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マッコウクジラ・ダイオウホウズキイカの刺青
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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「マッコウクジラの刺青」
「ダイオウホウズキイカの刺青」
―魚姫―
霊場の地で、海へと身投げしようとした若い姫がいた。
ある小国の王子に、魚のように美しくないから、興味がないと言われたらしい。
姫は、魚以下の存在と思われた事がとても辛かった。
その結果がこれだった。
姫は、崖の上に立ち、靴を脱ぎ捨てると、これまでの行いを悔やみ、一歩また一歩と、海へと近付いていった。
あと一歩で終わる…
姫が、最期の一歩を踏み出そうとすると、誰かがその震える右手を後ろから引っ張り、姫の命を救った。
姫は複雑な心境で振り返った。
何故、わたしなんかを救ったの、と。
見ると、そこには黒いローブの男が立っていた。
黒いローブの男は、冷たく言った。
「独りで逝かれては困るからだ」と。
つまり、独りではなく、「もう独り」と一緒に逝け、ということ。
黒いローブの男は、本当にただ、「姫の命」を救っただけだった。
姫は、酷く傷付いた胸をおさえながら、地面に膝をつけると、黒いローブの男の事を憎しみの眼で見上げていた。
黒いローブの男は、そんな姫に「分厚い本」を差し出して言った。
「お前が逝こうとした場所に逝きたい者がもう独りいる、そいつを道連れに深海へと潜るのだ、魚の死骸にまみれ、人間ではない、人魚になれ、そうすれば魚好きの王子がお前を抱いてくれるだろう」
「そいつもお前のように、人の命を粗末にする愚か者で、お前の宿敵である」
姫はその「宿敵」という言葉に眼を見開いた。
そして、分厚い本を開いて、自分の物語を読み解いた。
そこには「マッコウクジラの刺青」と黒文字で書かれ、
次のページには「ダイオウホウズキイカの刺青」と黒文字で書かれていた。
―魚臭い王子―
ある小国に海いろのマントが良く似合う若い王子がいた。
王子は、無類の魚好きで、魚以外のモノには全く興味が無かった。
そんな王子も国王になる日が近付いてくると、思春期のせいか、誰かに恋され、愛されたくなった。
王子は、国王と王妃に、王位継承までには妃となる娘を迎える事を約束すると、自室に戻り、いつものように扉に鍵をかけた。
王と王妃はこれに安堵の表情を浮かべていた。
そして互いに寄り添うと、やはり自分たちの息子は普通の男だった、と微笑んだ。
だが、実際は違っていた。
国王も王妃も「本当の息子」を知らなかった。
王子は単なる魚好きではない。
魚に特別な感情を抱いていた。
だから、この王子の恋の相手が「陸」に存在するはずがなかった。
王子はどこまでも変わっていた。
―魚好き―
王子は、巨大な真珠貝のベッドに横たわると、いつものように魚の図鑑を開いて、不気味な笑みを浮かべた。
どのページにも魚の生態などが詳しく書かれ、王子の好む内容ばかりだった。
その中でも王子が特に好んだページは、魚たちの「交尾」を記したページで、王子はそれを少し興奮気味に読み上げた。
王子にとってのそれは、官能小説と同じで、興奮を高める源だった。
王子はベッドで悶えながら言った。
「この魚臭さが堪らない」
「その鱗を剥がしたい」
「あの深海に抱かれたい」と。
王子は、その文章と挿し絵に強烈な刺激を受けると、激しい呼吸の中、図鑑に顔を埋めて、やがて果てた。
王子は、汚れた身体を塩水に浸した布で拭くと、再び図鑑を開いた。
この時、王子はふと思った。
やはり、妃に迎える娘は魚でなくてはならない、と。
だが、人間と魚の結婚など、誰が許してくれるだろうか…。
これでは人間からも魚からも変人扱いである。
王子は、あらゆる事に苦悩した。
―変人王子―
その真夜中。
王子は城を抜け出した。
王子が向かった先は、やはり「海」だった。
