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プロポーズ

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「け……血痕?」

 結婚……じゃ、ないよね? まさか?

「俺は……あなたのような人が現れるのを待っていた……結婚してください」

 聞き間違いじゃなかった。いきなり何なのこの人、いっ、イケメンだからって、ちょ、調子に乗ってるんじゃないの!?

「ハイハイそこまでそこまで」

 あっ、いいところでドラーガさんが割って入った。クソッ!

「おいロリコン」

「なっ、ろっ、ろろ、ロリコンちゃうっちゅーねん!!」

 ドラーガさんが話しかけるとイチェマルクさんは露骨に取り乱し始めた。

 あー、はいはい。そういう事ね。なーるほどね。はいはいはい。もういいわ。

「いいか、こいつはな、年を経て、使い込まれたまな板が神性を帯びて人の形をとっただけの、まな板の精霊みたいなもんだ。胸は平坦だがこれでも成人女性だから、お前が求めてるようなロリっ娘とは違うぜ?」

 みなまで言うなこのクソ賢者。誰がまな板の精だ。

「だ……だからこそだ。彼女になら、俺が求婚しても、犯罪にはならない。ようやく俺は、理想の異性に巡り合えたのだ……

 ホント死ねよこのゴミクソイケメンが。わたしゃロリっ娘の代替品じゃねーっての。

「邪魔だこのイケメンッ!」
「痛たっ!!」

 私はイチェマルクのすねを蹴り上げて道を開けさせる。

「さっさと行きますよアルグスさん!!」

「あっハイ」

 気圧されて全員が私の後をついてくる。あー腹立つ。

 アジトについた私はすぐに荷物をまとめ始める。結局昼過ぎに天文館を出たのでもう夕暮れ時ではあるが……

「さっ、救出に行きますよ、アルグスさん!!」

「えっ? 今から!?」

「はぁ……」

 ため息をついた私に全員が戦慄する。ああもうムカつくなあ。何もかもがムカつく。

「72時間の壁って聞いたことありますか?」

「あ……いやあ……どうかなあ」

「いいですか? 一般に人が飲まず食わずで生き延びられる限界が72時間です。災害が起きた時、この72時間を過ぎると救助をしても生存率ががくんと落ちます。私達がテューマさん達と別れてからどれだけ経ってますか?」

「ん……ええっと……」

「だいたい42時間です。ここからダンジョンの入り口までおよそ半日、すると残り時間は丸一日です」

「あっハイ」

 ダンジョンに入り、中を探索していれば当然モンスターも出てくる。さらに今回はヴァンフルフみたいな『四天王』クラスの強力な奴も出てくる可能性が高い。そう考えれば残された時間はあとわずかだ。もっともそれもテューマさん達がすでに魔族に殺されていなければ、の話になるけれど。

「マッピ、その……連日のダンジョン探索で疲れてないのか? 初心者なのに。僕は平気だけど」

「私の『疲労』が被害者の救出よりも優先するものですか?」

「ま、まぁ……うん……イリスウーフは大丈夫?」

 アルグスさんがイリスウーフさんの方を見て尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。

「私は……ドラーガが一緒に行くならどこへでも」
「ああ!?」

 イリスウーフさんの言葉に唐突にクオスさんが切れた。

「私だってどこへでも行くし! 私なんかあれだし! ドラーガの出した体液をバターの代わりにカリっとサクっとトーストしたパンに塗って食べられるし!」

 そんな特殊な性癖を例に出して張り合わないでください。というか今その男女の色恋の話を私の前でしないで欲しい。私は心を無にして手早く荷物をまとめる。何か作業に没頭している間は嫌なことを忘れられる。

 結局私の圧に押されて全員がすぐに出発の準備をし、ムカフ島のダンジョンに行くことになった。アジトを出るころには日が暮れていたけれど、前回もそうだったし、何より人の命がかかっているんだから文句は言わせない。

 道中ちらりとドラーガさんの方を見ると彼は満面の笑みだった。なんだかんだでこいつ今ハーレム状態だからな……男の娘にドラゴニュート、人形と、まともな人が一人もいないとはいえ。

「いやあ、助かるぜ、イリスウーフ。最近入ったゴミ糞まな板粗乳新人は新入りのくせに全く荷物持ってくれなくてよ!」

 誰が粗乳だコラ。

 というか、この人イリスウーフさんが加入したことで自分の運ぶ荷物の量が減ったから喜んでただけなのか。

「それにしても、今回の救出、本当に救出だけだと思いますか?」

 道中クオスさんが口を開いた。確かにそれは私も思ったことだ。フービエさんは本当にテューマさん達の救出を願っていることに嘘はないだろうけど、裏は無いのか。

「すぐに行ってしまったけど、フービエと一緒にセゴーも来ていたね。彼女の言葉に嘘は無かったとしても、その後ろに居るセゴーや七聖鍵に裏がないかというと、そんな甘い話は無いとは思う……それでも」

 アルグスさんがクオスさんの問いに答える。

「それでも、助けを求めている人がいるなら、僕は手を差し伸べるだけだ」

「テューマさん達は……アルグスさん達の命を狙ったのに、ですか?」

「ああ。それでも、だ」

 イリスウーフさんも怪訝な表情でアルグスさんに尋ねたが、それでもアルグスさんの意思は変わらない。

「フフ、不思議な人たちですね。冒険者ぼっけもんとは」

 そう言って柔らかい笑みを浮かべるイリスウーフさんの顔は薄暗い月の明かりに静かに照らされてまるで妖精フェアリーのように可憐だった。

「おめえはどうなんだよ? 三百年前に自分を陥れた人間どもに復讐したいとでも思ってんのか?」

 この人は本当に何の気なしにザクっとセンシティブな話題に切り込んでくるなあ。しかし、やはりイリスウーフさんは柔らかい笑みを見せる。

「私も……もうそんな昔のことはどうでもいいですし、ガスタルデッロ達に協力する気もありません。もう争いはたくさんです」

「でも七聖鍵はドラゴニュートの再興を考えているんですよね?」

「そ、そうだよ……私は興味ないけど」

 私がドラーガさんの方に問いかけると服の合わせからぴょこっと顔だけを出してクラリスさんが答えた。だったら、心情的には七聖鍵の方に傾くんじゃないのかなあ、と思ったけど……

「私は人間の手によって火口投下刑に処されたけれど、お兄様はドラゴニュートの手によって殺されたの……私にとってはどちらにももう帰属意識はないわ」

 そう言ってイリスウーフさんは空を見上げた。町の光は既に遠く、空には満天の星。こんな時だけど、きれいな星空だ。

「人からもドラゴニュートからも疎まれ、火口に投げ入れられた私がこうして生きている……不思議なものね……しかも」

 彼女は私達、そしてドラーガさんを見つめて言葉を続ける。

「こうして、お友達もできた。ドラーガ、あなたが私を『仲間だ』って紹介してくれた時、本当に嬉しかった……こんな私にも、お友達ができたんだ、って……」

「ビジネスライクな関係だぜ」

 ビジネスライクっていうか、ビジネスですけども。普通こういう空気でそう言うこと言うかなあ。
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