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マレーグマの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。
おぞましい魔獣の刺青が…。
マレーグマの刺青
森の女王
―森―
森の美人くまさん、
曲がった鋭い爪はピカピカ、
生き餌を求めて、アリ塚と蜂の巣破壊中、
後ろには小さな動物たち、
それは地面へと横たわり、虫の息。
―外見美人―
ある国に容姿の美しさに恵まれた「美人な女」がいた。
だが、外見だけが美しいだけで、中身は汚く、手のひらで男を転がすような意地の悪い女だった。
まだ美しいことで損をした事は無い。
よく嫉妬されるだけで、女王になったようで心地よかった。
女は言った。
「美貌は武器だ」
馬鹿な男と、容姿に恵まれなかった女は損だ、と。
女は、誰かに見下されるのが嫌いだった。
高い場所から見下ろす方が良かった。
それに人生は儚かった。
どんなに楽に生きても、どんなに苦労して生きても、たどり着く場所が同じならば、早いか遅いかの違いだった。
天国と地獄なども信じなければ、どちらも存在しない、名もない場所だった。
だから、そこへ向かう道が「楽と苦労」の道ならば「楽」を選んだ。
だが、楽な道が生まれるには理由があった。
だれかの「苦労」だった。
やはり、誰かが苦労をしなければその道は生まれない。
だが、苦労はしたくない。
女は考えた。
ならば自分の代わりに誰かに苦労をかければいい。
女は、苦労をかけれる者を探した。
はじめは「両親」だった。
女は、両親に苦労をかけた。
自由気ままに生きて、厄介事を抱える度に匿ってもらった。
だが、その両親の死に顔が、ふと浮かんだ時、両親に苦労をかける事をピタリとやめた。
女は、外に出て辺りを見回した。
後ろに見えたのは「見知らぬ男たち」だった。
それは、たとえ失っても愛していなければ惜しくない
「代えのきく存在」
「働き蜂」だった。
―働き蜂―
女が求める働き蜂となる男の条件は二つ。
「金は差し出すが、自分には逆らわない男」
つまり、都合の良い男だった。
だから女癖の悪い男は選ばなかった。
このような男は脇目が多く、操りにくい。
暴力を振るう男など論外だった。
頬に青アザをつくろうものなら殺してしまう。
そして、このような男も選ばなかった。
意地の悪い男。
自分がそうだから理解していた。
わたしのようで厄介だと。
女は、このような男たちを避けながら、条件に合う男が来るのを待った。
そして近辺の森がざわついた日、女は見つけた。
若い働き蜂を。
―美女と地味な男―
その男は、外見が「地味」だった。
仕事ばかりをして生きてきたから恋愛をする暇もなく、溜まった欲求は、古本屋で買った安い春本(シュンポン)で済ませていた。
誰かに貢(みつ)いだ事はない。
苦労して手にした金は貯まっていた。
女は、男の隣へ寄り添った。
「捕まえた」と。
―恋したのは―
女は、男に恋をしなかった。
だが、男の方は女の「整った顔」
「桃のような胸」
「その口と舌」に恋をした。
男は、女を喜ばせた。
働き蜂が女王蜂にローヤルゼリーを食べさせるように、女には高価な品を贈った。
抱きたいから何度も贈った。
物の価値を知らない女は喜んだ。
男は、影で苦労を重ねた。
手足を必死に動かして働いた。
女は、木陰で昼寝をした。
手を動かして、お菓子と肉を口にした。
やがて、男の金が底をついた。
それでも女は、男に高価な品を要求した。
男に無駄金は残されていなかった。
次に稼いだ金は、自分が生きる為の金だった。
このままではいけない、
男は、女に逆らった。
「僕は働き蜂ではない」と。
―針―
女は、激怒した。
男が言葉で逆らうから、壁を叩いて黙らせた。
自分の思い通りにならないと、顔が真っ赤になって、頭の中だけがグラグラと揺れていた。
しばらくして、別の男が入ってきた。
この男も、働き蜂だった。
女は、地味な男を指差して「この男に乱暴された」と嘘を吐いた。
男は、その嘘に眼を見開いた。
困惑して目眩がした。
男は、見知らぬ男に殴られて床に伏せた。
理不尽な理由で何度も罵倒され、蹴られ、見知らぬ男の顔を見上げた時に、片方の眼を真っ暗にされた。
惨めだった。
女は、男を指差して命令を下した。
「その男を追い出して」と。
―冷たい道―
ボロボロになった男は、冷たい視線が続く道を、一人で歩いていた。
誰も救ってくれなければ、自分の中で生み出した神も、氷のように冷たかった。
男が冷たい壁にもたれ座り、顔を伏せて泣いていると、その隣で誰かが呟いた。
「あの女は女王蜂ではない」と。
見るとそこには、冷たい壁に同じようにもたれ座る「黒いローブの男」の姿があった。
黒いローブの男は、男に「分厚い本」を差し出して言った。
「森の女王に逆らう方法をこの本の中から探せ」と。
黒いローブの男は、そう言い残して去っていった。
