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虹 隠れて見えず
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二次試験までもうあとわずかという時に、急に先生と連絡が取れなくなった。
バイトを辞めたその翌日から、細々と一日一通、大体夕方か遅くても夜には帰って来ていたメールがぷつっと途切れて、念のため朝までは連絡を控えていた俺も、我慢できずに一通打った。
「……、いや、さすがに引かれるな、これ……。たまたま連絡できてないだけかもしれないし……」
メールの文字数限界いっぱいのすごい長文の文面に、送る直前で気づいて慌てて消す。
さんざん悩んで、センセがすぐ確認できるように「大丈夫ですか」の一文だけ送った。
その後も、ガッコの昼メシの時、夕飯の時、寝る前にも。
送り過ぎかとも思ったけど、結局その日はセンセからのメールは帰って来なくて、翌日、家に帰ってもまだセンセから連絡が来ないのを確認した俺は、我慢できずにリンさんに連絡を取った。
「……え、キヨくん? どうしたの、私に直接連絡してくるなんて。……なにかあった?」
「…………あ、いえ……、その、センセと昨日から連絡が取れなくて……。今、センセって近くにいます?」
「……ハジメくんなら昨日から長野に出張行ってるけど……、もう、あれだけキヨくんには連絡しときなさいよって言ったのに、連絡とってないなんて!」
「……いえ、別に義務じゃないんで……。ただ、つい心配になっちゃって。大丈夫そうならいいんです、仕事中すみません、リンさん」
リンさんの怒りボルテージが上がってきたのを感じて、俺まで腰が引けるけど、センセがあんまりガツンと怒られないようにフォローは入れておいてあげないと。
センセの場合、リンさんに叱られ過ぎると、本気でしょぼんとしちゃってしばらく復活できなくなるからな……。
長いため息と一緒にしばらく間が空いた後、リンさんが改めて口を開いた。
「……そうね、キヨくんには伝えといた方がいいわね。……いつもの事だから、あんまり気にしないでほしいんだけど、最近ハジメくんの調子があんまりよくなくて。……うん、分かってると思うけど、体調の方じゃなくてね」
「…………なにか、ありましたか?」
俺が声を抑えめに尋ねると、リンさんが電話口で苦笑した。
「違うの、特に何もないんだけど。まあ、強いて言うなら、春秋は調子悪くなりやすいのと、キヨくんが巣立とうとしてるからかもしれないけど……それはキヨくんが悪いわけじゃないからね。……多分ね、自分の事を反省しすぎちゃったのよ」
「反省……」
「私が『しっかりしなさい』って言いすぎたのもあるかもしれないわね。……でも、一人でやっていかざる得ない時も来るから、しっかりして貰わないといけないのは確かなんだけど。……私よりキヨくんの方がハジメくんのこと、よく見てるから……知ってるんじゃない、キヨくんも」
「……たぶんですけど……センセが時々なる、考えすぎてる奴ですか」
我が意を得たりとばかりにため息まじりにそうなの、と声が聞こえたので、俺も思わず苦笑した。
「分かりました。……じゃあ、そんなに心配することなさそうなので……俺、ちょっと待ってみます。もし、リンさんの方に先に連絡あったら俺にも教えてもらえると」
「分かったわ。……ゴメンね、キヨくん、試験も近いのに」
「いえ。こちらこそ有難うございました、リンさん」
通話を切って、スマホはそのままに少し考える。
俺は本当にそのままのセンセでいいと思っている。
別にごはんが作れなくて、掃除も片付けも下手なまんまで、受けた傷もそのままで、何かあると逃げてしまう臆病な、ありのままのセンセで、全然いい。
だってそんな状態でも、俺と咲子と母さんをそのあったかい腕で助けてくれたのは、センセなんだから。
甘えられないまま過ごしてきた俺を、その胸で優しく包んでくれたのだってセンセで、俺が母さんと上手く折り合えたのだってセンセのおかげだ。
ただ、その気持ちをちゃんと伝えたことはそういえばなかった。
センセには伝わってると思ってたからだ。
