漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋

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玄鳥 至る

53 ※先生視点

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成田山のリンちゃん推薦のウナギ屋さんは参道の中にあった。
ということは駐車場の関係上、車で行くのは無理なので、駅前に止めてちょっと歩く。
成田駅は、思ってたよりなんだかすごくたくさんの同じ名前の駅があって、俺がもし電車で関さんクァン連れてこようとしたら迷子になってた可能性まである。
実際どの道がお寺までの参道なのかわからなくなって、地元のヒトじゃなくてそのへんを歩いてた海外の旅行客の人に教えてもらったりもした。

「わー、こんなふうになってるんだねえ、この辺。ヒト凄いけど、聞いてたより坂じゃないかな……」

「……ん? ハルが来たことあるわけじゃないのか」

「うん、リンちゃんはよく来るらしいんだけどさ、バイクで。でもリンちゃん、お土産にウナギは持って帰ってきてくれたことないなあ……」

「まあ、リンだもんな。……ハル、あれが例の寺か?」

途中で関さんが指さした石の門は確かに立派だったけど、たぶん普通のおうちなので、首を横に振っておいた。

「お寺は参道のウンと先だよ。関さん行ってみたいなら一緒に行くけど、時間は結構かかると思う」

そういうと、嫌そうな顔をしてブンブンと首を横に振った。
まあ、そうだよね、関さんの事だからギリギリまでは研究に時間を割いてたはずで、今回のお休みを取るために無茶もしてたはずだから、疲れてるだろうし。

「ウナギ屋さんはそこまでかからないから安心して。十分も歩けば着くっていってたからそろそろじゃないかな?」

「…………ハル、なんだアレ」

お腹すいてきたなら、もうちょっと早めに歩こうかななんて思っていた俺の腕をグイッと掴んで、関さんが歩道の右を差す。
よく見れば、右側に日本全国色んな名前で呼ばれるオヤツが売っていて、ここでは甘太郎焼と呼ばれているようだ。俺が呼ぶと今川焼になっちゃうけど。
そう言えばさっきから、なんだか甘くて香ばしい匂いがしてるなとは思ってた。

「うーん、なんて言えばいいんだろ、日本のソウルフードって感じかな? たっぷり餡子の詰まったフワフワのおやつで、日本全国にあるんだけど、各地でみんな呼ばれ方が違うっていう食べ物なんだよね。 ……欲しいなら、あとで買おうか」

「ああ、ぜひ」

……そういえば、このヒトけっこう甘いものも食べるんだっけ。
度の強いメガネと独特の髪型をのぞけば、スラッと細くてどことなく冷たそうな整った顔立ちで、実際、赤の他人にはすごく冷徹なんだけど、見た目で想像するようなヘビースモーカーだったりカフェイン中毒って事はない。
タバコも珈琲も全くなしって訳じゃないけど程々くらいだ。

ただ、何かっていうと甘いものを口に入れていたし、おうちに泊めてもらった時も大ぶりの菓子パンとかお菓子とかペロッと食べてるのは見たから、どっちかというと糖分中毒なのかもしれない。
その割に太らないし、病気って訳でもなさそうなのがすごいけど。

「…………、いっとくがハル、糖分補給は脳にとって大事なんだぞ」

「うん」

「餡子はたんぱく質も多いからちょうどいいんだ」

「うん。 ……あ、関さん、アレかも。ウナギ屋さん」

歩いている間中、関さんの言い訳がずっと続きそうだったので、俺は見つけたウナギ屋さんにそそくさと足を速めた。










「……それで、こうなったわけですか」

そうして意気揚々と帰り着いた家の居間で、俺はちゃぶ台を挟んでキヨくんと向かい合っていた。
ちゃぶ台の上には、俺達がついつい買いすぎた甘太郎焼のたっぷり入った袋とリンちゃんの分を除いたウナギ弁当が並んでいる。
関さんは家に着くなり限界になったらしく、「夕飯まで寝る」と呟いて挨拶する間もなく早々に客間に篭った。

キヨくんはリンちゃんから伝言を聞いて、夕飯作りは取りやめて家の片づけに手をかけてくれていたらしい。
おかげで俺が家を出た時よりもすごくキレイになっていて、関さんにとっても良かったと思う。

「うん、余ったら冷凍できるし、と思って。リンちゃんの言ってたウナギ屋さんすごかったよ、なんかお店の前でウナギ捌いてくれてて、新鮮!できたて!焼きたて!って感じだった」

「迫力は凄そうですねー……。あ、食べてきてるんでしたっけ?」

「ううん、食べてないよ。だからすごく楽しみにしてるんだ」

リンちゃんがすごく喜色満面で2つも持って帰ったし。
美味しいものに関しては、リンちゃんの嗅覚は絶対外れないからものすごく美味しいのは間違いないと思う。
ちなみにリンちゃんは、甘太郎焼きも結構な数持って帰っている。

「あの関さんってヒトは、なんか苦手な食べ物とかあります?」

とりあえず、と甘太郎の入った袋をちゃぶ台から取り上げたキヨくんは、どうもそのまま台所に行くみたいだ。
特に用事もないけどなんとなく、俺もキヨくんの後をついて歩く。

「あんまり変な食材じゃなければ食べられそうだったよ。中国でも日本でも、関さんが嫌いって残したの見たことないから」

「じゃあ、問題ないですかね。弁当だけだと野菜分が足りないんで、なんかちょっと付けます」

「……え、キヨくんも今日はゆっくりしてくれていいのに……」

俺が思わずそういうと、キヨくんがくるっと冷蔵庫前から振り返って、厳しく俺を見た。

「そう言って、何とか野菜食わずに回避しようとしたってダメですよ。 センセはご飯作れないですし、関さん連れて好きな飲み屋渡り歩く気だったでしょう」

「……え、俺、キヨくんに言ってたっけ?」

「何にも聞いてないですけど、いつものセンセの行動パターン考えたらそうなるでしょうよ。ってか、俺言ったじゃないですか。外で酒飲むの止めてくださいって」

楽しくおいしくご飯食べながらお酒も飲もうと思ってたのがキヨくんにバレてしゅんとした俺を放置で、キヨくんは袋の中のおやつを一個ずつラップに包んで冷凍庫へ片付けている。

「分かってないようですから、この際言っておきますけど、ハジメさんってすごく酒に弱いんですよ。外で限界超えて飲むとまでは思ってませんけど、潰れたら誰にも運んでもらえないって事は肝に銘じといてください。 あの関さんってヒトだってセンセを運べそうながっちりしたヒトじゃないですし」

「うん……ハイ、ごめんなさい」

そう言えば、キヨくんがいつだか俺のせいで眠れなかったって言ってた時も、缶ビールで気持ち良くなっちゃった自覚はある。あの時は結構苦労して色々着替えさせてくれたりした痕跡もあって、今更にちゃんと反省した。

「じゃあ、飲み行く時は必ずリンさんか誰かと一緒に行ってくださいね。飲み屋さんでメシ食うなとは言わないんで」

「はーい」

次の研究発表会の後、関さんにもリンちゃん連れてきてほしいって言われてるし、ちょうどいいかな。
そう言えば、いつも日本に来るときはスーツ以外は手荷物ほとんどないような関さんなのに、今回はすごく多かった。もしかして結構長めに日本にいるつもりなのかな。
どれくらい居るつもりなのか聞いてないのを今更に思い出したから、夕飯の時にでも聞いてみよう。

でも、もうしばらくはキヨくんの夕飯を作る後ろ姿を見ていたい。
俺がキヨくんに好意があるっていうのもあるんだろうけど、やっぱり自分のために一生懸命何か作ってくれるところって、とても心があったかくなると思う。
そう思った俺が、台所のいつもの椅子に座ろうとしたところで、振り返ったキヨくんと目が合った。

「あ、サボる気ですね。そこでボンヤリするつもりなら、先に風呂の支度してきてほしいんですけど。お客さん、先に風呂入って貰った方がいいと思うんで」

「…………なんか最近のキヨくん、リンちゃんにちょっと似てきたかも……」

俺が思わずつぶやいたら、キヨくんがニヤリと笑った。

「……ええ。センセが中国から帰ってきた時も言いましたけど、俺はリンさんのどんな時でも強いところ、リスペクトしてるんで」

「あんまり見習わなくていいよ……」

キヨくんまであんなに強くなっちゃったら、俺は悲しい。
とぼとぼと台所を出たところで、目をいつも以上に見開いた関さんと廊下で会った、というか出て一歩目で危うくぶつかりそうになった。

「……あ、関さん、起こしちゃった?時間になったら起こすから、まだ寝ててい」

「……おい、ハル、誰だあの男! 今、リンの事敬愛してるとか言わなかったか? 俺のリスニング間違ってるか?」

いつになく据わった目で俺の肩を掴んでブンブンゆする関さんに、状況が飲み込めなくて、俺は暫くその場で途方にくれた。
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