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屍(かばね)
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バンッ、と大きな音を立ててドアが蹴破られ、外から差す夕陽の光と共に剣を構えたアルグスが姿を現す。
そのすぐ隣には弓矢を構えたクオス、ロッドに魔力を込めるアンセ・クレイマー、すぐ後ろには余裕の笑みをたたえる賢者ドラーガ・ノート。
「た、助けて……命だけはどうか」
小屋の中から聞こえてきたのは獣の咆哮でもなければ悪魔の叫び声でもなかった。
それは少年の声。
「チッ、またてめぇかよ」
うんざりしたようなドラーガの表情。
小屋の中にいたのは金髪碧眼で、だぼだぼの寝間着のような服に身を包んだ美少年、人間形態のヴァンフルフだった。
「ああ……♡」
美少年好きのアンセが思わず感嘆の声を漏らす。
アルグスはまだ警戒を解いてはいないようであるが、しかしドラーガはもう完全に弛緩している。彼はゆっくりと辺りを見渡しながら小屋に入ってゆく。あまりにも無警戒に進んでいく彼に続いてアルグス達も慎重に歩を進める。
「まっ、これで四天王の所在ははっきりしたわけだ。ビルギッタは向こうにいるからな」
「えっ!? ビルギッタもやられたの!?」
ヴァンフルフが驚きの声をあげるが、ドラーガは余裕の笑みで返す。
「おいおい、人聞きのわりいこと言うなよ。あいつは負けを認めて投降したのさ。今あっちでマッピ達とカルアミルクとかいう奴の手当てしてやってるぜ」
「カルナ=カルアだよ」
もはや警戒する様子は全くなく、ヴァンフルフと軽口をたたいているドラーガ。しかしアルグスがそれを窘める。
「気を抜きすぎだ、ドラーガ。四天王にはまだブラックモアとかいう奴がいるはずだろう。はっきり言ってそいつが一番油断ならないんだ。それに……ん!?」
小屋の中を見回した時、アルグスは異様なものを見つけた。
「死体……?」
「死体ね……それも少なくとも数年は経って、白骨化した死体。何でこんなものがここに?」
アルグスの言葉にアンセも同様の疑問を呈した。
そう。何でもない民家の納屋に、なぜか白骨化した死体が横たわっていたのだ。
(ふふふ……これぞ無刀新陰流奥義、屍……さあ、この私の全力の擬態が、あなた達に見抜けますかネ)
― 無刀新陰流 奥義 屍
― 息をひそめ 心の音を止め 白骨化した上での全力の『死んだふり』
― 全身全霊を以て挑んだ『死んだふり』 それは既に『死んでいる』と言っても過言ではないのだ
(今はまずい。今はまだバレるのはまずい。アルグスさン達が四天王に対してどんな仕打ちをするつもりなのかもわからないし、ましてや捕まって、何かの拍子でブラックモアと七聖鍵のアルテグラが同一人物とバレるのはもっとまずい。下手すれば人と魔族両方からヘイトを買う可能性がありマス。
ここはどうしても切り抜けねばなりませン)
ぼろきれに身を包んだ白骨化した死体。まさしくそれ以外の何物にも見えなかった。
「ここにいたのは、君だけか? ヴァンフルフ」
アルグスが少年の格好のヴァンフルフに尋ねる。ヴァンフルフは逡巡し、ブラックモアの方を一瞥したが、しかし彼の問いに答える。
「う……うん。そうだよ」
「ふぅん……」
アルグスは暫く骸骨を眺めていた。
「どうやらスケルトンみたいなアンデッドじゃなくて、本当にただの死体みたいだな」
ちょんちょんと、剣の切っ先でしゃれこうべをつつく。
(痛い、痛い、ヤメテ)
「おい」
(え? 私に話しかけた? まさか……)
「なんでお前そんなとこで寝てんだ」
彼女に話しかけたのはドラーガ。まるで酔っぱらって路上に寝てしまっている人間に話しかけるような、あまりにも自然な語り掛けであった。
「え? いや、ドラーガ。どう見ても死んでるだろう、これは……骸骨だし」
「確かに痩せてるけど、それだけで『死んでる』と断定できるのか?」
ドラーガの異常な返しに困惑の色を見せる一同。
「確かにちょっと骨っぽいけどよ、そういう外見上の特徴をあげつらって決めつけるのは良くねえぜ」
なぜその心遣いをマッピにも分けてやれないのか。しかしアルグスはその気持ちを飲み込んで、改めて横たわる骸骨を見る。
どう見ても「骨っぽい」とかいうレベルではない。「骨」である。アルグスは次にヴァンフルフの方に振り向いて問いかける。
「ヴァンフルフ、この骸骨、君の仲間……じゃないよね?」
(た、頼むよヴァンフルフ。こんなところで裏切らないでよ……?)