……どんなに近くにいたって、言葉にしないと相手にはちゃんと伝わらないものなのに。
センセから、慌てたように連絡が入ったのはその日の夜だった。
昨日は移動もあって疲れていて、今日は学会の用意なんかもあって忘れていたんだろう。
いつものほわほわした優しい声が、おそるおそるといったふうにお土産を渡したい旨告げて来るのに笑って、日曜にセンセに会いに行く約束をした。
通話を切ってから、しばらくそのまま、センセの声を噛みしめる。
最近ずっとメールでのやり取りばかりで、ハジメさんの声を聞くのも一か月ぶりくらい。
それでこんなに嬉しいんだから、日曜に直接会ったら、どれだけだろう。
でも、もう二次も近いし、あんまハジメさんの事ばかり考えて受かれていられないのも確かだった。
「……よし、ちょっと気合入れて、解答の文面考えるかな……」
グループワーク的なのかもしれないし、集団面接かもしれないし、個別かもしれない。
二次は各市役所ごとに任せられてるみたいだから、どれが当たるかはわからなかった。
……出来たら、グループワークみたいなのが一番大変そうだから、それじゃないといいけど。
そう言う悪い予感に限って当たりそうだから、俺は深く考えるのはやめた。
日曜の朝、俺はいつもみたいに裏口のハジメさんちの玄関のチャイムを押していた。
朝一で来ちゃったけど、中からはいつものホンワカ間延びしたハジメさんの声で「はーい」と聞こえて、起きていたのに安堵して少し待つ。
中から出てきたセンセは、いつもの三つ編みじゃなく寝起きの、ほわほわが絡んだ鳥の巣みたいな頭で、俺も思わず笑顔になる。
「……ふっ、センセ、頭ひどいことになってる」
「……え、あ、ホントだ、忘れてた……。そうだ、どうするキヨくん、上がっていけそう? 時間なければ、ここで渡しちゃうけど」
「いえ、ちょっとだけ上がらせてください。ついでにその頭、俺が直してあげますよ、……っ」
「あ、うん、嬉しいけど……キヨくん、ツボにハマっちゃったの?」
俺がまだ笑ってることに、センセがちょっと困惑してるのがまたおかしい。
どうにか息を整えて頷くと、センセの後に続いて居間へ上げてもらった。
居間はちょっと埃っぽかったけど、それでもハジメさんにしては意外なほどちゃんと片付いていて、頑張っているのがよく分かる掃除具合だった。
「……思ったより頑張ってますね、センセ」
「うん、一人でもシッカリしなくちゃって、ようやく自分でも思えたから。……キヨくんみたいにピカピカにキレイとはいかないけどね」
「…………。……そうだ、俺、ちょっとブラシ取ってきます。いつもの洗面のとこですよね、置いてあるの」
「あ、本当に梳かしてくれるの? うん、そうだけど……俺ちょっとコーヒーでも入れてこようと思ってたのに」
「すぐ終わりますから」
言い捨てて、勝手知ったる洗面に急いで、ちょうど洗面台に置いてあったブラシを掴んで、すぐ戻る。
センセがほんのり困った顔で、チョコン(といってもセンセだから大きいけど)とちゃぶ台に座ってるのが可愛い。
「じゃあ、センセ、そのままジッとしててくださいね。絡んじゃうと痛いと思うんで」
「うん……ありがとう」
こうやってセンセの髪を直に触って、手櫛で鳥の巣を解きながら、ゆるやかに櫛を入れていく、なんてことはそう言えばすごく久しぶりだった。
去年の文化祭に来て貰った時に、髪を整えた記憶があるから、多分一年ぶりくらい。
寝起きの頭を触るのは、中学くらいからはなかったから、相当久しぶりだ。
そう思うと名残惜しくて、やんわりと髪を梳く手がゆっくりになる。
「……痛くないですか、ハジメさん」
「うん。キヨくんほんとに器用だね……俺が自分でやっても、こうなっちゃった時って、大抵どっかに絡んじゃって痛くなるのに」
「まあ、久しぶりですけど……小学生の頃は何かっていうと、センセの髪の毛で遊んでたじゃないですか。ほら、咲子が学校で流行った難しい編み方にこだわってた頃、覚えてます? センセの頭でやらせて貰ったら、本人の頭より解くの大変だったヤツ」
俺が言うと、センセが思い出したように懐かしそうに笑う。
「ああ、あったねえ。結んだのは良かったけど、解くのが難しくなっちゃって……」
「アレでどうやっても解けなくなっちゃって、たしかあの時、結構ばっつりショートにしましたよね、センセ。俺があんまり泣くもんだから、切れば大丈夫だよとか言って、パツパツ自分で切っちゃったから」
「そうそう、あの後美容院行ったら怒られたっけ。でも、あの時はすごく頭軽くて、それはそれでスッキリしてたし、悪いことばっかりでもないよ」
ハジメさんがそう言ってちょっとだけ振り返って笑う顔を見て、俺は編みかけの髪をそのままに、手をセンセの肩に置いた。
「…………そうですね、悪いことばっかりな事って、あんまりないもんです。……俺、別に、そのまんまのセンセでいいと思ってます。傷だらけで、辛いことからは逃げちゃう人で、生活力なくて、ほわほわ優しいそのまんまのハジメさんで」
「……何か……、リンちゃんから聞いたの?」
「まあ、少しだけ。……でも、元々一緒に住んでたのもありますし、長いこと一緒にいますし。俺だって、センセの症状は実際見てるんで……。ごめんなさい、俺が無理に体押さえつけたりしたのも、原因にあったかもですね」
「ううん、キヨくんが原因じゃないから……。ただ、このままじゃ、大人としてどうなのかなって。キヨくんは、これだけ色々考えて考えて行動してくれてるのに、大人の俺がこんなボロボロじゃいけないんじゃないかって、思って」
「ハジメさん、……」
俯く様子が本当に心の底から悩んでいたのが分かって、俺は手を離すと正面に回って、センセの前に膝をついた。
「俺、ずっと言ってなかったですけど。そのまんまのハジメさんがいいんです。……だって、俺達を助けてくれたのは、そのボロボロのハジメさんだったじゃないですか。傷ついたばっかの、傷だらけのハジメさんだったじゃないですか。……俺の前で見栄なんか張らなくていいんです。そういうのも全部丸ごと含めてが、俺にとってのハジメさんなんで」
「…………」
俯いた顔が上がらないまま、黙り込むセンセの膝の手を取って両手で握る。
俺がやってるのは余計な事で、この人の矜持をくじいてしまう事だったかもしれなかったけど。
どうしてもこれだけはちゃんと伝わってほしかった。
バイトを辞めたその翌日から、細々と一日一通、大体夕方か遅くても夜には帰って来ていたメールがぷつっと途切れて、念のため朝までは連絡を控えていた俺も、我慢できずに一通打った。
「……、いや、さすがに引かれるな、これ……。たまたま連絡できてないだけかもしれないし……」
メールの文字数限界いっぱいのすごい長文の文面に、送る直前で気づいて慌てて消す。
さんざん悩んで、センセがすぐ確認できるように「大丈夫ですか」の一文だけ送った。
その後も、ガッコの昼メシの時、夕飯の時、寝る前にも。
送り過ぎかとも思ったけど、結局その日はセンセからのメールは帰って来なくて、翌日、家に帰ってもまだセンセから連絡が来ないのを確認した俺は、我慢できずにリンさんに連絡を取った。
「……え、キヨくん? どうしたの、私に直接連絡してくるなんて。……なにかあった?」
「…………あ、いえ……、その、センセと昨日から連絡が取れなくて……。今、センセって近くにいます?」
「……ハジメくんなら昨日から長野に出張行ってるけど……、もう、あれだけキヨくんには連絡しときなさいよって言ったのに、連絡とってないなんて!」
「……いえ、別に義務じゃないんで……。ただ、つい心配になっちゃって。大丈夫そうならいいんです、仕事中すみません、リンさん」
リンさんの怒りボルテージが上がってきたのを感じて、俺まで腰が引けるけど、センセがあんまりガツンと怒られないようにフォローは入れておいてあげないと。
センセの場合、リンさんに叱られ過ぎると、本気でしょぼんとしちゃってしばらく復活できなくなるからな……。
長いため息と一緒にしばらく間が空いた後、リンさんが改めて口を開いた。
「……そうね、キヨくんには伝えといた方がいいわね。……いつもの事だから、あんまり気にしないでほしいんだけど、最近ハジメくんの調子があんまりよくなくて。……うん、分かってると思うけど、体調の方じゃなくてね」
