1 / 3
藤と猫の導き
しおりを挟む
その日は慣れない大学受験のせいなのか、なぜかイライラしていた。
気晴らしでもなんでもいいからなんとなく知らない場所に行ってみたいと思った。
賢矢は趣味の散歩の延長で地元から少し、離れたY駅に降り立つ。
北口と南口があった。コンビニがある北口の方へ出てみると、青く広がった空と共に日照りが眩しく出迎えてくれた。
そのせいで輝いて見える大きなバス停と木が間を開けながら並んだ広場。その先に小さな芝生の坂と坂の中にあるトイレが目に入る。
賢矢は真っ直ぐ広場の方へ歩いて行った。
広場の向かい側は線路が通る高架橋になっていて、その下にはスーパーと保育園らしい。
さらに進むと十字の道路があり、高架下の自転車置き場、十字路の一方には住宅街へと続く。
暫く、線路沿いを歩いてみた。
時折、上で走る電車の音や保育園? 幼稚園? のお迎えバスや車以外、凄く静かに感じた。
ほんの数分ですぐに大通りが見えた。
そして、賢矢の左側に綺麗な光景が見えた。
最初に移ったのはピンク色だった。次に白、紫とまるでグラデーションのようなカーテンに咲いている藤の花だった。
(綺麗だ。なんとなく、降りたけれど来て良かったな)
いつの間にか、その藤の下まで入り込んでいた。近くで見ると益々、綺麗でトンネルのような、高波の中のような光景に息を呑んだ。
「ニャー」
見惚れているうちに何か暖かいものが足元を触れている。
慌てて下を見ると藤の花に負けないくらいの真っ白い猫がいた。
「ここはお前の縄張りかい?」
賢矢は猫の視点まで身を小さくし、撫でる。とてもふさふさしていて気持ちいいと感じた。
最初に感じていたイライラもこの風景と猫のお陰で穏やかな気持ちに変わっていく。
猫はその手に自身の身体を擦り付けた後、「ニャー」とまた、一鳴きし、自分について来いと言わんばかり、服を引っ張った。
賢矢は頭をかしげながらもその猫の後を歩いてみる。
いつからか、車の音にも気にしないくらい静かで周りは藤の花だらけだった。でも、気にすることなく、賢矢は歩く。
やがて、着いたのは小さな祠だった。
祠は全体に白く、所々、藤を巻いている。
「まるで藤の神様を祀っているようだ」
「あら、よくお分かりで」
ずっと、賢矢以外は猫しかいないと思い、呟いた言葉だったが、まさか、返事をしてくれる人がいるとは思わず、飛び上がってしまう。
慌てて、後ろを向くとそこには藤の刺繡がされた巫女服のような着物をきた自分と同じ年ぐらいの若い女性がいた。
「ふふ、驚かしてごめんなさいね。坊や」
「坊やってあなたと対して変わらないと思いますが」
さすがの坊や呼ばわりに賢矢は顔を顰める。しかし、女性は気にすることなく、質問をする。
「坊や、どうやって来たの? ここは簡単に入ってこられる場所ではないわよ」
「え、そうなんですか。普通に散歩していたら立派な藤が咲いている所に着いて、それに見とれていたら猫がきてここまで案内してくれたんです」
「その猫って祠の前で変な格好して寝ている白猫?」
女性が賢矢の後ろを指差す。
指差した先には先ほどの猫が仰向けになって片腕を伸ばし、もう片方の腕を頭の上にのけって寝ていた。
「はい、その猫です。あの、写真、とってもいいですか?」
「ええ、勿論。むしろ、ブサイクに撮ってくださいな」
賢矢が写真を撮っている間、女性は考え込んでいた。
そして、写真を撮り終わった賢矢の顔を間近で見ようと顔を近づける。
(うわー。近くで見るとめちゃくちゃ、肌が白くて美人。……じゃなくって⁉)
「あ、あの?」
「ああ、なるほど。波長が合う子ね。この辺じゃ見ない顔だからか。でも、このままだと都心とか人が多い所は危険ね」
「えーと?」
「ふふ、その子が連れて来た理由が分かった気がするわ。ねえ、せっかく出会った記念としてこのお守りをあげるわ」
女性が渡したのは藤の模様が描いた薄紫色のお守り。少し、傾ける色が白、ピンクと変わるように見え、藤の香りがした。
それを受け取った賢矢はさすがに悪いと思い、返そうとするが、強い向かい風が花と共に吹いてきて思わず、目を閉じてしまう。
再び、目を開けると、そこはすっかりと落ちた日によってオレンジ色に彩る駅の前だった。
夢かと思ったが手に持っているお守りがある。
(不思議な体験をしたな)と思いながらその日は帰った。
