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閑話 菜虫 蝶になる
1 ※咲子視点
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真っ白なレースの襟に、肌触り滑らかなベルベットのベイビーブルーのワンピース。
パニエはふわふわふっくらと、皺もヨレもないように。
ワンピースと同色の首のリボンはふんわりと、左右崩れなく丁寧に結ぶ。
今日は白黒縞のストッキングと、ツヤツヤした黒いエナメルの靴先の丸いヒールを選んだ。
最後に唇にうっすら淡いピンクの色付きのリップクリームを乗せる。
リンちゃんが言ってた通り、「若いからファンデは要らないけどリップはいる」のだ。
毛先をクルンと巻いて、白いレースのリボンでハーフアップにしたら、招待状を持って出かけよう。
おにいとセンセが主催するお茶会へ。
小さい頃からお姫様が好きだった。
ほとんどの女の子が一度は通る道、おとぎ話のお姫様は今でも大好きだし、小学校の頃は、母さんにおねだりしてお姫様の格好で遊園地に連れて行ってもらった事もある。
だからあたしが初めてロリィタ服を見つけた時にどれだけ喜んだかはよく分かって貰えると思う。
ただし、幼いあたしには手が届かないほど一枚一枚が高価だったし、ウチにはそういうのがポンポン買えるほどの余裕はなかった。
母さんはあたしとお兄を育てるために身を粉にして働いてたし、おにいは母さんを助けつつあたしと自分の面倒を見るので必死だった。ほとんど自分の事なんか顧みる余裕なんかないくらいに。
母さんとおにいに少しずつ余裕が出てきたのは、あたしたちがセンセのとこに預けられてからだと思う。
経済的にも落ち着いて、母さんが息が付ける様になって、おにいもセンセに甘えられるようになってきて、家が落ち着いてきたなってあたしでも分かるようになったのが、小学校の高学年の頃くらいだった。
その頃から、自分で自分の服を買いに行けるようになったから、あたしはもちろん、喜び勇んで憧れの服を見に行った。
もちろん買えはしなかったけど、白い繊細なレースやふんだんに入ったフリル、淡い色合いやこっくりした深い色、色んなカワイイ柄がプリントされたキレイなドレスを近くで眺めることくらいはできる。
そういう服は高すぎて買えなかったけど、フリルやレースのついたリボンや、本物そっくりのガラスや金属でできたアクセサリーなんかは探せば安く手に入ったし、あたしの手の届く範囲でも素材に目を瞑れば同じような可愛いワンピースは見つかった。
パニエさえあれば、割と普通のワンピースでも可愛くなることを発見してからは、学校以外はこういう服で過ごしている。
おにいもセンセもあんまり服には興味ないし、女の子の服だ、くらいしか思ってなさそうだけど。
リンちゃんにだけはこっそり相談したりして、色々情報交換できるから嬉しい。
だから、今日のお茶会もすごく楽しみだ。
センセの薬局の表の入口は今日はきちんと閉まっていた。
この前来たときみたいに裏口に回ってみると、玄関の引き戸に一枚、薄いブルーの紙が貼ってあって、センセの字で『招待状をお持ちの方は呼び鈴を押して下さい』ってキレイに書いてある。
なんとなくアリスのお茶会のイメージで服を選んできたから、無人の張り紙なんて、本当のお話の最初の方にある「eat me」みたいで笑っちゃった。
本物のお菓子や飲み物が置いてあったりしたら余計にそれっぽかったけど、ここまでは誰でも入れちゃうからソレだと危ないって思ったんだろうな。
ワクワクしながら呼び鈴を押すと、いつもだったらバタバタ音がしてセンセが出て来るのに、今日はかすかに靴音がして静かにカラカラと扉が開いた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。 招待状を拝見します」
「…………わ、すっごい、おにいコーデだね、センセ!」
こっくりした暗くて深い赤のネクタイに黒っぽい灰色のスーツ姿のセンセが、開口一番のあたしの声に困ったように眉を下げている。すごい、センセなのに、ちゃんと胸ポケットに白いハンカチーフまで入ってる。
いつもだったら起きたまんまでフワフワあちこち跳ねて飛び出てるような薄茶色の三つ編みも、今日はふわふわなりにちゃんと結われて、センセの右肩に流されていた。
