上 下
27 / 46
第二章 元女子高生、異世界でどんどん成り上がる

27:お久しぶりです、サックスファミリー!

しおりを挟む
 まるで、私と考えていることが一致しているのかと思うほどの出来栄えだった。

「……すごいです、まんまこれです!」

 私の前には、私のものより一回り大きいサックスと、大きく存在感を放つサックスが二つずつ置いてあった。
 設計図を書く時点で、私の記憶を頼りに細かいところまで指示していったが、ここまでの出来だとは。

『楽器工房』から三種類のサックスが誕生した。

「試しに吹いてくれないか?」
「分かりました」

 テナーとバリトン、数えるほどしか吹いたことがないけど。
 ここに来る前に、テナーとバリトン専用のリードをもらっている。

「おおっ、こんな音なんだね」

 少し渋い音と かなり渋い音、慣れていないだけで音はこんなもんかな?

「あとはこれを王城に持っていくだけだね」
「あっ、何回かに分けて運ばないと」
「そう思って、力持ちを呼んでいるよ」

 そう言うと見覚えのある男が一人と、超見覚えのある男が一人、工房から出てきた。

「あっ、ルーク! ……と……あっ」
「私が楽器を王城に持っていくと言ったら、お手伝いでこの人をよこしてきたよ。知り合いかな?」

 私は空いた口が閉じられなかった。

「そっか、刑期中だから……」

 ハルドンだった。あの時より体が一回り小さくなっている。

 ……いや、同情など感じちゃだめだ。私が吹っ飛ばしたんだから。

「俺はこのデカい方を持つよ」
「ルーク、ありがとうございます」

 率先してルークがバリトンサックスのケースを持つ。

「……私も」

 私に一切目を合わせないハルドンも、バリトンサックスのケースを持ってくれた。

「じゃあ私はテナーの方だね」

 おじさんが小さい方のケースを持ち、私は残りのケースを持つ。

「それじゃあ行こうか」

 すっかりやつれてしまったハルドンがいることで、一人気まずく感じてしまったのだった。





 入隊予定のメンバーは、リリー以外にアルトサックスが一人、テナーサックスとバリトンサックスが二人ずつである。
 すでに王城に、他のサックスのメンバーが待っているのだ。

「お待たせしました、楽器を持って来ました」
「「「うぉっ」」」
「小さい方がテナーで、大きい方がバリトンです」

 新メンバーの貴族出身の女性が、新たな大きい相棒に飛んでいった。
 唯一の農民出身でアルトサックスの男性には、昨日のうちに楽器を渡してある。
 他の平民出身の三人は、おずおずとケースに近寄ってきた。

「これからみんなの相棒になる楽器たちです。ちょっとでもぶつけるとすぐに凹んで、音が変わってしまいます。ガラスでできていると思って、丁寧に取り扱ってください」

 前世の吹奏楽部でも、最初に必ず言う言葉である。
 あの時は、修理に出している間の代理の楽器があったけど、この世界ではめっちゃ貴重なんだからね! それは分かってると思うけど。

「それでは楽器倉庫に行って、さっそく始めましょうか」

 私は、一緒に楽器を運んでくれた三人にお礼を言っておく。
 それからリリーを含めた新メンバー六人とともに、列をなして『はじめての場所』に向かった。





『身分関係なく、音楽を楽しめる楽団を作ろう』。
 七人のサックスパートは、貴族が三人、平民が三人、農民が一人で構成されている。

 農民は一人だけだが、貴族には十分に激震が走った。
 音楽といえば貴族のような、高貴な身分が楽しむものだった。平民すら賛美歌を歌うくらいで、オーケストラはやはり貴族のものだった。

 それにも関わらず、音楽にすらほとんど触れない農民が、楽器を演奏するなんて。

「グローリアさんの演奏を聴いて、ずっとやってみたいと思ってました。やるならグローリアさんと同じものでやりたいです」

 そう、私と同い年の男子に言われてしまえば、スカウトするしかなかった。
 私の演奏でやってみたいと思ってくれてたなんて! 

