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ナマケモノの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「ナマケモノの刺青」
玉座の間に、だるま王の姿は無かった。
だが、心配も無かった。
だるま王の行方は「分厚い本」に書かれていた。
これさえ読み解けば、文字を追うように、だるま王のもとに行けるだろう。
そのページには「ナマケモノの刺青」と黒文字で書かれていた。
だが、その文字は消えかかっていた…。
―だるま王―
その王は、一人では何も出来ない無能な王だった。
何をするにも「王の両手・両足」と呼ばれる部下たちの協力が必要で、
その名の通りの
「寝て」「起きる」だけの存在だった。
だるま王は、部下たちが拉致してきた女たちを奴隷のように扱っては、無用になった奴隷を墓場に十字に磔にして、放置した。
もちろん、全ては部下たちの仕事で、証拠隠滅をあらゆる手段で行った。
時には、拉致被害者の親族の捜索活動を妨害し、
時には、偽りの情報を世間に流した。
だるま王は、それらを見てみぬふりし、王の両手・両足に守られ、生きてきたという。
…だが、その「王の両手・両足」が地に落ちた今、だるま王を守れる者は誰もいなかった。
―転がる王―
呪符導師に撃ち込まれたボウガンの矢が原因で、だるま王の意識は朦朧としていた。
視界の中をいったり来たりする黒い害虫は、手の甲で幾ら擦り潰しても見え、だるま王に残された時間が僅かだということを伝えていた。
それは、だるま王自身、理解していたという。
だが、理解していない事もあった。
それは、だるま王の父、かつてのだるま王が遺した言葉だった。
「王の両手・両足を捧げれば楽に生きられ、楽に死ねる」
だるま王の父も、王の両手・両足を四人の部下に捧げて生きてきた。
だから父は、酒池肉林を繰り返して、部下の一人に安楽死させられた。
安楽死なのだから、楽に死ねたに違いない。
だが、現在のだるま王は違った。
痛みに苦しんでいる。
楽に死ねるなど嘘だった。
「どうせ死ぬのなら、楽に死にたい…」
だるま王は、最期の最期まで「楽」を求めていた。
だから、周囲を見渡した。
だが、凶器となる物が見つかるだけで、どれも死に際に苦しみを伴うものばかりだった。
やはり、楽に生きられても、楽に死ねる方法などなかった。
あの嘘つきめ、
だるま王は、王の証である冠を地面に叩き付けて、絶叫した。
…気が付くと、だるま王は霧の中にいた。
そして、声は聞こえてきた。
【愚かな王よ、楽に生きて、楽に死ねている事にまだ気付かないのか、四人の部下なしでは生きられないお前が、矢を撃ち込まれた状態で長く生き続けられるはずがないだろう、お前は矢を受けた後、城から出て気づかぬうちに死んだのだ、だから、楽には死ねている、だが、忠告だ、楽には死ねているが、死後、化け物として生まれ変わった場合は別だ、真のだるま王となり、新たな妃を迎える、それは自由のきかない悪夢だ】
霧が晴れてくると、霧の中に人影が浮かび上がった。
眼を凝らして見てみると、それは、十字に磔にされ、だるま王たちに見殺しにされた 「あの女」だった。
女は、だるま王に言った。
やっと、迎えに来てくれた、
でも、「あなたじゃなかった…」と。
女は、だるま王の両手・両足を縄で縛り付けると、四方へ捻り取った。
―目覚めた妃―
…だるま王は、化け物として生まれ変わった。
それが、だるま王の行方だった。
だから、だるま王の物語は消えかかっていた。
つまり、死んでいる。
だが、カカシ女との約束は、だるま王を連れて帰ってくること。
このままでは約束は守れない。
どうすれば…。
黒いローブの男は、だるま王の物語の最後に登場した「女」に興味を抱くと、カカシ女が待っているという墓地に向かった。
そこで待っていたのは、だるま王の胴体と王の両手・両足を我が物としたカカシ女だった。
黒いローブの男は、自由を手にしたカカシ女を見て、顔を顰めると、後退り、仕込みナイフを握り締めた。
その直後、カカシ女の腹部が破裂。
血しぶきが飛び散り、何かが地面に転がった。
眼を凝らして見てみると、真っ赤に破裂した腹部からは、王の両手・両足が垂れ、カカシ女の前には、 だるま王の胴体が転がっていた。
あれがだるま王の成れの果て…。
カカシ女は、黒いローブの男を見つめて言った。
あなたはわたしとの約束を守ってくれた、
だから、気付いた、
ほんとに私を愛してくれているのはこんな男じゃない、
あなただってことに、
だからお願い、わたしと一緒に逝って、
