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第1章 はじまりの王都編

第1話 はじめまして、異世界

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 気が付くと俺はスーツのまま、見覚えのない部屋の中に立っていた。
 
 状況が全く理解出来ない俺は間抜けな表情で辺りを見回すと、周囲を豪華な装飾が施された金色の壁に囲まれている事に気付いた。
 その壁にはいかにも美術館に展示されていそうな絵画が複数飾られているうえ、これまた美術館にありそうな彫刻が部屋のあちこちに置いてある。
 そして床には、見事な柄の赤い絨毯が敷かれ、天井には驚くほど大きなシャンデリアがキラキラと美しい光を放っている。 
 
 シャンデリアから目の前に視線を移すと、白髪がちらほらと混ざった頭にシンプルなデザインの金の王冠を乗せている初老の男がいた。
 誰だコイツ、と初対面の人間に対して抱く感情としてはあまりにも失礼な、だが、今の俺の率直な感想が頭に浮かんだ。
 そんなことを考えていると、ふと男の腰掛けている椅子に目が止まる。
 その椅子には、100や200では数え足りないほどの大量の宝石や金銀をふんだんに使用した豪華絢爛な装飾が施されていた。
 思わず、この椅子にくっ付いてる宝石一つで俺の給料何ヶ月だろうなぁと邪推しそうになる。
 さすがに自重しろ、俺。
 
 腰掛けている男はしわがれた声で淡々と何かの説明をしているようだったが、今の状況が全く理解出来ず、尚且つ周囲にある圧倒的な存在感を放つ装飾品に目を奪われている俺の耳に話の内容はほとんど入ってこない。
 
 その中で唯一耳に入ってきたのは、男は『自らを王と名乗っていたこと』ぐらいだ。
 
 何言ってんだこいつ。
 そういえばなんで俺はこんな場所にいるんだ、とふと冷静になり、ここに来る直前に一体どんな事が起こったっけなと今からほんの少し前の記憶へと思考を巡らす。
 しかし、いくら頑張って思い出そうとしても俺の記憶は、仕事が終わり自宅へ向かっていつもの帰り道を歩いていたところから、気が付いたらこの見た事も無い部屋に立っているところまですっ飛んでいた。
 
 あまりの事に混乱する俺――山田太郎――を尻目に、自らを王と名乗る男は淡々と説明を続けている。

 「魔王バアルは、この世界を征服しようと企んでいる。であるから、お主には勇者として魔王を倒して来てもらいたい。引き受けてくれるか?」

 魔王とか勇者とか、何がなんだかさっぱり分からないが、とりあえずコクリと頷き肯定の意を表す。

 「おおっ!そうかそうか!では早速、旅に出てもらおう!……と、その前に言っておかなければならないことがある」

 王はそこまで言うと、わざとらしく一呼吸空ける。
 そして次の瞬間、あまりの事に混乱し、間抜けヅラになってしまっている俺をさらに混乱させる一言を吐いた。

 「この世界は、お主が元々いた世界とは違う!お主を元いた世界からこちらの世界に召喚したのだ!」

 「あっ……、そうですか、はい」

 「ふむ、これだけのことを聞いて全く動じないとは……。流石、勇者として選ばれた男よ。その器もまた別格、という事か」

 本当は混乱して何を喋っていいのか分からなかっただけなんですが……、とは言わせない空気を醸し出す王。しかも『動じていない』とか、随分と好意的に取られているので尚更言いにくい。
 ………ちょっと待て。
 今言ったことが本当だとすると……。

 「つまりここって、俺からすると異世界って事ですか?」

 俺はそう尋ねた。
 
 「そうだ!理解が早くて非常に助かる!……では聞こう!お主はどのような魔法が使えるのだ?そしてお主が持っている特殊能力は何だ?」

 う………うおおおおおお!!!夢の異世界キタコレェェ!!!
 しかも魔法と特殊能力アリとか、もうこれ完全に俺へのお膳立てが出来上がってる状態じゃねえか!
 つまりあれか!これからは、俺に与えられたチート能力を使って無双、そんでパーティー全員を女の子にしてキャッキャッウフフなハーレム生活を送れって事だな。
 やっべ、テンション上がってきた。
 
 けど、『どんな魔法が使えるのだ?』ってどういう事なんだ?
 魔法はこれから教えてもらうんじゃないの?
 こればっかりはいくら俺が考えても埒があかないので、正直に聞いてみることにした。

 「魔法とか特殊能力って後から使える様になったりするんじゃないんですか?俺、そういうファンタジーチックなもの、全く使えませんよ?」

 「……………え?」 

 素っ頓狂な声を上げる王。

 「……『え?』って、どういうことですか?」

 だが、王は答えない。

 「………さあ!行くのだ勇者よ!魔王を討ち取ってくるのだ!」

 「いや、あの、ちょっとまっt」

 質問する間もなく、俺は両脇をいつの間にか現れた厳つい兵士達に拘束され、強制的に外まで連れて行かれた。
 
 
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
 
 
 「―――ほらよ、これは王からお前へのプレゼントだ」
 
 乱暴に外へ出された俺に、兵士の一人がこれまた乱暴に小さな袋を投げて寄越す。
 中身を確認すると『100ゴールド』と書かれた金色の硬貨のようなものが15枚入っていた。
 
 俺は文句のひとつでも言ってやろうかと兵士の顔を睨みつけようとする。が、俺の視線はその兵士の後ろに釘付けになり、パクパクと酸欠の魚のように口を開閉させる事しか出来なかった。

 何故ならば、ディズニーランドのシンデレラ城のような巨大な純白の城が聳え立っていたからだ。
 なるほど、これであの部屋のインテリアにも納得がいった。
 そりゃあこんな城を建てられるくらいの莫大な財力がある王なら、玉座や部屋の壁なんかに金銀や宝石使ってても不思議じゃないな、うん。
 俺は無理やり自分にそう言い聞かせる。
 
 キョロキョロと周囲を見渡してみると、どうやら今俺が立っているこの場所は丘の頂上のようだと分かった。
 ……丘のてっぺんに城を建てるとか、随分いいセンスしてやがるな。
 馬鹿と煙は高い所に登りたがるっつーのは本当なんだなと思わず口に出しそうになるが、不敬罪ダーとか言われてこの場で処刑されるイメージが俺の脳内をF1カーが如きスピードで通り過ぎていったので、すんでのところでぐっと堪える。

 そうして兵士は俺の後ろを指差した。
 つられて俺も後ろを振り返り、兵士が指差しているその先に視線を向ける。
 兵士は丘の麓にある、わりと大きな都市を指差していた。
 
 「今渡した金を使ってあそこで装備を整えるなり、宿に泊まるなりするんだな。……分かったらさっさと行け」
 
 「………はい」
 
 兵士達はそれだけ言うとくるりと踵を返し、城の中へ帰っていった。
 バタンッと勢いよく扉が閉まり、その音だけが寂しく響きわたる。
 
 取り残された俺は仕方なくその町へ向かって、トボトボと歩き始めた。

 
 ―――魔法は使えないし、特殊能力もない。
 金は1500ゴールド(これが大金なのかは不明)だけ。
 ………だが、俺は挫けない!何故なら、俺の冒険はまだまだ始まったばかりだからだ!(泣)
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