王子は指を折り重ね、海の神へと祈った。
「どうか、人の形をした「魚の娘」と巡り会えますように」と。
王子が、折り重ねた指を解いて城へ帰ろうとすると、ある男が王子を呼び止めた。
それは、黒いローブを下半身に巻いた、 上半身裸の男だった。
「お前が魚臭い王子か」
あなたは、
「お前の望みを叶える者だ」
黒いローブの男は 、そう言って王子に分厚い本を手渡すと、 その本の中から深海の大王の物語を読み解くように伝えて去っていった。
その翌日。
王子は、国王と王妃にある頼み事をした。
それは、国王と王妃を愕然とさせるものだった。
―人魚さがし―
王子は、国王と王妃に言った。
やはり、妃に迎える娘は人魚でなければならない、
だからそんな娘を国中から捜してきてほしい、と。
これには、さすがの国王も激怒した。
いい加減にしろ、お前は魚でもなければ、人魚でもない、
人の子だ 、私たちの息子、人間だ、
それに第一、人魚などいるわけがない、
いい加減に眼を覚ましてくれ、
王子は、国王と王妃に背を向けると、
顔を怒りの赤に染め、城を出ていった。
―泡包みの人魚姫―
王子は、城から出ていくと、分厚い本を開いて、もう一度、最期の方の文章を読み上げた。
【小国を深海に沈める大王よ、崖の上に立つ泡包みの人魚姫に恋い焦がれ、その人魚と共に逝くべき場所に逝くがよい、その人魚は常に悲劇を見つめている、お前の逝くべき場所もその人魚が知っているだろう、だが忘れるな、その人魚は泡包みの人魚姫、その心は深海のように暗く深く、氷のように冷たい】
王子は、そこで分厚い本を閉じると、崖の上で座り込み、人魚が来るのを気長に待った。
暫くすると、魚臭さが王子の鼻を刺激し、王子の興奮を高めた。
それが段々と近付いてくると、全身があの時のように刺激された。
だが、振り返ると、その興奮は潮のように引いた。
そこに立っていたのは、王子が一度交際を断った「あの隣国の姫」だった。
だが、それはもはや、姫の皮を被った、ただの化け物。
悲劇を見つめ続けるという
「泡包みの人魚姫」だった。
―人間が魚になるってこうゆうことよ―
王子は後退り、恐怖に全身を震わせると、地面に倒れ、必死に助けを求めて叫んだ。
泡包みの人魚姫は、そんな王子を崖の端まで追い詰め、微笑した。
うふふ、変な王子様ね、
わたし、あなたの望みを叶えて
「人魚姫」になっただけよ、
あの時のあなたは、わたしにこう言ったわ、
魚のように美しくないから、興味がないって、
だから、あなたが興味を引くように、人間を一度やめてみたの、
どう綺麗でしょう?
全身に魚の鱗を突き刺して、綺麗だった素肌を鱗で覆い隠してみたの、
自慢の綺麗な髪もこの通り、海水に浸してぼろぼろよ、
あとは確か「深海」に抱かれて逝きたいだったわよね、
泡包みの人魚姫は、逃げ出そうとする王子の海いろのマントを銛で突き刺すと、暴れる王子の両足を何度何度も踏みつけ、動かなくなった両足を鎖で縛り上げた。
うふふ、これで完璧ね、
少しだけ人魚に近付いたわ、
王子は涙を流しながら命乞いをした。
そしてあの声を聞いた。
【人間でいることを諦めた愚か者たちよ、魚が陸に打ち上げられ、跳ねて死ぬように、人間も海に投げ入れられると、泡を吐いて死ぬ、陸と海からの裁きを同時に受け、人間としての人生に幕を閉じよ、それがお前たちの最期の望みであろう】
泡包みの人魚姫は、絶叫を繰り返す王子を抱き締めると、
「人間が魚になるってこうゆうことよ」
と悲しく囁き、
王子を道連れにして、海へと身投げした。
だが、その悲しげな眼は泣いていた。
そして…
深海のように深かった。
―最凶の復讐―
数日後。
王子だけが、奇跡的に港へと流れ着き、優しい船乗りたちに命を救われた。
だが、両手両足は全く動かず、ただ眼だけが開いているというとても危険な状態だという。
黒いローブの男は、そんなかつての王子を冷たく見下ろすと、そのガラス張りの部屋を黙って出ていった。
魚に恋い焦がれ、魚のように陸に打ち上げられた王子、
その動かない両手両足には深海の大王「ダイオウホウズキイカの刺青」が刻まれ、