その晩、賢矢は撮った写真を母に見せた。しかし、
「猫なんて何処にもいないじゃない。ただの白い風景しか見えないわよ」
と答えた瞬間、賢矢の背中を冷たい雨のようなものが流れた気がした。
父にも友達にも見せたが、同じ答えが返ってくる。
どうなってるんだと考えながら再び、賢矢は同じコースを歩いてみた。
しかし、そこには藤の花はなく、水たまりと草が生えたコンクリートの広場らしきものしかない。
地元の人に話を聞くとそこは土地区画整理でできた調節池しかなく、誰も藤の花なんか、育ててないと言う。
「どうなってんの……」
呆然としながら駅広場のベンチに座りこんでお守りを見てみる。
すると、ご年配の方が話しかけてきた。
「おや、お前さん。運がいいの。藤神様のお守りを貰えたんだから」
「藤神様?」
「ああ、昔、この地域に藤畑があってその神様を祀る祠があったんじゃが、開拓や空襲で無くなってしまってのう。だが、祠だけはその前に何処かに消えてたって話じゃ。それからじゃ、白い猫の使いが時々、藤神様の祠に連れていき、お守りを授ける事があるとな。そのお守りを授かった者は生涯、安心して暮らせるそうじゃ」
「そうなんですか。教えて下さりありがとうございます」
「何々、いいんじゃよ」
ご年配にお礼を言うと、賢矢は立ち上がり、駅へ向かった。
その後ろ姿に向かって
「特にお前さんは最高の餌になりやすいから気を付けるにゃー」
と呟き、去ったのには気付きもしない。
その影は何故か猫の形をしていた。
気晴らしでもなんでもいいからなんとなく知らない場所に行ってみたいと思った。
賢矢は趣味の散歩の延長で地元から少し、離れたY駅に降り立つ。
北口と南口があった。コンビニがある北口の方へ出てみると、青く広がった空と共に日照りが眩しく出迎えてくれた。
そのせいで輝いて見える大きなバス停と木が間を開けながら並んだ広場。その先に小さな芝生の坂と坂の中にあるトイレが目に入る。
賢矢は真っ直ぐ広場の方へ歩いて行った。
広場の向かい側は線路が通る高架橋になっていて、その下にはスーパーと保育園らしい。
さらに進むと十字の道路があり、高架下の自転車置き場、十字路の一方には住宅街へと続く。
暫く、線路沿いを歩いてみた。
時折、上で走る電車の音や保育園? 幼稚園? のお迎えバスや車以外、凄く静かに感じた。
ほんの数分ですぐに大通りが見えた。
そして、賢矢の左側に綺麗な光景が見えた。
最初に移ったのはピンク色だった。次に白、紫とまるでグラデーションのようなカーテンに咲いている藤の花だった。
(綺麗だ。なんとなく、降りたけれど来て良かったな)
いつの間にか、その藤の下まで入り込んでいた。近くで見ると益々、綺麗でトンネルのような、高波の中のような光景に息を呑んだ。
「ニャー」
見惚れているうちに何か暖かいものが足元を触れている。
慌てて下を見ると藤の花に負けないくらいの真っ白い猫がいた。
「ここはお前の縄張りかい?」
賢矢は猫の視点まで身を小さくし、撫でる。とてもふさふさしていて気持ちいいと感じた。
最初に感じていたイライラもこの風景と猫のお陰で穏やかな気持ちに変わっていく。
猫はその手に自身の身体を擦り付けた後、「ニャー」とまた、一鳴きし、自分について来いと言わんばかり、服を引っ張った。
賢矢は頭をかしげながらもその猫の後を歩いてみる。
いつからか、車の音にも気にしないくらい静かで周りは藤の花だらけだった。でも、気にすることなく、賢矢は歩く。
やがて、着いたのは小さな祠だった。
祠は全体に白く、所々、藤を巻いている。
「まるで藤の神様を祀っているようだ」
「あら、よくお分かりで」
ずっと、賢矢以外は猫しかいないと思い、呟いた言葉だったが、まさか、返事をしてくれる人がいるとは思わず、飛び上がってしまう。
慌てて、後ろを向くとそこには藤の刺繡がされた巫女服のような着物をきた自分と同じ年ぐらいの若い女性がいた。
「ふふ、驚かしてごめんなさいね。坊や」
「坊やってあなたと対して変わらないと思いますが」
さすがの坊や呼ばわりに賢矢は顔を顰める。しかし、女性は気にすることなく、質問をする。
「坊や、どうやって来たの? ここは簡単に入ってこられる場所ではないわよ」
「え、そうなんですか。普通に散歩していたら立派な藤が咲いている所に着いて、それに見とれていたら猫がきてここまで案内してくれたんです」
