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第二章 元冒険者、弓の騎士になる

21:あの時と今との共通点(長距離編)

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「あれ、弓は変えなくていいの?」

 短距離で使った弓でそのまま続けようとしている私に、リッカルドがあわてて声をかけてくる。

「あっ、大丈夫です。この弓パワーがあるので遠くにも届くんです」

 普通 大会で使うときは、長距離用と短距離用と弓を使い分ける。とはいえ『大は小を兼ねる』の理論で、長距離用の弓でも短距離部門は参加できる。
 しかし、長距離用の弓は引くときに強い力が必要で、撃ったときの反動も強い。ブレやすいので正確性が求められる短距離部門には向かない。

「もしやこの弓、本当は長距離用……? それならパワーがあるのも納得できる」

 小声でつぶやき、私の黒い弓を凝視するリッカルド。正直私も分からない。タイラーさん、そういうの何も言ってなかったし。(普通に趣味でやってる子なのかと思われたのかもしれない。)

 私はもう一度窓の方を目視する。何人も目が合ってしまった。すごい見てくるね……。

 まぁ、そんなことは気にせず。

「……よし」

 風の流れはまだ変わっていない。弓を引き、ねらいを定める。右手を離し、矢を発射する。
 ねらいが若干右すぎた気はしたが、一射目からしっかり的中。よかった。

「「「おぉぉっ」」」

 どよめきに近い声と拍手。あと二回、拍手させてやる。

「距離が変わったのにしっかり当ててくる」

 リッカルドのつぶやきに元気をもらえた私は、二射目の矢を用意する。
 しかし、ここでまた風向きが変わってしまった。最悪なことに向かい風である。

「うわぁ……でも、この弓ならいける」

 向かい風を逆手にとって風に乗るようにすれば――
 ねらいを定めようにも眼球に風が当たって乾燥する。だけど、あの時と比べればまだまだいい方。決める。

 ビュンッ!

 風を切って進む矢は、軌道が乱れることなく的に当たる。あともう少しで命中というところだった。

「これはすごい。長距離部門で優勝しただけある発射だね。次が最後で」

 いやいや、『当たればいい』じゃない。あの時みたいに最後の一射を、命中させて終わりたい。
 弓使いが一番嫌う風向き、私も苦手な風向きだけど、討伐でそんなことは言ってられなかったから。……まぁ、そんなことを気にするほどの実力じゃなかったけどね。

 長距離最後の矢を握り、何回もまばたきをしながらねらいを調整する。
 放たれた矢は、まるで矢自身が風をかきわけているかのように、左右に小刻みに震えながら――的の中央に収まった。

「……!」

 数えきれないほどの発射をしてきた自分でも、初めて見る光景だった。

「何……今の……」

 弓の達人のリッカルドでさえこの反応。

「素晴らしいっ!!」

 騎士団長の、腹から出された野太い声。それを包むような傍観者騎士たちの拍手喝采。「あの女の子、何者!?」という驚嘆も聞こえてくる。
 騎士団長は手をたたきながら私の方に歩み寄ってくる。

「まさか全部当ててくるとは。特に長距離の方の修正力には感心したよ。さすがだ」
「あ、ありがとうございます」
「ところで、その弓は長距離用だと思うんだが……」

 やはりこの弓についてツッコまれた。この二人なら弓にも詳しいだろうと考え、この珍しい弓について聞いてみる。

「私にも分からないんですよね。ダーツリーから作られた弓なんですけど」
「「ダーツリー!?」」

 親子そろって同じ反応をしたので、危うく笑いそうになってしまう。

「ダーツリーから弓なんて作れるものなのかね……。初めて知ったよ」
「ということはかなり、いや、最強に堅い弓なのでは?」
「だろうね」
「堅ければ堅いほど、パワーと引き換えに反動が強くなりますよね」
「それをたった十七歳の女子おなごが……。リック、そのダーツリーの弓で一発やってみなさい」
「承知いたしました」

