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キロネックスの刺青

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彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


キロネックスの刺青


女占い師の部下五人目


施療院の聖女


―白と黒―


ある女が、施療院で働いていた。


女は、白いローブで身を包んだ美しい女性。


女は、その日も「患者」を待っていた。


施療院に、ある患者が訪れた。


女は、その「黒いローブ」を脱がせて、患者の傷ついた腕を、塗り薬や手術道具を使って治療した。
  

傷を作った理由は訊かない。


女は、あたたかい声で伝える。


「あなたが無理をしない事が大事です」と。


治療を終えた患者が、施療院から出ていく。


女は、患者の背中を見送った。


―灰色の新聞―


数日後。


施療院に灰色の新聞が届いた。

 
記事には、嘘つき記者が書いた文字が並ぶ。


それは、患者が元気に過ごしている証拠。


粉薬のようなもの。


女は、患者の診療録(カルテ)を見つめていた。


また来るかしら、と。


―あなたが必要―


ある日のこと。


施療院へ、別の患者が訪れた。


妖艶な格好をした女占い師。


女は、女占い師に話を訊かされた。


女占い師は、この世を自分の生きやすいように変えたいと言った。


まるで神のようである。


だが、祈るだけでは、叶わない。

 
だから、自分の脚で歩いて、その手で掴もうとしていた。


女占い師が掴んだのは、多くの患者を救ってきた、女の手だった。


「あなたの手が必要なの」


女は、その時に思う。


この女占い師も、治療してあげなくてはいけない、と。


女占い師の治療が終わった。


そして、女を誉めながら言った。


「あなたに治療してほしい人たちがいるの」と。


―診療録―


女占い師が連れてきた患者たちは、皆、個性的だった。
  

女は、一人目の患者を診る事になった。


この患者は、大自然愛護協会の創始者で、肩を治療してあげた。


訊けば、猟銃で人間を撃ったらしい。


決まり事を守らない者には、厳しい性格のよう。


その翌日、女は、別の患者を治療した。


この患者は神嫌い。


神について、よく、愚痴を訊かされた。


患者は、言う。


どんな時も、神は見下ろすだけだ、と。


施療院の外へ出ると、もう一人、患者が立っていた。


用を訊ねると、付き添いだそう。


この患者は、手を大切にしている。


解錠師の手は命のようなもの。


だから手だけは大事にしていた。

 
別の日。


頭の治療が必要な患者が、施療院の外にいた。


この患者は、人間や動物の体液で、香水を生む芸術家。


この患者は頑固ものなのか、施療院の中へは、なかなか入って来なかった。


そして、あの患者は、いつも水晶占いをして、

 
曖昧な未来を占い続けていた。


―くらげ―


彼等は、皆、患者で、人殺し。


だが、女は、そのような彼等を愛しく思い始めていた。


そして、いつからだろうか、治療する側である女の身体からは、触手のようなものが生えてきた。


それは、女と患者にしか見えないが、確かに存在する透明の触手。


その触手の一本一本が、患者たちの身体へと巻き付いた。


触手は、患者にとっての薬で、誰かにとっての「猛毒」だった。


それは、まるで「くらげ」のような関係。


くねくねとした触手をちぎれば、治療は終わるが、女占い師からは、こう言われ続けていた。


「水晶は伝えます、


曖昧な未来を、


患者の生き方は様々です、


その生き方を否定しては、いけません、


他人の血が、彼等の養分なのです、


彼等を救えるのは、あなただけ、


力をかしてあげてください」と。 


―はなれていても―


女は、彼等を医学の力で守ろうとした。


だが、患者が自分からはなれてしまえば、女の触手も曖昧な存在になってしまう。


医学の力だけで守れるだろうか。


女は、これを心配した。


患者たちには、それぞれ弱点がある。


それは、治療の中で見つけた。


大自然愛護協会の創始者は、一人が苦手で、暗殺者は、計画が崩れると精神不安定。


解錠師は、自分の血が苦手で、手足痙攣、舌に違和感。


調香師は、施療院が嫌い。


女占い師は、曖昧な未来を占い続けている。


女は、彼等に注意するように伝える。


だが、彼等は人の話をあまり訊かない。


それもむなしく、触手がちぎれていく。


また一本、また一本と。


女の白いローブが赤くにじんでいく。


創始者は、ガス部屋で犬のように転がり。


暗殺者は、神殺しに失敗。


解錠師は、盗みを働いて手を串刺し。


調香師は、極上の香りの中、永眠した。


皆、自分らしく生きて、最期は悲惨だった。


―治療不可能―


やはり、治せなかった。


女は、施療院の床へ、膝をつく。


女占い師は、真剣な表情で伝えた。


「弱い者は、強い者に喰われる、


彼等は弱かった、


ただ、それだけ、


あなたはどうかしら」と。


女占い師は、そう言って去っていく。


残された女は、繭のように、うずくまった。


―救いたい―


どうすれば、彼等を救えたのだろう。


粉薬も、飲み薬も、一時しのぎで、飲ませる必要はなかった。


あの病は、手術道具を使っても取り出せずに、血を散らしただけである。  


女は、悩む。

 
そこへ、ある患者が訪れる。


その患者は、「黒いローブの男」


いつも黒いローブで身を包み、顔の痣や、傷を覆い隠している。


今の女とは、ただ、ローブの色が異なるだけ。


黒いローブの男は、うずくまる女へ、「分厚い本」を差し出した。


「この分厚い本を読み解け」


それは、この日が来るまで口にしなかった、しみる言葉。


女は、本を受け取り、開いた。


そこには、「キロネックスの刺青」と、黒文字で書かれていた。


―施療院の聖女―


女は、ある文章を読み上げた。


【罪人を癒す、くらげの聖女よ、


その無数の手で癒したのは、罪人の手や傷である、


罪人は、永久の傷を全身に刻み、


治らない病を抱えて、毒を吐き続ける、


彼等を救う方法は限られている、


お前は、それを安楽死と呼ぶ】


女は、そこで分厚い本を閉じた。 
 
 
―今までありがとう―


黒いローブの男は、施療院から、ある女の診療録を盗み出した。


それは、女占い師の診療録。


黒いローブの男は、施療院から出ていく。


傷を作る度に、訪れた施療院を。


―聖女の行方―


どこかで、こんな噂を聞いた。


ある女が、傷つき病める者たちを救おうと旅をしているという。


その女は、白いローブに身を包み、あたたかい言葉をあたえてくれる。


そして、その人がもう傷つかないようにと、優しく包み込んでくれるのだ。


そうされると、人はそこから離れる事をわすれてしまう。


女は、そこで絵画の中の聖女のように微笑む。


その聖女の胸元には、海中に咲く毒の花、


「キロネックスの刺青」が、美しく刻まれているという…。

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