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ハタオリドリの刺青

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 彼等には刻まれていたという。


おぞましい魔獣の刺青が…。


ハタオリドリの刺青


最先端のお針子


―お針子―


その女は、お針子だった。


女は、服作りの天才。


その手先の器用さで、数多くの作品を仕上げ、多くの人たちの肌を覆った。


そして、その人の思い出の一部となるように努力した。


―努力―


どの作品も流れるようには作れなかった。


もしも、この女のアトリエの壁や天井に無数の眼があれば、それは見えてくるだろう。


女は、爪で傷ついた作業机に向かって服の図案を考えていた。


直ぐに図案が浮かんでは消えて、また浮かんだ。


それを描いては、消して、描いては図案を突き刺した。


図案の服が描けた日は、大抵が、誰かに飽きられた日。


苦悩と嫉妬から生まれる力は未知数。


そこからは、たった一人で、作品と格闘した。


また誰かに飽きられた日、その作品は仕上がった。


仕上げた作品は、恋の服。


それでも、彼女にとっては、仕上げた服は花嫁衣装に見えた。


いつの日も嫁がせて、金の花びらを散らして、嫁いだ家からは帰らせなかった。


どこかで乱暴されて、破られても、涙に濡れても、それが嫁いだ子の宿命。


女は、無表情で作業机に向かった。


―お針子たちの手足―


女は、服を仕上げる事で、多くの人たちを幸せにした。


そして、多くのお針子たちに嫉妬された。


女は、人手が足りなくると、お針子たちを雇った。


すると、女の肩や背中から何かが生えた。


人間の手足である。


手足は、枝のように生えて、道のように枝分かれしていた。


それが勝手に動くものだから、女は、何度も苛立った。


それでも、他のお針子たちには負けたくないからと、我慢も覚えた。


だが、永久の敗北がないように、永久の勝利もない。


女は、他国のお針子に敗北した。


他国のお針子の美的感覚が、彼女を越えたのだ。


勝因は、「流行の波に乗ったこと」


女は、他国のお針子に嫉妬した。


「芸術家は、流行に逆らってこそ評価されるもの、何て卑怯もの」


女は、アトリエの天井に向かって、絶叫をあげた。


―お前たちのせい―


女は、肩や背中から生えた手足を見ていた。


まだ動こうとする手足。


女は、お針子たちへ泣き叫んだ。


「ぜんぶ、お前たちのせいよ」


女は、刃物で、自分の腕よりも先に、お針子たちの手足を切り落とした。


その光景は、まさに地獄画図。


「こんな腕も、もういらない、


手先の器用さに恵まれても、


お針子の最先端にいなければ、こんなもの、ただの枝よ」


女が、刃物を振りかざすと、アトリエの扉が勢いよく開かれた。


「見つけたぞ、最先端のお針子」


女は、その男の方を眼を見開いて見た。


そこには、黒いローブの男が立っていた。


黒いローブの男は、女へ、「分厚い本」を差し出しながら言った。


「最先端にいきたければ、この分厚い本を読む解くがいい」


女は、分厚い本を受け取った。


そして、開いた。


そこには、「ハタオリドリの刺青」と、黒文字で書かれていた…。


―挫折―


ハタオリドリは、巣作りの天才。


お針子のように、器用さに恵まれている。


その嘴、羽、足、材料が無ければ生きられない。


女は、ある文章を読み上げた。


それは、挫折を味わった お針子の物語だった。


あるお針子が、宿敵のお針子に敗北した。


お針子は、最先端のお針子が妬ましかった。


お針子は、枠を越えた服を仕上げた。   


感情に左右された服が仕上がった。


それは、誰もを震えあがらせた。


お針子は、誰の手も届かない未知の領域へと進めた。


この分厚い本によると、そこが最先端らしい。


女は、文章を読み上げた。


その声に、別の声が重なる。


【その腕を切り落とす者よ、枠にとらわれた発想力では、最先端にはいけない、他人の不幸を参考に図案を描くのだ、そこから仕上がる服は、誰もを震え上がらせ、誰も近付けさせない】


女は、眼を見開いた。


こんな単純な事に、なぜ今まで気付かなかったのかと、芸術家の心を踊らせた。


ありがとう…、


そう、黒いローブの男へ言いかけたが、もう、その男はいなかった。


「そう、この後は、わたしの物語なのね」


女の肩と背中から、新しい手足が生えてきた。 


それは、挫折を味わった邪悪な手足。



女は、アトリエから出ていった。


―焼死体―


女は、他人の不幸を求めて、町中を歩いた。


どこかの消防団が、女の横をせわしく過ぎていった。


消防団や野次馬の向こう側で、賭博場が燃えていた。


女は、思った。


自分のように、何かに嫉妬した者が怒りを灯したのだと。
  

やがて、その炎は鎮火した。


消防団の二人が黒色の人間を賭博場から運び出した。


その人間は、こげた服を着ていた。


所々が破れていてセンスが良い。


女は、その服の図案を描いた。


こげ模様の破れたドレス。


野次馬たちが、女の事を不謹慎だと叫んだ。


だが、気にしない。


芸術家とは、そういうもの。


自己中心的。


女は、満足感に浸り、微笑した。


図案が流れるように描けたのは、久しぶりだった。


これも、背中から生えた手足のおかげだった。


―水死体―


橋の上に、野次馬がたかっていた。


誰かが、飛び込んだらしい。


女は、想像した。


飛び込んで、どこか遠くで見つけてもらった水死体を。


その顔は、トルソーのようにどうでもいい。


それは、多くの涙を含んで、水風船のようにふくらんでいる。


ふんわりワンピースの模様は、ポタポタと涙の雨。


ああ、想像するだけで、チャーミング。


女は、流れるように服の図案を描いた。


さぁ、アトリエで仕上げるわよ。


感情に左右された、怒りと涙の服。


女は、アトリエへと帰った。


―トルソー―


女は、傷だらけの作業机に向かった。


図案の通りに服を仕上げた。


仕上げた服は、それぞれ、裸のトルソーに着せた。

 
二体のトルソーが服を着て並ぶ。


女は、それを様々な角度から眺めた。


こげ模様の赤と黒のドレス。


水色のシフォン生地でふくらんだワンピース。


だが、退屈な感じがした。


背中から生えた手足たちも、退屈なのか、くねくねしている。


これでは、最先端にはいけない。


女は、単純に考えた。


そうよ、これは偽物よ、


本物は、もっと素晴らしかったわ。
 

ただれてたし、ふくらんでたわ、


わたしみたいに怒って、


投げ出したいくらいに泣いてた…、


わたしは、あれを表現したいのよ。


だから、こんな生地じゃだめ、


人間の皮じゃなきゃだめ、


わたし、最先端にいくの、


もう誰にも負けたくない、


震え上がらせるの、


わたしの真似をしようとするお針子たちを、


女は、絶叫をあげた。    


肩や背中から生えた邪悪な手足が、アトリエの天井に向かって一気に伸びた。


その姿は、大樹のように見えた。


黒いローブの男は、賑わう酒場のカウンターで、分厚い本を閉じた。


―最先端とは―


最先端に向かったお針子は、その後も自分にしか理解されない服を仕上げた。


その女のアトリエには、焼死体や水死体が転がっている。


それらの犠牲は、新しい生地を生み出す為である。


女は、針に糸を通すと、縫いにくそうに、それを縫っていく。


かつては、誰かの皮だったそれを 


その無数の手足を使って、いつも通り、


器用に。


その女の器用な手には、大樹の芸術家、


「ハタオリドリの刺青」が刻まれているという…。
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