その王子を故意に陸に打ち上げた泡包みの人魚姫には、
大王の天敵「マッコウクジラの刺青」が冷たく刻まれているという…。
「マッコウクジラの刺青」
「ダイオウホウズキイカの刺青」
―魚姫―
霊場の地で、海へと身投げしようとした若い姫がいた。
ある小国の王子に、魚のように美しくないから、興味がないと言われたらしい。
姫は、魚以下の存在と思われた事がとても辛かった。
その結果がこれだった。
姫は、崖の上に立ち、靴を脱ぎ捨てると、これまでの行いを悔やみ、一歩また一歩と、海へと近付いていった。
あと一歩で終わる…
姫が、最期の一歩を踏み出そうとすると、誰かがその震える右手を後ろから引っ張り、姫の命を救った。
姫は複雑な心境で振り返った。
何故、わたしなんかを救ったの、と。
見ると、そこには黒いローブの男が立っていた。
黒いローブの男は、冷たく言った。
「独りで逝かれては困るからだ」と。
つまり、独りではなく、「もう独り」と一緒に逝け、ということ。
黒いローブの男は、本当にただ、「姫の命」を救っただけだった。
姫は、酷く傷付いた胸をおさえながら、地面に膝をつけると、黒いローブの男の事を憎しみの眼で見上げていた。
黒いローブの男は、そんな姫に「分厚い本」を差し出して言った。
「お前が逝こうとした場所に逝きたい者がもう独りいる、そいつを道連れに深海へと潜るのだ、魚の死骸にまみれ、人間ではない、人魚になれ、そうすれば魚好きの王子がお前を抱いてくれるだろう」
「そいつもお前のように、人の命を粗末にする愚か者で、お前の宿敵である」
姫はその「宿敵」という言葉に眼を見開いた。
そして、分厚い本を開いて、自分の物語を読み解いた。
そこには「マッコウクジラの刺青」と黒文字で書かれ、
次のページには「ダイオウホウズキイカの刺青」と黒文字で書かれていた。
―魚臭い王子―
ある小国に海いろのマントが良く似合う若い王子がいた。
王子は、無類の魚好きで、魚以外のモノには全く興味が無かった。
そんな王子も国王になる日が近付いてくると、思春期のせいか、誰かに恋され、愛されたくなった。
王子は、国王と王妃に、王位継承までには妃となる娘を迎える事を約束すると、自室に戻り、いつものように扉に鍵をかけた。
王と王妃はこれに安堵の表情を浮かべていた。
そして互いに寄り添うと、やはり自分たちの息子は普通の男だった、と微笑んだ。
だが、実際は違っていた。
国王も王妃も「本当の息子」を知らなかった。
王子は単なる魚好きではない。
魚に特別な感情を抱いていた。
だから、この王子の恋の相手が「陸」に存在するはずがなかった。
王子はどこまでも変わっていた。
―魚好き―
王子は、巨大な真珠貝のベッドに横たわると、いつものように魚の図鑑を開いて、不気味な笑みを浮かべた。
どのページにも魚の生態などが詳しく書かれ、王子の好む内容ばかりだった。
その中でも王子が特に好んだページは、魚たちの「交尾」を記したページで、王子はそれを少し興奮気味に読み上げた。
王子にとってのそれは、官能小説と同じで、興奮を高める源だった。
王子はベッドで悶えながら言った。
「この魚臭さが堪らない」
「その鱗を剥がしたい」
「あの深海に抱かれたい」と。
王子は、その文章と挿し絵に強烈な刺激を受けると、激しい呼吸の中、図鑑に顔を埋めて、やがて果てた。
王子は、汚れた身体を塩水に浸した布で拭くと、再び図鑑を開いた。
この時、王子はふと思った。
やはり、妃に迎える娘は魚でなくてはならない、と。
だが、人間と魚の結婚など、誰が許してくれるだろうか…。
これでは人間からも魚からも変人扱いである。
王子は、あらゆる事に苦悩した。
―変人王子―
その真夜中。
王子は城を抜け出した。
王子が向かった先は、やはり「海」だった。
王子は指を折り重ね、海の神へと祈った。
「どうか、人の形をした「魚の娘」と巡り会えますように」と。
王子が、折り重ねた指を解いて城へ帰ろうとすると、ある男が王子を呼び止めた。
それは、黒いローブを下半身に巻いた、 上半身裸の男だった。
