初恋と想い出と勘違い

瀬野凜花

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94 想い出の木の下で1

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 ある晴れた春の日、私とルーは2人で馬車に揺られていた。
 ウォーレン公爵家の豪華な馬車は作りが丁寧で、ほとんど大きく揺れることはない。なめらかな馬車の動きに肌ざわりのいい生地でできた椅子のおかげで、移動は快適だった。

「フィー、大丈夫? 気分は悪くない? 馬車をもっとゆっくり走らせようか?」

 気遣ってくれるルーに「とっても快適な馬車の旅よ」と笑顔を向けた。馬車は若々しい葉をしげらせる木々の間を抜けてゆっくりと走る。

「あそこに行くのは久々だね」

「そうね」

 懐かしそうに窓の外を見るルーの手を握り、一緒に外に目を向けた。木々の間から見える空は澄んでいて、地面にはところどころ様々な色の花が咲いている。

「私、一番好きな季節は春だわ。ルーと出会った季節だから」

 10年近く前の同じ季節のあの日に思いをはせ、しみじみとつぶやいた。

「僕も春が好きだ。あの春の日、外出しようと決めた自分に感謝しかないよ」

 ルーは外に向けていた視線を私に戻した。
 あの頃の私は、まさかこんなことを言ってくれる男性と出会えるとは思っていなかった。

「私も、あの時友だちになろうって提案してよかったわ」

 見つめ合って微笑み合う。
 ただそれだけで、これほどにも幸せな気持ちになれる。



 馬車がゆっくりと止まった。先に降りたルーが手を差し出してくれて、私は慎重に馬車を降りた。

 そこには懐かしい景色が広がっていた。
 今でもあの二本の木は並んで立っていて、たくさんの私が大好きな淡いピンク色の花を重そうに抱えている。

「満開だね」

「そうね。良い時期に来たわ」

 私たちは昔と変わらず美しい景色に感動しながら野原をゆったりと歩いた。

「改めて見ると、あの木は他の木よりも先に花を咲かせるんだね」

 ルーに言われて周囲を見回すと、あの二本の木だけは野原の中央で太陽の光を浴びてぽつりと立っており、満開の花を咲かせている一方、周囲にある他の木は密集していて日当たりはさほど良くはなく、まだまだつぼみも多かった。花の数も二本の木の方が多いように見える。

「本当ね。あの頃も同じだったのかしら。そうだとしたら、全く気づいてなかったわ」

 記憶を探っても、あまり覚えていない。

 ルーがぽつりとつぶやいた。

「なんだか、あの木は僕たちのようだ」

「どういうこと?」

 私は首を傾げた。

「光を浴びて他の木よりも早く花を咲かせ、孤独に立っている。僕たち貴族と似ていると思わない?」

 幼き日を思い出してか、遠い目をしたルーはそっと目を閉じた。
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