 ピーッ、ピーッ、ファーッ……

 この音を聞いてると、完全に前世を思い出してうるうるしてきちゃう!
 サックスパートのみんなで練習して、後輩に教えて、合奏したもんなぁ……。

「次は何したらいいですか?」
「あっ、次はこれをつけて吹いてみてください」

 初めてでも、マウスピースだけならすぐに音が出てくれた。感じていた不安は、飲みこみのいいメンバーによって洗い流されていく。

「リリーちゃん、サックス始めてどれくらいなの?」

 バリトン担当の女性がリリーに尋ねる。リリーは親指と人差し指を伸ばして、女性に差し出した。

「二ヶ月!」
「経験者って言っても、まだそれくらいなんですよ」
「そうなんだね。よーし、リリーちゃんに追いつけるように頑張らないと!」

 とても明るい性格の女性で、ギチギチに固まっている他のメンバーを和ませてくれる。
 まぁ、最初こそは二ヶ月もけっこうな差だけどね。

「僕、一人だけこんな見た目ですが……気になりますか?」

 農民出身の男子が、着ている麻の服をつまむ。

「いやぜんぜん! ぶっちゃけ、私も農民をあそこまで差別する必要あるのかな? って思ってたから、グローリアちゃんに賛成したんだ。むしろ、君がよく来てくれたねっていう感じ!」
「ちょっと怖かったんですが、『音楽は身分関係ない』って言うグローリアさんに感銘を受けて、決めました」

 私以外の貴族を相手にしても、自然と笑みがこぼれるその男子に、またもうるうる来そうになった。

 みんなよそよそしくて、気まずい雰囲気になったらどうしようとか、自分が積極的に話題を作らなきゃとか思ってたけど。
 ……大丈夫そうだね、よかった!

「みんなできているので、ついに楽器を全部組み立てた状態で吹いてみましょうか!」
「よし!」「音出せるかな」「少し緊張しますね」

 ぎこちないながらも、みんな自分からしゃべってくれるようになった。
 初めて一緒に練習しているとは思えないほど、柔らかく穏やかな空気で包まれている。

「最初はどこも押さえないで、吹いてみましょう」

 アルトよりテナー、テナーよりバリトンの方が音を出すのが大変なのだが。

 音がか弱い人もいたが、何とか全員サックスの音はだせるようになった。

「すごい! みんなできるんですね! みんなお上手です!」

 こちらの想像をはるかに越える上達具合に、こちらが戸惑ってしまう事態に。
 しかし、これくらいのペースでやっていかないと、音楽隊の結成は難しくなる。サックスだけ初心者の集まりで、他はほとんどがプロの演奏者。この差をいかに埋められるか。

 この六人にかかっているのだ。

「その調子で次は……」

 私は心の中で舞い上がりながら、ノリノリでサックスを教えていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

嫌われた妖精の愛し子は、妖精の国で幸せに暮らす

柴ちゃん
ファンタジー
生活が変わるとは、いつも突然のことである… 早くに実の母親を亡くした双子の姉妹は、父親と継母と共に暮らしていた。 だが双子の姉のリリーフィアは継母に嫌われており、仲の良かったシャルロッテもいつしかリリーフィアのことを嫌いになっていた。 リリーフィアもシャルロッテと同じく可愛らしい容姿をしていたが、継母に時折見せる瞳の色が気色悪いと言われてからは窮屈で理不尽な暮らしを強いられていた。 しかしリリーフィアにはある秘密があった。 妖精に好かれ、愛される存在である妖精の愛し子だということだった。 救いの手を差し伸べてくれた妖精達に誘われいざ妖精の国に踏み込むと、そこは誰もが優しい世界。 これは、そこでリリーフィアが幸せに暮らしていく物語。 毎月第2土曜日更新予定 お気に入りやコメント、エールをしてもらえると作者がとても喜び、更新が増えることがあります。 番外編なども随時書いていきます。 こんな話を読みたいなどのリクエストも募集します。 2023.5.6.お気に入り 100人突破 2023.10.12.お気に入り 200人突破

処理中です...