74 / 79
ハタオリドリの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。
おぞましい魔獣の刺青が…。
ハタオリドリの刺青
最先端のお針子
―お針子―
その女は、お針子だった。
女は、服作りの天才。
その手先の器用さで、数多くの作品を仕上げ、多くの人たちの肌を覆った。
そして、その人の思い出の一部となるように努力した。
―努力―
どの作品も流れるようには作れなかった。
もしも、この女のアトリエの壁や天井に無数の眼があれば、それは見えてくるだろう。
女は、爪で傷ついた作業机に向かって服の図案を考えていた。
直ぐに図案が浮かんでは消えて、また浮かんだ。
それを描いては、消して、描いては図案を突き刺した。
図案の服が描けた日は、大抵が、誰かに飽きられた日。
苦悩と嫉妬から生まれる力は未知数。
そこからは、たった一人で、作品と格闘した。
また誰かに飽きられた日、その作品は仕上がった。
仕上げた作品は、恋の服。
それでも、彼女にとっては、仕上げた服は花嫁衣装に見えた。
いつの日も嫁がせて、金の花びらを散らして、嫁いだ家からは帰らせなかった。
どこかで乱暴されて、破られても、涙に濡れても、それが嫁いだ子の宿命。
女は、無表情で作業机に向かった。
―お針子たちの手足―
女は、服を仕上げる事で、多くの人たちを幸せにした。
そして、多くのお針子たちに嫉妬された。
女は、人手が足りなくると、お針子たちを雇った。
すると、女の肩や背中から何かが生えた。
人間の手足である。
手足は、枝のように生えて、道のように枝分かれしていた。
それが勝手に動くものだから、女は、何度も苛立った。
それでも、他のお針子たちには負けたくないからと、我慢も覚えた。
だが、永久の敗北がないように、永久の勝利もない。
女は、他国のお針子に敗北した。
他国のお針子の美的感覚が、彼女を越えたのだ。
勝因は、「流行の波に乗ったこと」
女は、他国のお針子に嫉妬した。
「芸術家は、流行に逆らってこそ評価されるもの、何て卑怯もの」
女は、アトリエの天井に向かって、絶叫をあげた。
―お前たちのせい―
女は、肩や背中から生えた手足を見ていた。
まだ動こうとする手足。
女は、お針子たちへ泣き叫んだ。
「ぜんぶ、お前たちのせいよ」
女は、刃物で、自分の腕よりも先に、お針子たちの手足を切り落とした。
その光景は、まさに地獄画図。
「こんな腕も、もういらない、
手先の器用さに恵まれても、
お針子の最先端にいなければ、こんなもの、ただの枝よ」
女が、刃物を振りかざすと、アトリエの扉が勢いよく開かれた。
「見つけたぞ、最先端のお針子」
女は、その男の方を眼を見開いて見た。
そこには、黒いローブの男が立っていた。
黒いローブの男は、女へ、「分厚い本」を差し出しながら言った。
「最先端にいきたければ、この分厚い本を読む解くがいい」
女は、分厚い本を受け取った。
そして、開いた。
そこには、「ハタオリドリの刺青」と、黒文字で書かれていた…。
―挫折―
ハタオリドリは、巣作りの天才。
お針子のように、器用さに恵まれている。
その嘴、羽、足、材料が無ければ生きられない。
女は、ある文章を読み上げた。
それは、挫折を味わった お針子の物語だった。
あるお針子が、宿敵のお針子に敗北した。
お針子は、最先端のお針子が妬ましかった。
お針子は、枠を越えた服を仕上げた。
感情に左右された服が仕上がった。
それは、誰もを震えあがらせた。
お針子は、誰の手も届かない未知の領域へと進めた。
この分厚い本によると、そこが最先端らしい。
女は、文章を読み上げた。
その声に、別の声が重なる。
【その腕を切り落とす者よ、枠にとらわれた発想力では、最先端にはいけない、他人の不幸を参考に図案を描くのだ、そこから仕上がる服は、誰もを震え上がらせ、誰も近付けさせない】
女は、眼を見開いた。
こんな単純な事に、なぜ今まで気付かなかったのかと、芸術家の心を踊らせた。
ありがとう…、
そう、黒いローブの男へ言いかけたが、もう、その男はいなかった。
「そう、この後は、わたしの物語なのね」
女の肩と背中から、新しい手足が生えてきた。
それは、挫折を味わった邪悪な手足。
女は、アトリエから出ていった。
―焼死体―
女は、他人の不幸を求めて、町中を歩いた。
どこかの消防団が、女の横をせわしく過ぎていった。
消防団や野次馬の向こう側で、賭博場が燃えていた。
女は、思った。
自分のように、何かに嫉妬した者が怒りを灯したのだと。
やがて、その炎は鎮火した。
消防団の二人が黒色の人間を賭博場から運び出した。
その人間は、こげた服を着ていた。
所々が破れていてセンスが良い。
