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序章 女王様の呼び出し
生徒会室④
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「じゃあ、『転校』って憧れるでしょ? 正直に言いなさいよ、無自覚な『転向』なら幾度となく繰り返したであろう、きみ。ミステリアスな雰囲気を纏いつつ先生に紹介されて、黒板に『座光寺信光』って自分の名を書いている背中には、『いったいこいつ何者なんだ?』ってクラス全員の視線が集中する。やがてクラス一の美少女とのロマンスが始まるって流れ! 違う?」
「ラノベの読み過ぎですよ!」
「あら!」彼女の目に凶暴な何かが走り、俺の背中には悪寒が走った。
「あなたラノベをバカにしてるの? これから先、ろくな人生送れないわよ!」
「だから俺が転校しなきゃいけない理由は何なんですか!」
生徒会長様は、「あ、ごめんごめん」と目を斜め上に向けて腰に手を当て、口をへの字に曲げて、書類が百枚くらい吹き飛びそうなため息を鼻から吐き出した。恐らく今度はハリウッド映画にでもありそうな、厄介な命令を部下に押し付ける女上司でも演じようとしているのだろう。
「つまり転校生として日輪高校に潜入し、任務を果たしてほしいの」
「座光寺として果たさなきゃならない任務なんですか?」
「当たり前じゃない!」
こいつ足りないのか? とでも言いたげに眉間に皺を寄せて水際様が睨む。やれやれ。明日から生理なのは分かりますけど、俺の身にもなってくださいよ。
「俺一人でですか?」
「あなたホモ? 男二人でなきゃ嫌なの?」
「ホモ……差別意識剥き出しじゃありませんか!」
「残念ね。LGBTにとって根強い偏見との戦いは最短でも向こう百年続くと私は予想するけど、強く生きなきゃダメよ? 気を落としたら負け」
「いや、だから」
高校2年にもなって下手に特定の男とつるんでいれば、何ごとであれ「芳醇な香り」を嗅ぎつけたがる部類の女子に格好の餌を与えかねない。それくらいは俺も知っている。俺たちはそういう難しいお年頃なのだ。
「決めつけないでくださいよ。なんで俺が気を落とすんですか!」
「そうイキリ立つからダメなの。本来恥じる必要なんて全然ないんだから。いい? 例えば『ノーマライゼーション』って言葉が効力を持っていること自体、偏見がまだ根を張っている証拠でしょ? あなたの頭でもこのくらい分かるわよね。だから私たちにできるのは、意識の深層レベルまで根付いている差別と偏見から目を背けずに直視すること、『現実』がたとえ認めがたいものであっても、それはあくまで『現実』として否定しないことよ! これはね、とっても勇気が要るけれど、ことさらLGBTへの理解と共感ばかり強調するのは差別の助長にしかならないの。だからあなたが仮に性的マイノリティー──こういう呼び方自体褒められたもんじゃないわね──の立場でないとするなら、そうやってムキになるのはまさしく差別の入り口に……」
「あの、ご高説はまた別の機会にでも」
「そうね。どっちにしても一人の方がやりやすいでしょ。分かった? じゃあさっそく準備して。明日から行ってもらうんで」
「明日? 冗談でしょ!」
「それが先方の希望なの。『3日待って』って言ったけど聞いてくれなかったわ」
「分かりましたよ……」
生徒会室から退出しようとした時、駄目押しとばかりに生徒会長様の 大音声が轟いた。
「あなたのホモだちの財部君、彼の童貞は私が貰ったからね! 残念でした!」
「『残念でした』って、俺がですか?」
「だってあなた、わが身を差し出そうとしてたんでしょ? 彼の筆下ろしのために身を挺して、」
俺は最後まで聞かずに生徒会室を出て、後ろ手にドアを閉めた。
「ラノベの読み過ぎですよ!」
「あら!」彼女の目に凶暴な何かが走り、俺の背中には悪寒が走った。
「あなたラノベをバカにしてるの? これから先、ろくな人生送れないわよ!」
「だから俺が転校しなきゃいけない理由は何なんですか!」
生徒会長様は、「あ、ごめんごめん」と目を斜め上に向けて腰に手を当て、口をへの字に曲げて、書類が百枚くらい吹き飛びそうなため息を鼻から吐き出した。恐らく今度はハリウッド映画にでもありそうな、厄介な命令を部下に押し付ける女上司でも演じようとしているのだろう。
「つまり転校生として日輪高校に潜入し、任務を果たしてほしいの」
「座光寺として果たさなきゃならない任務なんですか?」
「当たり前じゃない!」
こいつ足りないのか? とでも言いたげに眉間に皺を寄せて水際様が睨む。やれやれ。明日から生理なのは分かりますけど、俺の身にもなってくださいよ。
「俺一人でですか?」
「あなたホモ? 男二人でなきゃ嫌なの?」
「ホモ……差別意識剥き出しじゃありませんか!」
「残念ね。LGBTにとって根強い偏見との戦いは最短でも向こう百年続くと私は予想するけど、強く生きなきゃダメよ? 気を落としたら負け」
「いや、だから」
高校2年にもなって下手に特定の男とつるんでいれば、何ごとであれ「芳醇な香り」を嗅ぎつけたがる部類の女子に格好の餌を与えかねない。それくらいは俺も知っている。俺たちはそういう難しいお年頃なのだ。
「決めつけないでくださいよ。なんで俺が気を落とすんですか!」
「そうイキリ立つからダメなの。本来恥じる必要なんて全然ないんだから。いい? 例えば『ノーマライゼーション』って言葉が効力を持っていること自体、偏見がまだ根を張っている証拠でしょ? あなたの頭でもこのくらい分かるわよね。だから私たちにできるのは、意識の深層レベルまで根付いている差別と偏見から目を背けずに直視すること、『現実』がたとえ認めがたいものであっても、それはあくまで『現実』として否定しないことよ! これはね、とっても勇気が要るけれど、ことさらLGBTへの理解と共感ばかり強調するのは差別の助長にしかならないの。だからあなたが仮に性的マイノリティー──こういう呼び方自体褒められたもんじゃないわね──の立場でないとするなら、そうやってムキになるのはまさしく差別の入り口に……」
「あの、ご高説はまた別の機会にでも」
「そうね。どっちにしても一人の方がやりやすいでしょ。分かった? じゃあさっそく準備して。明日から行ってもらうんで」
「明日? 冗談でしょ!」
「それが先方の希望なの。『3日待って』って言ったけど聞いてくれなかったわ」
「分かりましたよ……」
生徒会室から退出しようとした時、駄目押しとばかりに生徒会長様の 大音声が轟いた。
「あなたのホモだちの財部君、彼の童貞は私が貰ったからね! 残念でした!」
「『残念でした』って、俺がですか?」
「だってあなた、わが身を差し出そうとしてたんでしょ? 彼の筆下ろしのために身を挺して、」
俺は最後まで聞かずに生徒会室を出て、後ろ手にドアを閉めた。
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