上 下
11 / 211

初ダンジョン

しおりを挟む
「よし、じゃあマッピを加えての初のダンジョンだ。気合入れていくぞ! トイレは大丈夫だね?」
 
 近所に用事で出かけるんじゃないんだからトイレが大丈夫かどうか聞くのもどうかと思うんだけど、私はこくりと頷く。まあ、近所に用事で出かけてそのまま遭難した人もいますし。
 
「まあ、マッピさんはいきなりドラーガさんと朝帰りしちゃうくらい緩いお股してるんで、しっかりトイレ済ませておかないといけませんからね」
 
 クオスさんが意図の読めない笑顔でそう話しかけてくる。天文館から戻ってきて以来、口調は相変わらずおっとりしてるんだけど、妙に当たりがキツイ気がする。
 
 結局朝帰りというか、あの後も道に迷いまくってアジトに帰ったのは三日後だった。まさか人生初のマッピングがダンジョンの中ではなくカルゴシアの町のど真ん中になるとは思いもよらなかった。
 
「あんまりいじめちゃだめよ、クオス。悪いのはぜーんぶドラーガなんだから」
 
 アンセさんがクオスさんに注意をすると、アルグスさんも申し訳なさそうに口を開く。
 
「いや、正直僕も甘く見てた。ギルドにお使いくらいなら問題ないだろうと思ってたのが認識が甘かったよ。せいぜいチンピラに絡まれるくらいだと思ってたのに……」
 
 いやチンピラにも絡まれましたけどね? 闇の幻影とかいうイタい人達に。
 
 それにしても今回の件、どうやらドラーガさんの『はじめてのおつかい』として私が付き合わされた面もあったらしい。どうもドラーガさんについては他のメンバーの人たちも『何ができて、何ができないのか』、手探りのところもあるみたい。
 
 そして今のところ『何もできない』という結論にたどり着きつつあるみたいだけれども。
 
 正直言って私も嫁入り前の女の子が男の人と一つ屋根の下で夜を過ごした、という事実にはかなり抵抗があるんだけど、アレについては『一つ屋根の下』と言っても、野営した簡易的な屋根の下だし、そもそも場所が町中の空き地だし、で自分の中でどうとらえたらいいのかがまだよく分かっていない。あれは一体本当に何だったんだろう。
 
 とはいえ、です。
 
 目の前にはぽっかりと口を開けたダンジョンの入り口。とうとう私も処女冒険に出ることになったんだ。
 
 入り江の町、カルゴシア。そのカルゴシアに通路のように細い陸続きの『ムカフ島』。『島』とは言われているものの、今の形としては半島になっているこの山は元々海に浮かぶ火山島で、きれいな円錐状の山がどの方向から見てもこちらに向かって見えるので「向カウ島」……『ムカフ島』と呼ばれるようになったらしい。
 
 元々この島にはモンスターの巣くうダンジョンがあることで知られていたけど、孤島であり、補給を受けにくいことからあまり攻略に乗り出す人はいなかった。ところが数年前にムカフ島火山の噴火でカルゴシアと陸続きになることで、パトロンのいない、あまりお金のない冒険者でも攻略に支障が無くなり、冒険者が殺到することとなった。
 
 まだまだ未知の領域が多く、島全体にダンジョンが広がっていることもあり、その全貌は杳として知れない。噂じゃ魔神デーモン級のモンスターも潜んでいるとか……
 
 私たちはカルゴシアと陸続きになっているムカフ島側の冒険者ギルド駐屯地で最後の補給をしてから既知のダンジョン入口の前に立つ。入口は現在三つほどが既知のものだけど、島全体にはもっとたくさんあるだろう、というのが有識者の見解だ。
 
 梁で補強された入口をくぐって、私たちは山肌のダンジョンにさっそく入り込む。先頭はクオスさん、次にアルグスさん、ドラーガさん、その後に私が続いて、最後尾がアンセさん。エルフであるクオスさんの聴覚はかなり敏感らしく、斥候として機能して、次にパーティー最強のアルグスさんが続き、殿しんがりを強力な魔法の使えるアンセさんが押さえる、という布陣だ。
 
 ドラーガさんは弱いし、迷子になられると困るので隊の中央。そしてダンジョン攻略の生命線ともなるマッパーはなんと私が勤めることになった。理由は名前が『マッピ』だから。大丈夫かな、このパーティー。
 
 少し……10メートルくらい進むともう日の光は届かなくなり、暗闇の世界になった。先頭付近のアルグスさんがカンテラに火をつけようとすると聖魔法の呪文の詠唱の声が聞こえた。
 
「光の慈母たる女神ヒルケよ、哀れな迷い子たちを導き給え、トーチ!」
 
 その瞬間、まばゆい光が私達を包み込んだりはしなかった。
 
まあ、どうだろ……明るい……? うん、何もないよりは大分明るい気がしないでもない。明るい明るい。すごいよ。猫だったら多分何の障害もなく歩き回れる明るさだと思う。私は人間だから無理だけど。
 
 魔法を使ったのはドラーガさんだった。聖属性の初級魔法。ダンジョンや建屋内で火の気のない明かりを出す魔法なんだけど、ドラーガさんの『指先の光』では全く周りが見えなかった。
 
「マッピ、トーチをお願いできる?」
 
 アルグスさんに促されて、私はマッピングをしながらもトーチの魔法を唱えて明かりを出現させる。正直言ってマッパーをドラーガさんと変わってほしいけれど、ほんの数日前の『あの体たらく』を見ていればお願いする気にはなれない。
 
 トーチの光があると言っても見えるのはほんの十メートル程度の距離。入り口付近はまだ前回のマップがあるとはいえ、先の見えないダンジョンはまるで大口を開ける地獄の獣のよう。
 
 初めての恐怖を他の人に悟られないように黙々とマップを確認しながら歩いていると先頭のクオスさんが立ち止まった。
 
「もう来たか?」
「うん……」
 
 アルグスさんの問いかけにクオスさんは短く答え、腰帯に差していた弓を踏んで足で整え、弦を張る。
 
 『来た』とはまさか……モンスター? 私がそう考えていると、クオスさんはそのまま矢を弓につがえて、そしてそのままの姿勢で小さな声で呪文を唱える。
 
「風の精霊シルフよ、我が尖兵たちをにっくきかたきの心の臓へと導き給え」
 
 一発、二発、三発と、クオスさんが弓を弾くと、その度に小さく「ギャッ」と声が聞こえた。クオスさんは何事もなかったかのようにさっさと弦を弓から外してまた歩き始めた。
 
 淡々とした作業。
 
 あまりにも静かな日常のような風景。それが思った通りこのダンジョンに入って最初の『戦闘』だったのだ、と私が理解したのは、数十メートルほど歩いてゴブリン三匹の死体を確認してからだった。
 
 まるで朝食のパンを千切るかのように、静かに行われた殺戮。
 
「す……凄い……」
 
 アルグスさんはゴブリンをちらりと一瞥し、何事もなかったかのようにそのまま歩き続ける。
 
 ゴブリン自身にも、彼らの持ちものにも一切気を払うことはない。彼らにとっては敵でも障害でもない。ゴブリンなど道に落ちている石を避けるのと同じなんだと、私は理解した。
 
「分かるか? これがS級のS級たる由縁だ」
 
超絶ドヤ顔のドラーガさんの笑み。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

処理中です...