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16 偏見と親切~4~
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「危ない!」
私の顔面が壁やシンクに激突することはなかった。腹部に回された太い腕に支えられて、傾いていた体が引き戻されて足が床についた。
「怪我はないか?」
首を横に振る。元々流血していた膝と手のひらが、体重がかかったのと擦れたのとで少し痛むくらいだ。
「まったく、手で水をすくってかけるとか、方法はいろいろあるだろ。なんでまた怪我を増やそうとしてるんだよ」
低い声で言われて縮こまる。全くもってその通りだ。誰かに怒られるのは久しぶりで、おずおずと口を動かした。
「ごめんなさい」
「ああ、反省してろ。ったく、任せておけない」
騎士さまが、出しっぱなしになっていた水を大きな手ですくって膝を洗ってくれる。口調は荒いが手つきが優しい。
「ほら、反対も」
低い声で耳元で囁かれてビクッとする。なんとか動揺を隠して足を入れ替えた。
ようやく今の状況を自覚した。男性に腰を支えられて、素足をさらして、膝に触れられているのだ。こんな状況は初めてだ。
まあ、騎士さまは洗ってくれているだけだけど。
そのまま騎士さまの誘導に従って、傷の周囲を消毒して包帯を巻いてもらう。その間も騎士さまの大きな手を見ては動揺して、視線を逸らそうとした先で整った顔を見て動揺してと密かに繰り返していた。動揺が顔には出ていなかったと思いたい。恥ずかしい。
「これでよし」
満足げな騎士さまの言葉で、そそくさとスカートを戻す。
「ありがとうございました、騎士さま。何かお礼をさせてください」
「礼? 礼はいらない。俺は騎士として当然のことをしたまでで……」
騎士さまは目をグルンと動かした。心なしか顔が赤い。
「騎士さま?」
「あ、ああ……」
様子のおかしい騎士さまに首を傾げると、騎士さまは口をもごもごと動かした。
「いや、あれだ。敬語を忘れていた。あれも一般市民への騎士としての礼儀の一つなんだが。それに、まだ名乗ってなかったか」
敬語は別に気にしないが、名前は確かに名乗られていない。頷くと、騎士さまは姿勢を正した。
「私はカイルと申します。先ほどまでの失礼な態度、誠に申し訳ありませんでした」
「うわあ……」
綺麗な顔の騎士さまによる丁寧な態度。非常にかっこいい。かっこいいのだが。
先ほどまでの口調や態度を知ってしまったら、どうしても違和感が拭えない。
顔をひくつかせていると、騎士さま改めカイルさまは正していた姿勢を崩した。
「いや、もう遅いな。さっきのままでもかまわないか?」
「ぜひそれでお願いします」
ぶんぶんと首を縦に振ると、カイルさまは苦笑した。
その時、急に雨が降り出した。窓の外の水音にカイルさまはやれやれと肩をすくめた。湿った雨の匂いがわずかにただよう。
「あのう。お礼は必要ないとおっしゃいましたが、お急ぎでなければ雨宿りをして行ってください」
私の申し出に、カイルさまは眉尻を下げた。
「そうだな」
カイルさまの返事に高揚する。
もう少し、カイルさまと時間を過ごしてみたかった。好きとか、恋人になりたいとか、そんな感情ではない。街で絡まれるような「魔女」が騎士に対してそんな感情を抱けるわけがない。抱いてはいけない。
ただ、代わり映えのない日々に少し刺激が欲しくなっただけだ。
私の顔面が壁やシンクに激突することはなかった。腹部に回された太い腕に支えられて、傾いていた体が引き戻されて足が床についた。
「怪我はないか?」
首を横に振る。元々流血していた膝と手のひらが、体重がかかったのと擦れたのとで少し痛むくらいだ。
「まったく、手で水をすくってかけるとか、方法はいろいろあるだろ。なんでまた怪我を増やそうとしてるんだよ」
低い声で言われて縮こまる。全くもってその通りだ。誰かに怒られるのは久しぶりで、おずおずと口を動かした。
「ごめんなさい」
「ああ、反省してろ。ったく、任せておけない」
騎士さまが、出しっぱなしになっていた水を大きな手ですくって膝を洗ってくれる。口調は荒いが手つきが優しい。
「ほら、反対も」
低い声で耳元で囁かれてビクッとする。なんとか動揺を隠して足を入れ替えた。
ようやく今の状況を自覚した。男性に腰を支えられて、素足をさらして、膝に触れられているのだ。こんな状況は初めてだ。
まあ、騎士さまは洗ってくれているだけだけど。
そのまま騎士さまの誘導に従って、傷の周囲を消毒して包帯を巻いてもらう。その間も騎士さまの大きな手を見ては動揺して、視線を逸らそうとした先で整った顔を見て動揺してと密かに繰り返していた。動揺が顔には出ていなかったと思いたい。恥ずかしい。
「これでよし」
満足げな騎士さまの言葉で、そそくさとスカートを戻す。
「ありがとうございました、騎士さま。何かお礼をさせてください」
「礼? 礼はいらない。俺は騎士として当然のことをしたまでで……」
騎士さまは目をグルンと動かした。心なしか顔が赤い。
「騎士さま?」
「あ、ああ……」
様子のおかしい騎士さまに首を傾げると、騎士さまは口をもごもごと動かした。
「いや、あれだ。敬語を忘れていた。あれも一般市民への騎士としての礼儀の一つなんだが。それに、まだ名乗ってなかったか」
敬語は別に気にしないが、名前は確かに名乗られていない。頷くと、騎士さまは姿勢を正した。
「私はカイルと申します。先ほどまでの失礼な態度、誠に申し訳ありませんでした」
「うわあ……」
綺麗な顔の騎士さまによる丁寧な態度。非常にかっこいい。かっこいいのだが。
先ほどまでの口調や態度を知ってしまったら、どうしても違和感が拭えない。
顔をひくつかせていると、騎士さま改めカイルさまは正していた姿勢を崩した。
「いや、もう遅いな。さっきのままでもかまわないか?」
「ぜひそれでお願いします」
ぶんぶんと首を縦に振ると、カイルさまは苦笑した。
その時、急に雨が降り出した。窓の外の水音にカイルさまはやれやれと肩をすくめた。湿った雨の匂いがわずかにただよう。
「あのう。お礼は必要ないとおっしゃいましたが、お急ぎでなければ雨宿りをして行ってください」
私の申し出に、カイルさまは眉尻を下げた。
「そうだな」
カイルさまの返事に高揚する。
もう少し、カイルさまと時間を過ごしてみたかった。好きとか、恋人になりたいとか、そんな感情ではない。街で絡まれるような「魔女」が騎士に対してそんな感情を抱けるわけがない。抱いてはいけない。
ただ、代わり映えのない日々に少し刺激が欲しくなっただけだ。
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