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狂犬ゾラ
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ダンジョンの外にはまだまだ遠い。よってこの光は太陽の光でも月明りでもない。おそらくは彼女の目の前にいる男が出した炎か何かの照明の魔法なのだ。
だんだんと目の慣れてきた彼女は男の姿を目に収める。
ボロボロのズボンに上半身は裸。浅黒い肌には全身にタトゥーで複雑な紋様が彫ってあり、甚だしくはその魔法陣のようにも呪詛のようにも見える紋様は首を越えて顔にまで達している。
さらにはこれもタトゥーの一種なのか、それとも全く別の物なのかは分からないが、眼球までもが黒い。白目の部分が黒く、そしてグレーの虹彩に、瞳孔は黒い。
まるでまともな人間とは思えず、彼女は小さい悲鳴を上げた。
「確か闇の幻影の……魔導士フービエだな……こんなところで何してやがる」
だが人の言葉を話した。言葉が通じるからと言って安心できるわけではないが、しかし問いかけてきたのだ。問答無用で殺そうというのではない。少なくとも。
「な……仲間が、裏切りを……魔族の裏切りを受けて……」
言葉に出してから「しまった」と思う。もしこの男が……外見からでは魔族なのか人間なのか全く分からない、むしろ魔族よりに見えるこの男が四天王側の人物であったなら、事情は分からなくとも自分を殺すかもしれない、そうフービエは思ったのだ。
「そいつぁお気の毒なこった。で、てめぇは? 仲間を見捨てて一人で逃げてきたのか?」
黒い目が自分を見据える。怒っているのか。まずい、殺される。そう感じて気持ちの弱くなっているフービエは泣き出しそうになる。
しかしその男はくい、と顎をしゃくって部屋の上方を指した。
「行け。今日は機嫌がいいんだ。四天王如きに逃げ出すような雑魚に興味はない」
「み、見逃してくれるの……?」
と、フービエは口に出したが実際のところ、この男がどういう立ち位置なのかが分からない。敵なのか味方なのか。さらには「四天王如き」という発言。
この男がドラーガ・ノートのような大言壮語のビッグマウスでなければ自分達を圧倒した魔族四天王よりも強いという事であろうか。彼女には全く想像がつかない強さだ。
「まっ、簡単な話、殺すのはいつでもできるが、その逆はできんからな」
男はそう言うともうフービエに興味を失くしたようで、熱心に足下の瓦礫を調べ始めた。要は歯牙にもかけない相手だという事なのだ。殺そうと思えばどこにいて何をしていようともすぐ殺せると。
もし以前のフービエであればこの言葉に激怒したかもしれないが、今となっては既に粉々にプライドを打ち砕かれた身、震える膝を押さえながら、なるべく男と距離を取りながら瓦礫を上っていき、ダンジョンの外に逃げて行った。
謎の男は瓦礫の上にある足跡を指でなぞりながらニヤリと笑う。
「フフ……入れ違いだったか……一番の大物はもう外に出ちまったみたいだな」
そのまま顔を足跡に近づけふんふんと匂いを嗅ぐ。甚だしくはその足跡を舐めて、狂気じみた笑みを浮かべた。
「こんな糞田舎にこんな化け物がいるとはよぉ~、思いもよらなかったぜぇ。
こいつは渡したくなぇなぁ、ガスタルデッロなんかにこいつは渡せねぇよぉ~」
――――――――――――
「大丈夫だ、イリスウーフ。外への道は把握できている」
そう言って彼女を背負ったままドラーガさんは先行するクオスさんを指さす。
分かれ道の分岐点に立っているクオスさんはしきりに地面に落ちている砂やほこりを拾い上げては匂いを嗅ぐように鼻に持っていったり、指で擦り合わせたりしている。
「マッピ、以前にS級とは何か、って話をしたよな?」
「はぁ」
確かにそんな話をしていたような気はする。正直カルゴシアの町での遭難以来この人の話は右から左で抜けていってるけど。
「うちがS級でいられるのは実はアルグスやアンセの『強さ』よりも彼女の『特殊能力』に依るところが大きい」
それは初耳だ。たしかに強いだけなら特別である必要がないとかなんとか言ってた気がするけど。
「正直お前のマッピングなど気休めだ。クオスの聴覚、嗅覚、そして魔力探知能力があればダンジョン内で帰れなくなることなど絶対にない。盾使いのアルグスも含めて、メッツァトルは『生き残って、帰る』事に特化したパーティーなんだ」
まあ確かにドラーガさんも『帰る』事に異常に執着してたけど。そんな話をしているとクオスさんは道が分かったようで分かれ道を進み始める。それに合わせて私はトーチの光を向ける。
