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2・依頼人④小野寺瑛二
車
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ドライブしよう、とコーヒーを飲み終えるとケントさんが誘ってきた。
俺が思案していると、
「寮には間に合うように送るし、お金の心配もいらない」
と一言付け加えた。
車でしばらく走っていると、街中を抜けて田園風景が広がる一本道になった。そこでケントさんは助手席に座る俺の手に触れ、話し始めた。
「当直のバイト、少し早めに出勤して、外来の谷口さんに会ったよ」
「!!」
俺は窓の外から視線をケントさんに移し、静かに待った。
「結論から言うと、志村さんはおそらく無実だ。谷口さんは暴露サイトでそういう書き込みを見た、というのと、同期の馬場園さんから志村さんの転売話を聞いたらしい。サイトの方はすでに削除されているから確認取れなかったが、番号が抜けてるからおそらく実名の入った投稿があったんだろう。んで、馬場園さんていうのが元々外来の看護師だったが素行が悪すぎて異動になってる。異動先は、志村さんと同じ訪問看護ステーションだ。谷口さんは同期だからと信じたのかもしれないが、嘘をついて志村さんを陥れようとしたんじゃないかな」
「志村さんは47才なんですけど、馬場園さんは若いんですよね?」
「谷口さんと同じ24才」
「いとこの姉ちゃん、谷口さん、馬場園さんは同い年か」
「まあ恋愛絡みじゃなくて、普通に仕事上で起きたトラブルによる逆恨みだな。言うのははばかるんで、察してくれ」
「ん? ケントさんは聞いたんですね? 教えてくれないんですか」
「とにかく、志村さんといとこちゃんは無関係。話は終わり」
「えー、待って、東雲病院の薬が盗まれてるのは事実ですよ? 薬局長が躍起になってるんでしょ? その犯人が別にいるんですよね」
「それはあまねが依頼された話とは違うだろ? お前、なんでもかんでも首つっこみすぎだろうが」
ケントさんはあきれたようにため息をついた。
「話がどんどん大きくなっちゃうだろ。東雲病院については調査終わり。もう新藤凪はやめる。まだいとこちゃんに薬を渡した人物探すっていうなら、別の線で動けよ」
「大きい問題なんですよぉ……」
俺は額にトン、と拳を当てた。
コドアラと書いたノートをバッグから取り出し、ケントさんから聞いた内容を書き留める。
俺は再び窓の外を見やり、まだ続いている田園風景に疑問を持った。すでに、青海市のはずれまで来ていた。
「……ケントさん、ところでどこに向かってるんですか?」
「えー? ニューオータニミナミのビュッフェ食べに行こうと思ってる」
「あー、香山市にあるホテル? じゃあこの道は違うかも」
「そう? 抜けれるかなと思って」
「いや、抜け……」
れませんよ、と言うのをやめた。
この道の先は、香山市と青海市の境になり、大きな霊園があるだけだ。
俺は慌てて脳内会議を行う。
━━━俺と、霊園のことを知ってるのは誰だ?
親父、神崎家の人間、それから……
━━━北原さん。
俺は普段身内のことは言わないようにしているが、この前、東雲病院でどうしても谷口さんのシフト表がみたくて受付の北原さんとおしゃべりをした。
そのとき、俺は『母親の墓が遠くて行けない』という話をした。無邪気でいて、少しかわいそうな生い立ちの健気な少年を演じて、北原さんの懐に入りたかったからだ。
ケントさんは一昨日東雲病院の当直をした。
11月のシフト表を思い浮かべる。
外来と受付は、一緒の用紙にシフトが組まれていた。
8日金曜、
・
・
谷口ミカサ、遅番(外来)、
・
・
・
・
北原麗那、日勤(レセ)。
故意なのか、偶然なのか。
「あ、行き止まりだったわ」
白々しく、ケントさんは呟いた。
「あまねー、一服してナビ入れとくから、少し散策してこいよ」
見事なポーカーフェイスで、のたまう。
「……『おしゃべりなやつめ』」
ケントさんが、以前言った言葉をそのまま使う。
俺がそう吐き捨てると、ケントさんは優しく微笑み、
「ほんと、おしゃべりな女だよなあ」
と答えて、ポケットからタバコを取り出した。
その言葉で、十分だった。
ケントさんは、北原さんから俺のことを聞いたのだ。俺がケントさんのことを知ったときのように。