こういうの、センセ一人だったら絶対しないし、出来ないもん。
「やっぱり、俺達は別に頑張らないで良かったかな? いらっしゃい、咲子ちゃん。可愛くしてきたねえ。 じゃあ、招待状預かるね」
「ううん、センセの服すごくいいよ!楽しくなっちゃった! はい、招待状です、どうぞ」
「はい、確かに。 もう一人、お客様がお待ちですよ」
ちょっとだけメガネを持ち上げてサッと招待状に目を通すふりをしたセンセは、さっきのお芝居を続けてくれるらしい。大きい手をあたしに差し出して、居間までエスコートしてくれた。
「え、ホントに全部変わってる!こんなのできるんだ……」
「一応、キヨくんだけじゃなく俺も協力したからね。 ……はい、お嬢様、こちらです。どうぞお座りください」
どこから用意したのかわかんないけど、いつもだったら畳の、センセの私物でごちゃっとしてる和室なのに、今日は壁全部に森の中みたいな絵の入った大きな布がかかっていて、下には白っぽい色のふわふわした毛足の絨毯が敷かれている。
部屋の真ん中には真っ白いレースのテーブルクロスのかかった大きな丸いテーブルがあった。
椅子が4つあって、その一番手前の席をセンセがそっと引いてくれる。
向かいには、黒と赤のフワフワのフリル袖のあるドレスを着たリンちゃんが座っていて、優雅にお茶を飲んでいた。
「ごきげんよう、咲子ちゃん」
「ご、ごきげんよう……?」
ニコッと笑うリンちゃんがいつになく大人の女性で、ドキドキしながら挨拶して席に座ったら、ニヤッといつもみたいにリンちゃんが笑ってくれた。
「冗談だから、そんな緊張しないで。 ハジメくん、咲子ちゃんにもお茶。さっきキヨくんが淹れてくれた分あるでしょ」
「言わなくたって今やってるってば……はい、どうぞ、咲子ちゃん。こっちはおしぼり。お茶熱いから気を付けてね」
銀色のトレーに入ったおしぼりで手を拭いていると、センセが目の前に静かに置いてくれたティーセットは、レースみたいな白地に青の模様が入っていて、すごくすごく可愛かった。
両手で大事に持って一口飲んだ紅茶は、果物とお花のようないい香りがして、美味しい。
「……え、なんだろ、これ……。夢かな……夢かも……」
「待って、夢にしないで咲子ちゃん、お兄ちゃんもちゃんと居るからね。 キヨくん、咲子ちゃん着いたよー」
あたしがぼんやり呟いたとたん、センセが慌てたように急いで、台所におにいを呼びに行く。
それがちょっとおかしくてクスクス笑っていたら、リンちゃんが食べていた小さなクッキーをあたしにもお皿に取り分けてくれた。
「リンちゃん、今日ちょっとおかしくない?おにいとセンセ、気合入り過ぎだと思う」
「……まあ、理由があるのよ。とりあえず、お茶だけだと胃に良くないから、お兄ちゃんがメイン持ってくるまで摘まんでてね。 ……この前言ってた、新しい学校に行く予定の同じ趣味のお友達とは、ちゃんと連絡とれた?」
「うん……、なんだかしばらく試験で忙しかったみたい。2学期の成績があんまりだったから、一回スマホ取り上げられちゃってたんだって。全然連絡つかなかったから心配してたけど、この前一気にたくさんメール送ってくれた」
「……あらら……、今時でもそういう親御さんいるんだね。まあ、だからこそ親元から離れて寮に入りたいのかもしれないけど。 ……入学式はエミさんと行くの?」
「うん、母さん、今回は休んでくれるって!おにいも来たがってるけど、おにいはおにいで3年生に上がるから無理じゃないかなあ……」
クッキーを一枚とって口に入れながらリンちゃんと話していたら、なんか大きい荷物を片手に、早足なのにすごい安定感でおにいが入ってきた。
よく見たら、おにいが持ってきたのは、金の枠にティーセットとおそろいのお皿が乗った3段のケーキスタンドで、両手で丁寧にテーブルの真ん中に乗せてくれてから、あたしの声に被せるみたいにして続ける。
「お帰りなさいませ、お嬢様。 ……別に一日くらいは休めるし、その日のうちに俺だけ帰ってくれば出来なくないぞ」
「……え、おにいも執事になってる!どしたの、その服」
いっつも、美容院で切ったままの頭を左の分け目で軽く流す、位しか髪のセットしてないおにいがオールバックになってる!しかもなんか執事服着てる!いっつもジャージかTシャツにジーンズとかなのに!
