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恋愛編

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昼食後、再び馬車に乗り込み森の中を走る
ラピス皇国を出発してから昼食を含めて早二時間
私と殿下の間には…

「・・・」
「・・・」

沈黙が訪れていた

「…いい天気でよかったですねぇ」
「そうだな
天気が悪いと森の中は走りにくい」
「揺れると酔ってしまいますものね」
「あぁ」
「「・・・」」

苦し紛れに天気の話をふってみるが、案の定盛り上がらずにすぐに沈黙が訪れる
なにか話さなければならないのはわかっているのだ
だがもう話題がない

誤解しないでほしいが、別に私が口下手と言うわけでもない
むしろ貴族という社交が重要視される立場にいるため、それほど親しくない相手とも適度に会話ができるよう、流行の歌劇やファッション、政治の話まで様々な話題の引き出しを持っている方だと思う
だが…

殿下とは数年間もまともに会話していなかったんだもの
共通の話題もないし…
そんな相手と急に2時間も二人っきりにされたら、いくらなんでも話題も尽きてしまうわ…

お茶を共にするのであれば並べられているお菓子やお茶について話せばいい
食事を共にするのなら食事について話せばいい
だがここは馬車の中
いくら宮家の馬車が大きく立派だと言えど、揺れる馬車の中でお茶をするわけにもいかない

そんな中で何を話せと…

考えてため息をつきたくなるのをグッとこらえ窓の外に視線をやった

なにか話題になるものは…
…何もないわ
……それにしてもいい天気ね
日差しはぽかぽかと気持ちいいし
馬車の揺れも心地よくて…

ボーッと景色を眺めていると、だんだん瞼が重くなってくる

あぁ…ダメ…
眠ってしまっては…
殿下の前だもの…
失礼、に・・・

そこでふつりと私の意識は途絶えた

________________________

不規則に揺れる馬車の中
セシリアと向かい合って流れていく景色を眺める
俺も彼女も無言だが、特に気まずいとは感じない
沈黙さえも心地良く感じるのは、彼女が醸し出す心地のよい空気感のおかげだろう
外に目をやっている彼女の横顔は長い髪に隠れて見えないが、きっと穏やかに凪いだものなのだろうと想像し、ふっと自分の口元が弛むのを感じた

幸せに浸りながらしばらく彼女を見つめていると、彼女の頭…いや、身体全体が馬車の揺れのせいにしては不自然に揺れていることに気がつく

「セシル・・・?」

不思議に思って声を掛けるが返事がない

「セシル、どうした?」

もう一度呼びかけるも、やはり返事はない
いよいよおかしいと思った俺は、腰を上げて彼女に向かって手を伸ばした

「気分でも悪いのか?」

声を掛けながらそっと髪をよけ、彼女の顔をのぞき込む

「…すー・・・」
「!」

寝て、いる

いつも凛とした佇まいを崩さず、綺麗な笑みを浮かべている彼女が、寝ている

「…」

寝顔は普段よりもはるかに無防備で、どこか幼い
そのくせ目元の黒子と薄く開いた唇になんとも言えない色気を感じた

「…」

ごくりと無意識に喉がおとをたてた
髪を払って伸ばしたまま固まっていた手をそっと頬に滑らす

「ん…」

形のよい唇から漏れた艶やかな声にどくりと心臓が跳ねた

「ぅ…ん…」

身じろぎした彼女が、無意識なのだろう
頬に触れていた手に頬を擦りよせふっと表情を和らげる

っ…!

頬に熱が集まり胸が高鳴る
気がつくと、いけないと思う理性とは裏腹に、俺は吸い寄せられるように彼女に顔を近付けていた・・・


________________________



セ・・
…シル
セシル

はるか遠くで誰かが自分を呼んでいる声がする

あぁ…起きなくては・・・
でも…もう少し…
なんだかとても眠たいの…
暖かくて気持ちいい・・・

夢うつつ
うとうととまどろんでいると、優しく肩を揺すられて意識がすっと浮上する

「、ん…」

開いた目に映るのは自邸でも、寮の自室でもはないことはわかった

あら・・・?ここは・・・
私どうしたんだったかしら…

ぼーっと考えているとふと自分の右側にある温もりに気が付いた
ゆっくりとそちらを向くと天色の瞳が目に入る

綺麗な色・・・

寝起きで思うように動かない頭のまま、その色をじっと見つめる
しばらくそうしているとがたりと身体が揺れた

「きゃっ」

小さく悲鳴を上げるとぐっと肩を抱かれる

「大丈夫か?」

声をかけられたのと揺れた衝撃で完全に意識が覚醒した

!そうだわ、ここは馬車の中で・・・!

思い出したと同時に自分のしてしまったことに気が付き、パッと殿下から距離をとる

「も、申し訳ございません
私、寝てしまっていたのですね」
「あぁ
・・・倒れるといけないと思って隣に映らせてもらった」
「それは・・・お気遣いいただきありがとうございました」
「気にするな、気持ちよさそうに寝ていたから本当はもう少し寝かしていてやりたかったんだが…
もうすぐ王城に到着する」
「!そんなに長い間…申し訳ございません」

いくら婚約者といえど男性の…しかも皇族の前で転寝するなどありえない
なんてことをしてしまったんだ

その後、王城につくまでひたすら恐縮していた私に、殿下はただ気にするなと繰り返した
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