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第一章 現役女子高生、異世界で超能力に目覚める

07:能力開花? 癒しのミュージシャン

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「ねぇ、ベル。ベルとかリリーって魔法使えるの?」

 そんな突拍子もないことを聞いたのには理由がある。
 前世のあの世界を『アンマジーケ』と呼ぶからには、この世界には魔法があるということなのだろう。ほぼ毎日投げ銭をしてくれる常連さんに、魔法のことを聞いてみたのだ。

「魔法は選ばれし者しか使えないんだよ。権力者が魔法を使えたら乱用して大変なことになるよね? だからだいたいは普通の平民なんだ」

 ……らしい。
 ベルもリリーも平民なので、使える可能性はあるのだが。

「いやいや、魔法なんて使えやしないよ」
「リリーもできないよ」

 ベルもリリーも首を振った。

「もともとアンマジーケ出身の私でも、使える可能性はある?」
「いやぁ、そればかりは分からないねぇ。でもあるって考えた方が面白くないかい?」
「……確かに」

 その時は夢を持たせることで話は終わった。





 次の日、噴水広場でまたサックスを吹いていると、あの常連さんが左腕にギプスを巻いてまで来てくれたのだ。
 驚いたものの、とりあえず曲を最後まで吹き切る。

「腕どうしたんですか⁉︎」
「昨日あの後家に帰ったら、昼から酔いすぎて階段から落ちたんだよ。今は診療所に行った帰り」

 私も前世で骨折したことあるけど、マジで痛かったし、不便だったな……。
 共感力が高いせいか、その時のことを思い出して自分も痛くなりそうになる。

「姉ちゃんの演奏を聴いて、少しでも気を紛らわそうと思ってね」
「なるほど……分かりました」

 その時、体の内側から得体の知れないエネルギーのようなものが、ふつふつと湧き上がってくる感じがした。 
 あぁ、久しぶり! コンクールの本番以来のこの感じ!

 これを相棒に乗せて吹けば、めちゃめちゃいい音が出るんだよね!

 目を閉じ、深く息を吸った。
 一瞬、私の音で噴水広場が静まり返った。

 冷たい風だったのが暖かいそよ風に変わり、その風に乗って音がすみずみへと届いていく。低音域を甘い音で、高音域を澄みわたる音で奏で、湧き上がる感情を表現する。

「あれ……?」

 常連さんが首を傾げる。

「腕が痛くない……」

 えっ?

「演奏聴いたら治ったかも!」
「いやいやいやいやそんなわけ!」
「本当なんだって! それまでズキズキ傷んでたのが、スゥーッと引いていったんだよ!」
「気のせいじゃないですか?」
「もう一回診療所行ってくるね!」

 常連さんはいつものように、銀貨を一枚ケースの中に入れると、さっき来た道を早歩きで戻っていった。

 でも……吹く風がぽかぽかしてた気がするし、ありえなくはないかも。
 ここで吹きながらあの人の報告を待つか。





 一時間ほど経って、さすがにそろそろ帰ろうとしていた時、早歩きでこちらに向かってくる人がいた。

「姉ちゃん、聞いてくれ!」

 案の定さっきの常連さんだ。

「俺の骨、ちゃんとくっついてたってよ! 今はほら、こんなにも動かせるし、元気満タンだな!」

 声を弾ませ、ブンブンと腕を振ってみせる。
 マジで? ホントに治しちゃった?

「すごいよ、姉ちゃんの演奏はケガを治すこともできるんだな! ……このサックスにそういう効果があるのか?」

 そんなわけないでしょうが。そしたらもっと前からそれに気づいたでしょ。

「この楽器とは前世からの縁なので、そういうのはないと思います。だからといって、私にケガを治す能力があるとも思えませんけど」
「サックスにないなら、姉ちゃんが持ってるんだよ!」

 ガハハと笑って何の躊躇ちゅうちょもなく、サックスのケースに銀貨を五枚放りこむ。

「こ、こんなにいいんですか?」
「ぜんっぜん。医者にかかるより全然安いさ」
「あ、ありがとうございます!」

 いつもは多くて銀貨五枚(日本円で約五千円)ほどしか稼げないが、今日だけでざっと倍くらいは稼げた。これはこれはベルにもリリーにもいい報告ができそう。
 私は昨日よりずしっと重い麻布を腰から提げて、ケースを背負って噴水広場をあとにした。





 未だに事実を信じられなかった。
 ホントのホントに骨折を治しちゃったの? すり傷くらいの軽いケガじゃなくて?

 ……アンマジーケってそういうことか。

 魔法を出すもととなるものが生み出せたとしても、魔法として具現化しないってことかな。だから『魔法がない世界』って呼ばれてるのかも。

「こんなに稼いで、何かあったんかい?」

 …………はっ!
 銀貨や銅貨を数えて、不思議そうに私を見てくるベル。

「ほぼ毎日来てくれる常連さんが、銀貨六枚もくれたの。あと……」

 自分でもよく分かんないけど、言っちゃえ。

「その常連さんが腕の骨を折っちゃって、診療所に行った帰りに私の演奏を聴きに来てくれたらしいの。それで吹いてあげたら、治っちゃったらしくて」

 数秒間ポカンとし、「治ったって、骨折が?」とゆっくり聞き返す。

「そう。骨折が、私の演奏で」
「お姉ちゃん、ホントに!?」

 銀貨でジャラジャラと遊んでいたリリーも乗っかってきた。

「昨日言ったとおり、グローは魔法が使えるのかもしれないねぇ。それでこんなに銀貨をくれたのかい」
「うん、医者にかかるよりは安いって言ってたけど」

『お手軽』のように聞こえて、まぁまぁ複雑な気持ちになる。
 すると、リリーがテーブルを周りこんでワンピースの裾を少し上げ、右膝を私に見せてきた。

「じゃあお姉ちゃん、リリーのお膝治せる?」

 薄汚れた布で膝をぐるぐると巻いて応急処置はしてあるが、これでは雑菌が入ってんでしまいそうだ。いや、すでに膿んでいた。当ててある布がカピカピになっている。

「やってみる」

 私はケースからサックスを取り出して組み立てて、数十秒音出しをして慣らす。
 リリーの膝をじっと見て、うみが出たほど大胆に転んだ時のことを思い出す。階段上る時とか、ちょっとでも膝を曲げると痛かったなぁ。お風呂なんて苦行だったし。

 体の内側からあふれ出しそうな力を、私はサックスの音にこめて吹いた。その力に身を任せ、音色や強弱をつけていく。

「……もう痛くない!」

 曲が終わると、リリーは膝をちょんちょんと触って驚嘆した。

「本当かい? 剥がして見せておくれ」

 ベルが薄汚れた包帯を取っていく。スルスルと取れた包帯の下からは、小さい子供のあのきれいな肌が現れた。かさぶたを通り越して、痕にも残らず、まっさらになっていた。

「きれーいに治って……グロー、でかした!」
「あはは、治ったならよかった」

 ベルに頭ごとハグされるが苦笑いしかできない私。ホントのホントに、私って治せちゃうの?

「やっぱりグローは魔法を使えるんだよ! 演奏で人を癒すなんて、グローを迎え入れてよかった」
「こっちでも魔法使えることって、そんなにすごいの?」
「選ばれし者しかできないらしいからねぇ。すごいことだよ」

 私は未だに事実を信じられなかった。
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