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お得感が強い
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「より、お得な方……?」
私は我が耳を疑った。なんかこの人……なんだろう……主婦感覚で冒険者してないか?
「そうだ。迷った時は『よりお得感の強い方』を選ぶんだ」
やっぱり主婦感覚だ。
私は再度通路の奥、固く締められた扉に視線をやる。
どちらがお得感が強いか……
いや、どう考えても先に進む方でしょ。なんだかよく分からん罠にはまって偶然の上に偶然が重なって敵の本拠地が目の前にあってそこに行けば何があったのか全てわかるっていう状況だよ? ここで帰るなんて手はないでしょう。逆に帰る方にどんな「お得感」があるのか知りたいくらいだ。
「今回の状況で言えば……」
ドラーガさんの言葉の続きを、私は固唾を飲んで見守る。
「当然帰る方がお得感が強い」
「なんでよ!!」
意味が分からないよ! こんなダンジョンの最奥部まで来てなんで「帰る」なんていう選択肢がポップアップしてくるのよ!!
「いいか? よく聞け、マッピ。
……俺はな、今物凄く疲れてて、休みたい。眠りたい。フービエの後を追って、ダンジョンから出れば、アジトに帰ってゆっくり寝られる。しかしどうだ?」
そう言ってドラーガさんは扉の方を指さす。
「あの扉の方に行ったら、ゆっくり寝ることは不可能だ……分かるだろう?」
分からないよ!! いや、言ってることは分かるけど、ゆっくり寝ることが冒険よりも大事だっていうの? 冒険者ってそういうもんじゃないでしょう!
「さらにだ、もしあの扉の奥にすっごく強い敵がいたとする。ひょっとしたら大怪我するかもしれないし、もしかしたら死ぬかもしれない。そんなことになったら一生後悔するだろう? だが家に帰れば……」
ドラーガさんは今度は通路の反対側、フービエさんが逃げて行った方を指さす。
「そんな心配はない……お得だ」
「あんた冒険者向いてないよ!!」
私の言葉にドラーガさんはチッ、と舌打ちをした。「物分かりの悪い奴だな」とでも言わんばかりだ。いや言ってることは分かるけど納得ができないんだって!
さらにドラーガさんはクオスさんの肩をポン、と叩いてから私の方を向いて話しかける。
「いいか? アルグスにアンセ、それにこのクオスは正直言って化け物だ。こいつらにまかせときゃダンジョンの謎なんて放っておいてもそのうち解ける。別に俺達が何かする必要なんてないんだよ。何でそれが分からんのだ」
……なんて他力本願。
私は天を仰ぎ、両手で顔を覆った。
……ダメだ。価値観が合わない。なんだろう……こう……この人やっぱ冒険者向いてないわ。アルグスさんなんでこんな人採用しちゃったの。
「う……うう……お得……どっちが……?」
心の弱っているクオスさんは激しく悩みながらしきりに通路の両側に視線を移している。今この場にまともな判断を下せるのは私だけだ。私はクオスさんとドラーガさんの手首を掴んで引っ張る。
「いいですか、ここで退いたら冒険者失格です! なにがなんでもあの扉の方に行きますよ!」
「で、でも……!!」
クオスさんが扉を指さして反論をする。
扉には「私有地です 入らないで下さい」と書いてある。
「正直今までダンジョンが誰の持ちものかとか考えたこともなかったんだけど……」
……む、確かに。
こうやって思いっきり「私有地」と書かれると少し怯んでしまう。入ったらめちゃめちゃ怒られるんじゃないか、とか。「私有地って書いてるのに何で入ったの」とか言われたら返す言葉もない。「ダンジョンだからイケると思いました」とは言いづらい。正直言ってなんぞ思わせぶりな呪いの言葉でも書いてある方がまだ入りやすい。
せっかくダンジョンという非日常に足を踏み入れているのにこういう一気に現実に引き戻すトラップはやめて欲しい。
と思った時、ドラーガさんの方を掴んでいた腕が急に重量感を訴えた。振り返って彼の方を見てみると、彼は地面に寝転んでいた。
「無刀新陰流極意、不動の構え」
何言ってんだこのおっさん。
私は思わず手を放して仰向けに寝転がったドラーガさんを見る。まさか……とは思うけど。
「帰るって言わないと俺はもうここを一歩も動かん!」
マジか。恥も外聞もないなこの人。
「強い意思……格好いい……」
本気で言ってるのかクオスさん。
「クッ、馬鹿言ってないで立ってください! ドラーガさんもメッツァトルの一員なんでしょう! 私より取り分多いんでしょう!」
ドラーガさんの首根っこを掴もうとした私の手を彼の手がはたいた。
「ヤダッ!」
うそだろ……
「ヤダヤダヤダッ!! もう絶対ヤダッ!! 絶対帰るのっ!!」
そう言いながら寝ころんだまま手足を振り回して駄々をこねるドラーガさん。大っきな子供だ……
「いいかマッピ……こうなった俺は……ちょっと頑固だぞ……」
寝ころんだままニヤリと笑みを見せるドラーガさん。
「ぐうううぅぅ~……なんでこんなことに……」
私は思わず涙がにじんでしまった。格好いい冒険者になって、竜人族の姫と魔剣の伝説を解き明かして、押しも押されぬデキる女になるのが夢だったのに……なんでこんな火山の中で大っきな子供の介護をせにゃならんのよ……
「マッピさん……」
涙が落ちないように上を向いていた私にクオスさんが話しかける。
「私……エルフの森で暮らしている時も、冒険者になってからも、ずっと自分に自信がなくて、周りに遠慮ばかりして生きてきていたんです……」
唐突にクオスさんの自分語りが始まった。なんでこんな美人が遠慮して……でも私に向かって「調子乗ってんじゃねぇぞ」とか言っていたような気がするけど。
「でもある日、この人が私の目の前に現れたんです……」
そう言ってクオスさんは足元に転がってるでっかいクソガキに視線を下ろす。
「こんなふうに生きていいんだ、人はこんなにも自由なんだ、って……彼を通して知ることができたんです」
自由にもほどがあると思いますけどね。何事にも節度は大切ですよ?
「だから私にとって……ドラーガさんはヒーローなんです」
いやなヒーローもいたもんだ。
「そのヒーローがこんなにも帰りたいって言ってるんですよ」
おっと多勢に無勢だぞ。そう来たか。
その時さびた鉄の軋む音をさせて、通路の奥の扉が開いた。
私は我が耳を疑った。なんかこの人……なんだろう……主婦感覚で冒険者してないか?
「そうだ。迷った時は『よりお得感の強い方』を選ぶんだ」
やっぱり主婦感覚だ。
私は再度通路の奥、固く締められた扉に視線をやる。
どちらがお得感が強いか……
いや、どう考えても先に進む方でしょ。なんだかよく分からん罠にはまって偶然の上に偶然が重なって敵の本拠地が目の前にあってそこに行けば何があったのか全てわかるっていう状況だよ? ここで帰るなんて手はないでしょう。逆に帰る方にどんな「お得感」があるのか知りたいくらいだ。
「今回の状況で言えば……」
ドラーガさんの言葉の続きを、私は固唾を飲んで見守る。
「当然帰る方がお得感が強い」
「なんでよ!!」
意味が分からないよ! こんなダンジョンの最奥部まで来てなんで「帰る」なんていう選択肢がポップアップしてくるのよ!!
「いいか? よく聞け、マッピ。
……俺はな、今物凄く疲れてて、休みたい。眠りたい。フービエの後を追って、ダンジョンから出れば、アジトに帰ってゆっくり寝られる。しかしどうだ?」
そう言ってドラーガさんは扉の方を指さす。
「あの扉の方に行ったら、ゆっくり寝ることは不可能だ……分かるだろう?」
分からないよ!! いや、言ってることは分かるけど、ゆっくり寝ることが冒険よりも大事だっていうの? 冒険者ってそういうもんじゃないでしょう!
「さらにだ、もしあの扉の奥にすっごく強い敵がいたとする。ひょっとしたら大怪我するかもしれないし、もしかしたら死ぬかもしれない。そんなことになったら一生後悔するだろう? だが家に帰れば……」
ドラーガさんは今度は通路の反対側、フービエさんが逃げて行った方を指さす。
「そんな心配はない……お得だ」
「あんた冒険者向いてないよ!!」
私の言葉にドラーガさんはチッ、と舌打ちをした。「物分かりの悪い奴だな」とでも言わんばかりだ。いや言ってることは分かるけど納得ができないんだって!