身動き一つとることができないブラックモアにできるのは祈ることだけ。
「う……うん」
目を逸らしながら答えるヴァンフルフ。アルグスは「何か怪しい」とは思いつつもおおむねは納得する。なぜなら彼はブラックモアがどんな外見なのかを知らないからだ。
以前に会った時はローブのフードを深く被っていたために彼女がリッチであるかどうかを判別は出来なかったし、そもそもその人影がブラックモアであったのかどうかも確信がない。
今目の前にある骸骨とブラックモアを結びつけるものが何もないのだ。
そしてそれはドラーガ・ノートも同じであるはずなのだが。
「おいクラリス!」
そう言ってドラーガは懐から人形を取り出す。
「な、なに? ドラーガ……」
(何でクラリスさんそんなところにいるんですか~ッ!! そんなところで何やってるンですか!!)
ちらりとドラーガはヴァンフルフに視線をやってから小さな声で話しかける。
「ブラックモアってどんな奴だ」
一応四天王には「アルテグラ=ブラックモア」であることはまだ秘密である。
(言わないでくださいヨ、絶対言わないでくださいヨ、クラリスさん!!)
「ど、どうって……その」
ちらりと眼球の動きだけでブラックモアを見る。さすがに「目の前にいるよ」とは言いづらい。ドラーガが訝しんでいるのはまさにそこなのであるが。
「お、温厚で……その、凄く人当たりのいい性格だよ?」
そういう事ではない。そういう事ではないのだが。
「そうか……」
なぜか納得するドラーガ。やり取りが一つ進む度にブラックモアの心臓は張り裂けそうである。心臓などとうの昔にないのだが。
「ま、いいや」
ドラーガは再びクラリスを懐に突っ込み、今度は納屋の隅に立てかけてあった斧を手にして骸骨の前に立ち、それを振りかぶる。
(ちょ、ちょっとちょっと!? 待って待って!! 何するつもり!? 何するつもりなの~ッ!!)
「何するつもりだドラーガ!!」
アルグスが斧の柄を掴んで止めた。
( ナイスアルグスさん!!)
「あ? 死んでるなら別に斧で叩き割ってもかまわねえだろ?」
「い、いや、死体損壊というか……祟られるよ?」
そう、まともな感性であれば何の縁もゆかりもないとはいえ他人の死体を損壊するのは気が引ける。魔法やアンデッドが存在し、神や霊が信じられている世界ならばそれは尚更。
「だってよ、この骸骨怪しくねえか? なんでこんな何の変哲もない民家の納屋に骸骨があるんだよ。そっちの方が祟りより怖くねえのか?」
「それは、ホラ、たとえば一族の恥となる者を表にも出せないからずっと納屋に閉じ込めていた、とか」
「それはそれで怖えよ」
(た、確かにちょっと無理がある気はしましたけど、でも今そんなことをいつまでもうだうだ言ってるときじゃないでしょウが! 外じゃまだモンスターと人間の戦いが続いてるっていうのに! さっさと出て行ってくださいヨ!!)
「とにかく、死者には敬意を持って接するべきだ」
(さすが勇者!!)
「この骸骨は、外に穴を掘って埋葬しよう」
(え?)
そのすぐ隣には弓矢を構えたクオス、ロッドに魔力を込めるアンセ・クレイマー、すぐ後ろには余裕の笑みをたたえる賢者ドラーガ・ノート。
「た、助けて……命だけはどうか」
小屋の中から聞こえてきたのは獣の咆哮でもなければ悪魔の叫び声でもなかった。
それは少年の声。
「チッ、またてめぇかよ」
うんざりしたようなドラーガの表情。
小屋の中にいたのは金髪碧眼で、だぼだぼの寝間着のような服に身を包んだ美少年、人間形態のヴァンフルフだった。
「ああ……♡」
美少年好きのアンセが思わず感嘆の声を漏らす。
アルグスはまだ警戒を解いてはいないようであるが、しかしドラーガはもう完全に弛緩している。彼はゆっくりと辺りを見渡しながら小屋に入ってゆく。あまりにも無警戒に進んでいく彼に続いてアルグス達も慎重に歩を進める。
「まっ、これで四天王の所在ははっきりしたわけだ。ビルギッタは向こうにいるからな」
「えっ!? ビルギッタもやられたの!?」
ヴァンフルフが驚きの声をあげるが、ドラーガは余裕の笑みで返す。
「おいおい、人聞きのわりいこと言うなよ。あいつは負けを認めて投降したのさ。今あっちでマッピ達とカルアミルクとかいう奴の手当てしてやってるぜ」
「カルナ=カルアだよ」
もはや警戒する様子は全くなく、ヴァンフルフと軽口をたたいているドラーガ。しかしアルグスがそれを窘める。
「気を抜きすぎだ、ドラーガ。四天王にはまだブラックモアとかいう奴がいるはずだろう。はっきり言ってそいつが一番油断ならないんだ。それに……ん!?」
小屋の中を見回した時、アルグスは異様なものを見つけた。
「死体……?」
「死体ね……それも少なくとも数年は経って、白骨化した死体。何でこんなものがここに?」
アルグスの言葉にアンセも同様の疑問を呈した。
そう。何でもない民家の納屋に、なぜか白骨化した死体が横たわっていたのだ。
(ふふふ……これぞ無刀新陰流奥義、屍……さあ、この私の全力の擬態が、あなた達に見抜けますかネ)
― 無刀新陰流 奥義 屍
― 息をひそめ 心の音を止め 白骨化した上での全力の『死んだふり』
― 全身全霊を以て挑んだ『死んだふり』 それは既に『死んでいる』と言っても過言ではないのだ
(今はまずい。今はまだバレるのはまずい。アルグスさン達が四天王に対してどんな仕打ちをするつもりなのかもわからないし、ましてや捕まって、何かの拍子でブラックモアと七聖鍵のアルテグラが同一人物とバレるのはもっとまずい。下手すれば人と魔族両方からヘイトを買う可能性がありマス。
ここはどうしても切り抜けねばなりませン)
ぼろきれに身を包んだ白骨化した死体。まさしくそれ以外の何物にも見えなかった。
「ここにいたのは、君だけか? ヴァンフルフ」
アルグスが少年の格好のヴァンフルフに尋ねる。ヴァンフルフは逡巡し、ブラックモアの方を一瞥したが、しかし彼の問いに答える。
「う……うん。そうだよ」
「ふぅん……」
アルグスは暫く骸骨を眺めていた。
「どうやらスケルトンみたいなアンデッドじゃなくて、本当にただの死体みたいだな」
ちょんちょんと、剣の切っ先でしゃれこうべをつつく。
(痛い、痛い、ヤメテ)
「おい」
(え? 私に話しかけた? まさか……)
「なんでお前そんなとこで寝てんだ」
彼女に話しかけたのはドラーガ。まるで酔っぱらって路上に寝てしまっている人間に話しかけるような、あまりにも自然な語り掛けであった。
「え? いや、ドラーガ。どう見ても死んでるだろう、これは……骸骨だし」
「確かに痩せてるけど、それだけで『死んでる』と断定できるのか?」
ドラーガの異常な返しに困惑の色を見せる一同。
「確かにちょっと骨っぽいけどよ、そういう外見上の特徴をあげつらって決めつけるのは良くねえぜ」
なぜその心遣いをマッピにも分けてやれないのか。しかしアルグスはその気持ちを飲み込んで、改めて横たわる骸骨を見る。
どう見ても「骨っぽい」とかいうレベルではない。「骨」である。アルグスは次にヴァンフルフの方に振り向いて問いかける。
「ヴァンフルフ、この骸骨、君の仲間……じゃないよね?」
(た、頼むよヴァンフルフ。こんなところで裏切らないでよ……?)