「…………なにか、ありましたか?」
俺が声を抑えめに尋ねると、リンさんが電話口で苦笑した。
「違うの、特に何もないんだけど。まあ、強いて言うなら、春秋は調子悪くなりやすいのと、キヨくんが巣立とうとしてるからかもしれないけど……それはキヨくんが悪いわけじゃないからね。……多分ね、自分の事を反省しすぎちゃったのよ」
「反省……」
「私が『しっかりしなさい』って言いすぎたのもあるかもしれないわね。……でも、一人でやっていかざる得ない時も来るから、しっかりして貰わないといけないのは確かなんだけど。……私よりキヨくんの方がハジメくんのこと、よく見てるから……知ってるんじゃない、キヨくんも」
「……たぶんですけど……センセが時々なる、考えすぎてる奴ですか」
我が意を得たりとばかりにため息まじりにそうなの、と声が聞こえたので、俺も思わず苦笑した。
「分かりました。……じゃあ、そんなに心配することなさそうなので……俺、ちょっと待ってみます。もし、リンさんの方に先に連絡あったら俺にも教えてもらえると」
「分かったわ。……ゴメンね、キヨくん、試験も近いのに」
「いえ。こちらこそ有難うございました、リンさん」
通話を切って、スマホはそのままに少し考える。
俺は本当にそのままのセンセでいいと思っている。
別にごはんが作れなくて、掃除も片付けも下手なまんまで、受けた傷もそのままで、何かあると逃げてしまう臆病な、ありのままのセンセで、全然いい。
だってそんな状態でも、俺と咲子と母さんをそのあったかい腕で助けてくれたのは、センセなんだから。
甘えられないまま過ごしてきた俺を、その胸で優しく包んでくれたのだってセンセで、俺が母さんと上手く折り合えたのだってセンセのおかげだ。
ただ、その気持ちをちゃんと伝えたことはそういえばなかった。
センセには伝わってると思ってたからだ。
……どんなに近くにいたって、言葉にしないと相手にはちゃんと伝わらないものなのに。
センセから、慌てたように連絡が入ったのはその日の夜だった。
昨日は移動もあって疲れていて、今日は学会の用意なんかもあって忘れていたんだろう。
いつものほわほわした優しい声が、おそるおそるといったふうにお土産を渡したい旨告げて来るのに笑って、日曜にセンセに会いに行く約束をした。
通話を切ってから、しばらくそのまま、センセの声を噛みしめる。
最近ずっとメールでのやり取りばかりで、ハジメさんの声を聞くのも一か月ぶりくらい。
それでこんなに嬉しいんだから、日曜に直接会ったら、どれだけだろう。
でも、もう二次も近いし、あんまハジメさんの事ばかり考えて受かれていられないのも確かだった。
「……よし、ちょっと気合入れて、解答の文面考えるかな……」
グループワーク的なのかもしれないし、集団面接かもしれないし、個別かもしれない。
二次は各市役所ごとに任せられてるみたいだから、どれが当たるかはわからなかった。
……出来たら、グループワークみたいなのが一番大変そうだから、それじゃないといいけど。
そう言う悪い予感に限って当たりそうだから、俺は深く考えるのはやめた。
日曜の朝、俺はいつもみたいに裏口のハジメさんちの玄関のチャイムを押していた。
朝一で来ちゃったけど、中からはいつものホンワカ間延びしたハジメさんの声で「はーい」と聞こえて、起きていたのに安堵して少し待つ。
中から出てきたセンセは、いつもの三つ編みじゃなく寝起きの、ほわほわが絡んだ鳥の巣みたいな頭で、俺も思わず笑顔になる。
「……ふっ、センセ、頭ひどいことになってる」
「……え、あ、ホントだ、忘れてた……。そうだ、どうするキヨくん、上がっていけそう? 時間なければ、ここで渡しちゃうけど」
「いえ、ちょっとだけ上がらせてください。ついでにその頭、俺が直してあげますよ、……っ」
「あ、うん、嬉しいけど……キヨくん、ツボにハマっちゃったの?」
俺がまだ笑ってることに、センセがちょっと困惑してるのがまたおかしい。
どうにか息を整えて頷くと、センセの後に続いて居間へ上げてもらった。
居間はちょっと埃っぽかったけど、それでもハジメさんにしては意外なほどちゃんと片付いていて、頑張っているのがよく分かる掃除具合だった。
