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魚釣りをしている子ども・ネイビーキャップ

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ネイビーキャップは、魚釣りに夢中になっている子どもです。

晴れた日には、紺色のキャップをかぶり、自分に合った釣り竿を担ぎ、川に向かって、勢いよく走り出します。

肩からかけた虫かごが、体にバンバンと当たりますが、気にしません。

頭の中では、沢山の魚たちが渦を巻きながら、グングンと過ぎていきます。

どの魚を釣ってやろうかと、迷っている内に、石の敷き詰められた場所に出ます。

目の前には、川が流れています。

父親から教えてもらったことを思い出し、ウエストバッグから、ウネウネしたミミズを取り出して、死なないように、真ん中に釣り針を刺します。

刺すと、もっとウネウネしますが、ミミズの痛がる気持ちなんて知りません。

エサの準備が出来たら、釣り竿を握りしめ、父親の投げ方を見よう見まねで、川へ投げます。
「さぁ、逝っておいで」

ネイビーキャップは、ミミズが、ダンスをしているかのように操り、魚たちの食欲をそそります。

糸がピクンと引けば、魚が食いついた合図。

逃げられないように、リールを巻き、しなる釣り竿を、魚の動きに合わせて、左右に動かし、格闘します。

水面に、魚の姿が見えたら、アミですくいあげ、ワクワクしながら見ます。

だけど、ネイビーキャップは、なんだか不機嫌。

釣れると、がっかりする地味な魚です。

口からさっさと釣り針を外し、水をすくった虫かごの中へ入れます。

それからも、小物は釣れますが、大物は利口なのか、釣れません。

もう少し粘れば大当たりが来るのではないかと、ギャンブルのように期待してしまうのです。
虫かごの中には、今日釣れた魚が、窮屈そうに息をしています。

日が暮れてくると、魚たちも眠たくなったのでしょう。

順番に、ゆっくりと寝転がります。

ネイビーキャップは、次の魚を釣ろうと、ウエストバッグに手を入れますが、いくら探っても、ミミズは、いません。

舌打ちをして、帰る準備をします。

残念そうに、肩から虫かごをかけ、釣り竿を担ぎ、かごの中をチャプチャプと揺らしながら、家へ帰ります。

ネイビーキャップが、いなくなった川は、嵐が通り過ぎたかのように静かになりました。

今日も、小麦色に日焼けをして、家に着きます。

家の壁には、父親が、釣り上げた魚拓が飾られています。

「小鳥をパクッと食べちゃう魚」

「ヘビのようにヌルヌルした魚」

「細長く、頭が尖った魚」

「恥ずかしがり屋の、めでたい魚」

「毒ふうせんの、こでぶな魚」

「夜に釣れる、手強い魚」

「剣のように、痛そうな魚」

みんな、父親が釣り上げた、個性豊かな魚です。

ネイビーキャップの夢は、この壁一面より大きな魚を釣り上げること。

その大きな魚に、墨ではなく、虹色のペンキを塗って、魚拓にしたいのです。

ネイビーキャップは、虫かごの中で、寝転がる魚たちを覗き、魚拓と見比べます。

まさに月とスッポン。

こんな魚を魚拓にしてもと、恥ずかしくなるのです。

恥ずかしいものは、隠してしまうのが、一番いい方法です。

キッチンで、魚を焼いている母親の後ろをこっそりと通って、お庭に出ます。

夕日が、オレンジ色に染めています。

そこには、母親が育てたイソギンチャクに似た花が、いっぱい咲いていました。

なれた手つきで、花壇の隅の盛り上がった地面を掘ると、穴の中へ目掛けて虫かごをひっくり返します。

寝ている魚たちに、土の布団をかけて見えなくすれば、これで魚とはお別れです。