「その猫って祠の前で変な格好して寝ている白猫?」
女性が賢矢の後ろを指差す。
指差した先には先ほどの猫が仰向けになって片腕を伸ばし、もう片方の腕を頭の上にのけって寝ていた。
「はい、その猫です。あの、写真、とってもいいですか?」
「ええ、勿論。むしろ、ブサイクに撮ってくださいな」
賢矢が写真を撮っている間、女性は考え込んでいた。
そして、写真を撮り終わった賢矢の顔を間近で見ようと顔を近づける。
(うわー。近くで見るとめちゃくちゃ、肌が白くて美人。……じゃなくって⁉)
「あ、あの?」
「ああ、なるほど。波長が合う子ね。この辺じゃ見ない顔だからか。でも、このままだと都心とか人が多い所は危険ね」
「えーと?」
「ふふ、その子が連れて来た理由が分かった気がするわ。ねえ、せっかく出会った記念としてこのお守りをあげるわ」
女性が渡したのは藤の模様が描いた薄紫色のお守り。少し、傾ける色が白、ピンクと変わるように見え、藤の香りがした。
それを受け取った賢矢はさすがに悪いと思い、返そうとするが、強い向かい風が花と共に吹いてきて思わず、目を閉じてしまう。
再び、目を開けると、そこはすっかりと落ちた日によってオレンジ色に彩る駅の前だった。
夢かと思ったが手に持っているお守りがある。
(不思議な体験をしたな)と思いながらその日は帰った。
その晩、賢矢は撮った写真を母に見せた。しかし、
「猫なんて何処にもいないじゃない。ただの白い風景しか見えないわよ」
と答えた瞬間、賢矢の背中を冷たい雨のようなものが流れた気がした。
父にも友達にも見せたが、同じ答えが返ってくる。
どうなってるんだと考えながら再び、賢矢は同じコースを歩いてみた。
しかし、そこには藤の花はなく、水たまりと草が生えたコンクリートの広場らしきものしかない。
地元の人に話を聞くとそこは土地区画整理でできた調節池しかなく、誰も藤の花なんか、育ててないと言う。
「どうなってんの……」
呆然としながら駅広場のベンチに座りこんでお守りを見てみる。
すると、ご年配の方が話しかけてきた。
「おや、お前さん。運がいいの。藤神様のお守りを貰えたんだから」
「藤神様?」
「ああ、昔、この地域に藤畑があってその神様を祀る祠があったんじゃが、開拓や空襲で無くなってしまってのう。だが、祠だけはその前に何処かに消えてたって話じゃ。それからじゃ、白い猫の使いが時々、藤神様の祠に連れていき、お守りを授ける事があるとな。そのお守りを授かった者は生涯、安心して暮らせるそうじゃ」
「そうなんですか。教えて下さりありがとうございます」
「何々、いいんじゃよ」
ご年配にお礼を言うと、賢矢は立ち上がり、駅へ向かった。
その後ろ姿に向かって
「特にお前さんは最高の餌になりやすいから気を付けるにゃー」
と呟き、去ったのには気付きもしない。
その影は何故か猫の形をしていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
死ぬまでのおしゃべり
ちゃっぷ
ライト文芸
人々が楽しげに過ごす日曜日、『死ななければいけない』と男は思っていた。
だからスーツを着込んでマンションの屋上へと登って、タバコを吸ったら死のうと思っていたのに…吸い終わっても飛び降りる勇気はない。
「おじさんも死ぬつもりなの?」
そんな男に、裸足で座り込んでる女子高生が声をかけてきた。
その女子高生も死にたいようだが立ち上がる気配すらないので、おじさんと呼ばれた男はその隣に行って同じように座り込んだ。
「――何か話すか」
無言の時間がつらかったおじさんはそう言って、二人の死ぬ気が起きるまでおしゃべりをすることにした。
あと五分が四時間になる理由 決して私のせいではない
さんかく ひかる
ライト文芸
あと五分、アト十分。
なぜ人は布団から出られないのか。
なかなか起きられずに悩んでいるみなさん。
それは、決して、自分のせいじゃありません。
もっともっと大きな力が作用しているかもしれません……。
我が家の日常会話をアレンジしました。
エブリスタの超・妄想コンテスト「もう少しだけ」に応募した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる