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雉 始めて鳴く
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ホロッと零れた涙が、深い緑のセーターの胸元に吸い込まれていくのを見る前に、俺の体は勝手に動いてコタツを回り込むように、センセの側へ、その真隣へ走り寄っていた。
「……ハジメさん、俺…………」
「…………あ、……うん、ごめん、違うからね、……」
ゼロ距離で陣取ったセンセの隣で、すがるように腕を掴んでしまった俺を見て、ハジメさんがほろほろ泣きながら笑う。
「なんだろ、キヨくんの顔と合格通知見たら、安心して気が抜けちゃったのかも。……ゴメン、止まらないや」
「……ちょっと待っててください、目、触っちゃダメですからね」
メガネを外して、雑に手の甲で拭こうとするセンセの手を止めて、俺はとりあえず洗面に走った。
上の棚から未使用のふわふわしたタオルを一枚とって、今度は台所へ。
冷凍庫を勝手に開けて、俺が仕舞ったままになっている保冷剤を、いくつか左手に握って居間へ戻る。
さっきと同じくセンセの傍ら膝をつくと、保冷剤をくるんだタオルをそっとセンセの目に押し当てた。
「……そのまま、暫く冷やしててください。それなら別に泣きっぱなしでも大丈夫ですから」
「……うん、ゴメンね、キヨくん。せっかくなのに、なんか色々台無しにしちゃった。……俺がずっと同じところで立ち往生してる間に、キヨくんはたくさん歩いて歩いて、とうとう俺の所まで来ちゃったのに」
受け取ったタオルで目元を隠したまま、センセの唇が弧を描く。
「……いえ。だって俺達、いつだってそうじゃないですか。出会った時だって、俺と母さんと咲子は金の無心しにセンセの所に来てたんですから」
それに考えてみれば、これが俺達の距離感だ。
カッコ悪くたってカッコつかなくたって、ありのままに晒して、隣で寄り添って体温を分け合うような。
だから俺たちはこれでいい。コレがいい。
いつの間にか正座で座り込んでいた自分に気づいて、あぐらに組み直そうとしているうちに、センセの手が動いて、保冷材付きのタオルがそっとコタツの上へと返される。
ニッコリ笑う優しい顔は、冷やしたおかげかいつものままで、そっと両手で俺の手を取られるまで、俺はぼんやりセンセの顔を見ていた。
暫くあったかい手を握って、ハッとして言う。
「……あ、まだ冷やしといた方がいいですよ」
「うん。だけど、あのままじゃ、キヨくんの顔見えなかったから。…………ありがとう、清文くん。こんな俺の傍に居てくれて。俺の隣にいようと思ってくれて。こんな所まで来てくれて。……俺も、申し訳ないけどあなたが好きです。…………出来たら俺も清文くんの隣にいた……っ、わ、キヨくん!?」
柔らかいやさしい声がポツポツと零れるように返る。
ハジメさんが俺を好きだと言ったのを脳が認識した瞬間、俺は全力でセンセに飛びついて、その体を畳に押し倒していた。
たぶん、センセが受け身を取ってくれたんだろう。
ゆっくり後ろに倒れたその体は、なぜだか前に同じように押し倒した時ほど、大きくは感じない。
セーターの下のセンセの体温と、柔らかい大きな胸の感触と、トクトクと少し早い心音。
ちょうど胸の谷間に顔をしばらく押し当てて、ビックリしたようなまんまるな目で俺の方を見つめるハジメさんを睨む。
「……センセ、それは反則です。俺のは……カッコつけて言わせてくれなかったのに」
そう言った瞬間ハジメさんがふわっと笑って、俺達が意識し合ってなかった頃みたいに、ぎゅっと俺の背に腕を回した。
「……ゴメン、でも、ちゃんと好きだって言ってないなって思ったから」
「…………俺は先に権利を確保してから、ちゃんと告白もする気だったんです。……ケーキならイチゴを最後まで取っておく派なんです、俺は」
「…………ゴメン、横からイチゴ取って食べちゃって……」
本気でしょんぼりしたセンセが眉を下げるのを見つけて、俺は少しずり上がって、センセと視線を合わせる。
ずっと届かないと思ってたヒトがココにいる。
最初は憧れで、その次に焦がれて、諦めて、諦めきれなくて。
内側に入れてもらえないと、散々泣きわめいて叩いたセンセの心の、たぶん一番真ん中のやわらかい所に、今、俺はいる。
だから俺がこうして覆いかぶさっていても、ほとんどゼロ距離でその顔を覗いても、こうして強く体を抑え込んでいても。
ハジメさんは優しく抱きしめてくれていて、拒絶する様子はなかった。
「……まあ、いいですよ。実はこのケーキ、完熟のメロンがメインなんで。俺はそっちを貰います」
強がった俺がその頬に両手を添えても、指先で温かく甘い息を吐く唇を撫でても、緊張しながら顔を寄せて口付けをしても。
そっと目を瞑っただけで、ハジメさんは優しく笑って抵抗はしなかった。
そのまま優しく寄り添い合って、抱き締め合って、その先へ……とは、俺達の場合はいかなかった。
「だってキヨくん、まだ学校も卒業してないし、二十歳にもなってないし。……ダメです」
とハジメさんにキッパリ拒否されたからだ。
「…………」
「……そんなかわいい顔したって、俺は泣き落とされないからね、キヨくん。それに一緒に我慢は俺もなんだし」
ハジメさんこそ、そんなほんのり赤い顔して俯いたりすると、俺になんかされても知りませんけど。……言わないけど。
泣き落としが効かなかった可哀想な俺は、仕方なく出来る範囲ギリギリを見定めることにした。
「……キスはいいんですね、ハグも。……一緒に寝るのはOKなんです?」
「……まあ、キスは海外なら挨拶だし……。ハグも一緒に寝るのも、ずっとやってきたから平気だよ」
「…………わか、……いや、ちょっと待ってください。挨拶で口にキス、しませんよね? ……してませんよね、ハジメさん? ……え、ホントにしてませんよね? 誰です、俺のセンセにそんなデタラメ知識教えこんだヤツ!」
「わ、わっ、ちょっと待って、落ち着いてキヨくん、してないから! 頬までだから!」
じりじり逃げるセンセを膝立ちで追い回して、押し倒したまま納得いくまで説明を受けて、俺が落ち着いた頃には、もう窓の外は明るい黄色がかったオレンジ色に染まっていた。
気づくと俺は、センセの腕に気持ち良く収まって、肩に首を乗せたまま、やんわり抱きしめられていた。
……思えば、こんな向かい合わせで抱き合うような体勢、本当に小さい時以来じゃなかろうか。
センセの温かい手が優しく背を撫でるのも、顔を上げると柔らかく温かい笑顔で見つめ返してくれるのも。
急になんだか照れくささが押し寄せてきて、俺は一旦センセの肩から顔を上げた。
「……落ち着いた、キヨくん?」
「……ええ、まあ。……すみません、舞い上がっちゃって、急に関係を進めようとしすぎました。……あ、でも俺、センセにお願いしたい事があって」
真面目にまっすぐセンセの顔を見据えると、ハジメさんが笑顔のまま俺の目を見て優しく笑う。
「……なに? なんでもって訳にはいかないけど、俺のできる事なら頑張るよ」
「いえ、すぐにじゃないんで、ちょっと考えといて欲しくて。……俺、4月から市役所勤めになるじゃないですか」
「うん。そうだね、まだまだ先と思ってるけど、きっと来ちゃうとあっという間だよね……」
「……はい。……で、ここって市役所からすごく近いじゃないですか」
「うん。……うん?」
「……俺んちから比べるとめっちゃ近いんです。……なので、4月から同居させて貰いたいんですけど。……あ、ハジメさんが必要なら家賃はちゃんと払うんで。食費類もいれますし」
「…………」
「ハジメさん、聞いてます? ……ハジメさん?」
俺と交代するように笑顔のままフリーズしてしまったセンセの肩を揺さぶってみたけど、これは当分戻ってこないかもしれない。
「…………」
本当に俺達はいつだって何とも締まらなくて、格好もつかなくて。