うわあ、って顔で見るあたしをおにいが胡乱な顔で見返した。
「やっすいコスプレ服だよ。とりあえず形だけでもなんとかなってた方が、咲子も楽しいだろ」
「うん、すっごく楽しい! けど、おにいも入学式来るのは無理じゃない?日付一緒なのに……母さんだってサボったら怒るよ」
そう言ったら、途端に渋い顔して黙ったけど。
センセがあとから持って来てくれたピンクの花柄のお皿に、スタンドから小さな銀色のトングでオシャレに取り分けてくれたおにいは、リンちゃんの分も同じようにしてそれぞれの前に置く。
「それではホワイトデーのお茶会をごゆっくりお楽しみください。食い物は全部センセのおごりです。……あ、一番下のラズベリージャムケーキだけ俺が焼きました」
「へえ、キヨくん作入ってるんだ、残ったら貰って帰ろ」
「……え、オヤツに貰おうと思ってたのに……」
リンちゃんの声にセンセの悲しそうな声が重なって、思わず笑っちゃった。
それですっかり緊張が解けて、はしゃぎながら小さな一口のご馳走をたくさん食べて、いっぱい話して、すごく寂しかった気持ちが一気に吹っ飛んだみたいになる。
久しぶりに食べたおにいのケーキは、甘酸っぱくてちょっと涙が出るような懐かしい味がした。
パニエはふわふわふっくらと、皺もヨレもないように。
ワンピースと同色の首のリボンはふんわりと、左右崩れなく丁寧に結ぶ。
今日は白黒縞のストッキングと、ツヤツヤした黒いエナメルの靴先の丸いヒールを選んだ。
最後に唇にうっすら淡いピンクの色付きのリップクリームを乗せる。
リンちゃんが言ってた通り、「若いからファンデは要らないけどリップはいる」のだ。
毛先をクルンと巻いて、白いレースのリボンでハーフアップにしたら、招待状を持って出かけよう。
おにいとセンセが主催するお茶会へ。
小さい頃からお姫様が好きだった。
ほとんどの女の子が一度は通る道、おとぎ話のお姫様は今でも大好きだし、小学校の頃は、母さんにおねだりしてお姫様の格好で遊園地に連れて行ってもらった事もある。
だからあたしが初めてロリィタ服を見つけた時にどれだけ喜んだかはよく分かって貰えると思う。
ただし、幼いあたしには手が届かないほど一枚一枚が高価だったし、ウチにはそういうのがポンポン買えるほどの余裕はなかった。
母さんはあたしとお兄を育てるために身を粉にして働いてたし、おにいは母さんを助けつつあたしと自分の面倒を見るので必死だった。ほとんど自分の事なんか顧みる余裕なんかないくらいに。
母さんとおにいに少しずつ余裕が出てきたのは、あたしたちがセンセのとこに預けられてからだと思う。
経済的にも落ち着いて、母さんが息が付ける様になって、おにいもセンセに甘えられるようになってきて、家が落ち着いてきたなってあたしでも分かるようになったのが、小学校の高学年の頃くらいだった。
その頃から、自分で自分の服を買いに行けるようになったから、あたしはもちろん、喜び勇んで憧れの服を見に行った。
もちろん買えはしなかったけど、白い繊細なレースやふんだんに入ったフリル、淡い色合いやこっくりした深い色、色んなカワイイ柄がプリントされたキレイなドレスを近くで眺めることくらいはできる。
そういう服は高すぎて買えなかったけど、フリルやレースのついたリボンや、本物そっくりのガラスや金属でできたアクセサリーなんかは探せば安く手に入ったし、あたしの手の届く範囲でも素材に目を瞑れば同じような可愛いワンピースは見つかった。
パニエさえあれば、割と普通のワンピースでも可愛くなることを発見してからは、学校以外はこういう服で過ごしている。