女は、その服の図案を描いた。
こげ模様の破れたドレス。
野次馬たちが、女の事を不謹慎だと叫んだ。
だが、気にしない。
芸術家とは、そういうもの。
自己中心的。
女は、満足感に浸り、微笑した。
図案が流れるように描けたのは、久しぶりだった。
これも、背中から生えた手足のおかげだった。
―水死体―
橋の上に、野次馬がたかっていた。
誰かが、飛び込んだらしい。
女は、想像した。
飛び込んで、どこか遠くで見つけてもらった水死体を。
その顔は、トルソーのようにどうでもいい。
それは、多くの涙を含んで、水風船のようにふくらんでいる。
ふんわりワンピースの模様は、ポタポタと涙の雨。
ああ、想像するだけで、チャーミング。
女は、流れるように服の図案を描いた。
さぁ、アトリエで仕上げるわよ。
感情に左右された、怒りと涙の服。
女は、アトリエへと帰った。
―トルソー―
女は、傷だらけの作業机に向かった。
図案の通りに服を仕上げた。
仕上げた服は、それぞれ、裸のトルソーに着せた。
二体のトルソーが服を着て並ぶ。
女は、それを様々な角度から眺めた。
こげ模様の赤と黒のドレス。
水色のシフォン生地でふくらんだワンピース。
だが、退屈な感じがした。
背中から生えた手足たちも、退屈なのか、くねくねしている。
これでは、最先端にはいけない。
女は、単純に考えた。
そうよ、これは偽物よ、
本物は、もっと素晴らしかったわ。
ただれてたし、ふくらんでたわ、
わたしみたいに怒って、
投げ出したいくらいに泣いてた…、
わたしは、あれを表現したいのよ。
だから、こんな生地じゃだめ、
人間の皮じゃなきゃだめ、
わたし、最先端にいくの、
もう誰にも負けたくない、
震え上がらせるの、
わたしの真似をしようとするお針子たちを、
女は、絶叫をあげた。
肩や背中から生えた邪悪な手足が、アトリエの天井に向かって一気に伸びた。
その姿は、大樹のように見えた。
黒いローブの男は、賑わう酒場のカウンターで、分厚い本を閉じた。
―最先端とは―
最先端に向かったお針子は、その後も自分にしか理解されない服を仕上げた。
その女のアトリエには、焼死体や水死体が転がっている。
それらの犠牲は、新しい生地を生み出す為である。
女は、針に糸を通すと、縫いにくそうに、それを縫っていく。
かつては、誰かの皮だったそれを
その無数の手足を使って、いつも通り、
器用に。
その女の器用な手には、大樹の芸術家、
「ハタオリドリの刺青」が刻まれているという…。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
双極の鏡
葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。
事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
最後のリゾート
ジョン・グレイディー
ミステリー
ウィルスに感染し、腎臓動脈血栓と鬱の後遺症を抱え込んだ男
今度の鬱病は、彼にとって15年前に発症したものより重く心を蝕む。
ウィルスに体を、鬱に心を、どうしようもない現実が、彼に襲いかかる。
彼の脳裏にイーグルスのThe Last Resort のメロディーが鳴り響く。最後の楽園、いや、彼には最後の手段「死」の近づきを感じる。
華やかな現代は、途方もない先住民の血で固められた土地の上に成り立っている。
彼の嘆きは、先住民の嘆きと同じ、アイデンティティを奪われた嘆き、ウィルスから、鬱から、そして、社会から
不条理に置かれた現状、嘆きは全て泡と消える。
50代半ばを過ぎ、それなりにエリート街道を進んできた中年男性、突然のウィルス感染が、彼の人生を大きく左右する。
運命は生と死、人生は山と谷、万人に公平なのは運命なのか、人生なのか
宗教哲学的な心理描写により、現代のウィルス感染者の苦悩を綴る。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
狂気醜行
春血暫
ミステリー
――こんなことすら、醜行と言われるとはな。
犯罪学のスペシャリスト・川中文弘は、大学で犯罪学について教えている。
その教え子である瀧代一は、警察官になるために文弘から犯罪学について学んでいる。
ある日、大学近辺で起きた事件を調べていると、その事件には『S教』という謎の新興宗教が深く関わっていると知り、二人はその宗教について調べることにした。
※この物語はフィクションです。実在する人物、団体、地名などとは一切関係ありません。
※犯罪などを助長する意図は一切ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる