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第三章 元冒険者、まさかの二刀流になる

29:弓一筋の騎士、双剣使いへ

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「まずは普通の剣、長剣だ。持ってみな。あぁ、こことここだ」

 私は店主の言う通りに、右手を上に左手を下にして剣を持ってみる。
 おぉ、重い。

「こんなに重いものを振るってるんですね」
「やっぱり! 初めて持った人のほとんどがそう言うよね~」

 オズワルドが言うとなぜか嫌味っぽく聞こえない。

「歩兵は左手で盾を持つし、騎馬は左手で手綱持つから、本当は片手で持たないといけないんだけどね~」

 剣の騎士はこんなに重い剣を、片手で軽々と扱っているんだ。すごい。

「で、こっちが双剣用」

 店主と剣を交換するように、両手に双剣を握る。
 普通の剣より細身で軽い。

「どっちの方がやりやすい? ……っていっても、分からねぇよな……」
「ねぇねぇ、表で素振りやらせていい? おじさんも一緒に見て~」
「そうだな、それに限る」

 店の中では狭いので、私たち三人は店の外に出てみる。
 人が来ないことを確認し、オズワルドに一からやり方を教わることになった。

「短剣とは違って、突き刺すんじゃなくて、斬るんだよ。だから、こうやって……」

 オズワルドに手本を見せてもらう。ヒュンと長剣が空を切る。無駄のない、しなやかな動きである。

「一緒にやってみようか」

 見よう見まねで、オズワルドと同時に剣を振る。重いせいで遠心力がかかり、後ろに体が持っていかれた。

「ざっくりだけど、こんな感じだよ」

 ふぅん、とうなずいていると、ふと弓の訓練中のことを思い出した。

 オズワルドがさっき『騎馬』という単語を口にしたが、そのことでリッカルドから言われたことがあった。
 私は女なので、他の騎士と比べると身長が低く、乗れる馬も小柄なものしかない。馬に乗って戦うとなると、足元から攻撃されやすい上に、相手の方が身長が高いと剣を振り下ろされたときに勢いがついて、より致命傷を負う可能性が高いとのこと。

 要は、私は騎馬戦に向いていないようだ。

「あの、私、隊長からこんなことを言われたんですが……」

 このことをオズワルドに相談してみる。オズワルドは「そっか、リックお兄ちゃんからそう言われちゃったか……」と言って閉口してしまう。

 どうしよう、困らせちゃったかな。言わない方がよかったかな。まだそうと決まったわけじゃなかったけど……。

「クリスタルちゃんは前職からその戦い方だし、地上の方が向いてるのかも……あっ」

 突然ひらめいたようにオズワルドの顔がぱっと明るくなる。

「クリスタルちゃん、そういえばすごくすばしっこいじゃん! 訓練してきた僕に引けをとらないくらいだったし」
「そ、そうですか?」
「うん! よく考えてみたら、そもそも素人じゃ相手の懐に入ることすら難しいからね~」

 あの時は自分の身に危険が及んだからできたのかもしれないが。
 ともかく、オズワルドが今さら気づいたのには、あのハイレベルな騎士団の遊撃隊で慣れてしまったからだろう。

「そうなのか! すばしっこいなら双剣の方が向いてるかもしれないな」
「双剣はね~、盾が使えないから防御が難しいんだよ。だから、剣で防御する技術とすばやさが必要なんだ」

 よく分からないけど、そうなんだ。……と、うなずくしかない。
 私、双剣の方が向いてるのかな?

