117 / 211
逆転裁判
しおりを挟む
(しまった……)
突如として刑場に現れたドラーガさん。市民たちに石打ちをされつつも、何とか死刑回避の流れを作っている……んじゃないんだろうか。ここまでは。後ろ手に拘束されていたイリスウーフさんも、呆然とした刑務官は手を放してしまっている。
(完全に騎士団投入のタイミングを逃してしまった……)
デュラエスも焦っているのが目に見える。
……とはいえ、ここからどうするつもりなのか。どうやってイリスウーフさんを助け出すつもりなのか。
「いいかボンクラども、今からこの裁判が無効だってことのいくつかの根拠を教えてやるから耳かっぽじって聞きな!」
しかしここからイリスウーフさんを無罪に出来る方法なんて実際あるんだろうか? 何しろ裁判は既に終わってしまって、刑の執行の段になっているというのに。
「その必要はない」
ホラやっぱり。デュラエスからの茶々が入った。いや、シチュエーションを考えるとドラーガさんの方が茶々なのか……デュラエスは一枚の紙を手にしてそれをドラーガさんの方に見せる。
「この通り死刑執行令状もある。ちゃんと肉筆の領主のサインもあるぞ。まさかこの令状が無効とは言うまいな?」
「ふぅん、どれどれ……」
ここまでさんざん難癖付けられただけあってデュラエスの方も万全だ。ドラーガさんはじっくりとその令状を覗き込んで確認する。ここからどうやってゴネるのか……
「なるほど、令状に不備はねえな」
ないの!?
「だったら……」
「まあ待て、処刑をするのは俺の話を聞いてからでも遅くねえぜ? これからお前らに法の何たるかをレクチャーしてやる」
相変わらずのドラーガさんの余裕の笑み。しかしその余裕は殺気だった市民達を煽るには十分だったようで、あちこちから不満の声が漏れる。
「ペッ、余計なお世話だぜ」
「オイお前!!」
その場に不満そうにつばを吐いた市民を突如としてドラーガさんが指さした。まさか自分が指名されるとは思っていなかった市民は一転恐怖に怯えた目を見せる。
「今唾を吐いたな? 明日の法律施行以降、公共の場で唾を吐くことは銀貨5枚の罰金刑に処される」
そんなの聞いたことない。市民もなにがなんだかわからず狼狽えている。
「……と、なった場合、今日唾を吐いたお前は明日から効力を持つ法で罪に問われると思うか?」
そんな筈がない。そんな無法が通るわけがない。当然市民も全力でぶんぶんと首を横に振る。
「はい、せいかーい。その通りだ。
いいか、よく聞け? 愚民共。お前らは『法』なんてもんは上が下を縛るために都合よく作ったものと思ってるかもしれねえがな……」
違うの? 正直私もそんなイメージを持っていたんだけど。ドラーガさんは壇上を歩き回りながら話す。これは多分、その場にいる市民全員、そして騎士団の男達にも語り掛けているという事だろう。この場は既にドラーガさんのステージなんだ。
「実際は全くの逆だ。上の人間は法に書かれている以上の事は出来ねえ。法ってのは上の人間を縛るためにあんのさ。但し、それには法をよく知らなきゃならねえ」
ドラーガさんは両手を広げ、少し前かがみになり、わる~い笑顔を浮かべて市民に語り掛ける。
「今日ここに来たお前らは幸いだ。法の専門家たるこの俺様のレクチャーが受けられるんだからな」
いつから専門家になったの? 確かに詳しいことは間違いないけど。しかし私の目にはドラーガさんの後ろで苦い顔をしているデュラエスが目に入った。
そうだ。これでデュラエスは騎士団投入の機会を完全に失った。聴衆がドラーガさんに聞き入ってるこの状況でもはや話を止めることなどできない。市民を味方につけ、場を完全にドラーガさんが支配した瞬間だったのだ。
「法は無秩序に作られるものじゃねえ。たとえば今の話が法のルールの一つ、『不可遡及の原則』だ。基本的に、作られた法は未来に向かって適用されるものであり、過去の出来事には適用されない」
おお、なんだか専門家みたいだ。
なかなか難しい言葉を使用しているからおそらく今の言葉は市民のほとんどには理解できないだろうけど、その前の市民とのやり取りから言っていることはなんとなく分かるだろう。
そしてそれは私がずっと抱えていた「違和感」を裏付けてくれるものだった。
つまり、三百年前にイリスウーフさんを捕らえてから作られた「人道に背く罪」……これは事件が起きてからイリスウーフさんを裁くためだけに作られた法であり、旧カルゴシアの町崩壊に適用されるのはおかしいんじゃないのか、という事だ。
「いいか? 今日処刑される予定だったイリスウーフ、その罪状は旧カルゴシアの町を滅ぼしたことだが、その根拠となる『人道に背く罪』とは事件が起きてから半年もたってから作られた法律だ……つまり、旧カルゴシアの町崩壊の事件には適用されねえ」
市民達から「おお」と、感嘆の声が漏れる。
そう、彼の理論で言えば、確かにイリスウーフさんは無罪なのだ。
「待て!!」
しかしこれを止めたのはデュラエス。七聖鍵随一の頭脳。
「その原則には例外がある」
え!? 原則に例外なんて認めたら際限が無くなっちゃうじゃん!!
「法概念の一つ、尋常法に於いてはそれより優先される物がある!」
原則よりも優先される物? 聴衆の注目は今度はデュラエスに注がれる。相変わらずドラーガさんは余裕の笑みを浮かべている。イリスウーフさんは不安そうな表情を浮かべたまま、死刑台の前で正座している。
「それは即ち、記録に記されるよりも昔、法整備がされる以前に慣習や常識、先例に基づいて裁判が行われていた時代。その『常識』に適う場合、新法の遡及が認められる」
んんん? ……どういうこと? よく分からない。誰か噛み砕いて。
「ほう、つまり『人道に背く罪』、イリスウーフのやったことはたとえ法に記されていなくても当然違法に決まってんだろうが、ってことか?」
ドラーガさんが翻訳してくれた。
「当然だ。たとえその時の人類に魔剣と虐殺の因果関係が認められなくとも、旧カルゴシアの虐殺は認められるものではない。それは三百年前の裁判で決着した内容だ。この女は『有罪』だ」
げ、逆転されちゃったじゃん。どうすんのよドラーガさん!
「ほほう……」
にやりと笑みを浮かべるドラーガさん。その不気味な笑みに私達も、市民も、そしてデュラエスでさえも恐怖を覚えた。
「確かに言ったな? 三百年前の裁判で決着した、と」
突如として刑場に現れたドラーガさん。市民たちに石打ちをされつつも、何とか死刑回避の流れを作っている……んじゃないんだろうか。ここまでは。後ろ手に拘束されていたイリスウーフさんも、呆然とした刑務官は手を放してしまっている。
(完全に騎士団投入のタイミングを逃してしまった……)
デュラエスも焦っているのが目に見える。
……とはいえ、ここからどうするつもりなのか。どうやってイリスウーフさんを助け出すつもりなのか。
「いいかボンクラども、今からこの裁判が無効だってことのいくつかの根拠を教えてやるから耳かっぽじって聞きな!」
しかしここからイリスウーフさんを無罪に出来る方法なんて実際あるんだろうか? 何しろ裁判は既に終わってしまって、刑の執行の段になっているというのに。
「その必要はない」
ホラやっぱり。デュラエスからの茶々が入った。いや、シチュエーションを考えるとドラーガさんの方が茶々なのか……デュラエスは一枚の紙を手にしてそれをドラーガさんの方に見せる。
「この通り死刑執行令状もある。ちゃんと肉筆の領主のサインもあるぞ。まさかこの令状が無効とは言うまいな?」
「ふぅん、どれどれ……」
ここまでさんざん難癖付けられただけあってデュラエスの方も万全だ。ドラーガさんはじっくりとその令状を覗き込んで確認する。ここからどうやってゴネるのか……
「なるほど、令状に不備はねえな」
ないの!?
