漢方薬局「泡影堂」調剤録

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沢水 凍りつめる

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センセと荷物のいるいらないで揉めているうちに、あっという間の週末だ。
とりあえず、防寒着をギュウギュウに詰め込んだリュックを一つ増やすことには成功した俺は、センセの見送りもかねて昨日から泊まり込んでいる。
タクシーの手配も済んで、忘れ物がないかチェックしながら、ずっと気になっていたことをなにげなく聞いてみる。

「あっちって雪大丈夫なんですかね」

「うーん、1月はたぶん大丈夫じゃないかなあ。 一応向こうの知り合いに仲介お願いしてるんだけど、あっちは寒過ぎちゃって雪が降ると春になるっていうみたい。 本格的に真冬の時は降らないみたいなんだよね」

「……え、そんなくっそ寒いトコにこんな軽装で行こうとしてたんです?」

思わず、センセが着ている服を二度見した。
ちなみにセンセが今着てるのは俺が貰ったのと同じ、軽くてあったかい毛織のコートと普通のウールのセーターとジーンズだ。動きやすいようにって履いてる靴も普通のスニーカーだし、防寒なんかほぼ考えてないって言っていい。
一応ダウンジャケットとセーターは何枚も詰め込んでおいたけど、コレもっとスキー服みたいな本格的な防寒着いる地域じゃないのか。
思わず、玄関から踵を返してセンセの部屋に防寒着取りに行こうとする俺の手を慌てて掴んで、センセが止める。

「大丈夫、キヨくん、大丈夫だから。詰めてもらったので十分足りるから」

「……違います、使い捨てカイロ取ってこようと思って」

「大丈夫、足りなければ空港のコンビニで買えるから! 一応キヨくんが10枚入りのを5袋くらい詰めてくれてあるじゃない」

「……50枚で足りますかね……」

「ずうっと外にいるわけじゃないから、大丈夫だよ。 ……キヨくんの気持ちはすごく有難いんだけど、持って行ける荷物の重さ制限もあるからね」

落ち着いて、と背中から抱き留められて、俺も我に返って力を抜いた。
ふんわりと柔らかいコート越しの温みと、肩にかかるセンセの重みと、どこかあったかいような甘い匂いがする。
ふわふわしたセンセの髪が頬に当たってちょっとくすぐったい。
ぬくぬくとセンセにずっと捕まっていたかったけど、この拍子に渡すものがあったことを思い出した。

「……あ、そだ、センセ、ちょっといいですか」

「……うん、ゴメン、強めに捕まえちゃった」

我に返ったのはセンセも同じだったらしく、もそもそと腕が解かれる。

「ソレは大丈夫なんですけど、……ちょっと待っててもらえます? タクシーまだ大丈夫ですよね」

「……たぶん?」

なんでちょっと自信なさそうなんだ。
まあいつもだけど。

とりあえず、センセにはそのまま待っててもらって、急いで居間に用意してあったものを取りに行く。
カバンから無造作に羽織っていたカーディガンのポッケに突っ込むと、急いでセンセの所に戻った。
こうしてみるとちゃんとしてるセンセは、物柔らかで優しそうなシッカリした大人に見える。
……見えるだけで、実際はふわふわでやわやわな大人だけれども。

「ハイ、これ。 俺、あんまり正月以外はこういうトコ行かないんですけど、センセが慣れないトコに行くっていうんで貰ってきました。 まあ、ないよりはあった方がいいと思うんで」

そう言って差し出したのは、トランプのカードくらいのサイズのちょっと大きめのお守りだ。
白い守り袋に丈夫そうな長めの黒い革ひもをつけて、首にかけられるようにしてある。
貰ってきたお守りは、道案内で有名な猿田彦神社の由緒正しい交通安全守りだが、それ以外にも万が一用にいくつか詰めて、俺が作った守り袋に入れた特製だ。