さらにドラーガさんはクオスさんの肩をポン、と叩いてから私の方を向いて話しかける。
「いいか? アルグスにアンセ、それにこのクオスは正直言って化け物だ。こいつらにまかせときゃダンジョンの謎なんて放っておいてもそのうち解ける。別に俺達が何かする必要なんてないんだよ。何でそれが分からんのだ」
……なんて他力本願。
私は天を仰ぎ、両手で顔を覆った。
……ダメだ。価値観が合わない。なんだろう……こう……この人やっぱ冒険者向いてないわ。アルグスさんなんでこんな人採用しちゃったの。
「う……うう……お得……どっちが……?」
心の弱っているクオスさんは激しく悩みながらしきりに通路の両側に視線を移している。今この場にまともな判断を下せるのは私だけだ。私はクオスさんとドラーガさんの手首を掴んで引っ張る。
「いいですか、ここで退いたら冒険者失格です! なにがなんでもあの扉の方に行きますよ!」
「で、でも……!!」
クオスさんが扉を指さして反論をする。
扉には「私有地です 入らないで下さい」と書いてある。
「正直今までダンジョンが誰の持ちものかとか考えたこともなかったんだけど……」
……む、確かに。
こうやって思いっきり「私有地」と書かれると少し怯んでしまう。入ったらめちゃめちゃ怒られるんじゃないか、とか。「私有地って書いてるのに何で入ったの」とか言われたら返す言葉もない。「ダンジョンだからイケると思いました」とは言いづらい。正直言ってなんぞ思わせぶりな呪いの言葉でも書いてある方がまだ入りやすい。
せっかくダンジョンという非日常に足を踏み入れているのにこういう一気に現実に引き戻すトラップはやめて欲しい。
と思った時、ドラーガさんの方を掴んでいた腕が急に重量感を訴えた。振り返って彼の方を見てみると、彼は地面に寝転んでいた。
「無刀新陰流極意、不動の構え」
何言ってんだこのおっさん。
私は思わず手を放して仰向けに寝転がったドラーガさんを見る。まさか……とは思うけど。
「帰るって言わないと俺はもうここを一歩も動かん!」
マジか。恥も外聞もないなこの人。
「強い意思……格好いい……」
本気で言ってるのかクオスさん。
「クッ、馬鹿言ってないで立ってください! ドラーガさんもメッツァトルの一員なんでしょう! 私より取り分多いんでしょう!」
ドラーガさんの首根っこを掴もうとした私の手を彼の手がはたいた。
「ヤダッ!」
うそだろ……
「ヤダヤダヤダッ!! もう絶対ヤダッ!! 絶対帰るのっ!!」
そう言いながら寝ころんだまま手足を振り回して駄々をこねるドラーガさん。大っきな子供だ……
「いいかマッピ……こうなった俺は……ちょっと頑固だぞ……」
寝ころんだままニヤリと笑みを見せるドラーガさん。
「ぐうううぅぅ~……なんでこんなことに……」
私は思わず涙がにじんでしまった。格好いい冒険者になって、竜人族の姫と魔剣の伝説を解き明かして、押しも押されぬデキる女になるのが夢だったのに……なんでこんな火山の中で大っきな子供の介護をせにゃならんのよ……
「マッピさん……」
涙が落ちないように上を向いていた私にクオスさんが話しかける。
「私……エルフの森で暮らしている時も、冒険者になってからも、ずっと自分に自信がなくて、周りに遠慮ばかりして生きてきていたんです……」
唐突にクオスさんの自分語りが始まった。なんでこんな美人が遠慮して……でも私に向かって「調子乗ってんじゃねぇぞ」とか言っていたような気がするけど。
「でもある日、この人が私の目の前に現れたんです……」
そう言ってクオスさんは足元に転がってるでっかいクソガキに視線を下ろす。
「こんなふうに生きていいんだ、人はこんなにも自由なんだ、って……彼を通して知ることができたんです」
自由にもほどがあると思いますけどね。何事にも節度は大切ですよ?
「だから私にとって……ドラーガさんはヒーローなんです」
いやなヒーローもいたもんだ。
「そのヒーローがこんなにも帰りたいって言ってるんですよ」
おっと多勢に無勢だぞ。そう来たか。
その時さびた鉄の軋む音をさせて、通路の奥の扉が開いた。
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