「どんな状況でも生きて帰る。それが俺達の信念だ。安心しろ、イリスウーフ」
不安そうな表情をずっとしているイリスウーフさんを気遣ってか、ただおしゃべりなだけなのか、ドラーガさんはほとんど休むことなく彼女に話しかけている。イリスウーフさんはドラーガさんの背中にしがみついたまま「うん」、「うん」と熱心にその話に相槌を打つ。
ホントこの人外面だけはいいんだよなぁ。腹立ってくる。
やがて通路はどんどん狭くなり、最後には人一人やっと通れるくらいの狭さになった。さすがに人を背負ったまま進むのが厳しくなってきたのかドラーガさんはイリスウーフさんを下ろし、そして自分の靴を貸した。
なんでその心配りが私とかアルグスさん達にはできないのか。
「ありがとう、ドラーガ……」
「チッ」
イリスウーフさんが礼を述べると先頭のクオスさんが舌打ちをする。まあ、彼女の攻撃対象が私からイリスウーフさんに移ったのだけは良かった。
「行き止まりでっす」
つまらなそうな表情でクオスさんが呟く。いやいやそんな筈はないでしょう。ちゃんとフービエさんの痕跡を追ってきたのに行き止まりなんてことがあるはずがない。私とドラーガさんが通路の辺りを調べていると不自然に浮いている岩が見つかった。
それをグッと踏み込むと突き当りの壁がバコン、と跳ねあがってその先の通路が見えた。
「チッ」と、舌打ちをしてクオスさんがその先に進む。出た先は傾斜のついた通路。
これは……確か見覚えがある。最初にドラーガさんが滑落して全員巻き込まれた落とし穴だ。つまり前回の探索での崩落の部屋の少し先。
「滑らないように気を付けて、イリスウーフ」
そう言ってドラーガさんは最後に残っていたイリスウーフさんの手を取る。いや、前回盛大に滑落して全員に大迷惑かけたのあんたなんですけれども!?
しかしこの部屋を登れば外はすぐそこだし、確か崩落の部屋の場所にはドラーガさんが置いて行った荷物もあるはず。つまり食事がとれる。
知った場所に出てきて、希望の湧いてきた私達の足取りは自然と軽くなってくる……のだが、何か異様な雰囲気を感じ取って足が止まる。
洞窟の中なのに、明るい。もちろん私のトーチの光じゃない。崩落の部屋の辺りで誰かが煌々と明かりをともしている。これが先に脱出していたアンセさんならいいんだけれど、どうもそうじゃない。部屋にいるのは上半身裸の男性のようだ。
「本命……とは言いづらいが、どうやらそれに近い奴らが網にかかったか……俺の名はゾラ。口の悪い奴は狂犬ゾラと呼ぶ。てめえらは何もんだ?」
だんだんと目の慣れてきた彼女は男の姿を目に収める。
ボロボロのズボンに上半身は裸。浅黒い肌には全身にタトゥーで複雑な紋様が彫ってあり、甚だしくはその魔法陣のようにも呪詛のようにも見える紋様は首を越えて顔にまで達している。
さらにはこれもタトゥーの一種なのか、それとも全く別の物なのかは分からないが、眼球までもが黒い。白目の部分が黒く、そしてグレーの虹彩に、瞳孔は黒い。
まるでまともな人間とは思えず、彼女は小さい悲鳴を上げた。
「確か闇の幻影の……魔導士フービエだな……こんなところで何してやがる」
だが人の言葉を話した。言葉が通じるからと言って安心できるわけではないが、しかし問いかけてきたのだ。問答無用で殺そうというのではない。少なくとも。
「な……仲間が、裏切りを……魔族の裏切りを受けて……」
言葉に出してから「しまった」と思う。もしこの男が……外見からでは魔族なのか人間なのか全く分からない、むしろ魔族よりに見えるこの男が四天王側の人物であったなら、事情は分からなくとも自分を殺すかもしれない、そうフービエは思ったのだ。
「そいつぁお気の毒なこった。で、てめぇは? 仲間を見捨てて一人で逃げてきたのか?」
黒い目が自分を見据える。怒っているのか。まずい、殺される。そう感じて気持ちの弱くなっているフービエは泣き出しそうになる。
しかしその男はくい、と顎をしゃくって部屋の上方を指した。
「行け。今日は機嫌がいいんだ。四天王如きに逃げ出すような雑魚に興味はない」
「み、見逃してくれるの……?」
と、フービエは口に出したが実際のところ、この男がどういう立ち位置なのかが分からない。敵なのか味方なのか。さらには「四天王如き」という発言。
この男がドラーガ・ノートのような大言壮語のビッグマウスでなければ自分達を圧倒した魔族四天王よりも強いという事であろうか。彼女には全く想像がつかない強さだ。
「まっ、簡単な話、殺すのはいつでもできるが、その逆はできんからな」