それでもありのままを受け止めて、俺も受け止めてもらえるから、このままでいいんだと思う。
どんなに壊れてポンコツでも優しいハジメさんと、頑張って背伸びしたけどカッコ悪い俺のままで。
「……ハジメさん、俺…………」
「…………あ、……うん、ごめん、違うからね、……」
ゼロ距離で陣取ったセンセの隣で、すがるように腕を掴んでしまった俺を見て、ハジメさんがほろほろ泣きながら笑う。
「なんだろ、キヨくんの顔と合格通知見たら、安心して気が抜けちゃったのかも。……ゴメン、止まらないや」
「……ちょっと待っててください、目、触っちゃダメですからね」
メガネを外して、雑に手の甲で拭こうとするセンセの手を止めて、俺はとりあえず洗面に走った。
上の棚から未使用のふわふわしたタオルを一枚とって、今度は台所へ。
冷凍庫を勝手に開けて、俺が仕舞ったままになっている保冷剤を、いくつか左手に握って居間へ戻る。
さっきと同じくセンセの傍ら膝をつくと、保冷剤をくるんだタオルをそっとセンセの目に押し当てた。
「……そのまま、暫く冷やしててください。それなら別に泣きっぱなしでも大丈夫ですから」
「……うん、ゴメンね、キヨくん。せっかくなのに、なんか色々台無しにしちゃった。……俺がずっと同じところで立ち往生してる間に、キヨくんはたくさん歩いて歩いて、とうとう俺の所まで来ちゃったのに」
受け取ったタオルで目元を隠したまま、センセの唇が弧を描く。
「……いえ。だって俺達、いつだってそうじゃないですか。出会った時だって、俺と母さんと咲子は金の無心しにセンセの所に来てたんですから」
それに考えてみれば、これが俺達の距離感だ。
カッコ悪くたってカッコつかなくたって、ありのままに晒して、隣で寄り添って体温を分け合うような。
だから俺たちはこれでいい。コレがいい。
いつの間にか正座で座り込んでいた自分に気づいて、あぐらに組み直そうとしているうちに、センセの手が動いて、保冷材付きのタオルがそっとコタツの上へと返される。
ニッコリ笑う優しい顔は、冷やしたおかげかいつものままで、そっと両手で俺の手を取られるまで、俺はぼんやりセンセの顔を見ていた。
暫くあったかい手を握って、ハッとして言う。
「……あ、まだ冷やしといた方がいいですよ」
「うん。だけど、あのままじゃ、キヨくんの顔見えなかったから。…………ありがとう、清文くん。こんな俺の傍に居てくれて。俺の隣にいようと思ってくれて。こんな所まで来てくれて。……俺も、申し訳ないけどあなたが好きです。…………出来たら俺も清文くんの隣にいた……っ、わ、キヨくん!?」
柔らかいやさしい声がポツポツと零れるように返る。
ハジメさんが俺を好きだと言ったのを脳が認識した瞬間、俺は全力でセンセに飛びついて、その体を畳に押し倒していた。
たぶん、センセが受け身を取ってくれたんだろう。
ゆっくり後ろに倒れたその体は、なぜだか前に同じように押し倒した時ほど、大きくは感じない。
セーターの下のセンセの体温と、柔らかい大きな胸の感触と、トクトクと少し早い心音。
ちょうど胸の谷間に顔をしばらく押し当てて、ビックリしたようなまんまるな目で俺の方を見つめるハジメさんを睨む。
「……センセ、それは反則です。俺のは……カッコつけて言わせてくれなかったのに」
そう言った瞬間ハジメさんがふわっと笑って、俺達が意識し合ってなかった頃みたいに、ぎゅっと俺の背に腕を回した。
「……ゴメン、でも、ちゃんと好きだって言ってないなって思ったから」
「…………俺は先に権利を確保してから、ちゃんと告白もする気だったんです。……ケーキならイチゴを最後まで取っておく派なんです、俺は」
「…………ゴメン、横からイチゴ取って食べちゃって……」
本気でしょんぼりしたセンセが眉を下げるのを見つけて、俺は少しずり上がって、センセと視線を合わせる。
ずっと届かないと思ってたヒトがココにいる。
最初は憧れで、その次に焦がれて、諦めて、諦めきれなくて。
内側に入れてもらえないと、散々泣きわめいて叩いたセンセの心の、たぶん一番真ん中のやわらかい所に、今、俺はいる。
だから俺がこうして覆いかぶさっていても、ほとんどゼロ距離でその顔を覗いても、こうして強く体を抑え込んでいても。
ハジメさんは優しく抱きしめてくれていて、拒絶する様子はなかった。
「……まあ、いいですよ。実はこのケーキ、完熟のメロンがメインなんで。俺はそっちを貰います」
強がった俺がその頬に両手を添えても、指先で温かく甘い息を吐く唇を撫でても、緊張しながら顔を寄せて口付けをしても。
そっと目を瞑っただけで、ハジメさんは優しく笑って抵抗はしなかった。
そのまま優しく寄り添い合って、抱き締め合って、その先へ……とは、俺達の場合はいかなかった。
「だってキヨくん、まだ学校も卒業してないし、二十歳にもなってないし。……ダメです」
とハジメさんにキッパリ拒否されたからだ。
「…………」
「……そんなかわいい顔したって、俺は泣き落とされないからね、キヨくん。それに一緒に我慢は俺もなんだし」
ハジメさんこそ、そんなほんのり赤い顔して俯いたりすると、俺になんかされても知りませんけど。……言わないけど。
泣き落としが効かなかった可哀想な俺は、仕方なく出来る範囲ギリギリを見定めることにした。
「……キスはいいんですね、ハグも。……一緒に寝るのはOKなんです?」
「……まあ、キスは海外なら挨拶だし……。ハグも一緒に寝るのも、ずっとやってきたから平気だよ」
「…………わか、……いや、ちょっと待ってください。挨拶で口にキス、しませんよね? ……してませんよね、ハジメさん? ……え、ホントにしてませんよね? 誰です、俺のセンセにそんなデタラメ知識教えこんだヤツ!」
「わ、わっ、ちょっと待って、落ち着いてキヨくん、してないから! 頬までだから!」
じりじり逃げるセンセを膝立ちで追い回して、押し倒したまま納得いくまで説明を受けて、俺が落ち着いた頃には、もう窓の外は明るい黄色がかったオレンジ色に染まっていた。
気づくと俺は、センセの腕に気持ち良く収まって、肩に首を乗せたまま、やんわり抱きしめられていた。
……思えば、こんな向かい合わせで抱き合うような体勢、本当に小さい時以来じゃなかろうか。
センセの温かい手が優しく背を撫でるのも、顔を上げると柔らかく温かい笑顔で見つめ返してくれるのも。
急になんだか照れくささが押し寄せてきて、俺は一旦センセの肩から顔を上げた。
「……落ち着いた、キヨくん?」
「……ええ、まあ。……すみません、舞い上がっちゃって、急に関係を進めようとしすぎました。……あ、でも俺、センセにお願いしたい事があって」
真面目にまっすぐセンセの顔を見据えると、ハジメさんが笑顔のまま俺の目を見て優しく笑う。
「……なに? なんでもって訳にはいかないけど、俺のできる事なら頑張るよ」
「いえ、すぐにじゃないんで、ちょっと考えといて欲しくて。……俺、4月から市役所勤めになるじゃないですか」
「うん。そうだね、まだまだ先と思ってるけど、きっと来ちゃうとあっという間だよね……」
「……はい。……で、ここって市役所からすごく近いじゃないですか」
「うん。……うん?」
「……俺んちから比べるとめっちゃ近いんです。……なので、4月から同居させて貰いたいんですけど。……あ、ハジメさんが必要なら家賃はちゃんと払うんで。食費類もいれますし」
「…………」
「ハジメさん、聞いてます? ……ハジメさん?」
俺と交代するように笑顔のままフリーズしてしまったセンセの肩を揺さぶってみたけど、これは当分戻ってこないかもしれない。
「…………」
本当に俺達はいつだって何とも締まらなくて、格好もつかなくて。
それでもありのままを受け止めて、俺も受け止めてもらえるから、このままでいいんだと思う。
どんなに壊れてポンコツでも優しいハジメさんと、頑張って背伸びしたけどカッコ悪い俺のままで。
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