「お前が魚臭い王子か」
あなたは、
「お前の望みを叶える者だ」
黒いローブの男は 、そう言って王子に分厚い本を手渡すと、 その本の中から深海の大王の物語を読み解くように伝えて去っていった。
その翌日。
王子は、国王と王妃にある頼み事をした。
それは、国王と王妃を愕然とさせるものだった。
―人魚さがし―
王子は、国王と王妃に言った。
やはり、妃に迎える娘は人魚でなければならない、
だからそんな娘を国中から捜してきてほしい、と。
これには、さすがの国王も激怒した。
いい加減にしろ、お前は魚でもなければ、人魚でもない、
人の子だ 、私たちの息子、人間だ、
それに第一、人魚などいるわけがない、
いい加減に眼を覚ましてくれ、
王子は、国王と王妃に背を向けると、
顔を怒りの赤に染め、城を出ていった。
―泡包みの人魚姫―
王子は、城から出ていくと、分厚い本を開いて、もう一度、最期の方の文章を読み上げた。
【小国を深海に沈める大王よ、崖の上に立つ泡包みの人魚姫に恋い焦がれ、その人魚と共に逝くべき場所に逝くがよい、その人魚は常に悲劇を見つめている、お前の逝くべき場所もその人魚が知っているだろう、だが忘れるな、その人魚は泡包みの人魚姫、その心は深海のように暗く深く、氷のように冷たい】
王子は、そこで分厚い本を閉じると、崖の上で座り込み、人魚が来るのを気長に待った。
暫くすると、魚臭さが王子の鼻を刺激し、王子の興奮を高めた。
それが段々と近付いてくると、全身があの時のように刺激された。
だが、振り返ると、その興奮は潮のように引いた。
そこに立っていたのは、王子が一度交際を断った「あの隣国の姫」だった。
だが、それはもはや、姫の皮を被った、ただの化け物。
悲劇を見つめ続けるという
「泡包みの人魚姫」だった。
―人間が魚になるってこうゆうことよ―
王子は後退り、恐怖に全身を震わせると、地面に倒れ、必死に助けを求めて叫んだ。
泡包みの人魚姫は、そんな王子を崖の端まで追い詰め、微笑した。
うふふ、変な王子様ね、
わたし、あなたの望みを叶えて
「人魚姫」になっただけよ、
あの時のあなたは、わたしにこう言ったわ、
魚のように美しくないから、興味がないって、
だから、あなたが興味を引くように、人間を一度やめてみたの、
どう綺麗でしょう?
全身に魚の鱗を突き刺して、綺麗だった素肌を鱗で覆い隠してみたの、
自慢の綺麗な髪もこの通り、海水に浸してぼろぼろよ、
あとは確か「深海」に抱かれて逝きたいだったわよね、
泡包みの人魚姫は、逃げ出そうとする王子の海いろのマントを銛で突き刺すと、暴れる王子の両足を何度何度も踏みつけ、動かなくなった両足を鎖で縛り上げた。
うふふ、これで完璧ね、
少しだけ人魚に近付いたわ、
王子は涙を流しながら命乞いをした。
そしてあの声を聞いた。
【人間でいることを諦めた愚か者たちよ、魚が陸に打ち上げられ、跳ねて死ぬように、人間も海に投げ入れられると、泡を吐いて死ぬ、陸と海からの裁きを同時に受け、人間としての人生に幕を閉じよ、それがお前たちの最期の望みであろう】
泡包みの人魚姫は、絶叫を繰り返す王子を抱き締めると、
「人間が魚になるってこうゆうことよ」
と悲しく囁き、
王子を道連れにして、海へと身投げした。
だが、その悲しげな眼は泣いていた。
そして…
深海のように深かった。
―最凶の復讐―
数日後。
王子だけが、奇跡的に港へと流れ着き、優しい船乗りたちに命を救われた。
だが、両手両足は全く動かず、ただ眼だけが開いているというとても危険な状態だという。
黒いローブの男は、そんなかつての王子を冷たく見下ろすと、そのガラス張りの部屋を黙って出ていった。
魚に恋い焦がれ、魚のように陸に打ち上げられた王子、
その動かない両手両足には深海の大王「ダイオウホウズキイカの刺青」が刻まれ、
その王子を故意に陸に打ち上げた泡包みの人魚姫には、
大王の天敵「マッコウクジラの刺青」が冷たく刻まれているという…。
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