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第三章 まれびときたりて
カーニバル
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「サリスなら……ここにいますよ……」
?
俺はもう一切れ肉をフォークに刺し、口に運んでから辺りを見回す。
もしかして俺が気付いていないだけで宴には参加していたんだろうか。身を清め、そして着飾っているから気付かなかったとか? もしそうだとしても一言声くらいかけてくれればいいのに。
そう思ってテーブルについている村人を一人一人ゆっくりと眺めるが、しかしやはりサリスはいない。まさか裏で給仕しているのか? せっかく身を清めたのに?
もしかして神の使徒たる勇者に出す料理を運ぶのは身を清めた人じゃないといけないとか? そこまで気を使ってもらわんでもいいのに。
俺がしばらくそうしてキョロキョロとサリスの姿を探していると、お義父さんは怪訝そうな顔をして口を開く。
「ここです……サリスなら、ここにいます……」
そう言って、お義父さんが指さしたのは……
テーブルに並べられた、肉料理だった……
「え? いや……ハハ……」
俺は思わず半笑いで聞き返す。ここにいる? テーブルの上に……? いったい、どういう……
「すいません、言っていませんでしたか。今、テーブルの上に並べられているのが、サリスです」
再度お義父さんはテーブルの上の皿を指し示した。
この肉料理が……サリス……まさか、まさかとは思うけど……
かちゃり、と俺はフォークを皿の上に取り落とした。指が震える。
「冗談……キツイっすよ……だって、これ……ハハ」
震える指で自分の喉を押さえる。そうだ。俺は、この肉を食べている。いや、俺だけじゃない。村人達だって食べているはず……いや、それだけじゃないんだ、お義父さんだって食べていたはず! まさか、自分の娘の肉を!?
ありえない! 自分の娘を殺して、その肉を食べるなんて。いくら何でも荒唐無稽すぎる。
あまりにも、タチの悪い冗談だ。俺はきょろきょろを見回してサリスを探す。きっと、この様子をどっかで見てるはずだ。『大成功』とか書かれたプラカードを持って、突入するタイミングを今か今かと待ってるに違いないんだ。
だって、そんなの、あまりにも……サリス……嘘だ、そんな事、あるはずがない。
「これが、私たちなりの、最高のおもてなしなんです」
お義父さんは真剣な表情でこちらを見つめている。とても冗談を言っているような表情ではない。本当に、自分の娘を殺したっていうのか?
「やがて世界を救う『まれびと』をもてなすことは、我々にとってはこの現世で得られる最高の栄誉なのです」
「だからって……そんな……嘘だろう? 本当に、サリスを……殺し……」
「『もてなし』とは、つきつめると自己犠牲です。こんな、明日の食い物にも困るような寒村で客人に御馳走を振舞うことが、何でもないことのように思いましたか?」
それは確かに考えた。これだけの御馳走を準備するのは大変だったろうな、とは思った。もしかすると、今日の宴で無理をしたために食料が足りずに飢えに苦しむような人も出るのかもしれない。
「そして、究極の自己犠牲とはなにか、分かりますか……」
もはや俺の『疑惑』は『確信』へと変貌していた。
やっぱり、サリスなんだ。テーブルの上に並んでいた肉料理、それを涙を流しながら食べるお義父さんや村人達、サリスの悲しげな表情、『神聖なこと』……今にして思えばすべての事象がそれを物語っていたのだ。
「命を捧げる事です……『まれびと』とは、神の使い、そして神と同一視されるものでもあります。私の娘は、神の体の一部になったのです。これは大変栄誉ある事なのです。もしあなたに、サリスを悼む気持ちがあるのでしたら、悲しむのではなく、悦びをもって彼女の肉を迎え入れてほしい」
信じられない。
信じられないが、だがしかし存在するのだ。
そういう考え方が。
恐ろしさを感じながらも、俺は震えを抑えるため、目をつぶってゆっくりと深呼吸をして気を落ち着けようとする。
自分の胸に触れる。そこからゆっくりと腹へ。
お義父さんは言った。「彼女の肉を迎え入れてほしい」と。
そうだ。今俺の腹の中には、『彼女』がいる。
そう考えると、おぞましい気持ちがこみあげてきた。先ほどまで能天気に『美味い美味い』と言って阿呆みたいに喜んで食っていたんだ。
「よかった……勇者様も『娘を下さい』とおっしゃって下さってはいましたが、何分初めての事で私も緊張していまして……気に入っていただけて良かったです」
お義父さんは、いや、この男はそう言ってそれまで見せていた少し不安そうな表情を緩め、笑顔を見せた。
「んぐっ!?」
強烈な嫌悪感、サリスを失ったという喪失感、そして恐怖。
俺は思わずイスからずり落ちて床に四つん這いになった。こみあげてくる強烈な嘔吐感。
「おうげええぇぇ……おぼっ、おえぇぇぇぇぇ……」
涙を流しながら、俺は胃の内容物を吐き出した。
食べた。
俺が食べたんだ。サリスを。
花のように愛らしい笑顔、鳥のさえずりのように美しい声、風に揺れる薄桃色の髪。もう見ることは二度とない。
俺が「娘さんを下さい」なんて言ったからか? 俺がもう少し思慮深ければ……防げたのか?