ネイビーキャップは、「ネッキー」と母親に呼ばれて、家の中に戻って行きました。

今日の晩ご飯は、ふっくらとした焼き魚と、香りのよい貝のスープです。

父親も仕事から帰ってきて、家族三人で食事をします。

父親に「ネッキー、大物は釣れたか」と訊かれますが、元気な返事が出来ません。

心は、くもっています。

両親は、困った顔で見合わせます。

「今日もダメだったみたいなのよ」と、母親が耳打ちします。

肩を落とし、魚の身をほじる息子に、父親は元気な声で言いました。

「じゃあ、今度の休み、一緒に海にでも行くか!」

その言葉を聞いて、心がパッと晴れます。

「うん!いく!」

ネイビーキャップは、ニカッと笑いました。



ある晴れた日。

朝から小鳥がピヨピヨと歌っています。

ネイビーキャップは、釣りの準備が万端です。

紺色のキャップをかぶり、自分に合った釣り竿を担いで、そそくさと、家の外で父親の準備を待ちます。

父親が出てきたら、一緒に海へ向かいます。

親子で釣りの話に夢中になっていると、潮風の吹く突堤が見えてきました。

突堤では、たくさんの釣り人が、糸を垂らし、魚が食いつくのを、今か今かと待ちわびています。

ネイビーキャップは、他の人の釣れた魚を数えながら、奥に向かいます。

タバコをくわえている、おじさんのバケツには、魚が「4」匹。

あつそうなカップルのバケツには、魚が「2」匹。

目つきの悪いお兄さんは、「4」匹目を釣り上げてガッツポーズ。

それ以外の人は、腕と運が足りないようで、バケツの中は空っぽです。

「お父さん、俺らは大物が釣れるかな」

「よーし、勝負だ!」

ネイビーキャップは、父親の隣でエサを付けて、父親のかっこいい投げ方を真似てみます。

しばらくして、父親の釣り糸がピクンと引きます。

父親は、しなる釣り竿を操り、格闘します。

「がんばれ!お父さん!」

銀色の立派な魚が宙を舞います。

周りからは注目の的です。

なれた手つきで、釣り針を外し、魚の口を持ち、父親は、ニカッ。

父親は、釣りを無邪気に楽しんでいます。

ネイビーキャップは、父親の姿を誇らしげに見ていました。

その間に、ネイビーキャップの釣り糸が、ピクンと引きますが、父親の横顔ばかり見ているからか、当たりに気付きません。

父親と自分の違うところが、どこなのかと、探しているのです。

紺色のキャップは、お揃い。

使っているエサも、同じ店のもの。

あと違うのは、あの長くて少し太い「父親の釣り竿」だけです。

ネイビーキャップは、父親の握る、黒光りした釣り竿を、物欲しげに見つめます。

その事に気付いた父親は、「この竿で一緒に釣ってみるか」と、ネイビーキャップを後ろから抱くようにして、一緒に釣り竿を握ります。

それからは、当たりが続きます。

きっと、この父親の釣り竿には、魚を引き寄せる、不思議な力があるのでしょう。

ネイビーキャップは、そう思いました。

見上げると、父親の真剣な顔が見えます。

親子は、顔を見合わせて、笑いました。

バケツの中の魚が、大人しくしていると、ポツリと波紋が出来ます。

あんなに晴れていたのに、雨が降り出します。

父親は、濁っていく空を見上げて、釣り道具を片付け始めます。

もう、帰ってしまうのかと、ネイビーキャップも、しぶしぶと、帰る準備をします。

「お父さんは、諦めるのが早いな」

「こういうのは引き際が肝心なんだ、もう帰るぞ」

親子が帰ろうとすると、黒い空がピカッ!!と、点滅します。

ゴロゴロ、ドッカーン!!!!!!!!!!

ネイビーキャップは、びっくりします。

ゴロゴロ、ドッカーン!!!!!!!!!!

雨が強く降り出しました。

釣りをしていた人たちも、慌てて逃げ帰ります。

大人だって、カミナリは怖いのです。

ネイビーキャップは、家に着くと、部屋の窓から不機嫌そうに、雷鳴轟く空を見上げていました。



嫌な雨の日は、続きます。

両親から、雨の日の釣りは、キケンだと言われているので、川にも海にも行けず、釣り竿のお手入ればかりの日々。

皮肉にも、釣り竿はピカピカと綺麗で、ため息が出ます。

晴れの日が来るのを待っていたら、退屈で死んでしまいます。

もう我慢の限界でした。



ある静かな朝。

その日は、小鳥が歌わないおかげで、母親も、まだ夢の中でした。

ネイビーキャップは、ロッドスタンドのある部屋に忍び込み、自分に合った釣り竿を担ぎます。

だけど、この釣り竿で、大物を釣り上げたことは、一度もありません。

あの父親の釣り竿なら、もしかしたら大物が、いや、超大物が釣れるかもしれない。

持ち出すのならば、母親はぐっすりと寝て、父親は仕事でいない、今しかありません。

自分に合った釣り竿をロッドスタンドに戻し、父親の釣り竿を持ち出しました。

ネイビーキャップは、海へと続く道を 紺色のキャップをかぶり、父親の釣り竿を両手でしっかりと持ち、勢いよく走り出します。

だけど、子どもには、少し重たいよう。

息を切らしながら、走って、段々と家から離れていきます。

顔に、潮風を感じたら、海は目の前。

一端、息を整えて、突堤目掛けて、走り出します。

何故か、今朝は、自分以外誰もいません。

「よし、一番乗りだ」

海の沖まで続く突堤を走り、一番奥で立ち止まります。

ここは父親との思い出の場所。

いつものように、釣りの準備を始めます。

だけど、父親の釣り竿は、父親の背よりも高く、準備に悪戦苦闘。

やっと、エサを釣り針に刺せたら、重たい釣り竿を両手でしっかりと持ち「さぁ、逝っておいで」

釣り糸を垂らし、しばらく待ちますが、糸は引きません。

退屈そうに、周りを見回すと、何かが海岸に打ち上げられています。

よく見ると、それは手漕ぎボートです。

中にはオールまであります。

海の神さまからの、プレゼントでしょうか?

これに乗れば、まだ見ぬ超大物に出会えるかも。

ボートの中に釣り道具を入れて、沖に出ます。

オールを漕いで、進みます。

振り返ると、突堤が小さく見えます。

ここは潮風吹く青空の下。

静かな海の上。

小さな釣り人がひとりだけです。

ちょっぴり寂しいけれど、ロマンあふれる場所で釣りをします。

釣り糸を垂らして、わずかな時間でピクン。

これは、大物が来たと、格闘です。

赤く、めでたい魚を釣り上げ、次も当たりが来るはずと、はりきります。

思った通り、当たりは続きます。

ネイビーキャップは、釣り竿の魔力に取り憑かれたかのように夢中になります。

釣れ始めると、時間を忘れてしまいます。

頭上の雲がグングンと過ぎ、空が顔色を変えている事に気付きません。

濁った雲から、少しずつ雨が降り出します。

そろそろ帰る時間ですが、釣れ始めると、ギャンブルのように、やめられなくなるのです。

絶対に超大物を釣り上げてやる。

そう意気込んだ時です。

糸がビクン!!と強く引き、体が前に引っ張られます。

ついに大当たりが来たのです。

ふんばり、格闘します。

段々と、雨や風は激しくなり、ボートが波に揺られます。

しなる釣り竿、逆回転するリールを力いっぱい巻いて、引き寄せます。

奴は、もう目の前です。

さいごの力を振り絞り、釣り竿を一気に振り上げました。

バッシャーン!!

大きな魚の影が宙を舞い、ボートの中に落ちます。

大きく太った体で、ビチビチと飛び跳ねます。

ついに、超大物を釣り上げたのです。

その魚は、世にも美しく、カミナリの光を浴びて神々しく光ります。

ネイビーキャップは、嬉しさのあまり、父親の釣り竿を「やったー!!」と、天高く突き上げます。

黒い空が、ピカピカ!!と点滅し、雷鳴を轟かせました。


しばらくして、嵐が去ります。

ネイビーキャップは、真っ黒に日焼けをして、疲れて寝ていました。

あれ?紺色のキャップがどこにも見当たりません。

あの嵐の海に落っことしたのかも。

だけど、取りには戻れません。

そろそろ帰らないと両親に叱られます。

魚たちを連れて、家に帰ります。

ふと、空を見上げると、空に虹がかかっています。

ネイビーキャップは、虹をじっと見て、良いことを思いつきました。


突堤に、ネイビーキャップの両親が着きます。

両親は、「ネッキー!!」と叫びますが、返事はありません。

ただ、嵐が過ぎ去った空には、虹色の雲が見えます。

それは、大きな魚のようにも見え、空に写す「魚拓」に見えるのです。

ネイビーキャップは、空に魚拓を写す しあわせな子どもでした。
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