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無駄な事

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 れ、恋愛相談!?

 自動人形オートマタのターニー君の口から出たのは思いもよらない言葉だった。

 え? まさか? そういうこと? どうしましょう、私。ターニー君は確かに美少年だけど、私お人形さんと恋愛ごっこをするつもりなんて……それに、付き合うなら絶対私よりも年上で、背の高いイケメンじゃないと。あ、でもいくらイケメンでも登場するたびに全裸になる様なニンジャだけは絶対に嫌だけど。
 ついでに言うなら口を開けば人の身体的特徴ばっかりあげつらう嫌味なクソ賢者も絶対ダメだけど。

「相談するなら本人のいない今しかないと思いまして……」

 んだよ私じゃねーのか。まあいいや。ふ~ん、ほんで?

「お美しいクオスさんとマッピさんなら、きっと恋愛経験も豊富だろうと……」

 なかなかいいこと言うじゃない。さすが美少年ね。お姉さんに何でも相談してごらんなさい。

「正直言って、この気持ちが恋なのかどうか、自分でもまだよく分からないのですが……」

 そのセリフに私の脳裏には全身タトゥーのホモ魔導師の姿が浮かんだ。いや、故人を悪く言う気はないんだけど。とりあえずアンセさんがいない時でよかったわ。あの人がいたら何でもホモにされるから。

「僕は……クラリス様の事をお慕いしているのです……」

 え? クラリスさんを? 私とクオスさんは同時に腕組みをして首を傾げ、考え込む。

 「お慕いしている」……う~ん、それは二人の態度を見ていればなんとなく予想はついたんだけど、それって「恋」とかじゃなくて「主従関係」とかの延長なのでは? というのが正直な感想だ。

 私はちらりと横を見る。クオスさんと目が合った。おそらく彼女も私と同じことを思ったのだろう。

「マッピさん、これは……」

「そうですね……」

 二人はこくりと頷き、それからクオスさんの方がターニー君に語り掛ける。

「ターニー君、あなたのそれは、おそらく『恋』じゃないわ」

「でも! クラリス様の事を思うと胸が苦しくなって……」

 反論したい気持ちも分かる。でもそれは多分思い込みなんだ。もし本当にそう感じているのなら、クラリスさんが「そういうように」プログラムしたからなんだと思う。

「それはね、『性欲』よ」

 おほーい!! クオスさん!? そうじゃねーよ!!

 いたいけな美少年にナニ吹き込んでくれちゃってるんですか!! 性欲が強すぎてダンジョンと合体しちゃうクオスさんと一緒にしないで下さいよ!!

「こう……クラリス先生の事を思うとおへその下辺りがむずむずしてきて、最終的にはアレでしょ? 白い膿が出るでしょう? それは、間違いなく性欲よ」

「いえ、全然そんなもの出ませんしむずむずもしませんが」

 この人アレだな、いまいちオートマタってものがなんだかよく分かってないな。

「そんなはずないわ。オート股っていうくらいですもん。さぞかし旺盛な股を持っているに違いないわ」

 分かってるのかどうか微妙なラインだなあ……

 てかまあ、それが性欲なのか恋なのか、それは別に今どうでもいいんですわ。

「で、ターニー君の相談ってなんなの?」

 クオスさんとはなんだか話がかみ合いそうにないので、私は直接ターニー君に尋ねることにした。彼はどうやらここに来てもまだ自分の言いたいことがまとまっていないのか、しばらく俯いて考え込んでいたが、やがてゆっくりと語りだした。

「僕は……『完全なる人間』を作ることを目指してクラリス様が作ったゴーレムの一種です。
 ですが……まだまだ僕は、クラリス様が望む物には遠く及ばない」

 う~ん、確かにクラリスさんのターニー君への態度はいまいち……塩対応って奴だったなあ。「感情があるように見せかけてるだけだ」とか「自分がそうプログラムしたからだ」とか、納得いっていないようだった。