男は、唇を噛み締めながら分厚い本を開いた。
そこには、「マレーグマの刺青」と、黒文字で書かれていた…。
―森の女王―
そこにはこう書かれていた。
森の美人くまさん、
鋭い爪はピカピカ、
生き餌を求めて、アリ塚と蜂の巣破壊中、
後ろには小さな動物たち、
それは地面へと横たわり、虫の息。
嫌なアイツに仕返しをしたければ、アイツより嫌なヤツになればいい。
誰かの顔のひとつ、刃物のように傷ついても大丈夫。
アイツは言った。
「美貌は武器」だと。
武器は誰かを傷つけたら、傷つくもの。
男は、そこで分厚い本を閉じた。
―美しさは罪―
女は、昼寝をしていた。
起きたら水浴びをして、外見を男たちからの贈り物で美しく着飾り、鏡に映した美貌にうっとりとしていた。
そして、家の外へと出ると、働き蜂を求めて、たとえそれが誰かの夫や恋人であっても、その美貌で操り、働き蜂にした。
女のせいで働き蜂の家族は傷ついた。
こんな悪女にうちの夫が惑わされるなんて…と、自分の細い首にふるえるナイフを突きつけて泣く妻もいた。
女は微笑した。
「美しいとは罪ね」と。
―クマ対ハチ―
家の中。
女が冷たい蜂蜜紅茶(ハニーティー)を飲み、白いお菓子を食べようと銀色の包み紙を開こうとすると、窓を割って誰かが入ってきた。
それは、あの地味な男だった。
片方の眼には眼帯。
唯一、自分に逆らった男だから覚えていた。
「何かご用?」
女は不機嫌そうに訊いた。
地味な男は、答えた。
お前の外見の美しさに惑わされ、操られたバカな働き蜂だ、と。
女は、男を小馬鹿にした。
「ならば、ずっと働き蜂でいなさい、男は死ぬまで働く生き物よ」と。
男は、その言葉に腹が立って、眼を見開いた。
そして、懐に隠し持っていたアイスピックを女に見せた。
女は呆れた。
「そんな蜜蜂の針、わたしには通用しない、わたしが怒る前に、わたしの目の前から失せなさい」
だが、この男、後戻りはしなかった。
男は、女に襲いかかった。アイスピックで女の頬を刺そうとした。
だが、女が美貌を守ろうと顔面を腕で隠すから、先に女の腕ばかりを刺した。
女は「顔はやめて」と叫んだ。
男は、女の腕を掴んで、見えた頬を刺した。
そのまま右へ。
悲鳴がつぶれる。
女は両手で顔面を覆った。
その頬には、深い傷。
女は、顔を真っ赤にして絶叫をあげた。
そして、男を睨んだ。
女は、男からアイスピックを奪い取ると、男の腹を刺して、刺して、刺して、これでもかと刺して、男が倒れたら、馬乗りになり、男の身体をめったざしにした。
女は泣き叫んだ。
「顔が」と泣き叫んだ。
―刺されたクマ―
女は、男の死体を死体売買店に売ると、しばらくの間は両親の家で匿ってもらった。
傷の事は誰にも言わない。
自分の弟たちがそうだったように、厄介事は、嘘やガーゼで隠し続けた。
だが、働き蜂がいないと精神不安定。
泣きながら外に出ていった。
女が求めたのは、男だった。
こんな傷物でも愛してくれる男。
治してくれる働き蜂。
女は、酒場で熱い酒を飲んだ。
だが、顔や腕に刺し傷のある女には、誰も近付かなかった。
誰もその厄介事には触れない。
とりあえず尻と胸を見るだけだった。
ある男をのぞいては。
女は、その顔を見る。
女に近付いてきたのは、「黒いローブの男」だった。
黒いローブの男は、女の隣の椅子に腰掛けて呟いた。
「その望みを吐き出せ」と。
―女の望み―
女の望みはひとつ。
「他のものより美しくあること」
あの美しさがあれば、かつての自分を取り戻し、また男に苦労をかけて、自分は楽に生きれるからだ。
だが、魔女の呪文のように瞬く間に美しくなるなど幻想で糞のようなおとぎ話。
この世界で望みを叶えるのに必要なのは、誰もが隠し持つ「狂気」、ただそれだけ。
黒いローブの男は、分厚い本を読み上げる。
【巣を破壊する森の女王よ、他のものより美しくありたいのであれば、その根性の曲がった鋭い爪で、他の美しいものを全て破壊するのだ、
だが、忘れるな、
美しさを得れば、その代償に中身の美しさを失う、
それはお前の中にほんのわずかだけ残されている
家族を思う美しさである】
黒いローブの男は、そこで分厚い本を閉じた。
女は、黒いローブの男にもたれるように倒れた。
―苦労の道へ―
数日後。
ある国の壁に張り紙が貼られた。
それはおぞましい内容。
「家族を狙った事件が多発、
女性は、顔や腕を刃物でめったざしにされ、
男性は誘拐、
子供に関しては…」
張り紙を見た女は微笑した。
「他のものより美しく」と。
その女は、美しいものを壊し続ける、
それは、自分の代わりに苦労をかける働き蜂を、もう一度手にする為である。
自分が楽して生きるために、他人に苦労をかけ続ける女、
その女の背中には、アリ塚やハチの巣を壊し、長い舌で幼虫などを食べる森の女王「マレーグマの刺青」が、美しく刻まれているという…。
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