「……思ったより頑張ってますね、センセ」
「うん、一人でもシッカリしなくちゃって、ようやく自分でも思えたから。……キヨくんみたいにピカピカにキレイとはいかないけどね」
「…………。……そうだ、俺、ちょっとブラシ取ってきます。いつもの洗面のとこですよね、置いてあるの」
「あ、本当に梳かしてくれるの? うん、そうだけど……俺ちょっとコーヒーでも入れてこようと思ってたのに」
「すぐ終わりますから」
言い捨てて、勝手知ったる洗面に急いで、ちょうど洗面台に置いてあったブラシを掴んで、すぐ戻る。
センセがほんのり困った顔で、チョコン(といってもセンセだから大きいけど)とちゃぶ台に座ってるのが可愛い。
「じゃあ、センセ、そのままジッとしててくださいね。絡んじゃうと痛いと思うんで」
「うん……ありがとう」
こうやってセンセの髪を直に触って、手櫛で鳥の巣を解きながら、ゆるやかに櫛を入れていく、なんてことはそう言えばすごく久しぶりだった。
去年の文化祭に来て貰った時に、髪を整えた記憶があるから、多分一年ぶりくらい。
寝起きの頭を触るのは、中学くらいからはなかったから、相当久しぶりだ。
そう思うと名残惜しくて、やんわりと髪を梳く手がゆっくりになる。
「……痛くないですか、ハジメさん」
「うん。キヨくんほんとに器用だね……俺が自分でやっても、こうなっちゃった時って、大抵どっかに絡んじゃって痛くなるのに」
「まあ、久しぶりですけど……小学生の頃は何かっていうと、センセの髪の毛で遊んでたじゃないですか。ほら、咲子が学校で流行った難しい編み方にこだわってた頃、覚えてます? センセの頭でやらせて貰ったら、本人の頭より解くの大変だったヤツ」
俺が言うと、センセが思い出したように懐かしそうに笑う。
「ああ、あったねえ。結んだのは良かったけど、解くのが難しくなっちゃって……」
「アレでどうやっても解けなくなっちゃって、たしかあの時、結構ばっつりショートにしましたよね、センセ。俺があんまり泣くもんだから、切れば大丈夫だよとか言って、パツパツ自分で切っちゃったから」
「そうそう、あの後美容院行ったら怒られたっけ。でも、あの時はすごく頭軽くて、それはそれでスッキリしてたし、悪いことばっかりでもないよ」
ハジメさんがそう言ってちょっとだけ振り返って笑う顔を見て、俺は編みかけの髪をそのままに、手をセンセの肩に置いた。
「…………そうですね、悪いことばっかりな事って、あんまりないもんです。……俺、別に、そのまんまのセンセでいいと思ってます。傷だらけで、辛いことからは逃げちゃう人で、生活力なくて、ほわほわ優しいそのまんまのハジメさんで」
「……何か……、リンちゃんから聞いたの?」
「まあ、少しだけ。……でも、元々一緒に住んでたのもありますし、長いこと一緒にいますし。俺だって、センセの症状は実際見てるんで……。ごめんなさい、俺が無理に体押さえつけたりしたのも、原因にあったかもですね」
「ううん、キヨくんが原因じゃないから……。ただ、このままじゃ、大人としてどうなのかなって。キヨくんは、これだけ色々考えて考えて行動してくれてるのに、大人の俺がこんなボロボロじゃいけないんじゃないかって、思って」
「ハジメさん、……」
俯く様子が本当に心の底から悩んでいたのが分かって、俺は手を離すと正面に回って、センセの前に膝をついた。
「俺、ずっと言ってなかったですけど。そのまんまのハジメさんがいいんです。……だって、俺達を助けてくれたのは、そのボロボロのハジメさんだったじゃないですか。傷ついたばっかの、傷だらけのハジメさんだったじゃないですか。……俺の前で見栄なんか張らなくていいんです。そういうのも全部丸ごと含めてが、俺にとってのハジメさんなんで」
「…………」
俯いた顔が上がらないまま、黙り込むセンセの膝の手を取って両手で握る。
俺がやってるのは余計な事で、この人の矜持をくじいてしまう事だったかもしれなかったけど。
どうしてもこれだけはちゃんと伝わってほしかった。
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