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恋愛編

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アンバー王国に向かう馬車の中
殿下と向かい合って座面に腰かけ、流れる景色を窓から眺める

「今は…国境の森辺りでしょうか?」
「そうだな
もうすぐうちの森を抜けて不可侵の森に入る頃だろう」

この世界は大きな大陸になっており、不可侵の森を中心としてそれぞれ東がラピス皇国、西がジェイド皇国、南はガーネ王国、北がアンバー王国の領土になっている
不可侵の森とは魔法学校のある森の事であり、4つの国が平等に金銭を出しあって維持している場所の事だ
全ての国の入り口は不可侵の森と繋がっており、国と国とを行き来する際は必ずこの森を通ることになる

「私、国外に行くのは初めてなのです」

景色を眺めながら何気なくそう言うと、殿下に驚いたような目を向けられた

「そうなのか?」
「はい、幼い頃は国を跨いだ移動は体の負担になるといけないからと父が反対しておりましたし、学校に入学してからは自邸で過ごすことが多かったので」
「友人のパーティーに参加したりもなかったのか?」
「特別親しくしているのは同じ研究室の方たちだけなのですけれど、私を含めて皆あまり派手な社交は好まないのです
もちろん誕生パーティーなどの必要最低限は行っていますが、それも自国の出席者のみということが多くて…
私の所属する研究室はラピス皇国の出身者は私だけなので、ほとんど機会がなかったんです」

答えると殿下の眉間に皺が寄る

「クラスメートの誘いは?」

その問いに曖昧に微笑み口を開く

「それはありましたけれど…すべてには出席できませんでしょう?
どれかに出てどれかを断るとなると必ず角がたちますから…それならばと必要最低限以外の招待はすべてお断りしていたんです」

というのは建前
本心はメリットもなく親しくもない相手のパーティーに参加して愛想笑いを浮かべているよりは、自邸で研究にいそしんでいる方が有意義だと判断したからだ
だがそんな考えは貴族女性としてあまり相応しくない

なので聞かれた時は建前を告げるようにしている
ちなみに今まで両親も含め、誰にも本心がばれたことはない

「なるほどな・・・」

殿下も例にもれず、納得したように頷いた

話が一段落したところで再び窓に視線を向けると、馬車の速度が落ちていることに気がついた
首をかしげると殿下も外を確認し、あぁと呟く

「学校の解放されているカフェで休憩もかねて昼食をとる予定にしていたんだ
もうすぐ着くんだろう」
「そうでしたか」

そう話しているとちょうど馬車が止まり、到着したと声がかけられた
開かれたドアに殿下が立ち上がる

「行くか」

エスコートするためなのだろう
当たり前のように差し出された手

「はい」

返事をしてその手に自分の手を重ねると彼は安心したように微笑んだ

____________________________________


セシリアをエスコートし、席に座らせて自分も向かいに腰を下ろす
しばらくしてから運ばれてきた食事を二人でとりながら、俺は先ほどの会話を思い出していた

本人はああいってくれていたが、彼女が招かれたパーティーに参加できなかったのは俺のせいなのだろう
彼女は幼い時から俺の婚約者になることがほぼ確定していた
そのため、彼女の周りからは恋愛対象となりそうな年代の異性は軒並み排除されていたのだ
彼女に兄弟はいないし、恋愛対象にならず、パートナーを務められる程度の年代の親戚もいない
唯一パートナーとして許されている俺とは気まずい関係が続いていたため、彼女は社交の場に出たくとも出席することが叶わなかったのではないだろうか
…きっとそうに違いない

美しい所作で食事を口に運ぶセシリアをみる

夜会に出れるようになったばかりであるセシリアくらいの年代の女性たちは、憧れもあるのだろう
社交の場に出るのを好む者達が多い
きっと彼女も美しく着飾り大人の証である社交の場に出ることを楽しみにしていただろうに…
俺のせいで・・・

「殿下?難しいお顔をされてどうされました?」

知らず知らずのうちに表情がこわばっていたらしい
首をかしげるセシリアに笑顔を返す

「何でもない
少し考え事をしていただけだ」
「そうですか?
…ご無理なさらないでくださいね」

心配そうに控えめに声をかけてくるセシリア

俺のせいだとしても、彼女は決して俺を責めることはしない
そして謝罪も求めていないのだろう
セシリアとはそういう女性だ

ならばせめて・・・

「…ありがとうな」
「?」

いきなりの感謝の言葉に不思議そうに首をかしげる彼女を笑みがこぼれる

「何でもない
さて、最後にデザートでも頼もうか
何がいい?」
「え?あ…そうですね…」

今まで我慢させたぶん、これからはできる限り彼女を喜ばせてやろう
手始めはこの休暇中に夜会につれていってやらねばな…

メニューをみながら悩むセシリアを見て、そう心に決めた
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