 オズワルドが独り言――のわりには声が大きすぎるが――をつぶやき始める。

「双剣使いの人って普通に長剣もできるよね? もし片方の剣を失ったらもう片方で戦わなきゃいけないし~、だからクリスタルちゃんは、弓の練習と剣の練習と双剣の練習をしなきゃいけなくなるけど~、お店のお手伝いもあるんだよね~、厳しいかな~」

 あの……しれっと練習量が三倍になりそう、みたいなこと言わないでほしいんですけど……。

「クリスタルちゃん、どうする? 弓使いのままなら練習量はこのままだけど、師匠越えはできないよ。長剣もやりたいなら練習量は二倍だけど、師匠と並べるよ。双剣もやりたいなら練習量は三倍だけど、師匠を越えられるし、弓と長剣と双剣の『三刀流』は前代未聞だよ」

 オズワルドに、今後の人生を左右する究極の質問をされる。
 ど、どうしよう。そんなのすぐに決められないよ……。

「そもそも忘れてほしくないのが、弓も剣もできるってのはすごいことなんだよ。俺みたいな剣士は弓は苦手で、弓使いは剣が苦手なことが多い」

と、なぜか店主からも持ち上げられる私。

「そうそう! クリスタルちゃんはちっちゃいころから弓一筋らしいけど、すばやさとあの身のこなしを兼ね備えてるのはすごいことなんだよ! 初めて持った短剣なのに、攻撃が当たったから!」

 さっきから私を持ち上げることしかしていないオズワルド。

「で、ぼっちゃん。さっきから言ってる短剣って何のことだ?」
「あっ、そうだった! おじさんには話してなかったね!」

 そして、コソコソとおとといのことを話し始めたのだ。店主は驚く様子がないので、もうオズワルドがスパイもやっていることを知っているとみえる。
 コソコソ話なのに会話が筒抜けなのは、私の地獄耳のおかげである。

「そうなんだ! それならいっそう双剣が向いてる気がしてきたな。ぼっちゃんがここに連れてきた理由も分かるぞ! むしろ、どうして今まで剣に挑戦しなかったのか」

 それを話せば長くなるんだけどね……と心の中で留めておく。

「分かってくれてよかった! あとはクリスタルちゃんの決断次第だよ」
「は、はいっ」

 あぁ、次に私が何を言うかで、これからが大きく変わるんだ。

 練習量が多くなること自体は構わない。小さいころから慣れっこだし騎士なのだから。だけど、エラさんを手伝える時間が少なくなるということになる。
 それでもエラさんは許してくれるはず。元々エラさんは、私が弓使いに戻ってくれたことを大いに喜んでくれたから。
 オズワルドさんはしきりに『師匠越え』を言ってくるけど……。師匠越えはできることならしてみたい。

 というより、私に双剣の素質があるならやってみたい。双剣も剣もできなくても私には弓がある。相棒がいる。
 ただ、弓使いとしての自分を超えたいだけだ。『師匠越え』はそのあとの話。

「双剣、やりたいです。挑戦してみたいです」

 私の答えを聞いたとたん、不安げな表情を浮かべていたオズワルドは満面の笑みに、店主はガッツポーズをする。

「やった!! おじさん、やったよ!!」
「新たな剣士が増えるな!」
「さっそく長剣と双剣選ぶよ~」

 あと気になるのは、値段。よろいはもちろん給料から引かれたが……。

「お金は大丈夫! 僕が払うから~!」
「えっ、悪いですよ! 次のお給料からでいいので……」
「おととい助けてくれたお礼だよ~」

 おおとい貸した借り(貸したつもりはなかったが)を返してもらうということにしておこう。

「では……お言葉に甘えて」

 結局私は、長剣は騎士団で使っているものより一回り小さいものを、双剣は鉄よりも鋼より硬くて軽いピンクシャリビという金属が使われているものを買ってもらった。
 しかも双剣は、片方に刃がなく峰があるものらしい。この方が自分にケガが少なく力が込めやすいという。

 また私は『珍しいタイプの道具』を扱うことになった。

 しかもこんなにいい武器を買ってもらったんだから、しっかり使いこなせるようにならないと……。

 腰に差してもらった双剣と、背負った長剣の重みが鎧より重たく感じられたのだった。
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