怒りと、わずかな恐怖で、俺はそれ以上追及せず車を降りた。勢いよくドアを閉め、スタスタと母さんの眠る場所まで、歩いて行った━━。
俺が思案していると、
「寮には間に合うように送るし、お金の心配もいらない」
と一言付け加えた。
車でしばらく走っていると、街中を抜けて田園風景が広がる一本道になった。そこでケントさんは助手席に座る俺の手に触れ、話し始めた。
「当直のバイト、少し早めに出勤して、外来の谷口さんに会ったよ」
「!!」
俺は窓の外から視線をケントさんに移し、静かに待った。
「結論から言うと、志村さんはおそらく無実だ。谷口さんは暴露サイトでそういう書き込みを見た、というのと、同期の馬場園さんから志村さんの転売話を聞いたらしい。サイトの方はすでに削除されているから確認取れなかったが、番号が抜けてるからおそらく実名の入った投稿があったんだろう。んで、馬場園さんていうのが元々外来の看護師だったが素行が悪すぎて異動になってる。異動先は、志村さんと同じ訪問看護ステーションだ。谷口さんは同期だからと信じたのかもしれないが、嘘をついて志村さんを陥れようとしたんじゃないかな」
「志村さんは47才なんですけど、馬場園さんは若いんですよね?」
「谷口さんと同じ24才」
「いとこの姉ちゃん、谷口さん、馬場園さんは同い年か」
「まあ恋愛絡みじゃなくて、普通に仕事上で起きたトラブルによる逆恨みだな。言うのははばかるんで、察してくれ」
「ん? ケントさんは聞いたんですね? 教えてくれないんですか」
「とにかく、志村さんといとこちゃんは無関係。話は終わり」
「えー、待って、東雲病院の薬が盗まれてるのは事実ですよ? 薬局長が躍起になってるんでしょ? その犯人が別にいるんですよね」
「それはあまねが依頼された話とは違うだろ? お前、なんでもかんでも首つっこみすぎだろうが」
ケントさんはあきれたようにため息をついた。
「話がどんどん大きくなっちゃうだろ。東雲病院については調査終わり。もう新藤凪はやめる。まだいとこちゃんに薬を渡した人物探すっていうなら、別の線で動けよ」
「大きい問題なんですよぉ……」
俺は額にトン、と拳を当てた。
コドアラと書いたノートをバッグから取り出し、ケントさんから聞いた内容を書き留める。
俺は再び窓の外を見やり、まだ続いている田園風景に疑問を持った。すでに、青海市のはずれまで来ていた。
「……ケントさん、ところでどこに向かってるんですか?」
「えー? ニューオータニミナミのビュッフェ食べに行こうと思ってる」
「あー、香山市にあるホテル? じゃあこの道は違うかも」
「そう? 抜けれるかなと思って」
「いや、抜け……」
れませんよ、と言うのをやめた。
この道の先は、香山市と青海市の境になり、大きな霊園があるだけだ。
俺は慌てて脳内会議を行う。
━━━俺と、霊園のことを知ってるのは誰だ?
親父、神崎家の人間、それから……
━━━北原さん。
俺は普段身内のことは言わないようにしているが、この前、東雲病院でどうしても谷口さんのシフト表がみたくて受付の北原さんとおしゃべりをした。
そのとき、俺は『母親の墓が遠くて行けない』という話をした。無邪気でいて、少しかわいそうな生い立ちの健気な少年を演じて、北原さんの懐に入りたかったからだ。
ケントさんは一昨日東雲病院の当直をした。
11月のシフト表を思い浮かべる。
外来と受付は、一緒の用紙にシフトが組まれていた。
8日金曜、
・
・
谷口ミカサ、遅番(外来)、
・
・
・
・
北原麗那、日勤(レセ)。
故意なのか、偶然なのか。
「あ、行き止まりだったわ」
白々しく、ケントさんは呟いた。
「あまねー、一服してナビ入れとくから、少し散策してこいよ」
見事なポーカーフェイスで、のたまう。
「……『おしゃべりなやつめ』」
ケントさんが、以前言った言葉をそのまま使う。
俺がそう吐き捨てると、ケントさんは優しく微笑み、
「ほんと、おしゃべりな女だよなあ」
と答えて、ポケットからタバコを取り出した。
その言葉で、十分だった。
ケントさんは、北原さんから俺のことを聞いたのだ。俺がケントさんのことを知ったときのように。
怒りと、わずかな恐怖で、俺はそれ以上追及せず車を降りた。勢いよくドアを閉め、スタスタと母さんの眠る場所まで、歩いて行った━━。
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