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6 炎の谷

再び日輪高校へ

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 バスを降り、大荷物を抱えて息を切らしながら校門までの坂を上がった。緩い右カーブになっている坂の途中から、校門前に立つ財部の背中が見えた。私服に着替え、肩に三脚を担いで重そうなバッグを提げている。足元には3段の脚立まであった。

「おい!」

 10メートルほど手前で呼び掛けると、振り向いて歯を見せた。何の用意か分からないが、サングラスまでかけている。俺は腕時計を見て、ゲート開門まで10分ほど余裕があるのを確かめた。校門前にたどり着いた俺に、財部は「バスか?」と聞いてきた。

「うん。お前は?」
「タクシー。この荷物だからさ」
「一人でか? ……ならひと言ぐらい言えよお前」
「すまん。お前が来るのを待ってたよ」

 額の汗を拭う俺の前で気が利かないサングラス野郎は涼しい顔だが、一人でゲートの不思議を体験するのは尻込みしていたらしい。俺は門を指差して「通ってみないのか?」と冷やかした。

「食われるわけじゃないからよ。面白いぜ」
「やめとくわ。あと何分?」
「7、8分だな。何持って来たんだよ」

 聞かれた財部は「これか?」と、肩から下げた巨大なバッグを持ち上げて見せた。

「学校から借りてきたビデオカメラ。静止画像も撮れる」
「何するつもりだ?」
「決まってんだろ。悪霊に乗っ取られた高校に初めてカメラが入るんだから、全部スクープ映像だぜ。手当たり次第に絵を撮るしかねえだろうが」
「動画サイトにでも流す気か?」
「ダメか?」

 俺が「ダ・メ・だ」と言うと、財部はサングラスを取って口をへの字に曲げた。

「SNSもか」
「ダメだっつったろ」
「資料映像ぐらいはいいだろ? バカみたいに何も取材しないで俺が帰ると思うか?」
「大いに 取 材 しろよ。ただし中では一緒に行動してくれ。俺の目が届かないところでお前がどうなっても責任は持てないからな」
「分かった分かった!」

 校門の内側は相変わらず静かだった。何よりも、ゲートが閉まる前に急いで退出する教職員が一人もいないのは妙だ。メールを送った可成谷さんからも相変わらず返信はない。校内で何か異変が起きているのだろうか。不安を抱えたまま、時計の針が開門時間に達したので俺と財部は校門を抜けて敷地内に入った。

「ちょっと待ってくれ」

 財部が三脚を立てて撮影準備を始めた。俺は渋い顔でレンズの横に立ち、腕組みをして目いっぱいプレッシャーを掛けた。用心のため周囲を見回したが「ゲスト」の姿は見えない。三脚に固定したカメラの前に財部がマイクを持って立ち、録画をスタートさせる。

「えーただ今、取材班は日輪高校の敷地に入りました。時刻は午後3時48分。天候は薄曇りです。我々以外、人の姿はまったくありません。まるで廃校のように閑散としています。この日輪高校では1月下旬から異変が始まったとされており、以来校内には怨霊が頻繁に出没して、今ではほとんどの在校生が登校していないという状態になっています。取材班はこれから校舎内に移動して、内部の状況を克明に伝えていきます。以上、現場からでした」

 録画ボタンを止めるのを待って「なげえよ。手短にやれ」と文句をつけても、敏腕レポーターはにやにや笑って受け流す。今さら後悔しても詮無いが、やはり中に入れるんじゃなかった。

「『取材班』って誰だよ」
「俺とお前に決まってんだろ」
「勝手にクルーのメンバーにするな」
「あのな、現場では何もかもが常に動いてんだよ。取材ってのはそういう動きを臨機応変に追い駆けることが肝心で……」
「そりゃ臨機応変っつうより『融通無碍』だろ? 都合よくできてるよな」

 俺たちは無人の校庭を一直線に横切り、校舎の玄関を目指した。ちょっかいを出す『ゲスト』が出たら即座に滅してやろうと身構えていたのだが、何も起きなかった。

「それから、これ」

 財部が、バッグの中から小さく膨らんだ封筒を差し出した。

「水際さんから差し入れ。お守りだってさ」

 俺は「そいつは感謝感激」と言って、中身も確かめずにバッグの奥へ押し込んだ。念のため断っておくと、失くしたらいけないと思ったのだ。やがて校舎玄関に着き、俺は校内履き、財部はスリッパに履き替えて廊下に上がった。

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