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第二章 水の鍵の乙女
ぼくはひらく水の鍵の乙女。
しおりを挟むがっ! と金属音が響いた。
「小娘が。なめた真似を」
その方向を見やって、ぼくはさっきとは違う震えを覚えた。
右目を潰されたラガンが立っていた。
「そんな。脳天に届いたと思ったのに」
クルルが呆然とつぶやく。
ぼくにもそう見えた。致命傷だと思った。
だが、届かなかったのだ。瞬時にのけぞって逃れたのか。
ラガンは剣を握りなおすと、ぼくら目がけて突進してきた。
今度こそ、逃げようがない。
ぼくは左手でクルルを後ろにかばい、右手を上げた。だが、もとより徒手。防げるわけがない。
「なめるなあっ!」
だめだ。終わった。
右手にものすごい衝撃を受けて、ぼくはクルルもろとも十数メートル吹っ飛ばされた。
着地する前にクルルを前に抱え込めたのは、出来過ぎと言ってよかった。石畳の上を背中で数メートル滑って止まる。
(いてぇ……)
ものすごく痛い。あちこちが。
でも生きている。なんで? 真っ二つにされたと思ったのに。
右手を見ると、血まみれの腕からはらりと編み紐が落ちた。
「……そうか、またクルルに助けられたな」
「え? どういうこと?」
クルルが巻いてくれた魔法の編み紐。きっとそこに残っていた魔力が、剣を防いでくれたのだ。
もちろん無傷じゃない。ばっくり傷口が開いて、だらだらと血が流れている。腕がじんじんと痛い。多分、折れてる。
でも、めっけもの、と言っていいほどの幸運だった。
「おのれ一度ならず二度三度と」
だがその幸運は、ラガンの怒りをさらに煽りたてたようだった。
だめだ。次こそ死ぬ。
そう思った時。
「煉獄の炎球!」
剛剣を炎が包み込んだ。
「遼太さん!」
頼りになる声。
愛しい人の声。
「……サキ」
サキが駆けつけてくれた。ぼくのために。
そのサキは、ぼくの傷を見るなり。
「!」
怒髪天を衝くいきおいで、紅い髪が大きくふわりと広がる。
「遼太さんを、こんなひどい目に……。許さない!」
振り向いた紅い眼が、見据える先の火の玉。
その火の玉に斜めにひびが入り、炎は霧散した。
中から現れた、大剣を掲げたラガン。肩で荒い息をしている。ところどころくすぶって煙を上げているが、まだ無事だ。
まったく、みあげた偉丈夫だ。
だが、こいつを倒さなければならない。
「サキ」
ぼくはサキに呼びかけた。
「三分、いや一分、こいつを足止めしてくれ。必ず戻るから」
サキはぼくに背を向けたまま、うなずいた。
「わかりました。まかせて下さい……ほら、あなたも手伝うです」
「ひえっ!?」
サキは隅っこで隠れて震えている魔法使いの襟首をつかんだ。
ディベリアだ。
まだいたんだ?
「頼む。すぐ戻る。
クルル、おいで」
ぼくはクルルを連れて走り出した。
今度こそ。
ぼくは腹をくくった。
サキを助けるために。
クルルを救うために。
クルルをひらく。
+ + + + +
裏庭に出た。
月あかりを頼りに本を開く。左手なので、うまく開けず、やっとのことで目指すページに辿り着く。
「クルル。今からきみをひらく。きみをひらけば、水のエレメント……水神さまがこの世界に戻る」
「ほんとに?」
「ああ。そしてきみは、強大な力を手に入れる」
「あの剣士に一矢報いるくらいの?」
「一矢どころか」
ぼくは笑った。
全員まとめて軽々とひとひねりにできる。
「すごい。どうすればいいの? なんでもするよ」
「命をくれと言っても?」
クルルは笑って、
「あたしを嫁にしてくれるんでしょ? あたしの命はリョウタのものだよ。あんたのためなら、好きに使っていいよ」
金目の奥に、きらきらと光が閃いている。
「ありがとう」
「うん」
クルルをひざまずかせ、ぼくは詠唱する。
「水の鍵の乙女よ。青の姫よ。汝を今ここに開き、世の理をここに導かん。汝の身は豊穣の身、汝の操るは慈愛の技、しかして汝の業は世界を潤す。願わくば汝に捧ぐる贄によりて、身を修め、心を鎮め、汝が業をもちて世界を救わんことを」
クルルはうつむいて手を組んでいる。
あの時のサキと同じだ。
「その名は畏きものなれば、あだなす敵に知らしめよ。その名は尊きものなれば、字名は秘して守りおき、汝が主にたてまつれ。汝は青の姫、水の鍵の乙女」
ぼくはしびれる右手をやっと伸ばし、クルルの額に自分の血をつけた。
その瞬間、クルルの全身から膨大な力が湧き出てくるのを感じる。
「鍵の乙女をして、世の理をここに開かしめよ」
力はどんどん強くなり、ぼくはよろめいた。
「鍵の乙女の力をもちて、仇なす者どもを打ち払わしめよ」
クルルが半目を開ける。その金目には光が満ち、瞳を紅に染め上げる。
「その身に捧げられたる名に命じよ。されば世界は汝に開かれん!」
闇夜に爆発が生じた。
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