「あの方がプログラムしたように動く、のでは足りないのです。それ以上のことができないと」

「それ以上って、おならで国歌を歌ったりとか、腹話術でバ行とマ行を言えるようになったりとか?」

 確かに「それ以上」ではあるけど多分そんなことは求めてないと思いますよ、クオスさん。この人なんか、エルフの森で人の世界から隔絶された場所で育ったせいかちょっとピントがズレてるな。

「違います。『もっと人間らしくなるにはどうしたらいいか』を教えて欲しいんです」

 「人間らしく」って、なんだろ? ターニー君十分人間らしいと思うんだけどな。う~ん……

「た、たとえばさ。ターニー君はプログラムされたことを越えて人間らしく振舞おうと『努力してる』わけじゃん?  『人間らしく』っていうのがどういうのかは分からないけどさ、プログラムされたことを黙々とこなす他のゴーレムとはもうこの時点で違うと思うんだよね。そう思った時点で、きっとターニー君はすでに特別な存在、つまりヴェルタースオリジナル……」
「詩的な表現ですが、そんな慰めでは僕の問題解決にはなりません」

 くっ、一刀両断か。

「そ、そのね……? どういうのが人間らしいのかは分からないけど、クラリス先生に好かれたいならね、そのぅ……率直にそう言って愛を伝えればいいんじゃないのかな?」

「人が他人に愛情を示すのはそれに足る利益があるからです。それは金だったり、愛情だったり、安心感だったり、様々ですが、そのための手段として僕は『人間らしく』なりたいんです。何ももたらさずに愛情だけ欲しいとか口あけてエサが放り込まれるのを待ってる雛じゃないんですから」

 クオスさんも撃沈。「取り付く島もない」っていうのはこういうのを言うんだろうな。

「そ、そういうところが人間らしくないんですよ……」

 お、クオスさんの反撃だ。

「いいですか? ターニー君は全てを合理的に、計算づくで考えるところがあります。でもね、人間ってそうじゃないんですよ。むしろそういうものとは別の物、『無駄なもの』こそが人間を形作っているんです」

 おお! なんか格好いいこと言いだしたぞ。ターニー君も聞き入っている。ちょっとだけ溜飲が下がる。

「大昔、人は狩りをし、木の実を採取してその日ぐらしをして生きていました。そのころは人と獣の間にそう違いはありませんでした」

 そう言いながらクオスさんは両手を広げ、天を仰ぎ、椅子から立ち上がりながら語りだす。どうやらクオスさん渾身の演説が始まるらしい。なんだか私も楽しくなってきた。

「やがて人は農業を身に着け、食料の保存ができるようになり、そのリソースを『生きること』以外に使えるようになりました。つまり『暇』になったんです」

 暇……かぁ……まあ、言わんとすることは分かるけども。「暇」なのが人間ってこと? なんとも言い難い結論だなあ……

「人間は合理的な判断のみで行動しなくてよくなり、『無駄』なことを楽しめるようになったんです。
 つまり、人間とそれ以外のものを分けている物というのは、愛だとか言葉だとか、道具を使うだとか、そんな他の動物にでもできることではなく、実は『無駄』なんです。
 私が思うに、クラリス先生が言う『完璧な人間』とは、今のターニー君のように無駄を排除するんじゃなく、むしろ無駄を持つようになることなのでは?」

「無駄……たとえば……?」

 なんとも微妙な持論だと思うんだけど、しかしターニー君はこの言葉にいたく感動したようでさらに突っ込んで質問し始めた。

「た……たとえば、その……ダンジョンの壁にちん〇んを突っ込んでみる、とか」

 あちゃ~……最近自分がやった事の中で一番無駄だったことを思い浮かべてそれを正直に口に出しちゃったな。

「ダンジョンの壁にちん〇んを突っ込むとクラリス様に喜ばれる……?」

「……それは、クラリス先生の性癖によると思う」

 この話自体が無駄な気がしてきた。
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