カカシ女は、だるま王の胴体を踏み越えると、黒いローブの男に歩み寄り、その手を伸ばしてきた。
だが、黒いローブの男は、その手を払いのけ、カカシ女を睨み付けた。
カカシ女は、愕然とした。
身震いして、血の涙を頬に伝わせた。
そして、何かを悟ったのか、黒いローブの男から離れていった。
わかりました、けれど、もう待ち続ける愛には耐えられない…だから、連れて逝きます…
例えあなたが死んでしまっても…
これは、わたしの愛し方、
あなたがわたしを愛してくれたように、
わたしもあなたを愛します、
カカシ女は、だるま王の胴体を縄でぐるぐる巻きにすると、ある武器を作り上げ、その武器に「だるま縄」と名付けた。
それは、だるま王の胴体とカカシ女の縄を組み合わせた鎖鎌のような武器で、だるま王の胴体を凶器に変えたものだった。
カカシ女はもう一度言った。
「一緒に逝ってください」と。
―執拗な愛―
もう肉体どころではなかった。
熱を帯びた重たい愛。
それは、だるま王の胴体を振り回して執拗に追ってきた。
墓地で撃退してやるつもりだったが、仕込みナイフでは切り傷もつけられなかった。
ただ、仕込みナイフの刃が折れただけ。
吹き飛ばされただけ。
カカシ女は不死身なのだろう。
それに霊体だから壁や障害物をすり抜けてくる。
死神老人の屋敷に逃げ込んだが、直ぐに見つかるだろう。
霊体による追跡は脅威だ。
屋敷の中に隠れていても、首から上だけを壁から出して、見つけてくる。
ほら、まただ。
黒いローブの男を覗いている。
黒いローブの男が、屋敷の出入口に向かうと、屋敷の出入口が既に破壊されていた。
この時、黒いローブの男は ある事に気付く。
何故、壁や障害物をすり抜けられるのに、それらを破壊する必要があり、霊体であるのに武器を扱えるのか、もしかすると、カカシ女の両手・両足は霊体ではないのかもしれない。
つまり、カカシ女の両手・両足には攻撃が通るということ。
それを利用すれば、倒せなくても、人の出入りが少ない場所になら閉じ込める事ができるかもしれない。
黒いローブの男は、その身を囮にして、カカシ女をだるま王の城の門前まで誘導すると、床に落ちていたボウガンを拾い上げ、カカシ女の左足に矢を撃ち込んで、悲鳴を絞り出した。
黒いローブの男は、カカシ女の左手を集中的に攻撃すると、ボウガンに新しい矢をこめて、怒りをあらわにするカカシ女を次の場所へと誘導した。
―自由を奪え―
見覚えのある古城が見えてきた。
そこは白雪妃を監禁した奴隷城だった。
ここに誘導した目的はひとつ。
ある拷問器具を利用して、カカシ女とだるま王を奴隷城に閉じ込めることだった。
黒いローブの男は、奴隷城に侵入した。
ボウガンを構えて振り返り、門を破壊したカカシ女と対峙した。
やっと、追い詰めた、
カカシ女の右手には、血だるまとなった だるま王の胴体が縄で繋がれていた。
先手必勝で矢を撃ち込むと、再び悲鳴が絞り出せた。
その隙に、黒いローブの男は、ある拷問器具の装置を作動させた。
床がゆっくりと動き始め、その先の六枚の刃が回転を始めると、真っ赤な肉のかけらが飛び散った。
それは、不要になった奴隷たちを脅して粉々にする「取り巻き機」という恐ろしい拷問器具だった。
振り返ると、背後にカカシ女が迫っていた。
だが、弱りきっていて隙だらけ、だるま王の胴体もカカシ女の荒い攻撃のせいでぼろぼろだった。
あれなら持ち上げられる。
黒いローブの男は、この機会を逃さずに十三発目の矢をカカシ女の左足に撃ち込むと、絶叫するカカシ女を転倒させ、だるま王の胴体とカカシ女の両手を縄でぐるぐる巻きにしてから繋ぎ、だるま王の胴体を拷問器具の取り巻き機の床の上へ運んだ。
取り巻き機の床は、ゆっくりと動き、床の上のだるま王の胴体を高速回転する刃に近付け、カカシ女の身体を引っ張った。
やがて、それは悲鳴となり潰れた。
眼を凝らすと、だるま王の胴体が取り巻き機に巻き込まれて止まっていた。
カカシ女も無様な格好だった。
…やっと終わった。
どちらも生きてはいるが、動きは封じた。
これで追ってこれないだろう。
例え追ってきたとしても、迎え撃つまでだ。
黒いローブの男は、二体の化け物を奴隷城に閉じ込めると、血生臭いそこから出て、振り返り、奴隷城を見上げた。
四人の部下を操ることで無能さを武器に変えた だるま王。
その血だるまとなった胴体には「ナマケモノの刺青」が刻まれており、
現在も奴隷城でカカシ女の手枷として生きているという…。
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