「げほっ、げほっ……サリス……ああ……」
涙を流しながら床に這いつくばる俺を、直立した村長が見下ろす。
「なぜ……吐くんですか……」
顔から感情を読み取ることができない。だが俺には分かる。それほどまでにこの男が激怒しているのだという事が。
「なぜ、私達と娘の……心からのおもてなしを……拒否するんですかぁ!!」
まずいまずい、激怒なんてレベルじゃない。次第に表情が歪み、涙を流す村長。俺が料理を吐いたからだ。命をかけたサリスの『おもてなし』を俺が拒否したという風に受け取ったんだ。
一歩一歩、村長は怒りの表情で俺に近づいて来る。右手には肉を取り分けるための大きめのナイフを握っている。
まずい。俺は恐怖で身がすくんで動けない……魔法……魔法ってどうやって出すんだっけ? 恐ろしくて頭がちゃんと働かない。
「あんた……偽物の勇者だな!? 娘の命を……捧げたっていうのにィ!!」
村長がナイフを逆手に持って振り上げる。
もう限界だ。こんなヤバい連中とは付き合いきれない! 逃げないと!!
「チェンジ! チェンジだ!! ベアリス、チェ~ンジッ!!」
ナイフが振り下ろされる。『もうだめだ』……ナイフは俺の首筋に突き立てられ、頸動脈を引き千切り、そしてそのまま心臓にまで達する……そう思われたが、しかし何とか間に合ったようだ。
俺の体は光に包まれ、ハーウィートの村から転移した。
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俺はもう一切れ肉をフォークに刺し、口に運んでから辺りを見回す。
もしかして俺が気付いていないだけで宴には参加していたんだろうか。身を清め、そして着飾っているから気付かなかったとか? もしそうだとしても一言声くらいかけてくれればいいのに。
そう思ってテーブルについている村人を一人一人ゆっくりと眺めるが、しかしやはりサリスはいない。まさか裏で給仕しているのか? せっかく身を清めたのに?
もしかして神の使徒たる勇者に出す料理を運ぶのは身を清めた人じゃないといけないとか? そこまで気を使ってもらわんでもいいのに。
俺がしばらくそうしてキョロキョロとサリスの姿を探していると、お義父さんは怪訝そうな顔をして口を開く。
「ここです……サリスなら、ここにいます……」
そう言って、お義父さんが指さしたのは……
テーブルに並べられた、肉料理だった……
「え? いや……ハハ……」
俺は思わず半笑いで聞き返す。ここにいる? テーブルの上に……? いったい、どういう……
「すいません、言っていませんでしたか。今、テーブルの上に並べられているのが、サリスです」
再度お義父さんはテーブルの上の皿を指し示した。
この肉料理が……サリス……まさか、まさかとは思うけど……
かちゃり、と俺はフォークを皿の上に取り落とした。指が震える。
「冗談……キツイっすよ……だって、これ……ハハ」
震える指で自分の喉を押さえる。そうだ。俺は、この肉を食べている。いや、俺だけじゃない。村人達だって食べているはず……いや、それだけじゃないんだ、お義父さんだって食べていたはず! まさか、自分の娘の肉を!?
ありえない! 自分の娘を殺して、その肉を食べるなんて。いくら何でも荒唐無稽すぎる。
あまりにも、タチの悪い冗談だ。俺はきょろきょろを見回してサリスを探す。きっと、この様子をどっかで見てるはずだ。『大成功』とか書かれたプラカードを持って、突入するタイミングを今か今かと待ってるに違いないんだ。
だって、そんなの、あまりにも……サリス……嘘だ、そんな事、あるはずがない。
「これが、私たちなりの、最高のおもてなしなんです」
お義父さんは真剣な表情でこちらを見つめている。とても冗談を言っているような表情ではない。本当に、自分の娘を殺したっていうのか?