おにいもセンセもあんまり服には興味ないし、女の子の服だ、くらいしか思ってなさそうだけど。
リンちゃんにだけはこっそり相談したりして、色々情報交換できるから嬉しい。
だから、今日のお茶会もすごく楽しみだ。
センセの薬局の表の入口は今日はきちんと閉まっていた。
この前来たときみたいに裏口に回ってみると、玄関の引き戸に一枚、薄いブルーの紙が貼ってあって、センセの字で『招待状をお持ちの方は呼び鈴を押して下さい』ってキレイに書いてある。
なんとなくアリスのお茶会のイメージで服を選んできたから、無人の張り紙なんて、本当のお話の最初の方にある「eat me」みたいで笑っちゃった。
本物のお菓子や飲み物が置いてあったりしたら余計にそれっぽかったけど、ここまでは誰でも入れちゃうからソレだと危ないって思ったんだろうな。
ワクワクしながら呼び鈴を押すと、いつもだったらバタバタ音がしてセンセが出て来るのに、今日はかすかに靴音がして静かにカラカラと扉が開いた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。 招待状を拝見します」
「…………わ、すっごい、おにいコーデだね、センセ!」
こっくりした暗くて深い赤のネクタイに黒っぽい灰色のスーツ姿のセンセが、開口一番のあたしの声に困ったように眉を下げている。すごい、センセなのに、ちゃんと胸ポケットに白いハンカチーフまで入ってる。
いつもだったら起きたまんまでフワフワあちこち跳ねて飛び出てるような薄茶色の三つ編みも、今日はふわふわなりにちゃんと結われて、センセの右肩に流されていた。
こういうの、センセ一人だったら絶対しないし、出来ないもん。
「やっぱり、俺達は別に頑張らないで良かったかな? いらっしゃい、咲子ちゃん。可愛くしてきたねえ。 じゃあ、招待状預かるね」
「ううん、センセの服すごくいいよ!楽しくなっちゃった! はい、招待状です、どうぞ」
「はい、確かに。 もう一人、お客様がお待ちですよ」
ちょっとだけメガネを持ち上げてサッと招待状に目を通すふりをしたセンセは、さっきのお芝居を続けてくれるらしい。大きい手をあたしに差し出して、居間までエスコートしてくれた。
「え、ホントに全部変わってる!こんなのできるんだ……」
「一応、キヨくんだけじゃなく俺も協力したからね。 ……はい、お嬢様、こちらです。どうぞお座りください」
どこから用意したのかわかんないけど、いつもだったら畳の、センセの私物でごちゃっとしてる和室なのに、今日は壁全部に森の中みたいな絵の入った大きな布がかかっていて、下には白っぽい色のふわふわした毛足の絨毯が敷かれている。
部屋の真ん中には真っ白いレースのテーブルクロスのかかった大きな丸いテーブルがあった。
椅子が4つあって、その一番手前の席をセンセがそっと引いてくれる。
向かいには、黒と赤のフワフワのフリル袖のあるドレスを着たリンちゃんが座っていて、優雅にお茶を飲んでいた。
「ごきげんよう、咲子ちゃん」
「ご、ごきげんよう……?」
ニコッと笑うリンちゃんがいつになく大人の女性で、ドキドキしながら挨拶して席に座ったら、ニヤッといつもみたいにリンちゃんが笑ってくれた。
「冗談だから、そんな緊張しないで。 ハジメくん、咲子ちゃんにもお茶。さっきキヨくんが淹れてくれた分あるでしょ」
「言わなくたって今やってるってば……はい、どうぞ、咲子ちゃん。こっちはおしぼり。お茶熱いから気を付けてね」
銀色のトレーに入ったおしぼりで手を拭いていると、センセが目の前に静かに置いてくれたティーセットは、レースみたいな白地に青の模様が入っていて、すごくすごく可愛かった。