 リッカルドに弓を渡すと、なぜか再び緊張してきてしまった。
 ちなみに『リック』はリッカルドのあだ名のようだ。

 リッカルドくらいの一流の弓使いなら、堅い弓でも扱えてしまうのだろう。
 彼の黒髪とよく合う黒い弓が引かれる。

「か、堅いな」

 と言いつつも、ゆったりと弓を引ききってしまう。一瞬でねらいを定めて矢を放つものの、「あっ」と気づいたときには矢が大きく逸れてしまったのだ。

「こんなことは初めて。俺でも扱えない弓があるとは」

 呆然ぼうぜんとしているリッカルドを見て「ははは、そうだと思ったよ」と高笑いをする騎士団長。

「クリスタル君の弓は、リッカルドでもこの様だ。それをあの精度で使いこなせることは、称賛に値する」

 騎士団長がまた手を叩き始めると、他の騎士たちも続いて私を褒め称えてくれる。
 涙が出そうになった。

 あの時もたくさんの人に褒めてもらえたが、その先には私には荷が重すぎた『上級者パーティへの仲間入り』が待っていると分かっていた。本当はそんな実力ではないのに。父のエゴが頭を何度もよぎり、素直には喜べなくなってしまった。

「あ……ありがとうございます!」

 今度は素直に喜べる。自分で選んだこの弓で成功を重ねた今なら。

「クリスタル君が十分な実力を持っていることは分かった……が、例の情報が事実なら、クリスタル君に何があったのか教えてくれるかな?」

 私がこうなれたのは、全てエラのおかげだ。エラへの感謝もこめて騎士団長に伝える。

「大会で優勝できたのはまぐれで、私は小さいときから弓はかなり下手でした。あまりにも下手だったせいで追放された私をここまでにしてくれたのは、お店の主人のおかげなんです」

 リッカルドから返された弓の木目をなぞるように見ると、木目に刻まれていたエピソードがよみがえってきた。

「身寄りがない私をそこに住まわせてもらえて、新しくこの弓も買ってもらえました。主人も弓使いで、一緒に練習させてもらって、的中すれば褒めてもらえて……。主人のおかげで、自分を少し信じられるようになりました」

 これからはこの木目に、エラだけでない他の人との思い出が刻まれていくのだろうか。少なくとも今この瞬間は、木目に刻みこまれている最中だろう。

「クリスタル君は、サヴァルモンテ亭の主人と新しい弓に出会えたことで変わっていけたんだね」
「要約すると、そうなりますね」

 騎士団長は満面の笑みになると、懐から何かを取り出した。

「あぁ……いい話を聞けたよ。本来は見習いとして訓練を積まないといけないところだが、クリスタル君ならこれを渡しても大丈夫だろう」

 真ん中に神獣であるペガサスが描かれた、盾型のワッペンである。差し出した私の手にそっと置かれた。

「クリスタル君を、ベーム騎士団弓騎士に任命する」

 えっ、うそっ……!?

「い、いきなりですか!」

 傍観者騎士たちがざわめく。女性の騎士でさえ前代未聞なのに、見習い期間なしで正式な騎士になったのは誰一人としていない。このリッカルドでさえ見習いだったころはあったくらいだ。

 騎士団長が後ろを向き、傍観者騎士たちに野太い声で呼びかける。

「さっきからこちらをのぞいている諸君、クリスタル君より正確に、風にも左右されずに発射できる者がいれば手を挙げろ」

 一瞬にして場が静まり返る。十秒ほど待っているが、誰も手を挙げる人はいない。

「それなら文句なしだな。ベーム騎士団初の女性騎士の誕生を祝えっ!!」

 騎士団長のセリフから間髪入れずに、私は大歓声を浴びることとなった。ワッペンを胸に当て、こみ上げてくるものをこらえる。震えて出せない声の代わりに深々と一礼をした。
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