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第二章 水の鍵の乙女

水の姫は剣豪に闘いを挑む。

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「あいつら、何者?」

 クルルが問う。

「異世界から来た連中だよ。ぼくとサキと……きみの命を狙ってる」
「……ぐすっ、えっく、ふぇっ」
「で、この世界の水神さまを奪い去った連中だね」
「そう……なんだけど」
「……えぐっ、うえっ、ひっく」
「もういい加減泣き止んでくださいよ。ええと、ディベリアさん」

 やっぱり連れてきたの間違いだったかな、この魔法使い。
 少しは役に立つかと思ったんだけど。

「なんなんですかあなたたちは。なんでこんな片田舎に、あなたたちみたいなすごい人が集まってるんですかあ」
「まあ、成り行きで。それよりあなたは魔導士なんですか?」
「あれ、インチキなんですよう。ちょっと鍵の魔法が使えるだけで、司祭さまが魔導士の宣誓とかやっちゃったんですよう」

 やれやれ。

「まずはクルルのいましめを解いてくれませんか? でないと戦えない」
「ええ? でもそれは司祭さまが……」
「全員死力を尽くさないと、みなごろしにされますよ、あいつらに」
「ひえっ!?」

 明らかに怯えている。困ったな。

「あ、アタシなんかじゃ役に立たないですよう。見逃してくださいよう」

 それは、あいつらに言ってほしい。
 ぼくは小さくため息をついて、

「大丈夫。あいつらは確かにすごいけど、力がなければ頭を使えばいいんです。ほら、自信持って」

 ディベリアを助け起こした。

「ねえ、こいつ……使えるの?」

 クルルも困り顔で訊いてくる。いや、ぼくに訊かれても。
 などと言っていると、クルルの耳がぴくりと動いた。

「足音だ。急いで!」

 ぼくは駆け出した。またディベリアの襟首をひっつかんで。



+ + + + +


 追っ手は屈強の戦士。正面から立ち向かってはとても勝ち目はない。
 腕っぷしが駄目なら、頭でも飛び道具でも、使えるものは何でも使う。
 もちろんこの魔法使いもだ。

「いたぞ!」

 たとえば、この館のような石造りの建物にはところどころ装飾のアーチがある。
 四角い石を無理に円形に組んであるから、その支えとなる要の石を引っこ抜けば。

「今です!」
「えいっ!」

 ぼくの合図で、ディベリアが魔法で石を引っこ抜いた。
 アーチは一気に崩れて、ちょうど下を通りかかった剣士たちを押しつぶした。

「よしっ!」
「すごい……やりましたあ」
「えらいえらい。がんばりましたね」

 そうそう、やればできるよ。ぼくはディベリアの頭をなでた。
 えへへへ、と魔法使いの少女は仔犬のように喜んでいる。

 とは言え、追っ手がきたということは、サキが突破されたということ。
 もとよりサキの無事を疑ってはいないけど、さすがに一人ではきつかったか。

(サキ、ごめん)

 無理させちゃったかな。
 助けに行ってあげないと。
 早く頭をなでてねぎらってあげたい。


 と。


「うがあっ!」

 石の山を吹き飛ばして、憤怒に燃える武人が立ち上がってきた。
 大剣をかざして仁王立ちのその姿は、まさに仁王か不動明王。もしくは世紀末覇者。
 こいつに防御魔法はまったく必要ないな。
 その眼がぎろりとこちらを睨む。

(まったくどいつもこいつも)

 怖れより先にため息が出てしまった。
 キリエの剣が神速のスピードなら、このラガンは剛剣。タイプは違えど、どちらも抜きん出た剣士であることは間違いない。どうしてこんな強敵ばかりなのか。

 途方にくれるぼくの前に、クルルが躍り出た。

「どいて。リョウタ」
「クルル?」

 クルルの金目が怒りの火を宿している。

「こいつに目にもの見せてやるよ」
「ばか! やめろ!」

 相手はただものじゃない。

「大丈夫。こいつに一矢報いてやるよ。リョウタは先に行って」
「何言ってるんだよ?」
「サキがあんたを守った。今度はあたしの番。だから、行って」

 クルルは一瞬後ろを振り返って、笑った。
 そして、駆け出す。

「小娘があっ!」

 大剣がうなりを上げる。クルルは軽く飛び越え、身を伏せ、剣をかわす。

(クルル……)

 手に汗握る、とはこのことだ。でもぼくには何にもできない。
 クルルの右手が赤く、左手が青く光っている。魔法石を握り込んでいるみたいだ。

 あるいは一矢報いることができるかも。

(いや!)

