漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋

文字の大きさ
上 下
82 / 110
大雨 時々降る

62 ※先生視点

しおりを挟む
朝の日課のランニングコースは、おおざっぱに言えばちょっと離れたお寺への往復でもある。
つまりはお盆の時期に行くとこうなるということだ。

階段前に足腰の悪そうなおばあさんがいて、それでも墓地の入口のある、階段の半ばまで登ろうとしていたから、階段の往復を手助けしただけだったのに……。
結局、おばあさんの家まで付き添うことになり、お茶だけ一杯ご馳走になることになり、なんだかんだでランニング中だった俺の手に渡されたのは、けっこうな大きさの小玉スイカとお供えの干菓子だった。

「……あ、いえ、もう結構ですよ。お茶も頂きましたし」

「まあ、そんな冷たいこと言わないで。お供え物ではあるけど、お礼に持ってってちょうだい。ウチにあっても食べ切れなくて痛んじゃうから」

「……分かりました、いただきますね」

一人暮らしだし食べ切れなくって、と笑うおばあさんに愛想笑いで送り出された俺も、一人暮らしなんだけど。
さすがに小振りとはいえ、スイカを抱えたまま走るのはちょっと難しいから、家までの帰りは歩きになった。
毎回こうって訳じゃないけど、お盆時期はよくある事ではある。






「もう少し、低い位置からお墓入れるようになってればいいんじゃないかな……、あのお寺」

「まだ言ってるの、ハジメくん。あそこの檀家さんでもないんだから、いくら言ったって変わんないでしょうよ」

「だって毎年なんだもん……。それに檀家さん、どう見てもおじいさんおばあさんが多いんだから、階段で苦労するのお寺側だって解ってると思うもの」

今は貰った干菓子と、リンちゃんが珍しく相伴させてくれた玉露で、休憩中だった。
菊の形の、硬そうに見えてふわふわと柔らかく崩れる大きな干菓子を半分に割って、小さい方を俺の方に差し出すリンちゃんから貰って、ため息をつきながら一口齧る。

去年は確か、同じことが何回もあって、そのたび同じようなお供え物がたくさん家に来ることになった。
一つは横流しとして、爺さんの墓に備えてきたけど、同じような干菓子セットがたくさん家に余る形になって、確か秋頃まではお茶のおやつが干菓子になったっけ……。

「……干菓子は食べ切れそうだからいいけど、スイカどうしよう……」

「……あ、私いらないからね、スイカ」

ポツっと俺が漏らした呟きに、リンちゃんが即座に反応したので苦笑う。

「わかってるってば、リンちゃんだって一人暮らしなんだから。でも、冷蔵庫に入るサイズで良かった」

「昔みたいに井戸があれば、そこで冷やしても美味しかったわよね。もう潰しちゃったからしょうがないけど」

「そうだね……、そういえば昔はよくあの小っちゃい庭で西瓜食べたっけ」

今はもう色々埋め立てたり、石を撒いたりして、玄関の入口の通り道兼坪庭みたいに仕立ててあるけど、爺さんが元気だった頃は小さい花壇と井戸、そして縁側があった。
まだ、リンちゃんが小学校上がる前くらいまではあったと思うから、彼女も記憶には残ってたんだろう。
爺さんと、俺と、リンちゃんと、リンちゃんを迎えに来たご両親と。わりとワイワイと毎日が楽しかったことは覚えている。
ちょうど、キヨくん達がここに住んでくれてた頃みたいに。
思い返して、ちょっとほろ苦く笑っていたら、リンちゃんが両手で湯呑を持ちながらこちらを見ていた。

「……どしたの、リンちゃん?」

「……ううん、何でもない。……それより、今日はキヨくん達顔出すって言ってなかった? 仕事残ってるとマズいんじゃない」

「……あ、そうだった! お茶ありがと、残りやっちゃうね」

「……ん、頑張って」

まだマイペースにお茶を楽しむリンちゃんに背を向けて、俺は大急ぎで調剤室へ向かった。









キヨくんと咲子ちゃんがやってきたのは、夕方を少し過ぎてからだった。
一応飲み物くらいは、と台所で準備をしていたら、ピンポーンといつもみたいにチャイムが鳴る。

「はーい。ちょっと待ってね」

ガラガラと開けた引き戸の向こう側、真っ先にピョコッと出てきたのは、可愛い浴衣姿の咲子ちゃんで、後ろからTシャツジーパン姿のキヨくんが小さく頭を下げる。

「センセ、久しぶりー!」

「うん、久しぶり、咲子ちゃん。……なんか大人っぽくなったねえ。あ、ちょっと背も伸びた?」

俺の手を両手でつかんでピョンピョン喜ぶ姿は、あんまりちいちゃい頃と変わってないけど。
もう片手で咲子ちゃんの頭を軽く撫でてキヨくんに視線を向けると、彼は苦笑して小さく頷いた。