「あ、うん……ありがとう、キヨくん。 大事にするね」

そっと手に取ったセンセが、なんだかうれしそうな顔で守り袋を眺めるのがちょっと照れくさい。

「お守りって開けると神さん逃げてくらしいんで、開けないでくださいね、緊急時以外」

「……あ、うん。 緊急時?」

「……開けないでくださいね」

「はぁい」

さっそく守り袋の紐に手を掛けようとするセンセに笑顔で釘をさす。
渋々返事をしたセンセがチラッと笑うと、実際に革ひもでお守りを身に着けて見せてくれた。

「……うん、これくらいなら目立たないし、そんな気にならないかも」

「それなら良かったです。 ……センセ」

いうなり、ちょっと背伸びしてセンセの背を屈ませる。
いつもだったら胸にまっすぐ埋まりに行く形になるが、今日はセンセの肩口で、一度だけギュっとしっかり抱きしめる。
俺より大きくてあったかいその背をポンポンと優しく撫でた。

「……ちゃんと無事に帰ってきてくださいよ」

「うん。 ちゃんと帰ってくるよ」

「……無事に、です。 怪我なく帰ってきてください。あとスマホの連絡も忘れないでくださいね。最低、一日一回」

「わかった、頑張るね」

言い聞かせるように、もう一度ポンと撫でてそれで解放してあげよう。
名残惜しいけどどうにか放した後のセンセは、この前みたいなどこか寂しそうな笑顔じゃなく、ちゃんとふわふわいつもみたいに笑っていたから俺も安心して笑う。

やっぱり好きなヒトには、センセには、心の底からふわふわ安心したみたいな笑顔でいてほしい。
特にこういう旅立ちの時には。

センセが乗ったタクシーの後姿が視界から完全に消えるまで、俺はジッと見送った。
ちっちゃい頃、でかけるセンセの見送りをした時もこうして完全に見えなくなるまで見ていた気がする。
たぶん、俺なりの願掛けだ。



無事に帰ってきますように、いなくなりませんように、って。








こうして、センセは無事、雲上のヒトになった。
着いたらちゃんと連絡するようには伝えてあるから、向こうの空港でまた連絡くれるはずだ。
ちゃんとわかってるし、出発時刻も大体の到着時刻も聞いてあるのに、どうしても気になってちらちらスマホのはいってるカバンを見てしまう。

今日はあの後そのまま登校してきたから眠さもあるはずなのに、授業が終わってもいつもみたいに机で仮眠とる気になれない。
……一応校則でガッコでスマホ見るのは禁止されてるけど、チラッと電源入れてさっと確認するくらいならばれないだろうか。

「……藤谷、…………」

「…………、なんだよ」

昼過ぎの授業を終えて、ずっともぞもぞしていた俺がカバンに手を伸ばしたあたりで、斜め後ろのハヤシから声がかかった。
一瞬舌打ちしそうになったが、渋々と後ろを振り返る。

そう言えば、コイツも一日であっという間に風邪治ったらしい。
なぜかその後、モモと同時にガッコ来るようになったけど、それくらい上手くいったんだろうか。
振り返るとちょうどモモが席を外していて、ハヤシ的には声が掛けやすいタイミングだったんだろう。

「…………悪い、なんか邪魔した気がする」

「まあ、大したことじゃねーから。 ……で?」

「……あ、いや、モモに見舞い来るように言ったの、藤谷だって聞いたから……ありがとうな」

「俺は特に言ってねーけど、モモが自分で行きたいって言ってただけで」

「……まあ、うん。そうかもしれないけど、とりあえず礼言われといてくれ」

答えると、ハヤシが気が抜けたように笑って、邪魔して悪かった、と続けた。

……まあ、よくわかんねーけど、何とかなったってなら気を回した甲斐があるかな。
あとのことは本人次第だ。


結局タイミングを逃した俺は、ガッコが終わってハジメさんからちゃんと「空港着いた」の連絡がくるまで、スマホの画面を気にする羽目になった。
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