身動き一つとることができないブラックモアにできるのは祈ることだけ。
「う……うん」
目を逸らしながら答えるヴァンフルフ。アルグスは「何か怪しい」とは思いつつもおおむねは納得する。なぜなら彼はブラックモアがどんな外見なのかを知らないからだ。
以前に会った時はローブのフードを深く被っていたために彼女がリッチであるかどうかを判別は出来なかったし、そもそもその人影がブラックモアであったのかどうかも確信がない。
今目の前にある骸骨とブラックモアを結びつけるものが何もないのだ。
そしてそれはドラーガ・ノートも同じであるはずなのだが。
「おいクラリス!」
そう言ってドラーガは懐から人形を取り出す。
「な、なに? ドラーガ……」
(何でクラリスさんそんなところにいるんですか~ッ!! そんなところで何やってるンですか!!)
ちらりとドラーガはヴァンフルフに視線をやってから小さな声で話しかける。
「ブラックモアってどんな奴だ」
一応四天王には「アルテグラ=ブラックモア」であることはまだ秘密である。
(言わないでくださいヨ、絶対言わないでくださいヨ、クラリスさん!!)
「ど、どうって……その」
ちらりと眼球の動きだけでブラックモアを見る。さすがに「目の前にいるよ」とは言いづらい。ドラーガが訝しんでいるのはまさにそこなのであるが。
「お、温厚で……その、凄く人当たりのいい性格だよ?」
そういう事ではない。そういう事ではないのだが。
「そうか……」
なぜか納得するドラーガ。やり取りが一つ進む度にブラックモアの心臓は張り裂けそうである。心臓などとうの昔にないのだが。
「ま、いいや」
ドラーガは再びクラリスを懐に突っ込み、今度は納屋の隅に立てかけてあった斧を手にして骸骨の前に立ち、それを振りかぶる。
(ちょ、ちょっとちょっと!? 待って待って!! 何するつもり!? 何するつもりなの~ッ!!)
「何するつもりだドラーガ!!」
アルグスが斧の柄を掴んで止めた。
( ナイスアルグスさん!!)
「あ? 死んでるなら別に斧で叩き割ってもかまわねえだろ?」
「い、いや、死体損壊というか……祟られるよ?」
そう、まともな感性であれば何の縁もゆかりもないとはいえ他人の死体を損壊するのは気が引ける。魔法やアンデッドが存在し、神や霊が信じられている世界ならばそれは尚更。
「だってよ、この骸骨怪しくねえか? なんでこんな何の変哲もない民家の納屋に骸骨があるんだよ。そっちの方が祟りより怖くねえのか?」
「それは、ホラ、たとえば一族の恥となる者を表にも出せないからずっと納屋に閉じ込めていた、とか」
「それはそれで怖えよ」
(た、確かにちょっと無理がある気はしましたけど、でも今そんなことをいつまでもうだうだ言ってるときじゃないでしょウが! 外じゃまだモンスターと人間の戦いが続いてるっていうのに! さっさと出て行ってくださいヨ!!)
「とにかく、死者には敬意を持って接するべきだ」
(さすが勇者!!)
「この骸骨は、外に穴を掘って埋葬しよう」
(え?)
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