか! これでは被害者が報われん! その三百年前の無念をこの俺が晴らそうというのだ。市民達よ!」
デュラエスはドラーガさんではなく、市民達の方に向かって語り掛ける。
「お前達にも家族がいるだろう、愛する者がいるだろう。その者達が無残にも殺され、踏みにじられたというのに、当の犯人がのうのうと生きている。そんな無法が許されると思うのか? 許されていいのか!!」
とうとう情に訴えかけてきたのだ。もはやなりふり構わなくなってきた。
冷静さを取り戻したデュラエスが滔々と語る。
「当初、引き金を引けば矢が発射されると一般には広く知られていなかったとしよう。当然これを人に向けて発射されても罪とする法がなかったとして、これをもって行った殺人が無罪となるだろうか?」
静まり返る聴衆。私達も、そしてドラーガさんもその問いには答えない。
「当然ならない。殺意を持って行った凶行が、その凶器が知られていなかったというだけで無罪となるはずなどないのだ」
「まあ……」
ドラーガさんが口を開く。よし、ドラーガさんのターンだ。一体どんな屁理屈で彼を言い負かすのか!
「それは一旦こっちに置いておいて……だ」
おおい!!
マジかよお前!! 荷物を脇に置いとくようなパントマイムしてんじゃねーよ!! 真面目にやれよ!! デュラエスも苦笑いだろうが!!
「あ、アルグスさん……?」
クオスさんが小声で、押し合いをやめて立ち尽くしてるアルグスさんに話しかける。
「これ、もしかして時間稼ぎなんじゃ……? もしかしたらこのくだらない会話をしてる間に刑場に近づいた方がいいんじゃ?」
「ん……? そ、そうなのか?」
アルグスさんが辺りを見回す。先ほどまで押し合い圧し合いしていた騎士団の男達も向きを変えて、アホづらさげて壇上に注目している。確かにチャンスと言えばチャンスなのかもしれない……でも。
「よし、一気に……」
「待ってください」
決意の炎を目に宿しかけたアルグスさんを……私が止めた。
「ごめんなさい、根拠はないんですけど、もう少しだけ待ってください」
そう。根拠はないのだが。
「ドラーガさんは、まだ『隠し玉』を持っています。……もう少しだけ、彼を信じてみましょう」
根拠はないのだが、私の本能が、もう少しだけ、彼を信じてみようと言ったのだ。彼の余裕の笑みに、何かありそうな、そんな気がしたんだ。
「確かに言ったな……? 『三百年前の裁判で決着がついている』と」
今度こそドラーガさんのターンが始まった。
「い、言ったからどうした」
「俺があんなしょぼい根拠でこんな町の外れくんだりまで出向いてきたとでも思ってんのか? おめでたい頭してやがんなぁ」
煽りに煽るドラーガさん。デュラエスのこめかみにはピクピクと血管が浮き出ている。
「はっきりと言おう。俺はその女、イリスウーフが無罪だなんて一言も言ってねえぜ? むしろ確かに有罪だと思っている」
ええええ? 何言いだすのこの人? 無罪だって言ってなかったっけ!? え? 言ってなかった? どういうこと?
イリスウーフさんの方を見る。てっきり彼女は信じていた人に裏切られたと、絶望の色を顔に浮かべているのだろうと思たのだけど……なんと彼女は、うっすらと笑顔を浮かべていたのだ。
「そしてもちろん、イリスウーフ自身も『有罪』だと思っている。『罪を償いたい』ともな」
なにを……何を言い出すの、この人は?
「その上で、この裁判と処刑は『無効だ』と言ってるんだ。分かるか?」
分からない。何を言っているのかさっぱり分からない。
「ふざけるな! 償いたいのならば、罪を償えばよい!! その首を地に落とすことでな!!」
もはや怒りの感情を隠すこともなくデュラエスが叫んだ。しかしそれでもドラーガさんは笑みを崩さない。
「だがもし、『すでに罪を償っている』としたらどうだ?」
その時確かに空気が変わった。
私達も市民も何が起きているのか、全く理解の範疇の外で思考が追いつかなかったけど、しかし確かにデュラエスの顔色が一気に蒼白になったのだ。
「首切り役人!!」
デュラエスが表情を一転、怒って……いや、あれは焦りの表情か? 首切りアーサーを呼びつける。
「何をしている! さっさと首を落とせ!! 令状はここにある!」
もはや最初の頃のような余裕はない。早く刑を執行しろと首切りアーサーにせっついている。ドラーガさんの言ったことはよほど触れられたくないことなのか。
「し……しかし」
「俺に逆らうか!! 貴様は黙って首を切ればよいのだ!!」
とうとう本性を現したというか……高圧的に、頭ごなしに怒鳴りつける。しかし首切りアーサーは斧を振りかぶろうとはしない。事態に対応できず、おろおろと戸惑っている感じだ。
そうこうしていると、ドラーガさんが二人のやり取りを無視して話し出した。
ぴっ、と人差し指を立てていつもの余裕の表情。「罪を償っている」とは一体どういうことか。
「法の原則ってのは他にもいろいろとある。そのうちの一つが二重処罰の禁止だ……」
ダブルジョパディ? 必殺技の名前みたいだけど。いったいそれは?
「何人たりとも同一の犯罪によって二度処罰されることがあってはならない」
「ぐっ……」
デュラエスがうめき声を上げる。なんとなく……私にもなんとなく分かってきたぞ。つまり、ドラーガさんが言っていたことは、そういう事か。
「お前さっき確かに言ったな? 『三百年前の裁判で決着がついている』、と」
ドラーガさんは懐からゴソゴソと何枚かの紙を取り出してそれを見ながら言葉を続ける。
「俺も気になったから調べてみたんだよ。当時の裁判記録やらなにやら、記録と名のつく物は片っ端からな。
結論から言うぜ。イリスウーフは旧カルゴシアの崩壊の件でたしかに三百年前に有罪判決を受けて、そして刑罰を受けている。ええと……どんな刑だったかな?」
そう言ってドラーガさんはイリスウーフさんに視線を送る。彼女は小さい声で「火口投下刑です」と答えた。そう、彼女は既にその件で刑の執行を受けているのだ。
当然と言えば当然。一度刑の執行を受けた人間が、同じ犯罪で何度も刑罰を受けるなどあり得るはずがない。法に詳しくない人間でも直感的にそれは分かる。ようやく私はドラーガさんの余裕の表情の根拠を知ることができた。
「ハイ、そういうわけで今っ度こそ解散! さあ~、娯楽の時間はお終いだ。お前ら帰った帰った」
「ま、待て! そんなことは認められん!」
しかしデュラエスは未だ諦めがつかないのか、必死でドラーガさんを止める。
「んだよ、この期に及んでまだ生き恥晒そうってのか? いいぜ、どこまでも付き合ってやるよ」
「ふざけるのもたいがいにしろ、『刑は執行された』だと? 現にイリスウーフはこうしてのうのうと生きているではないか! これでは被害者が報われん! その三百年前の無念をこの俺が晴らそうというのだ。市民達よ!」
デュラエスはドラーガさんではなく、市民達の方に向かって語り掛ける。
「お前達にも家族がいるだろう、愛する者がいるだろう。その者達が無残にも殺され、踏みにじられたというのに、当の犯人がのうのうと生きている。そんな無法が許されると思うのか? 許されていいのか!!」
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