「だったら……」
「まあ待て、処刑をするのは俺の話を聞いてからでも遅くねえぜ? これからお前らに法の何たるかをレクチャーしてやる」
相変わらずのドラーガさんの余裕の笑み。しかしその余裕は殺気だった市民達を煽るには十分だったようで、あちこちから不満の声が漏れる。
「ペッ、余計なお世話だぜ」
「オイお前!!」
その場に不満そうにつばを吐いた市民を突如としてドラーガさんが指さした。まさか自分が指名されるとは思っていなかった市民は一転恐怖に怯えた目を見せる。
「今唾を吐いたな? 明日の法律施行以降、公共の場で唾を吐くことは銀貨5枚の罰金刑に処される」
そんなの聞いたことない。市民もなにがなんだかわからず狼狽えている。
「……と、なった場合、今日唾を吐いたお前は明日から効力を持つ法で罪に問われると思うか?」
そんな筈がない。そんな無法が通るわけがない。当然市民も全力でぶんぶんと首を横に振る。
「はい、せいかーい。その通りだ。
いいか、よく聞け? 愚民共。お前らは『法』なんてもんは上が下を縛るために都合よく作ったものと思ってるかもしれねえがな……」
違うの? 正直私もそんなイメージを持っていたんだけど。ドラーガさんは壇上を歩き回りながら話す。これは多分、その場にいる市民全員、そして騎士団の男達にも語り掛けているという事だろう。この場は既にドラーガさんのステージなんだ。
「実際は全くの逆だ。上の人間は法に書かれている以上の事は出来ねえ。法ってのは上の人間を縛るためにあんのさ。但し、それには法をよく知らなきゃならねえ」
ドラーガさんは両手を広げ、少し前かがみになり、わる~い笑顔を浮かべて市民に語り掛ける。
「今日ここに来たお前らは幸いだ。法の専門家たるこの俺様のレクチャーが受けられるんだからな」
いつから専門家になったの? 確かに詳しいことは間違いないけど。しかし私の目にはドラーガさんの後ろで苦い顔をしているデュラエスが目に入った。
そうだ。これでデュラエスは騎士団投入の機会を完全に失った。聴衆がドラーガさんに聞き入ってるこの状況でもはや話を止めることなどできない。市民を味方につけ、場を完全にドラーガさんが支配した瞬間だったのだ。
「法は無秩序に作られるものじゃねえ。たとえば今の話が法のルールの一つ、『不可遡及の原則』だ。基本的に、作られた法は未来に向かって適用されるものであり、過去の出来事には適用されない」
おお、なんだか専門家みたいだ。
なかなか難しい言葉を使用しているからおそらく今の言葉は市民のほとんどには理解できないだろうけど、その前の市民とのやり取りから言っていることはなんとなく分かるだろう。
そしてそれは私がずっと抱えていた「違和感」を裏付けてくれるものだった。
つまり、三百年前にイリスウーフさんを捕らえてから作られた「人道に背く罪」……これは事件が起きてからイリスウーフさんを裁くためだけに作られた法であり、旧カルゴシアの町崩壊に適用されるのはおかしいんじゃないのか、という事だ。
「いいか? 今日処刑される予定だったイリスウーフ、その罪状は旧カルゴシアの町を滅ぼしたことだが、その根拠となる『人道に背く罪』とは事件が起きてから半年もたってから作られた法律だ……つまり、旧カルゴシアの町崩壊の事件には適用されねえ」
市民達から「おお」と、感嘆の声が漏れる。
そう、彼の理論で言えば、確かにイリスウーフさんは無罪なのだ。
「待て!!」
しかしこれを止めたのはデュラエス。七聖鍵随一の頭脳。
「その原則には例外がある」
え!? 原則に例外なんて認めたら際限が無くなっちゃうじゃん!!
「法概念の一つ、尋常法に於いてはそれより優先される物がある!」
原則よりも優先される物? 聴衆の注目は今度はデュラエスに注がれる。相変わらずドラーガさんは余裕の笑みを浮かべている。イリスウーフさんは不安そうな表情を浮かべたまま、死刑台の前で正座している。
「それは即ち、記録に記されるよりも昔、法整備がされる以前に慣習や常識、先例に基づいて裁判が行われていた時代。その『常識』に適う場合、新法の遡及が認められる」
んんん? ……どういうこと? よく分からない。誰か噛み砕いて。
「ほう、つまり『人道に背く罪』、イリスウーフのやったことはたとえ法に記されていなくても当然違法に決まってんだろうが、ってことか?」
ドラーガさんが翻訳してくれた。
「当然だ。たとえその時の人類に魔剣と虐殺の因果関係が認められなくとも、旧カルゴシアの虐殺は認められるものではない。それは三百年前の裁判で決着した内容だ。この女は『有罪』だ」
げ、逆転されちゃったじゃん。どうすんのよドラーガさん!
「ほほう……」
にやりと笑みを浮かべるドラーガさん。その不気味な笑みに私達も、市民も、そしてデュラエスでさえも恐怖を覚えた。
「確かに言ったな? 三百年前の裁判で決着した、と」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。
隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。
婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。
しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……
貴族学校の図書館に入り浸ってたのを理由に婚約破棄されましたけど、10年後の同窓会には堂々と出席しますわ。だって侯爵夫人なんですもの
竹井ゴールド
恋愛
貴族学校の卒業パーティーで婚約者から子爵令嬢は婚約破棄を言い渡される。
破棄の理由は読書などに興じて婚約者の義務を果たしていないからだそうだ。
子爵令嬢が毎日のように真剣に読み漁っていたのは嫁ぎ先の領地運営に必要な知識本、治水や農業、地質や鉱石、麦酒製造やガラス工芸の専門書だったのだが。
婚約破棄された子爵令嬢は得た知識を駆使して実家の領地改革に乗り出し・・・
【2022/10/3、出版申請、10/18、慰めメール】
【2022/10/5、24hポイント1万9000pt突破】
【2023/1/10、しおり数110突破】
【2024/9/18、出版申請(2回目)】
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる