漢方薬局「泡影堂」調剤録

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夏草 枯るる

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放課後、とりあえず俺たちは二手に分かれてソノんちの喫茶店に向かった。
ハヤシとモモはモモの親御さんに送って貰ってくるらしいから、俺とおさななだけ自転車で向かう。
この暑い夏の時期に、しかもこの夕方前の一番熱い時間に自転車は、なかなかにキツイ。

「……そういえば、去年もあったよな、こんなこと。あの時はお前ら一台に二人乗りしてたけど」

「あー……あったな。おかげで足だけは強くなったわ。二年近くずっと二人分の重さで自転車こいでたからな。あれ、航太に漕がせるわけにはいかなかったからさ」

なんとなく、向かう道の景色に既視感を覚えて思わずつぶやくと、なんだかすごい遠い目をしたソノが答えた。
ソノと航太の家辺りからガッコまで、そこまですごい坂道があるわけじゃないから何とかなったんだろうが、坂があったらもっと地獄だったろうな……。
航太はちょっと負い目があるのか、俺たちの会話には参加せずに聞こえないふりをしている。
しばらくして住宅街を抜けると、何度か見た覚えのあるレンガ造りの喫茶店が見えてくる。

みんなで誰もいない駐車場に自転車を停めながら、下りた途端に背にぶわっと湧く汗に顔をしかめて、俺もソノと航太の後に続いて、涼しくエアコンの利いた喫茶店内へ足を踏み入れた。






「あー…………。涼しい……」

ソノの渋いお爺さんにいつものように挨拶をすると、ソノ達がいつも使う暖炉前のテーブルに案内してくれた。
そして俺達自転車組が出して貰ったクリームソーダと涼しい店内でぐったりしているうちに、車で送られてきたモモとハヤシも着いたみたいだ。

「うっわ、どしたのみんな……。え、自転車ってこんななっちゃうくらい暑いの? ……僕ら車で来てよかったかも……」

「自転車は走ってる最中は風があるからいいんだが、下りた途端3倍くらい暑くなるからな……」

カランコロン、と背後で鳴るドアベルに被さって、モモとハヤシが小さい声でポソポソ話す声と、その背後で保護者の会話をするソノのお爺さんとモモのお袋さんの声がする。

俺がのろのろと顔を上げて背後を振り返ると、気づいたモモとハヤシが軽く手を上げて、俺の隣にやってきた。
慣れているから、何も言わないでもいつもの席に座って、ノートや筆記用具を広げている。

「そういえば、集団討論って結局何するの? みんなでディスカッション?」

おさななは死んでいるので、モモが同じようにテーブルに懐いたままの俺に聞いてきた。

「あー、一応調べたんだが、なんか色々やり方があるらしい……、ちょっと待ってな」

背負ったままだった通学用のリュックを下ろして椅子に引っかけると、俺もノートと筆記用具を出してテーブルに並べる。そのままパラパラとノートをめくって、自分で調べた集団討論についてのページを出した。

「とりあえず、絶対やらなきゃいけないのが役割決めらしい。 必ず、グループ内で司会者とタイムキーパーと発表者は決めなくてはならなくて、別にその役割をやったからと言って加点が付くわけじゃない、らしい」

「……あ、司会は試験官の人がやるんじゃなくて、自分たちでやるんだ。へー」

「らしい。俺はもっと、試験官の人が誘導して、皆に色々意見を言わせるのかと思ってたんだが」

「…………とっさに全部自分たちでやるってなると、けっこう大変そうだな……」

モモとハヤシが口々に言うのに頷いて、少しクリームソーダで喉を潤わせた。シュワシュワ弾ける炭酸が喉に涼しい。

「……ん、だから俺一人だとちょっと無理だなって思ってさ。みんな忙しいの分かってたけど、ダメ元で声かけてみた。ありがとな、付き合ってくれて」

そう言ってテーブルを見渡すと、モモとハヤシだけでなく、さっきよりはちょっと復活してきたらしいソノと航太もちょっとだけ顔を上げて笑ってくれた。



「…………で、藤谷はどれやってみる?」

俺が書いたノートを真ん中に、みんなで役割決めをする。
ソノにそう聞かれて、ちょっと考えた。

「まあ、絶対経験したいのは司会だよな。初対面で意見言わせて、まとめてってやらなきゃいけないし、経験積んどいた方がいい気がする」

「……うん、僕もそう思う。 藤谷くん、何しててもあんまり緊張とかしなさそうだけど、意見の取りまとめとか学級委員とか、経験少なそうだもんね。たぶん、小中もそういうのやったことないでしょ?」

「ないな」

そういう、放課後に時間と手間を食いそうなものは片っ端から避けていたし、なんなら学校終わってすぐセンセの薬局に帰って家事をやってたから、高校の時みたいにガッコの先生には事情を話して、そういう役が回ってこないようにするって手も確か中学くらいには実行していた。

「わかった、じゃあ藤谷が司会な。 発表、やってみたい奴いる?」

「…………じゃあ、俺がやりたい」

手を上げたのはハヤシで、モモが隣でビックリしたように目を真ん丸にしている。
一瞬置いて、モモの顔に気づいたのか、ハヤシがなんだか柔らかく笑う。

「……俺も、あんまり発表とか人前に出てなんかするって経験値が少ないから、今のうちに練習するには越したことないしな。場数踏めば上がらなくなるんだろ、こういうのって」

「逆にハヤシが上がるってイメージもないけどな。いつでも落ち着いてそうじゃん、お前」

俺が言うと、そうでもないよというふうに苦笑していたが。
ちなみに、こういう時に真っ先に手を上げそうな航太は、今日は疲れているのかあんまり参加せずにひたすらソノにくっついてクリームソーダを飲んでいる。

「じゃあ、俺がタイムキーパーやるわ。テーマはどうする?」

「……そうだな、俺たちはみんなこれから入試みたいなもんだし、なぜその職業に就きたいのか、着いてどうなりたいのか、あたりがいいんじゃね」

ソノがタイムキーパーを引き受けてくれたので、俺はさっそく例題として俺はノートにでかでかと書き始めた。
これ、実際は書記もいりそうだなあ。それとも司会の役割のやつが書くんだろうか。

「よし、じゃあテーマそれで。時間30分くらいでいいか?」

ソノの声にみんなが頷いたので、それで始めてみる。

「……5分考える時間取って、そのまま、挙手で言ってってもらうか。たぶんそれで15分くらい食うだろ、で、発表の形にまとめるのに10分……思ったより、時間配分気に配らないとまずそうな気するな、コレ」

俺のボヤキに、ソノがじゃあ5分な、と時間を計ってくれる。






……やってみて思ったが、司会は思った以上に大変だった。
たぶんテーマによってはもっと大変だろう、テーマから逸れないように誘導しながら、時間も守らせ、自分の意見も言わないといけない。

大体、皆のやりたい事を聞いて、ノートに書きつけていく。

ソノは天文関係の職員。まだ大学で専門に入っていないから漠然としているが、とりあえず何でもいいから関わりたいらしい。できたら、あの最新の望遠鏡を使って星を研究してみたい。

航太は出来たら、カメラマンとして星と関わりたいらしい。一応、学生にしてはって感じで技術とセンスは認められたが、やっぱりもっと専門的な技術を知りたい。もし、いつかソノと組んで仕事ができたらっていうのが、航太の夢ではあるらしい。

モモは絵で生きたいとは思っていない。卒業したら、デザイン系の会社に入ってもいいし、父の後について縁故入社も問題ない。ただ、絶対に絵を描かずに生活することは出来ないから、それが出来る余暇がある仕事で。

「ハヤシくんがあんまり熱烈に博物館の話をするから、僕も資格だけ取って一緒にそっちで働くのもいいかも」

なんてのも、冗談交じりに付け加えていたが。

ハヤシは、学芸員になりたいのはもちろんあるが、手先の器用さをモモの先生に指摘され、保存修復の道もあることを教えてもらったそうだ。出来たら両方できる何でも屋みたいな感じになりたいらしい。


「……で、藤谷くんは?」

モモに聞かれて、メモを取っていた手を止めて、一度息を吸った。


「俺は……そうだな、まず市役所を選んだのは訳があって。もちろん、安定してるっていうのは第一にあったけど、俺の……大事な人達がこの町に帰って来た時に、絶対使うのが市役所で、そこに居れば会えるって思ったのと、こう……市役所ってさ、なんか対応がすごい事務的な感じがするじゃんか。そういう所で、困ってるヒトに声を掛けたり、きちんと優しく……対応できるようになれたらいいなと思って」


「…………うん、受験する肝心かなめの君の意見が一番まとまってない気がするけど、本番だともうちょっと考えた方がいいかもね。 ……あと、藤谷くんの口から大事なヒトって聞くとビックリする」

「わかる」

「……わかる、じゃねーわ、航太。 ……そりゃ、俺だっているよ、大事なヒト」

なんか違う方向に話が転がりそうになっている気がする。
モゴモゴとストローを加えて、残り少ないクリームソーダを啜って誤魔化そうとしていたら、航太がふいに起き上がって、あ!と言った。
なんだ、ビックリさせんな、ソーダが変なとこ入りそうになったじゃんか。

「……俺知ってるかも、藤谷の大事なヒト! 去年の文化祭来てた! なんかふわふわしてでっかくて優しそうで、すげーデカかった!」

「……ゲホッ、ガハっ、ゴホッ!」

……肺に入った。
苦しい咳をしながら俺がテーブルに伏せるうえで、航太がハジメさんの特徴をみんなに語っている。
なんで大して喋ってないのに、お前はそんなところで勘がいいんだよ、バカヤロー。




見かねたソノが途中で割って入ってくれて、なんとなく話を流してくれたが、その後のみんなから向けられる生あったかい視線に居た堪れなくなった俺はしばらくテーブルから顔を上げられなくなった。
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