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詐欺師

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「こ、ここまででいいわ。ターニー。あなたは屋敷で待機してて」

「本当に大丈夫なんですか? この人たちイマイチ信用できないんですけど……」

 えらい言われようだけど、実際アルグスさんがいきなりやらかしたから仕方ない。

「も、もしガスタルデッロから問い合わせがあったらまだボディがないから眠っていると伝えて。な、何かあれば屋敷に連絡するから。まだ何かある?」

 クラリスさんにそう言われて、ターニーさんは視線を彷徨わせている。何かいいわけでも探してクラリスさんを連れ帰ろうとしてるんだろうか。ゴーレムとかオートマタって主人のいう事に盲目的に従うんじゃないのかな。なんだか不思議な関係だ。

「その……何か不測の事態が起きないとも限らないですし……それに」

 逡巡してから、ターニーさんは言葉を続ける。

「私も、クラリス様がいないと……寂しいです」

 頬を染め、恥ずかしそうに、言葉を絞り出す。これが人間じゃないなんて、信じられない。しかしクラリスさんはターニーさんの言葉には答えずに、ドラーガさんの身体に飛び移った。

「おい、なにすんだ!」

「こ、これは命令。私は、ドラーガ達と行動を共にする。あ、あなたは屋敷に待機!」

 冷たく言い放たれて、ターニーさんはしょんぼりとしてトボトボ歩いて行った。なんだか可哀そう。

「随分慕われてるんですね。ちょっと、可愛そう……な?」

 私がそう言うと、クラリスさんは少し寂しそうな、しかしあまり感情の感じられない表情で答えた。

「わ、私がそういう風にプログラミングしたからに、過ぎない。あんなのは、感情がある様に、ま、真似してるだけ」

 私には感情がある様にしか見えないけどなあ。しかし私達は気を取り直して天文館に向かう。目的は二つ。一つはギルドの様子を探る事。もう一つは、実は金策だ。

 ドラーガさんはニヤニヤしながらダンジョンでゴーレムから奪った竜の魔石を眺めている。

「これがそんな貴重なもんだったとはな。いい金になりそうだぜ」

 悪い顔だなあ。彼の笑顔とは対照的に、私は緊張で心臓が張り裂けそうだ。ギルドは敵対的。敵の幹部の一人は人形にのりうつって私達の手元にいるし、それになにより……

「綺麗な石ですね、ドラーガ。私にもよく見せてください」

 彼らが第一の目的としているイリスウーフさんも一緒にいる。本当に生きて帰れるんだろうか。今の天文館なんて、敵の本拠地みたいなもんじゃん。

「やっぱり、イリスウーフさんだけでもアジトに残った方が良かったんじゃ……? ついてきてよかったんですか?」

「あん? こっちゃ何も悪い事してねえのに何で引きこもらなきゃならねえんだよ。誰がどこを歩こうが自由だろうが!」

 ドラーガさんは本当に考え無しだなあ。

「マッピのいう事は一理あるよ。僕達は今とても危険な状況だ。イリスウーフには『その覚悟』はあるの?」

 アルグスさんも真剣な表情でそう尋ねる。イリスウーフさんは、せっかく生き返れたんだからどこか遠い場所で静かに暮らした方が幸せに生きられるような気がしない。

 彼女は、悲しそうな眼をして、そして胸に手を当ててアルグスさんの言葉に答える。

「私は……罪を償わなければなりません。
 兄が犯した罪と、私が犯した罪……その二つを」

 ぺっ、とドラーガさんが不機嫌そうに道端に唾を吐く。たしかに、ドラーガさんはこういう話凄く嫌いそうだ。「何百年も昔の罪なんてしったことか。自由に生きりゃいいだろうが」……そう言いたいんだろう。

「私は、もう争いごとは嫌なんです……思うに、ドラゴニュートは、生き残りはいるものの、もう事実上絶滅した種族です。そんな者のために、多くの血が流れる……それだけは絶対に避けなければならない。そのためなら、私は持てる力の限りを持ってアルグスさん達に協力する所存です」