「やがて世界を救う『まれびと』をもてなすことは、我々にとってはこの現世で得られる最高の栄誉なのです」
「だからって……そんな……嘘だろう? 本当に、サリスを……殺し……」
「『もてなし』とは、つきつめると自己犠牲です。こんな、明日の食い物にも困るような寒村で客人に御馳走を振舞うことが、何でもないことのように思いましたか?」
それは確かに考えた。これだけの御馳走を準備するのは大変だったろうな、とは思った。もしかすると、今日の宴で無理をしたために食料が足りずに飢えに苦しむような人も出るのかもしれない。
「そして、究極の自己犠牲とはなにか、分かりますか……」
もはや俺の『疑惑』は『確信』へと変貌していた。
やっぱり、サリスなんだ。テーブルの上に並んでいた肉料理、それを涙を流しながら食べるお義父さんや村人達、サリスの悲しげな表情、『神聖なこと』……今にして思えばすべての事象がそれを物語っていたのだ。
「命を捧げる事です……『まれびと』とは、神の使い、そして神と同一視されるものでもあります。私の娘は、神の体の一部になったのです。これは大変栄誉ある事なのです。もしあなたに、サリスを悼む気持ちがあるのでしたら、悲しむのではなく、悦びをもって彼女の肉を迎え入れてほしい」
信じられない。
信じられないが、だがしかし存在するのだ。
そういう考え方が。
恐ろしさを感じながらも、俺は震えを抑えるため、目をつぶってゆっくりと深呼吸をして気を落ち着けようとする。
自分の胸に触れる。そこからゆっくりと腹へ。
お義父さんは言った。「彼女の肉を迎え入れてほしい」と。
そうだ。今俺の腹の中には、『彼女』がいる。
そう考えると、おぞましい気持ちがこみあげてきた。先ほどまで能天気に『美味い美味い』と言って阿呆みたいに喜んで食っていたんだ。
「よかった……勇者様も『娘を下さい』とおっしゃって下さってはいましたが、何分初めての事で私も緊張していまして……気に入っていただけて良かったです」
お義父さんは、いや、この男はそう言ってそれまで見せていた少し不安そうな表情を緩め、笑顔を見せた。
「んぐっ!?」
強烈な嫌悪感、サリスを失ったという喪失感、そして恐怖。
俺は思わずイスからずり落ちて床に四つん這いになった。こみあげてくる強烈な嘔吐感。
「おうげええぇぇ……おぼっ、おえぇぇぇぇぇ……」
涙を流しながら、俺は胃の内容物を吐き出した。
食べた。
俺が食べたんだ。サリスを。
花のように愛らしい笑顔、鳥のさえずりのように美しい声、風に揺れる薄桃色の髪。もう見ることは二度とない。
俺が「娘さんを下さい」なんて言ったからか? 俺がもう少し思慮深ければ……防げたのか?
「げほっ、げほっ……サリス……ああ……」
涙を流しながら床に這いつくばる俺を、直立した村長が見下ろす。
「なぜ……吐くんですか……」
顔から感情を読み取ることができない。だが俺には分かる。それほどまでにこの男が激怒しているのだという事が。
「なぜ、私達と娘の……心からのおもてなしを……拒否するんですかぁ!!」
まずいまずい、激怒なんてレベルじゃない。次第に表情が歪み、涙を流す村長。俺が料理を吐いたからだ。命をかけたサリスの『おもてなし』を俺が拒否したという風に受け取ったんだ。
一歩一歩、村長は怒りの表情で俺に近づいて来る。右手には肉を取り分けるための大きめのナイフを握っている。
まずい。俺は恐怖で身がすくんで動けない……魔法……魔法ってどうやって出すんだっけ? 恐ろしくて頭がちゃんと働かない。
「あんた……偽物の勇者だな!? 娘の命を……捧げたっていうのにィ!!」
村長がナイフを逆手に持って振り上げる。
もう限界だ。こんなヤバい連中とは付き合いきれない! 逃げないと!!
「チェンジ! チェンジだ!! ベアリス、チェ~ンジッ!!」
ナイフが振り下ろされる。『もうだめだ』……ナイフは俺の首筋に突き立てられ、頸動脈を引き千切り、そしてそのまま心臓にまで達する……そう思われたが、しかし何とか間に合ったようだ。
俺の体は光に包まれ、ハーウィートの村から転移した。
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