男はそう言うともうフービエに興味を失くしたようで、熱心に足下の瓦礫を調べ始めた。要は歯牙にもかけない相手だという事なのだ。殺そうと思えばどこにいて何をしていようともすぐ殺せると。
もし以前のフービエであればこの言葉に激怒したかもしれないが、今となっては既に粉々にプライドを打ち砕かれた身、震える膝を押さえながら、なるべく男と距離を取りながら瓦礫を上っていき、ダンジョンの外に逃げて行った。
謎の男は瓦礫の上にある足跡を指でなぞりながらニヤリと笑う。
「フフ……入れ違いだったか……一番の大物はもう外に出ちまったみたいだな」
そのまま顔を足跡に近づけふんふんと匂いを嗅ぐ。甚だしくはその足跡を舐めて、狂気じみた笑みを浮かべた。
「こんな糞田舎にこんな化け物がいるとはよぉ~、思いもよらなかったぜぇ。
こいつは渡したくなぇなぁ、ガスタルデッロなんかにこいつは渡せねぇよぉ~」
――――――――――――
「大丈夫だ、イリスウーフ。外への道は把握できている」
そう言って彼女を背負ったままドラーガさんは先行するクオスさんを指さす。
分かれ道の分岐点に立っているクオスさんはしきりに地面に落ちている砂やほこりを拾い上げては匂いを嗅ぐように鼻に持っていったり、指で擦り合わせたりしている。
「マッピ、以前にS級とは何か、って話をしたよな?」
「はぁ」
確かにそんな話をしていたような気はする。正直カルゴシアの町での遭難以来この人の話は右から左で抜けていってるけど。
「うちがS級でいられるのは実はアルグスやアンセの『強さ』よりも彼女の『特殊能力』に依るところが大きい」
それは初耳だ。たしかに強いだけなら特別である必要がないとかなんとか言ってた気がするけど。
「正直お前のマッピングなど気休めだ。クオスの聴覚、嗅覚、そして魔力探知能力があればダンジョン内で帰れなくなることなど絶対にない。盾使いのアルグスも含めて、メッツァトルは『生き残って、帰る』事に特化したパーティーなんだ」
まあ確かにドラーガさんも『帰る』事に異常に執着してたけど。そんな話をしているとクオスさんは道が分かったようで分かれ道を進み始める。それに合わせて私はトーチの光を向ける。
「どんな状況でも生きて帰る。それが俺達の信念だ。安心しろ、イリスウーフ」
不安そうな表情をずっとしているイリスウーフさんを気遣ってか、ただおしゃべりなだけなのか、ドラーガさんはほとんど休むことなく彼女に話しかけている。イリスウーフさんはドラーガさんの背中にしがみついたまま「うん」、「うん」と熱心にその話に相槌を打つ。
ホントこの人外面だけはいいんだよなぁ。腹立ってくる。
やがて通路はどんどん狭くなり、最後には人一人やっと通れるくらいの狭さになった。さすがに人を背負ったまま進むのが厳しくなってきたのかドラーガさんはイリスウーフさんを下ろし、そして自分の靴を貸した。
なんでその心配りが私とかアルグスさん達にはできないのか。
「ありがとう、ドラーガ……」
「チッ」
イリスウーフさんが礼を述べると先頭のクオスさんが舌打ちをする。まあ、彼女の攻撃対象が私からイリスウーフさんに移ったのだけは良かった。
「行き止まりでっす」
つまらなそうな表情でクオスさんが呟く。いやいやそんな筈はないでしょう。ちゃんとフービエさんの痕跡を追ってきたのに行き止まりなんてことがあるはずがない。私とドラーガさんが通路の辺りを調べていると不自然に浮いている岩が見つかった。
それをグッと踏み込むと突き当りの壁がバコン、と跳ねあがってその先の通路が見えた。
「チッ」と、舌打ちをしてクオスさんがその先に進む。出た先は傾斜のついた通路。
これは……確か見覚えがある。最初にドラーガさんが滑落して全員巻き込まれた落とし穴だ。つまり前回の探索での崩落の部屋の少し先。
「滑らないように気を付けて、イリスウーフ」
そう言ってドラーガさんは最後に残っていたイリスウーフさんの手を取る。いや、前回盛大に滑落して全員に大迷惑かけたのあんたなんですけれども!?
しかしこの部屋を登れば外はすぐそこだし、確か崩落の部屋の場所にはドラーガさんが置いて行った荷物もあるはず。つまり食事がとれる。
知った場所に出てきて、希望の湧いてきた私達の足取りは自然と軽くなってくる……のだが、何か異様な雰囲気を感じ取って足が止まる。
洞窟の中なのに、明るい。もちろん私のトーチの光じゃない。崩落の部屋の辺りで誰かが煌々と明かりをともしている。これが先に脱出していたアンセさんならいいんだけれど、どうもそうじゃない。部屋にいるのは上半身裸の男性のようだ。
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