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プロローグ

001 約束された死刑宣告

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月城つきしろ花恋かれんを死刑に処する」

 あぁ、やっぱりかと思う一方、死にたくないという気持ちがまだ諦めきれていない。
 世間はそれを許してくれないだろう。

 ここは裁判所の法廷。だがここは日本でもないうえに人間界でもない。異世界であるストレーガの、アウスティ共和国で一番大きな裁判所だ。

 私は太い鉄の棒に体を縛りつけられ、何かを叫べばむちたたかれている。私の体にはいくつもの鞭の痕があり、拘置所に入ってからほぼ寝られていないせいで、ひどい目のくまもある。

 私はストレーガで猛威をふるう寄生虫『クリサイト』を生み出した原因として、裁判にかけられている。
 これまでも人間界出身の人たちが裁かれ、全員が死刑となっている。例に漏れず、私の両親も。

「情状酌量の余地があるって言ってたじゃないですか!」

 死にたくないという感情が私の口を開かせた。バシッと鞭の音が法廷に響く。

「裁判員全員での多数決の結果だ。死をもって罪を償え。お前の罪の重さをその身で知れ」

 裁判長は完全に悪い顔をしている。グルだ。やはり日本とは違うのだと思い知らされる。

 ……あ、そうだ。

 こんな窮地でひらめいてしまった。小さいときからピンチになると頭がえてしまう。はいはいと判決に従えばいいのに、抗おうとしている。

 また鞭で叩かれる覚悟で、声を張り上げた。

「罪の重さを知れるならいいんですよね。それなら私を終身刑にしたらいいんじゃないですか」

 叩かれなかった。後ろにいる懲罰人がたじろいたのが気配でわかる。

「自ら苦行を選ぶのか、愚か者。死刑ならすぐ執行できるのだが」
「私は死ではなく、生きて罪を償いたいんです。クリサイトを退治するドミューニョ部隊があると聞きました。そこに入って自分でクリサイトを殺すことで罪を償うというのはどうですか」

 どよめきが起こった。
 人間界出身者の最後の裁判ということで、傍聴席はすべて埋まっている。どよめきの中に「はぁ? さっさと死んでくれよ」という声がした気がするが、罵倒に慣れた私には効かない。

「私は両親についてきただけです。十二歳の子どもにストレーガに行くことがそれくらい危険なのかを、親に教えられずに理解できると思いますか? 私は外国旅行くらいの感覚でした」

 淡々と判決内容を伝えていたはずの裁判長が黙り込む。
 私は裁判長から一度も目を逸らすことなく、回答を待ち続ける。数秒、数十秒。
 後ろからどんな言葉が聞こえようとも、スルー。
 検察官全員からにらみつけられようとも、スルー。

 どれくらい時間が経っただろうか。裁判長がため息をついて言った。

「判決のやり直しをする。裁判員は再び裏部屋に集まるように」

「ふざけんな」と傍聴席からも検察側からもブーイングが飛んでいるものの、静粛にさせることなく裁判員は法廷から姿を消した。





 死刑の求刑をした検察は、こちらをチラッと確認しながらコソコソと話をしている。
 後ろからは「裁判 長引かせやがって、このクソガキ」と暴言を吐いているところに、裁判員が姿を現す。

「静粛に!」

 死刑判決が覆ると悟っているせいか、傍聴席はなかなか静かにならない。

「静 粛 に !!」

 裁判長が鋭く声を張り上げたおかげで、二回目でようやく静まった。

「再度判決を言い渡す。月城花恋を条件つきの終身刑に処する」

 私の言い分が通った。ダメ元だったが、無期懲役ではなく終身刑と言ったのが功を奏したようだ。

「なお、被告人の弁論どおり、本人が死亡するかクリサイトを撲滅するまで、ドミューニョ部隊にてクリサイトの殲滅せんめつに尽力すること」

 しかしここで宣告は止まらなかった。

「もし部隊から抜けたり、戦闘から退いたりすることがあった場合、被告人は即死刑とする」

 え……?

 警察側と傍聴席に歓喜が巻き起こった。

 そんな……。

 自分がそう提案した以上、認めるしかないのはわかっている。だけど……だけど……生きるにはずっと戦い続けなきゃいけない。腕や足が吹っ飛んでも、目潰しされても、大病を患っても。

 そのような理由で戦うのをやめたら、死ぬ。

「……わかりました」

 どう足掻あがこうと、私は生きるのを許されない人間らしい。結局裁判員のみんなも、私には死んでほしいと思っているようだ。

「生かしてくれるだけマシだと思え、この人間野郎!」
「このガキ、すぐに軍から逃げ出して死にそう」
「よかったな、どうせ死ぬ運命!」

 傍聴席から飛ばされた中傷が、無数に私の背に突き刺さる。
 これからも生きている間はこうなるのだろう。生きるための代償だ。
 そう覚悟して目線を上げ……裁判長と目が合った。

 満足そうな顔をしていた。

 あぁ、一番私に死んでほしいと思っているのはあなたなんですね。
 少し減刑してくれたのでマシかと思っていたが、やはり根はストレーガ人なのだと思い知った。





 でも暴言だけで済むようになってよかった。最初の方はまず人間だけを収容する施設にぶちこまれて、セクハラなんて言葉が生易しいくらいの扱いを受けたから。

 男の警察官に、何度身体検査で体を触られたことか。特に私は人間で十代の女性が珍しいからと、ゆがんだ目でベタベタと。

「お前らは俺らが何をしてもいい玩具おもちゃだ。どうせ死ぬことになるだろうからな! 死人に口なしって言うだろ? フハハハハッ!」

 その言葉でもう私は誰も信じられなくなった。信じられるのは自分だけ――いや、自分を信じるしかなくなった。

 人間どうしで意気投合しないよう、部屋は一人一つ。しかも二畳くらいの狭さ。
 廊下には常に監視員がいて、一言も話すことはできない。

 コミュニケーションがまったくとれなくなった人間わたしたちの中には、精神を病んで早々に処刑された者もいた。
 私たちがなるべく早く死ぬように精神からむしばむ作戦である。

 そんなものにはまるものかと、その一心で私は何とか生き続けてきた。私の両親も同じ気持ちだったらしい。

 だが二週間前、まず父が死んだ。一週間前、母も死んだ。二人とも私の目の前で、首をられて死んだ。
 お前も直にこうなると、執行室の階下にある窓に顔をつき当てられ、死の瞬間を見させられた。

 二人の断末魔、長く伸び切った首、飛び出た目玉。鼻や口からはだらだらと褐色の液体が垂れて、あまりにも無惨な亡骸だった。

 さらに、死してもなお、人間はぞんざいに扱われた。亡骸はそのまま執行室の階下で、引火性のある液体をかけられ、魔法で火をつけられて放置。

 警察はどいつもこいつも不敵な笑みを浮かべていた。

 …………こんな死に方をして、死んでもこうなるくらいなら生きた方がマシだ。死にたくない。

 不思議と涙は出なかった。運命に抗おうと考えるようになったのはこのときからだった。
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