両手で大事に持って一口飲んだ紅茶は、果物とお花のようないい香りがして、美味しい。
「……え、なんだろ、これ……。夢かな……夢かも……」
「待って、夢にしないで咲子ちゃん、お兄ちゃんもちゃんと居るからね。 キヨくん、咲子ちゃん着いたよー」
あたしがぼんやり呟いたとたん、センセが慌てたように急いで、台所におにいを呼びに行く。
それがちょっとおかしくてクスクス笑っていたら、リンちゃんが食べていた小さなクッキーをあたしにもお皿に取り分けてくれた。
「リンちゃん、今日ちょっとおかしくない?おにいとセンセ、気合入り過ぎだと思う」
「……まあ、理由があるのよ。とりあえず、お茶だけだと胃に良くないから、お兄ちゃんがメイン持ってくるまで摘まんでてね。 ……この前言ってた、新しい学校に行く予定の同じ趣味のお友達とは、ちゃんと連絡とれた?」
「うん……、なんだかしばらく試験で忙しかったみたい。2学期の成績があんまりだったから、一回スマホ取り上げられちゃってたんだって。全然連絡つかなかったから心配してたけど、この前一気にたくさんメール送ってくれた」
「……あらら……、今時でもそういう親御さんいるんだね。まあ、だからこそ親元から離れて寮に入りたいのかもしれないけど。 ……入学式はエミさんと行くの?」
「うん、母さん、今回は休んでくれるって!おにいも来たがってるけど、おにいはおにいで3年生に上がるから無理じゃないかなあ……」
クッキーを一枚とって口に入れながらリンちゃんと話していたら、なんか大きい荷物を片手に、早足なのにすごい安定感でおにいが入ってきた。
よく見たら、おにいが持ってきたのは、金の枠にティーセットとおそろいのお皿が乗った3段のケーキスタンドで、両手で丁寧にテーブルの真ん中に乗せてくれてから、あたしの声に被せるみたいにして続ける。
「お帰りなさいませ、お嬢様。 ……別に一日くらいは休めるし、その日のうちに俺だけ帰ってくれば出来なくないぞ」
「……え、おにいも執事になってる!どしたの、その服」
いっつも、美容院で切ったままの頭を左の分け目で軽く流す、位しか髪のセットしてないおにいがオールバックになってる!しかもなんか執事服着てる!いっつもジャージかTシャツにジーンズとかなのに!
うわあ、って顔で見るあたしをおにいが胡乱な顔で見返した。
「やっすいコスプレ服だよ。とりあえず形だけでもなんとかなってた方が、咲子も楽しいだろ」
「うん、すっごく楽しい! けど、おにいも入学式来るのは無理じゃない?日付一緒なのに……母さんだってサボったら怒るよ」
そう言ったら、途端に渋い顔して黙ったけど。
センセがあとから持って来てくれたピンクの花柄のお皿に、スタンドから小さな銀色のトングでオシャレに取り分けてくれたおにいは、リンちゃんの分も同じようにしてそれぞれの前に置く。
「それではホワイトデーのお茶会をごゆっくりお楽しみください。食い物は全部センセのおごりです。……あ、一番下のラズベリージャムケーキだけ俺が焼きました」
「へえ、キヨくん作入ってるんだ、残ったら貰って帰ろ」
「……え、オヤツに貰おうと思ってたのに……」
リンちゃんの声にセンセの悲しそうな声が重なって、思わず笑っちゃった。
それですっかり緊張が解けて、はしゃぎながら小さな一口のご馳走をたくさん食べて、いっぱい話して、すごく寂しかった気持ちが一気に吹っ飛んだみたいになる。
久しぶりに食べたおにいのケーキは、甘酸っぱくてちょっと涙が出るような懐かしい味がした。
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