「フン、お利口なこった。さっさと行くぜ!」

 そう言ってドラーガさんは先頭を切って歩き出す。この人道分かってんのかな。

 歩いていると、イリスウーフさんが私に追いついてきて、そしてにこりと笑って小声で話しかけた。

「でも、実を言うと、ドラーガさんみたいな自由な生き方にも憧れてるんですけどね……」

 ああ、本当に可愛い笑顔だなあ。

 さて、しばらく歩くと天文館の前についた。今までこの建物には何度か足を運んでいるけれど、敵の本拠地なのだと思うと随分と見え方が違う。ここにはセゴーさんに、七聖鍵、それにテューマさん達もいるだろうか。凄まじい威圧感を感じる。

「わ、私はドラーガの服の中に隠れてる。私のこと聞かれても知らぬ存ぜぬで、通して」
 そう言ってクラリスさんはドラーガさんの服の合わせの間に隠れる。私なら絶対嫌だ。ところでイリスウーフさんはこのままでいいんだろうか。フードなんか被ったらあからさまに怪しいけど、何も変装せずにいるのもちょっと怖い。

「イリスウーフさんはそのままでいいと思います。狂犬ゾラのリアクションから考えても、奴らはイリスウーフさんの外見は知らないみたいだし」

 同じことを考えていたのか、クオスさんがそう言った。

 言われてみればそうだ。よくよく考えればダンジョンを脱出するときに七聖鍵の狂犬ゾラとイリスウーフさんは思いっきり顔を合わせてるけど、特に何のリアクションもなかったっけ。

 はあ、それにしても気が重い。

 冒険者たちが明日の成功を夢見て訪れる天文館。でも今の私達にとっては伏魔殿も同様。人類を滅ぼそうとしているドラゴニュートの生き残り、七聖鍵と、それに乗っかって甘い汁を吸おうと考えているセゴーさんをはじめとしたギルドの上層部。そんなところに正面から乗り込むなんて。

「ハン、堂々としてりゃいいんだよ。悪いことしてんのは向こうなんだからよ!」

 そう言ってドラーガさんは扉を開ける。

 中にいる冒険者たちが全員私達に注目してるように感じられた。まさかそんなことはないんだろうけど、今の私にはそれほどにここは怖い場所なんだ。まさかみんながみんなヤミ専従ってことはないんだろうけれど。

「おい受付嬢、ダンジョンの遺物トレジャーの買い取りだ。セゴーを呼べ」

「え? トレジャーの買い取りでしたら専属の職員を呼びますけど……?」

「理解力のねえ奴だな。そいつじゃ話になんねえからセゴーを呼べってんだよ。Sランクパーティーの賢者様が呼んでんだぞ? さっさとしろ!」

 完全に悪役やんけ。

 可哀そうに、リーアンさんは慌てふためいて二階に上がっていった。ドラーガさんはこちらに振り向いてドヤ顔。味方なのにムカつく。アルグスさん達も微妙な表情で苦笑いをしている。完全に調子コイたチンピラムーブです。主人公に秒殺されるタイプの。

 そうこうしているとすぐにセゴーさんが階段を下りてきた。

「よう、セゴー。今日は一段と禿げ頭に磨きがかかってんな? なんかいい事でもあったか? 俺様は絶好調だぜ。ちょっと話があるからそこに座んな」

 全く相手に話をする隙を与えずに、ドラーガさんはギルドの一階に併設されている酒場の大きなテーブルを顎をしゃくって指す。

 いったいどうするつもりなんだろう。私達は全員無言でテーブルの席に着いた。「魔石を金にしてやる」とは言ってたけど、普通に買い取ってもらうわけじゃないみたい。

 まあ、私には分からないし、アルグスさん達も疑問符を浮かべている。ここはこの詐欺師に任せよう。
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