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5 巫女
財部豪介氏のレクチャー②
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「それなりに金を積むか、じゃなきゃ『広くて上等な土地をやる』って言えばよくないか?」
俺は今の常識に照らして考えたわけだが、財部の見方は殺伐としていた。
「そりゃどんなもんかな。銃口突き付けて追い立てる方がずっと手っ取り早いだろ。まあ奈良時代に銃はなかったろうが。似たようなことは今だって世界中で起きてるし」
「まあ、そんなふうにも考えられるな」
財部が熱っぽく語る奈良時代の出来事と、現代の日輪高校を見舞っている災難とどんな関係があるのか、俺にはまだ見えていない。だが財部の入れ込みようは、核心部分にたどり着いた手応えを感じているようにも窺える。
「それにさ、日輪のある場所はただの集落跡ってわけでもないんだ。ここを読んでみろよ」
目の前に示された文面を俺は読んだ。「大規模な祭祀場跡」「集団墓地の可能性」──そして「綿密な再調査を強く要請」という部分にアンダーラインが引いてある。
顔を上げると、ぎらついた財部の視線ともろにぶつかった。
「開校の前年、追加工事が再開される2カ月前だが、この件で埋蔵文化財センターが調査結果を発表してる。会見の最後に記者からこんな質問が出た。『人骨が出土したという話が出ていますが』。センター所長は『その種の物は出ておりません』と全否定した。とにかく、遺跡関係の調査はここですべて終了して、その後は開校までのスケジュール消化になった。……実は俺、最後の質問をぶつけた記者に会ってきた」
正直、これには驚いた。ほぼ土日のうちにここまで調査の手を広げられるものなのか。
「記者って、36年前の人だろ?」
「だからもう定年退職して、今は悠々自適だよ。でも俺が財部と名乗ったら、『ひょっとして財部英作と関係の人?』とか言うんでびっくりした。俺の祖父さんとは同業他社同士で知り合いだったんだ」
財部の祖父──財部英作というのは、業界では有名な事件記者だった。スクープを連発してその名を轟かせていたが、ある疑獄事件で与党の大物政治家摘発を前打ちしたところ、政権上層部から圧力がかかり、結果的に誤報になった。これが痛手となって務めていた新聞社を辞め、その数年後失意のうちに亡くなった。財部にとって、この見知らぬ祖父は神格化された存在であり、その志を継ぐと言って俺にもジャーナリスト志望を公言していた。
「『孫です』って言ったら、俺より驚いてたな。祖父さんとは某県警の記者クラブで一緒だったことがあって、散々抜かれてひどい目に遭ったらしいよ。でも『昔の話だから恨みっこなしだ』って笑い飛ばして、いろいろと親切に教えてくれた」
「よかったな。で、どういう話」
「センターの調査が打ち切られた後、自分が自分のやり方で調査を続けよう。そう決心した」
「ほう」
「地元駐在の記者として、以前から耳に入れていた古い言い伝えが気になって仕方なかった。その人にとっては運命的なテーマとの出会いだったわけさ」
財部はその元記者から聞き込んだ話を続けた。
日輪高校が今ある場所は、神社が残っていた17世紀の初めまで里人が絶対に足を踏み入れてはいけない禁断の地だった。でもなぜそうなったのかが分からない。それを探るため、記者は日常業務の合間を縫って取材を進めた。まず、寺の過去帳や登記簿を当たって、古くから日輪高校用地周辺に住んでた人を探し出し、土地に関する言い伝えを集めていった。別の土地に引っ越した人間には、遠方までも会いに行った。
「だけど、昔の話を関係者から聞き出すのは大変だったらしい」
「大昔の言い伝えだろ? 秘密にすることでもないだろうが」
財部は「そう思うか?」と意味ありげに俺の顔を見つめ、首を横に振った。
「話を聞いた相手はみんな当時でも相当な年寄りだ。若い頃からみだりに口外することは禁じられてた話だし、それに30何年も前だから、今より地縁血縁の縛りもきつくて、多くの人はその話に触れたがらなかったらしい。でもその元記者は粘り強く取材を続けて、最後には記事にすることについても複数の関係者から了解を取り付けたそうだ。でも、記事はボツになった」
「ひでえな。どうして」
「単なる伝説なら作り話と大して変わらんだろう、新聞記事にはなじまないって社の上層部に撥ね付けられんだとさ」
「へええ。で、それっきり?」
財部は「まさか」と、俺の不案内ぶりにさもあきれた様子で笑い飛ばした。
「とにかく、住民の間で秘密のうちに伝えられてきた話の全容を苦労して採取したわけだから、なんとしても形に残したかった。それで、県の広報誌に」