 一矢じゃだめだ。
 確実に仕留めて、無事に帰ってきてくれ。お願いだ。

 大きく振り回された大剣を、再び高く跳んでかわし、クルルは右手を振り抜いた。

「煉獄の紅玉!」

 ラガンが炎に包まれる。魔法石が弾けて、封じられていた魔力が敵を舐めつくす。
 しかしラガンの剣は、その業火をものともしない。

「むんっ!」

 斜めに振り抜かれた大剣が炎を斬り裂いた。
 剣圧だけでもすごそうなのに、魔法まで付与。無敵にすぎる。ちょっと触れただけで、骨も残さず消し飛ばされそうだ。

 その剛剣をまるで怖れるふうでもなく、クルルは懐に飛び込んだ。
 振り抜いた剣はいちばん遠いななめ下。クルルは軽く跳び上がって左手をかざす。

「凍結の翠玉!」
「なめるな!」

 大剣が信じられないスピードで切り返された。

 あっという間もなかった。

 クルルの左手が届くより早く、大剣は跳ねあがって紙のようにクルルを切り捨てた。
 クルルの身体が木の葉のように舞い、地に落ちる。


 だが。

「……ただじゃやられないよ」

 にやりと笑ったクルル。
 ラガンの右目の斜め上、青い石が浮いている。
 それは瞬時に氷の槍へと形を変え、ラガンの右目を貫いた。

「があっ!」

 もんどりうって、ラガンが倒れ込む。


 ぼくはあわててクルルに駆け寄り、抱き起こした。
 腹がばっさり切られて、服にどす黒いしみが広がっている。

「クルル! しっかりしろ!」
「へへ……一矢報いてやったよ」
「なんて無茶を……」

 クルルはぼくの腕の中で力なく笑った。

 手足が震える。みぞおちが冷えて、力が入らない。
 この娘を助けたいと思っていたのに。幸せになってほしいと思っていたのに。
 何にもできずに、何もしてあげられずに、命はこんなに簡単に消えてしまうのか……。

「そんな顔しないでよ。つらいことばかりだったけど、最後にあんたに会えてよかったよ」
「クルル……」
「だけどできれば、もうちょっとリョウタと一緒にいたかったな。それが心残り……」
「そんなこと言うな!」

 どうしたらいい? この娘を救う方法はないのか?
 ぼくはクルルをぎゅっと抱きしめた。

「いつまでも一緒にいるから! だから死ぬな!」
「じゃあ、あたしをリョウタの嫁にしてくれる?」
「ああ。嫁でもなんでもしてあげるから、だから」
「……ほんとに?」
「うん、ほんとだ」
「約束だよ?」

 言うなりクルルは、ぴょんと半身を跳ね起こした。

「え?」

 なに? 何が起こった?

「いやあ、ほんと。死ぬかと思ったよ」

 あはは、とクルルは笑う。
 なんで? 確かに斬られていた。傷も、血も出ていたのに。

「これに助けられたみたい」

 クルルは懐から人型を取り出した。
 真っ二つに斬られている。

「ほんとに身代わりになってくれたんだね。すごいや。
 ところでリョウタ。さっきの約束、忘れてないよね?」
「え?」

 すると、なにか。

「途中からあれは、お芝居?」

 ぼくはクルルの肩をぐっとつかんだ。
 一杯食わされた、ということ?

「え、えへへ。あははは」

 照れ笑いのクルルを見ていたら感情が一気に爆発して、ぼくは自分が押さえ切れなくなってしまった。

「ごめんよ。ちょっとしたいたずらだったんだ。だからそんなに怒らないで……え?」

 いきなりクルルをがばっと抱きしめ、胸の谷間に顔をうずめた。

「きゃっ! ちょ、ちょっとリョウタ! なにを!?」
「……よかった」
「……リョウタ?」

 やわらかい胸に押しつけたほおを、涙がぽろぽろと伝い落ちる。
 感情が、涙があふれて抑えられない。
 怒るよりも呆れるよりも、ぼくは安心してしまったのだ。

「よかった。よか……えぐっ、うええ……」

 無事だった。そう思ったら嬉しくて、もうだめだった。
 みっともない。けど、どうにもならなかった。涙は止まらず、しゃくりあげて声も出ない。

「よしよし」

 子供のように胸にすがりついて泣き続けるぼくを優しく抱きしめ、クルルはあやすように背中をぽんぽんと軽く叩いてくれた。

「リョウタは優しいな。だからリョウタは大好きだよ」

 やわらかいものに包まれて、胸の内をあったかいものが満たしていく。
 気持ちよかった。嬉しかった。
 このままもう少し、こうしていたい……。



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