「せっかくだから、お茶だけでも一杯飲んでって。時間があったら咲子ちゃんの向こうの話も聞きたいし」

「うん! ……あ、あたしは一時間くらいしたら、商店街で友達と待ち合わせしてるからそっち行くね!」

「……あ、もしかして、今日夏祭り?」

浴衣姿だったからもしかして、とは思ってたけど。
パタパタと先に居間へ向かった咲子ちゃんが、入口辺りで振り返って、そうだよーと笑う。
そのまま居間に入るのを見て、改めて後ろをついてきているキヨくんを軽く振り返る。

「キヨくんも、久しぶり」

「お久しぶりです、センセ。 ……ホントは試験終わるまで顔出さないつもりだったんですけど、せっかくなんで」

「ううん、俺は会えて嬉しかったからいいよ。バイト辞める時も言ったでしょ、いつ来てもいいよって」

「…………」

俺が笑うと、キヨくんはちょっと複雑そうな顔をした。

「とりあえず、ここで立ち話もなんだから、ちょっと居間で座ってて。あ、スイカあるんだけど、出してもいい?」

「……あ、はい。ただ、咲子はちょっと今浴衣なんで難しいかも」

「はーい。食べやすいように一口カットにしてみようかな。ちょっと待っててね」


キヨくんが居間に入るまでを見て、俺は台所に急いだ。
今さっき見た複雑そうな顔からすると、キヨくんはあんまりここに顔を出したくないんだろうな。
ちょっとほろ苦い気分で、冷やしていたスイカを半分にカットすると、甘い所を小さく一口サイズに切り分けたものをガラスの器によそってフォークと一緒に持っていく。あとは麦茶も。


戻れば、咲子ちゃんもキヨくんもすでに席に落ち着いていた。
一口カットスイカは、浴衣を汚せない咲子ちゃんにも好評で、フォークでパクパク食べる姿を微笑んで見守る。

「……それでね、大体同室の先輩とか後輩とか同学年の子と、絆?とかいうのを結んだり出来るみたい。 私も同室の子いるから、ドキドキしながら話聞いてたら、絆を結ぶ相手は気があった子でもいいって聞いて、じゃあって結んじゃった!」

「うわあ……ホントにあるんだ、女子高のそういうの……」

「……咲子、お前なんか……いや、なんでもない」

感心する俺と、完全にお兄ちゃんになって心配でオロオロするキヨくん。
よくよく話を聞いたら、咲子ちゃんの絆のお相手は、昔からよく知ってる同じ趣味のお友達だそうで、それならってキヨくんがあからさまに安堵するのが面白かった。
咲子ちゃんも動揺するお兄ちゃんが面白かったみたいで、キラキラした目でキヨくんを見ている。

「……おにい、なんか悪いこと想像したでしょ?」

「……いや、そういうの知らないやつと結ぶと後で揉めそうだと思って……。まあでも、咲子なりに色々ちゃんとうまくやってそうで安心したよ。 ……あ、咲子、そろそろ」

「……あ、センセゴメン、時間! じゃあ、行ってくるねー! あたし、終わったらそのまま家帰るから気にしなくていいよー!」

慌ててパタパタと玄関に掛けていく咲子ちゃんの後姿に、キヨくんが「忘れ物ないな?」と素早く声をかけている。すぐさま「なーい!」と声が帰って来て、慌てて玄関から出ていくカラコロと軽い下駄音が遠ざかっていった。
ちいさく含み笑いする俺を振り返って、キヨくんも笑う。

「……なんか、久しぶりですね、こういうの」

「そうだねえ……でも、いいよね、こういうの」

「……はい」

しみじみした顔で頷くキヨくんの横顔をチラッと見て、しんと戻ってきた静寂の中、ゆっくりと麦茶を飲む。
同じように麦茶に手を付けようとしていたキヨくんの手がふっと止まって、俺の机に置いていた方の手の甲へ触れて。

「……センセ、俺今日はちょっと時間あるんで……。良かったらちょっとだけ散歩行きませんか」



静かな居間にキヨくんの声が、ポツンと浮かんだ。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...