財部はスクールバッグから古いパンフレットのような刊行物を引っ張り出し、目次ページを開いて俺の前に差し出した。
「これだよ。『龍王台の深淵──志於綾井郎女伝説』。このタイトルで3回に分けて掲載して、彼なりにけじめをつけた。お前にやるよ」
「いいのか?」
「あの人は俺にくれるって言った。だけど貴重な資料だから粗略に扱うなよ」
「了解した」
「俺はここに書かれてる内容は信憑性があると思う。お前が読んで少しでも参考になれば、多少は手伝いができたことになるだろう」
俺は「いろいろとありがとう」と言ってその3冊を受け取った。続けて「お前には世話になったな」と言った時、自分のシャレにならない口調に気付いた。しまったと思ったが、もう遅い。
案の定、財部はたちどころに眉間に皺を寄せた。
「どうしたんだよ?」
やむなく俺は、自分がこれから日輪高校で行うことを包み隠さず話した。「下手すると死ぬかも」とまで付け加えた。
「どうしてもお前がやらなきゃいけないのか」
「うん。先祖代々の使い魔を永久に失うかもしれない。責任取らないわけにいかないんだよ」
「親父さんは?」
「『やれるだけはやれ』って。俺も逃げたいとは思ってない」
「そうか。学校には今日行くのか?」
「そのつもりだよ」
俺は壁に掛かっている店の時計を確認した。午前10時35分。午後のゲート開門まであと5時間ある。準備を整える時間は十分だった。
腕組みをして何か考え込んでいる様子の財部が顔を上げた。
「今日の授業はもう無しだ。俺も日輪高校って行ったことがなかったから、ちょっと覗いてみていいか?」
実を言うと、俺は恐れていた。財部がいつかこれを言い出すのではないかと。好奇心の塊みたいなこの男があの校舎内に入ったら、「悪霊に取り憑かれた高校」のタイトルを念頭に徹底的な調査を始めるのは目に見えている。結果、こいつにどんな災難が降りかかるか知れたものではない。
一応「校門までだぞ」と予防線を張ってみたが、「中へ入んなきゃ意味ないだろ」と聞き入れない。「バカ言え。今日明日にも出入りできなくなるかもしれないんだ。永久に閉じ込められても……」と言いかけると、財部は店中に響くような声で騒ぎだした。
「お前はどうなんだ! 閉じ込められるの覚悟の上なんだろ? 俺に黙って転校したことといい、バカやっては泣きっ面ばかり見せやがって! 今度もそうやってカッコいいところ独り占めする気かよ!」
荒い息で俺を睨みつける財部が、声を落として言った。
「ケチ臭いことしてんじゃねえよ。俺も一枚噛ませろ」
俺は今の常識に照らして考えたわけだが、財部の見方は殺伐としていた。
「そりゃどんなもんかな。銃口突き付けて追い立てる方がずっと手っ取り早いだろ。まあ奈良時代に銃はなかったろうが。似たようなことは今だって世界中で起きてるし」
「まあ、そんなふうにも考えられるな」
財部が熱っぽく語る奈良時代の出来事と、現代の日輪高校を見舞っている災難とどんな関係があるのか、俺にはまだ見えていない。だが財部の入れ込みようは、核心部分にたどり着いた手応えを感じているようにも窺える。
「それにさ、日輪のある場所はただの集落跡ってわけでもないんだ。ここを読んでみろよ」
目の前に示された文面を俺は読んだ。「大規模な祭祀場跡」「集団墓地の可能性」──そして「綿密な再調査を強く要請」という部分にアンダーラインが引いてある。
顔を上げると、ぎらついた財部の視線ともろにぶつかった。
「開校の前年、追加工事が再開される2カ月前だが、この件で埋蔵文化財センターが調査結果を発表してる。会見の最後に記者からこんな質問が出た。『人骨が出土したという話が出ていますが』。センター所長は『その種の物は出ておりません』と全否定した。とにかく、遺跡関係の調査はここですべて終了して、その後は開校までのスケジュール消化になった。……実は俺、最後の質問をぶつけた記者に会ってきた」
正直、これには驚いた。ほぼ土日のうちにここまで調査の手を広げられるものなのか。
「記者って、36年前の人だろ?」
「だからもう定年退職して、今は悠々自適だよ。でも俺が財部と名乗ったら、『ひょっとして財部英作と関係の人?』とか言うんでびっくりした。俺の祖父さんとは同業他社同士で知り合いだったんだ」
財部の祖父──財部英作というのは、業界では有名な事件記者だった。スクープを連発してその名を轟かせていたが、ある疑獄事件で与党の大物政治家摘発を前打ちしたところ、政権上層部から圧力がかかり、結果的に誤報になった。これが痛手となって務めていた新聞社を辞め、その数年後失意のうちに亡くなった。財部にとって、この見知らぬ祖父は神格化された存在であり、その志を継ぐと言って俺にもジャーナリスト志望を公言していた。
