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61. 襲撃とか銃撃戦とか

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 ものすごい衝撃が倉庫全体を揺らした。
 冗談みたいに壁を破って、バリバリと破片を踏み荒らしながら大型のトラックが倉庫に突っ込んできてコンテナにぶち当たった。積み木が崩れるみたいにコンテナがガラガラとなだれ落ちる。

「きゃああああっ!! えっ、何!?」

 作業中のトラックが居眠り運転でもしたんだろうか。

「事故……? 大変、運転手さん大丈夫かな!?」

 立ち上がりかけたあたしの腕を、不意に蓮司さんが掴んだ。

「志麻さん、待って!」
「えっ」

 強い力で引っ張られて、ソファの後ろに引きずり込まれる。

「な、何!?」
「身を低くしてください。僕が良いというまで動かないで」

 あたしの体を押さえつけながら早口で告げる蓮司さんは、一瞬で雰囲気が変わっていた。さっきまでの柔らかな雰囲気は消し飛んで、鋭く尖った刃みたいに張り詰めている。

「ど、どうしたんですか?」
「しっ」

 その時、何か呼び掛けるような声が聞こえた。どうやらトラックに乗っていた人が下りてきたようだ。早口でまくし立てるような言葉は、外国語でさっぱり聞き取れない。

「えっ、外人? 何語?」
「志麻さん!」

 思わずソファから覗こうとしたあたしを、蓮司さんが押しとどめた。

「今のはイタリア語です。『ここにいるのは分かっている、出て来い』と言ったんですよ」
「蓮司さんイタリア語分かるんですか! すごい……って」

 感心しかけたあたしは次の瞬間ハッとした。
 そういえば、蓮司さんって今、イタリアマフィアに追われてるんじゃなかったっけ?

「まさか、それって……」

 蓮司さんは硬い表情で小さく頷いた。

「志麻さん、鏡を持ってませんか」
「小さいので良ければ」
「充分です、貸してください」

 コンパクトミラーを渡すと、蓮司さんは慎重にソファの影からミラーを差し出して向こうの様子を窺った。

「向こうは二人……銃を持ってます。おそらく、僕を探しているマフィアでしょう」
「ウソ、このタイミングで……!?」

 思わず大きな声になりかけて、慌てて口を押えた。あちこち歩き回っているらしく、イタリア語でまくし立てる声が遠くなったり近くなったりする。

「……巻き込んでしまってすみません」

 目の前にコンパクトミラーが差し出された。

「あなたのことは絶対に守ります」

 あたしは深呼吸すると、コンパクトミラーを持つ蓮司さんの手を握った。

「あたしなら大丈夫です。朱虎から『危ないから来るな』って言われてたのに来たのはあたしですから」

 蓮司さんを励ましたくて、ぎゅっと手に力をこめる。

「蓮司さんは自分の仕事に集中してください。あいつら捕まえるんでしょ? あたし、なんか手伝えますか? 囮とか」

 ちらりと振り返った蓮司さんが微笑んだ。

「強いな、あなたは」
「へっ」
「格好いいなと思って」

 耳がかっと熱くなるのを感じて、あたしは慌てて手を引いた。
 前から思ってたけど、この人素になってから言葉がストレートになったな……攻撃力が高すぎる。

「囮は結構ですが、スマホをお持ちでしたら貸していただきたい」
「は、はいっ」

 あたしは腹ばいになったまま、慌ててスマホを取り出した。蓮司さんは油断なく気を配りながらスマホを受け取ると、素早くタップして耳に当てた。

「……岩下です。マフィアが動きました、今襲撃されてます。二人、武器を所持しています。今から言う場所に至急応援願います……っ」

 突然、至近距離の地面が弾けた。何かわめく声が近寄ってくる。

「ひゃっ、見つかった!?」
「志麻さんは動かないで!」

 蓮司さんはスマホを放り出し、ソファから身を低くして飛び出した。連続して銃声が轟く中を駆け抜けて何かを拾い上げる。
 黒ずくめの男が蓮司さんに向かって駆けていくのが見えた。思わず息を呑んだ瞬間、蓮司さんが素早く手に持ったものを構えて撃った。

「あっ、あれ、朱虎がさっき落とした銃……!」

 目ざとく見つけていたらしい。相手が足を止めた隙に、蓮司さんはコンテナの影に素早く飛び込んだ。

「す、すごい、映画みたい……」

 見とれていると、足元で何か声がしているのに気が付いた。転がったスマホがつながったままになっているようだ。
 そういえばさっき、蓮司さんはここの住所を伝えられていなかった。
 あたしは慌ててスマホを拾い上げた。

『――ってんだオイ! 生きてんのか死んでんのかだけでも報告しろっ、岩下!』
「うわっ!?」

 耳に当てたとたん怒鳴り声がキンキン響いて来た。あんな会話の途中で放り出されたんだから無理もないけど、電話の向こうから聞こえてくる声はものすごく焦った感じだ。

「あの、蓮司さんは今手が離せません!」
『ああ?』
「代わりに住所言います! すぐ応援お願いします!」

 相手は戸惑っていたけど、あたしは構わずに住所をまくし立てた。背後で断続的に銃声が聞こえて気持ちが焦る。

「聞こえましたよね? とにかく早くして!」
『あんた、雲竜志麻だな』

 いきなり名前を呼ばれてぎょっとした。

『一度聞いた声は忘れねえんだ、俺は。前に駅で会ったろ』

 あたしの頭に、駅で蓮司さんと一緒にいたブルゾンのおじさんがよぎる。

「……あ! あのヤクザみたいな!」
『あんたに言われちゃ世話ねえな』

 電話の向こうでおじさんは太く笑った。

『岩下から話は聞いてるが、あんたいろいろ知りすぎちまったみてェだな』

 色々ってつまり、蓮司さんが警察のスパイとかそういうことだろうか。

「ええ、あの、まあ」
『言いてェことは山ほどあるが、後回しだ。そっちはやべぇのか』

 言いたいことって何だろう……というかこの人、言い回しがいちいちこっちヤクザ側っぽいんだけど、警察って意外とこんな感じなんだろうか。

「激ヤバです!」
『分かった、なるべく急いで手配する。死ぬなよ、と岩下に言っといてくれ』 

 電話を切った直後、ひときわ激しい銃声の後にうめき声が聞こえた。
 そろっとソファの影から様子を窺うと、蓮司さんが銃を構えて立っていた。薄く煙が上がる銃口の先には、黒ずくめのスーツの男が突っ伏して呻いている。傍には銃が転がっていた。

「Freeze!」

 蓮司さんが鋭く叫んだ。スーツの男が銃へ伸ばしかけていた手をびくりと止める。

「うわあ……」

 メチャクチャカッコいい。本当に映画のワンシーンみたいだ。
 蓮司さん、警察辞めたら俳優として食べて行けるんじゃないだろうか。
 思わず見とれていると、視界の隅で何かが動いた。
 次の瞬間、銃声が鋭く響いた。蓮司さんが銃を取り落として腕を押さえる。押さえた手の下でシャツの袖が見る見るうちに赤く染まっていくのが分かった。
 あたしは思わずソファにかじりついた。

「えっ、何……!? まさか、撃たれた!?」
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