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ミミハゲワシの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「ミミハゲワシの刺青」
―女狩りの貴腐人―
全く
女という者は嫌ね
愛した男をみんな奪ってゆくんだもの
男は腐った瞬間が一番美味しいのに
それなのにあの女たちは…
ねえ、「黒いローブの美男子さん」
そんなところで縛られてないで
こっちにいらっしゃいな
わたしのことを閉じ込めにきたんでしょ
この「分厚い本」の中に。
―腐れの女―
その女は腐っていた。
身体ではなく、脳が腐っていた。
だが、腐っているからといって、
それを治そうとはしなかった。
女にとって「脳内の腐れ」は「わたし」であり、「聖域」と同じだった。
つまり、脳内を深い信仰心のように愛していた。
女の脳内には、「二人の美男子」が住み着いていた。
一人は、純白の肌を白濁の液で濡らした美男子で、
もう一人は、背丈の高い黒髪の美男子だった。
女の妄想から生まれた美男子は、そこで女の妄想通りに動き、互いに絡み合い、女に愛の素晴らしさを伝え、女の脳内で共に果てた。
女の傍らには「薄い本」が幾つも積まれていたという。
―腐れの花―
これが全ての始まりだった。
それは、この女がまだ普通に恋をしていた頃の話だ。
女は、恋した男に捨てられた。
その時、女はその男から言われた。
好きな人ができたんだ、と。
女は、あまりの衝撃に言葉を失っていた。
男は、言葉を続けていた。
「男を愛したんだ」
その言葉に女は逆らえなかった。
女は、哀しげに男に訊いた。
それで本当に幸せになれるの、と。
男は、迷いながらコクリと頷いた。
女は何も言い返せなかった。
女は、男たちの幸せを影から見守る事にした。
そこから見る景色はあまりにも残酷で綺麗な景色だった。
本来ならば崩してやりたいほどの幸せだった。
だが、この女には何もできなかった。
その男同士の恋愛があまりにも綺麗過ぎたのが原因だった。
気が付くと女は、本当にこの男たちのことを愛し、不思議な位置に立っていた。
それがこの男たちの「母親」という立ち位置だった。
女はこれが捨てられた女の唯一の立ち位置だと思った。
この距離ならば例え離れていても別れる事はない。
二人の行く末を見守れる。
少しは楽でいられる。
女は、そう…思っていたという。
女は、この男たちが「魅せる愛」に段々と心を奪われてゆくと、男を愛していた頃の自分を穴の奥深くへ封じ込め、男たちを愛した男から、男たちを見守る女へと変わった。
そして気が付くと、その立ち位置こそがわたしの居場所だと安堵の表情を浮かべていた。
だから、その立ち位置を壊される事が、他の何よりも恐ろしく感じていた。
―腐れの鉤爪―
女が、いつものように男たちを尾行していると、厚化粧の女が二人、男たちに近付いてきた。
会話の内容は聞き取れなかったが、女は厚化粧の女たちの事を不快に感じていた。
女は、厚化粧の女たちが、男たちから離れたのを確認すると、男たちの尾行を一時止め、厚化粧の女たちのことを尾行した。
それがしばらく続いた。
厚化粧の女たちは、ずっと後ろをついて歩く女のことを不快に感じていた。
厚化粧の女たちは、執拗に尾行を繰り返す女に嫌気がさし、とうとう女の方へ振り返り、言ってしまった。
何なの、あなた、
言いたい事があるならはっきり言いなさいよ、
女は、言った。
あなたち目障りよ、と。
厚化粧の女たちは顔を見合わせていた。
そして半分笑いながら言った。
頭おかしいんじゃない、
急に目障りって言われても意味が分からないわよ、
あんたこそ、目障りよ、
女は、言葉を続けた。
そしてゆっくりと厚化粧の女たちの方へと近付いてきた。
その女の右手の服の袖からは、刃物らしきものが見えていた。
厚化粧の女たちは恐怖に眼を見開いた。
そして、虚ろな眼をした女から言われた。
彼等は愛し合うが運命、
そこに女の入る隙間なんてない、
女はみんな害虫、
そんな害虫が彼等を愛したら、
見守る事が唯一の救いで、
それが愛なの、と。
女は、厚化粧の女の片方を「鉤爪」という武器で切り裂くと、怯えるもう片方を「女の巣」へと持ち帰り、古椅子に縛り付けた。
厚化粧の女は、絶叫をあげていた。
―腐れの叫び―
女は、綺麗な衣装に身を包んで現れると、古椅子をガタガタと揺らして絶叫を繰り返す女のやかましい口を左手で塞いだ。
女の左手には、黒い涙がボロボロと垂れていた。
哀れね、
どんなに塗りたくり着飾っても叶わない恋なのに、
ねえ、あなたに質問してもいいかしら、
あなたは男同士の恋愛についてどう思う?
そんなの知らないわ、
おねがい、
たすけて、
厚化粧の女は、助けてと泣いた。
だが、女は…
そうよね、やっぱり気持ち悪いわよね、
でもね、男にもわたしたちと同じ穴が開いていて、
そこを愛で埋めてほしくなる時があるの、
それを高速で出し入れされると愛がぐちゃぐちゃになって、
一番綺麗な鳴き声で鳴けるのよ、
それが堪らなく最高に気持ちいいの、
ねえ、あなたも聞いてみたい?