「『孫です』って言ったら、俺より驚いてたな。祖父さんとは某県警の記者クラブで一緒だったことがあって、散々抜かれてひどい目に遭ったらしいよ。でも『昔の話だから恨みっこなしだ』って笑い飛ばして、いろいろと親切に教えてくれた」
「よかったな。で、どういう話」
「センターの調査が打ち切られた後、自分が自分のやり方で調査を続けよう。そう決心した」
「ほう」
「地元駐在の記者として、以前から耳に入れていた古い言い伝えが気になって仕方なかった。その人にとっては運命的なテーマとの出会いだったわけさ」
財部はその元記者から聞き込んだ話を続けた。
日輪高校が今ある場所は、神社が残っていた17世紀の初めまで里人が絶対に足を踏み入れてはいけない禁断の地だった。でもなぜそうなったのかが分からない。それを探るため、記者は日常業務の合間を縫って取材を進めた。まず、寺の過去帳や登記簿を当たって、古くから日輪高校用地周辺に住んでた人を探し出し、土地に関する言い伝えを集めていった。別の土地に引っ越した人間には、遠方までも会いに行った。
「だけど、昔の話を関係者から聞き出すのは大変だったらしい」
「大昔の言い伝えだろ? 秘密にすることでもないだろうが」
財部は「そう思うか?」と意味ありげに俺の顔を見つめ、首を横に振った。
「話を聞いた相手はみんな当時でも相当な年寄りだ。若い頃からみだりに口外することは禁じられてた話だし、それに30何年も前だから、今より地縁血縁の縛りもきつくて、多くの人はその話に触れたがらなかったらしい。でもその元記者は粘り強く取材を続けて、最後には記事にすることについても複数の関係者から了解を取り付けたそうだ。でも、記事はボツになった」
「ひでえな。どうして」
「単なる伝説なら作り話と大して変わらんだろう、新聞記事にはなじまないって社の上層部に撥ね付けられんだとさ」
「へええ。で、それっきり?」
財部は「まさか」と、俺の不案内ぶりにさもあきれた様子で笑い飛ばした。
「とにかく、住民の間で秘密のうちに伝えられてきた話の全容を苦労して採取したわけだから、なんとしても形に残したかった。それで、県の広報誌に」
財部はスクールバッグから古いパンフレットのような刊行物を引っ張り出し、目次ページを開いて俺の前に差し出した。
「これだよ。『龍王台の深淵──志於綾井郎女伝説』。このタイトルで3回に分けて掲載して、彼なりにけじめをつけた。お前にやるよ」
「いいのか?」
「あの人は俺にくれるって言った。だけど貴重な資料だから粗略に扱うなよ」
「了解した」
「俺はここに書かれてる内容は信憑性があると思う。お前が読んで少しでも参考になれば、多少は手伝いができたことになるだろう」
俺は「いろいろとありがとう」と言ってその3冊を受け取った。続けて「お前には世話になったな」と言った時、自分のシャレにならない口調に気付いた。しまったと思ったが、もう遅い。
案の定、財部はたちどころに眉間に皺を寄せた。
「どうしたんだよ?」
やむなく俺は、自分がこれから日輪高校で行うことを包み隠さず話した。「下手すると死ぬかも」とまで付け加えた。
「どうしてもお前がやらなきゃいけないのか」
「うん。先祖代々の使い魔を永久に失うかもしれない。責任取らないわけにいかないんだよ」
「親父さんは?」
「『やれるだけはやれ』って。俺も逃げたいとは思ってない」
「そうか。学校には今日行くのか?」
「そのつもりだよ」
俺は壁に掛かっている店の時計を確認した。午前10時35分。午後のゲート開門まであと5時間ある。準備を整える時間は十分だった。
腕組みをして何か考え込んでいる様子の財部が顔を上げた。
「今日の授業はもう無しだ。俺も日輪高校って行ったことがなかったから、ちょっと覗いてみていいか?」
実を言うと、俺は恐れていた。財部がいつかこれを言い出すのではないかと。好奇心の塊みたいなこの男があの校舎内に入ったら、「悪霊に取り憑かれた高校」のタイトルを念頭に徹底的な調査を始めるのは目に見えている。結果、こいつにどんな災難が降りかかるか知れたものではない。
一応「校門までだぞ」と予防線を張ってみたが、「中へ入んなきゃ意味ないだろ」と聞き入れない。「バカ言え。今日明日にも出入りできなくなるかもしれないんだ。永久に閉じ込められても……」と言いかけると、財部は店中に響くような声で騒ぎだした。
「お前はどうなんだ! 閉じ込められるの覚悟の上なんだろ? 俺に黙って転校したことといい、バカやっては泣きっ面ばかり見せやがって! 今度もそうやってカッコいいところ独り占めする気かよ!」
荒い息で俺を睨みつける財部が、声を落として言った。
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