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第二章 水の鍵の乙女

キリエ襲来、それぞれの義。

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 キリエは答えない。だが、わずかに口もとが歪んだのがわかった。

 このすご腕の剣士の前に丸腰で立つなんて、自殺行為もいいところだ。
 だが、どうしても言っておきたかった。言わずにはいられなかった。

「水のエレメントを奪われたせいで、この国は水がない。わずかな水を取り合って、みんな苦しい思いをしている。おまえは知っているのか?」

 クルルがつらい思いをしていることも。
 アクアスリスの民が苦難の道を歩んできたことも。
 この国や、この世界のほかの国々が水をめぐって苦労していることも。

「すべておまえたちのせいだ。この世界の苦しみはおまえたちがもたらしているんだ」

 ぼくは決めつけた。
 そんな単純なことじゃないだろうことは、わかっている。
 だけど、どうしても言っておきたかったのだ。

「……止むを得ざるところだ」

 キリエの表情は見えない。だが、声には苦渋の色がにじんでいた。

「ほかの世界を犠牲にしても、自分の国が安泰ならいいのか!」
「我らが国民くにたみの安寧のためだ」

 ふと、ぼくは思った。この人物は、とても実直な人なのではないかと。
 ぼくごときの問いかけなど黙殺してもよかったはずだ。身分の高そうな騎士さまなのだから。
 だけど正直に答えてくれた。案外誠実な人がらなのかも知れない。

 その人物にぼくは殺されそうになっているのだけれど。


「あんたが水神さまを連れ去ったのかい?」

 前に出たのはクルルだった。

「あんたたちが、この国から水神さまを奪ったのかい?」

 クルルの金の眼は、激しい怒りに燃えている。
 一歩、二歩、キリエに近づく。
 ラガンとフラムがキリエの前に出て身構える。



 クルルが懐に手を入れた時。



 とっさにぼくは前に飛び出した。



 キリエが抜刀したのは、まったく見えなかった。
 真っ二つにされなかったのは、我ながら奇蹟としか思えない。
 両の手を額の前で交差させ、手首の枷で電光の斬撃を受け止めた。

(ビンゴォ!)

 思ったとおりだ。だけど。

(いたいいたいいたいいたいいたい!!)

 全身を強烈な痛みが駆け抜ける。キリエが飛び退って構え直す。
 冷静沈着な騎士に、困惑が見て取れる。


 ぼくが剣を受けたのは、縛(いまし)めの手枷。それを破ろうとすれば、防衛する魔法が発動するはず。
 予想通り、縛めの魔法はキリエの剣を弾き返した。その代わり縛めを破ろうとしていると見なされて、魔法を施されているぼく自身に魔法が制裁を発動した。そのための全身の激痛だ。

 文字通り身体を張った、ちょっと、いやかなり痛い技だけど。

(使える)

 とにかく、受けるだけなら互角だ。

 キリエが再び踏み込んでくる。もう一度手を上げて受ける。

(いたいいたいいたいいたいいたい!!)

 キリエの剣を受け止め、にらみ合いになる。
 こんなにすごい剣士なのに。
 きっとものすごく研鑚を積んだだろうに。
 なぜこんな、悪党みたいな真似をする?

「なんでもっと上手く、折り合いがつけられないんだよ!」

 食いしばった歯の間から、ぼくは声を絞り出す。
 お互いに生きているのに。
 もっと上手くやっていけるはずなのに。

「きさまに何がわかる」

 キリエも同じ、苦い声を絞り出す。

「この、わからず屋!」

 キリエがもう一度斬りかかってくる。手枷と剣が激しくぶつかり、火花を散らして。
 剣が折れ飛び、手枷が砕けた。

「うがっ!」

 気が遠くなるほどの痛みが全身を駆け抜けた。
 へたり込んでそのまま気を失いそうになる。


「遼太さん!」
「リョウタ!」

 クルルが駆け寄る。間髪を入れず後ろから、サキが火の玉をキリエに投げつける。小さいがスピード重視の凶悪なボール。今なら奴は丸腰だ。

「真円の深淵」

 だがそのボールはキリエの寸前で黒い円に飲み込まれた。
 フラムが手にした杖から、それは飛び出していた。障壁なのか、なんでも飲み込む空間の穴なのか。炎のボールは次々と吸い込まれて消える。

「クルル。遼太さんを奥へ」
「わかった」

 クルルに助け起こされるぼくを背に、紅い髪のサキが傲然と立つ。

「ここは通しません。わたしがお相手します」
「これはこれは、赤の姫。あなたを捕らえるのもわたくしの仕事でしてね」

 長い長い髪を燃えるようにたゆたわせ、紅い眼でにらみつけるサキの前に臆せず立ったのは、フラム。
 フラムの合図で、脇の魔術師が呪文を唱える。
 サキの回りの石畳が上に伸び上がり、一瞬でサキを包み込んだ。

「よし。土の包囲陣の上から闇魔法で二重囲いに……」
煉獄の炎球スフィア!」

 サキはそんな目論見などものともしなかった。内側から膨れ上がった炎で、障壁を吹き飛ばす。

「ええい、まったくいまいましい!」

 そう言いながらフラムは楽しそうだ。


 乱戦のさなかを、ぼくはクルルに支えられながら奥へと向かっていた。
 途中、うろうろしていた銀髪の魔術師の襟首を引っ掴む。

「な!? ちょ!? なにを?」

 じたばた暴れる魔術師を無理やり引きずっていく。自分では魔法使いだと言っていたっけ。

「協力してもらいますよ」
「そんなあ。アタシなんかじゃ無理ですよう」
「いいから行きますよ。大丈夫、できますって」 
紅蓮の炎海フレイム!」

 背後で業火が湧き上がった。サキは激闘の真っ最中だ。


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