上 下
5 / 46
第一章 現役女子高生、異世界で超能力に目覚める

05:珍しい楽器を吹くストリートミュージシャン

しおりを挟む
 次の日、私はベルから教えてもらった場所に向かった。

「市場の辺りはにぎわっていると思うねぇ。色々な人に聴いてもらいたいならここがいいよ」

 地図を片手に、アルトサックスが入ったケース(かばん)を背中に、周りを見渡す。
 まだ地図が読めるからいいけど……全部ヨーロッパみたいな建物ばっかだから見分けがつかないって! よく見れば『鍛冶屋』とか『青果店』とか『服屋』とか分かるんだけどね。
 前世は建物の見た目で分かるやつも多いし、もっと目印になるような高い建物があったからね。

 あんまりお店の近くじゃ迷惑だから、ちょっとひらけたところがいいな。

 さっきからどこからかの視線が気になっている。

「ねぇ、何あの髪?」
「異国の人かしら?」
「それにしても、ピンク色の髪なんて見たことないな」

 前世で鍛えられてしまった地獄耳が、今世でも残ってしまっているようだ。 
 私だって染めてもいいなら茶髪くらいにしたいよ! でも、そういうのができるところはないらしいし……。
 どこから見ても目立ってしまうこの髪色。しかし私はそれを逆手に取ろうとしている!

「ここ、めっちゃいいじゃん!」

 市場から少し離れたところに大きな噴水を見つけた。噴水を原点に、放射状に伸びた道からたくさんの人がぞろぞろと歩いてきている。
 私が今歩いてきた市場への道や、王城に続く道、富裕層が住む南地区への道など、全部で五本の道路が交わる場所なのだ。

「ベルぅ、こういうところ教えてくれればいいのに」

 待ち合わせの場所として使われているらしく、数分人間観察をしていればすぐに分かった。
 要は、たくさん人が集まる場所である。

 私はケースを地面に下ろしてサックスを組み立てると、噴水の縁に座った。音出し(ウォーミングアップ)をして楽器を温め、指をほぐす。
 そしてベルの家から借りてきた看板に、「演奏がいいなと思ったら ぜひお金を入れてください!」と書いてみた。

 ベルとルークによると、ストリートミュージシャンを見たことがないらしい。それなら投げ銭の文化もないだろうし、楽器のケースを投げ銭入れとして使うことも知らないよね?
 そもそも音楽をたしなむことなど、上流階級がするものなのだそう。確かに街中に音楽はなく、人が生み出す雑踏しかなかった。

「よし……準備完了」

 私はスクッと立ち上がると、コンクールの本番前さながらの緊張を飲みこみ、サックスを奏で始めた。





 足音と話し声でごった返す噴水広場に、ある一つの旋律が響き渡る。
 人の声にも似た、きらびやかでもあり艶やかな音色。
 その場所にいる誰もが、未知の音楽を耳にした。

「何あれ? 楽器よね?」
「こんなところで吹いていいのか?」
「あの金色のやつ見たことないぞ」

 興味を示すものの、こちらを振り向いては「ふぅん」と言って去っていく。
 思っていたものより厳しい世界だ。

 ストリートミュージシャンってなかなかお金入らないらしいけど、ホントにそうだった。コンクールの時、私のソロを審査員にほめてもらったけど、あれは私が高校生だからかな……。
 でも、ベルと約束しちゃったし。やらねば。

 二曲まるまる吹き終わり、三曲目に入ろうとしたその時。

 パチパチパチ……

 私の前を素通りせずピタッと足を止め、拍手をする少し裕福そうな男性が一人。

「その楽器、なんて言う楽器ですか?」
「サクソフォンです」
「それ、昨日までうちにあったやつじゃ……?」

 昨日までうちにあった? だってサックスってこの世界じゃ珍しいのにうちにあったって…………あ。

「もしかして、これを売ったベルのお相手ですか?」
「ベル……イザベルか。そうです。珍しいと思って博覧会に出そうとしていたのに、昨日男が返してほしいって取りに来て」

 これって……返してくれってこと? そうは言ってこないけど、そんな感じだよね。
 黙ったまま、その男性は私の相棒を凝視している。

「えっと……何か?」
「これを吹く人がいないなら私が預かろうと思ったのですが、いるので大丈夫ですね。もうちょっとサクソフォンの音を聴いてから行こう」

 そう言うと数歩下がって腕を組んだ。
 半ば「やれ」と言われているこの状況。ソロコンテストを思い出させる。

「それでは……『まどろみのむこうに』、お聴きください」

 それならと、ベルとリリーとルークに吹いてあげたソロコンテストの曲を選んでみる。昨日ばっちり練習したから今日は大丈夫でしょ!
 私は息を吐ききった後、すばやく息を吸ってサックスに息を入れる。目の前の男性だけじゃなくて、もっと遠くまで音を乗せて。

 これでもソロコン、三位だったんだからね!

 吹き終わると男性は緑色の袋を取り出す。

「サクソフォンという楽器にも、あなたの奏でる音色にも心が踊りました。これはどこに入れればいいですか?」
「じゃあこのケースの中に」
「この楽器を買い取った時と同じ金額と……演奏料の銀貨五枚」

 ジャラジャラと重たそうな絹の袋と、緑の袋から取り出した銀貨をケースの中に入れてくれた。

「えっ、こんなに!?」

 私は屈んで絹の袋の中身を確認する。そこには目がくらむほどの金貨と、その中に混じって数枚の銀貨が入っていた。

「誰かに盗られないようにだけは気をつけてくださいね」
「は、はい」

 投げ銭第一号はまさかの、ベルが私の相棒を売った人だったのである。金額にして、金貨五十枚と銀貨七枚。投げ銭の分が銀貨五枚。

 最初はどんな人かって思ったけど、まさかこんないい人だとは。本音は財産として、このサックスを持っておきたかったのだろう。だが強引に自分のものにしようとしなかった。
 サックスを返してくれた上に、売った時のお金までくれたんだよ! 神じゃん!

 私はその後も二時間ほど噴水広場に居座り、四人から銀貨や銅貨を投げてもらったのだった。
 初日から収穫やばすぎだって!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!

つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが! 第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。    *** 黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ
ファンタジー
いたって普通の女子高生・花園 アリス。彼女の平穏な日常は、魔法使いを名乗る二人組との邂逅によって破られた。 異世界からやって来たという魔法使いは、アリスを自国の『姫君』だと言い、強引に連れ去ろうとする。 心当たりがないアリスに魔の手が伸びた時、彼女を救いに現れたのは、魔女を名乗る少女だった。 未知のウィルスに感染したことで魔法を発症した『魔女』と、それを狩る正統な魔法の使い手の『魔法使い』。アリスはその戦いの鍵であるという。 わけもわからぬまま、生き残りをかけた戦いに巻き込まれるアリス。自分のために傷付く友達を守るため、平和な日常を取り戻すため、戦う事を決意した彼女の手に現れたのは、あらゆる魔法を打ち消す『真理の剣』だった。 守り守られ、どんな時でも友達を想い、心の繋がりを信じた少女の戦いの物語。 覚醒した時だけ最強!? お伽話の様な世界と現代が交錯する、バイオレンスなガールミーツガールのローファンタジー。 ※非テンプレ。異世界転生・転移要素なし。 ※GL要素はございません。 ※男性キャラクターも登場します。 ※イラストがある話がございます。絵:時々様( @_to_u_to_ )/SSS様( @SSS_0n0 ) 旧タイトル「《ドルミーレ》終末の眠り姫 〜私、魔女はじめました〜」 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載中。

処理中です...