ねえ、聞いてみたいわよね?
でもね、あなたたちみたいな害虫がいると、それができないの、
本当は人前で手を繋いだり、結ばれたりしたいのに…
女は、右手の鉤爪を煌めかせると、哀しげに呟いた。
「つまりわたしたちは邪魔なの」と。
―腐れの女狩り―
その翌日から「女」ばかりを狙う事件が、女の付近で多発した。
それは、被害者が爪のようなもので全身をズタズタに引き裂かれ、女としての魅力を奪われるという酷い内容だった。
被害者の中には生存者もいたが、その殆どが傷つけられた自分の容姿を見て心を閉ざし、自害していた。
女は、この現状に満足していた。
うふふ、これでいいわ、
害虫駆除は完璧、
あとはあの二人が結ばれる時を待つだけね、と。
女はその後も、男たちの愛を見守り、二人の間に邪魔が入ると、それが友人であろうと容赦なく鉤爪で切り裂いた。
だが、いくら待ち続けても二人の男が結ばれる事は無かった。
ただ、影の中での愛を繰り返すだけだった。
女は、これが我慢できなかった。
だから男たちが交わった瞬間に、影から飛び出し、思わず叫んだ。
なによ!
いつになったらあなたたちは結ばれるのよ、
遊びの恋愛を繰り返してるだけじゃない、
わたしはあなたたちが結ばれて幸せになれると思ったから、ずっと見守ってきたのよ、
だから身を引いて、あいつら害虫を片付けてやったのに、
結ばれない結末なんてありえないわ、
わたしの結末ではこうなの、
あなたはその男のことを強く抱き締めて、いつの日か指輪を渡すの、
そしてあなたはその指輪を受け取って感動して泣くのよ、
どうしたのよ二人とも、何か言いなさいよ、
二人が愛し合っているのならば、
ここで結ばれてよ!
だが、二人の男は何も答えられなかった。
その未来に微かな不安が見えたのかもしれない。
なによ…
こんな中途半端な関係を続けるのならば
わたしはあなたたちを許せないわ、
わたしの書き上げる結末に
悲劇なんてありえないのよ!
女は、二人の男のことを妄想の通りに動かそうと、鉤爪を煌めかせた。
―腐れのままごと―
何もかもが壊れた。
先程まで聞こえていた悲鳴も、自分に浴びせていた声もいつの間にか聞こえなくなり、そこにはただの静けさだけが残っていた。
これでいいの、これで、
女は、抱擁したまま動かなくなった二人の男を見つめて、何故か泣いていた。
女は、二人の男を妄想の通りに動かそうと、男たちの蒼白い手足を絡ませ、それがどんなに惨めな行動であろうとそれを続けた。
それは、その二人の男が「腐れ」になっても続いた。
女は、完全に腐れた二人よりも、もっと愛しい腐れを求め、沢山の男を尾行した。
だが、あの腐れよりも、愛しい腐れは見つからなかった。
だから女は、その腐れを妄想した。
妄想が脳内で混ざり合い、人の形となり、やがてそれは二人の美男子となり、脳内で生まれた。
脳内出産だった。
どんな風にでも動いてくれる二人の美男子は女の理想だった。
女は、その理想を
腐れを守る為に、害虫である女を狩り続け、
腐れを愛し続けた。
だから女の腐れを崩壊させる者には容赦がないという…。
―腐れの崩壊―
だが、こんな女にも弱点は存在した。
それが「母親」だった。
脳内の腐れを崩壊させるには脳内を破壊するしかなかった。
黒いローブの男は、椅子に縛り付けられたまま余裕の表情で言った。
「お前の腐ったままごとも、もう間もなく終わる、その分厚い本の結末は、お前の妄想通りには決して進まない」
女は、分厚い本を黒いローブの男に投げつけて言った。
余裕のようだけど、あなたもここまでよ、
わたしの妄想通りに動かない悪い子たちは、みんな害虫みたいに死ぬの、
それとも、私に今さら命乞いをして、
あそこに転がってる腐れたちと一緒に戯れてくれる、
それが出来ないのであれば、
死んでもらうわ、
黒いローブの男は、鉤爪を煌めかせる女に、悪魔の笑みを浮かべた。
そして言った。
【腐肉を啄み、妄想に浸る貴腐人よ、妄想は妄想のままで終わるという事を忘れるな、その妄想を崩壊させなければ、別の誰かがお前の代わりに崩壊する、それはお前がよく知る者で、慈母神である】
次の瞬間、扉が外から強く叩かれ、
年老いた女の声が聞こえてきた。
そこから聞こえてくる一言一言が女を苦悩させ、女の生き方を全否定した。
女は、そこから逃げ出そうとしたが、部屋中に転がった腐れが女を逃がさなかった。
腐れた事実は決して消えない、
腐れは元には戻らない、
女は崩壊した。
その脳内の腐れとともに…。
腐れを愛し、腐れに消えた女、
その頭部には、腐肉を啄む、赤と黒の霊鳥「ミミハゲワシの刺青」が刻まれていたという…。
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