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穀物 すなわち実る ②
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去年より今年のクラス展示は飲食屋台が多いらしい。
去年はポツポツだったオレンジ色の屋台が、今年は校庭にずらっと並んでいる。
その屋台の一つで焼きそばを焼きながら、俺はまだ来ない交代の屋台当番を待っていた。
売り子はもう一人のクラスメイトがやってくれていて、こっちは調理に専念できるのがありがたい。
金属ヘラで麵を炒めながら、開けてある方の鉄板で追加の野菜と肉を焼く。
ジュワっと立つソースの音と匂いでヒトを呼ぶのが焼きそばの真骨頂なので、入れるソースはちょっとだけ多めだ。
「……ソノの代わりってお前かよ、航太がくるかと思ったわ」
なんとなくモモとセットのイメージが強いハヤシが、いつのまにか俺の後ろにエプロン付けて立っていた。
代理で来てくれてるから有難いんだが、俺も次の予定が迫っているから返事がかなり雑になる。
「俺も、お前がいるとは思わなかった。……焼くだけで大丈夫か?」
「うん、しばらくはサカイが売り子してくれるし、そっちもそろそろ交代来ると思う。……ゴメン、俺そろそろ時間だから抜けるわ。サカイ、有難うな、ハヤシもあとよろしく」
「了解。材料はこっちの袋か?」
「うん。一応あるだけ材料切ってあるから、暫くは持つと思う。割りばしとパックは……あるな、よし。……しかし、お前も調理できるんだなあ。 家でやってんの?」
「いや、去年ソノのキャンプで習った。 ……油どこにある?」
「お前の握ってる金属へらの右隣。じゃあ、後わかんないことはサカイに聞いてな。サカイ、マジで有難う、お前も交代来たら休憩ガッツリとれよ。じゃあな」
「藤谷もな、おつかれ~」
軽く二人に手を振って、大慌てで屋台を抜ける。
今日はハジメさんがくるからと思って、午後当番を午前当番に交代しておいたのまでは良かったが、思ったより時間ぎりぎりになった、ヤバい。
エプロン、マスクに手袋、三角巾の給食係フルセットを屋台の裏で脱ぎながら、ズボンのポケから今日だけは自由に携帯できるスマホ引っ張り出して確認する。
「……やっべ、もう着いてる! ……センセ、正門って言って分かるかな……」
正門って言って裏門で待ってそうなんだよな、センセだから……。
9月とはいえ、今日は日差しもあるし気温も結構高い。
ハジメさんはあんまり日に強くないから、外で待たせたくはない天気だ。
制服についたソースの匂いを気にしながら、とりあえず正門に向けて全速力で駆けだした。
「キヨくーん、こっちこっち!」
校門外の人の流れから外れたところで、ヨソイキのハジメさんが手を振っている。
待っていたのは、案の定、正門ではなく裏門で、探し回った俺は予定外に汗まみれだ。
せっかく久々にちゃんとカッコいいハジメさんと一緒に回るから、俺もちょっとくらいは格好つけたかったんだが。
「……センセ、さっき正門にいるって書いてませんでした?」
「うん、だから正門…………もしかして、こっちって裏門?」
「はい」
「ご、ごめん……こっちもちゃんとした門構えだから間違えちゃった……。もしかして、すごい探してくれた?」
「……はい」
「わー、ごめん! 大丈夫? ちょっと休む?」
「まあ、ハジメさんならこうなるだろうって思ってたんで、大丈夫ですよ。センセも大分待ったでしょう、……肌大丈夫です?」
「うん、なんとかね。ジャケットも来てるし。 ……これ、中にはどこから入るの?」
「ああ、こっちです」
正門ほどじゃないとはいえ、こっちも結構な人混みだ。センセは目立つからはぐれることもなさそうだけど、なんとなくそのゴツイ左手を引いて、ずいずい昇降口へと抜ける。
ハジメさんの乾いた手のひらを俺の汗で湿った手で握るのは申し訳なさもあったけど、センセは気にせず繋いでくれていた。
「なんか、こういう校舎裏みたいなとこ通るの楽しいね。舞台裏、みたいな感じで」
「センセは大学が最後でしたっけ、学校って。……懐かしいです?」
「うん、すっごく。 でも、やっぱり高校の時の記憶思い出すなあ。こういう駐輪場って雑に自転車停めるから、奥の方取れなくなったりするんだよね……キヨくんはそういうの、ない?」
「俺は最近までギリギリアウトで通学してたんで……」
「あ、そうだね……頑張ってたね、キヨくん」
「……あ、今はハグはやめてください、センセ。ガッコなんで。回りヒトいるんで」
そうでなくても、センセと繋いだ手の感触だけでも俺にとったら結構ヤバい。
心臓の鼓動が早いのが自分で分かる。
どうにか正面の昇降口まで抜け出して、ソロっとセンセの手を離そうとしたら、思ったより強く握られていて、思わずセンセの顔を見上げる。
「センセ?」
「……あ、ごめん、何でもないよ」
なんでもない割には寂しげに笑うのをやめてほしい。
本当に、俺の恋がかなう恋だったらよかったのに。
そうしたら、今この瞬間で抱きしめて、そんなに何を憂いているか聞き出せるのに。
そうするには、あまりに俺は子供で、ハジメさんは大人で、とても返しきれない恩があって、こんな行事に来てもらうくらいには血が近くて、情けないくらいに意識なんかされてなかった。
だから、俺は抱き締める代わりにセンセの背中を一つ叩いて、にやりと笑う。
「せっかく来たんだから、いきなりションボリしないでくださいよ。俺が頑張ってカッコつけさせた意味、ないじゃないですか」
「……え、ちょっと待って、キヨくんの中の普段の俺、そんなひどいの?」
「はい。あの格好でガッコ来られたら他人の振りするレベルです」
「……そこまで!?」
「はい、ショック受けてないで行きますよー。後ろがつっかえるんで」
来客用のスリッパを上り口に出して、先に行かせたハジメさんの背中を見る。
本当はいつもの着崩れた白衣の方がよく似合うし、ハジメさんの自分でやる所々後れ毛のあるユルユルの三つ編みも本当は可愛い。
あの趣味の悪いチンピラみたいなアロハはちょっとどうかと思うけど、それだって見慣れた俺からすれば本当は似合っていた。
でも、あのハジメさんは俺達だけのハジメさんだから。
こういうきちんとした格好のハジメさんは、ちょっと威圧感が出るけど、今日はそっちの方がきっといい。
叶うことはなくたって、ライバルは少ない方がいいからな。
その無防備な広い背中をもう一度眺めて、俺はセンセがオロオロしないうちに足を速めて追いついた。
去年はポツポツだったオレンジ色の屋台が、今年は校庭にずらっと並んでいる。
その屋台の一つで焼きそばを焼きながら、俺はまだ来ない交代の屋台当番を待っていた。
売り子はもう一人のクラスメイトがやってくれていて、こっちは調理に専念できるのがありがたい。
金属ヘラで麵を炒めながら、開けてある方の鉄板で追加の野菜と肉を焼く。
ジュワっと立つソースの音と匂いでヒトを呼ぶのが焼きそばの真骨頂なので、入れるソースはちょっとだけ多めだ。
「……ソノの代わりってお前かよ、航太がくるかと思ったわ」
なんとなくモモとセットのイメージが強いハヤシが、いつのまにか俺の後ろにエプロン付けて立っていた。
代理で来てくれてるから有難いんだが、俺も次の予定が迫っているから返事がかなり雑になる。
「俺も、お前がいるとは思わなかった。……焼くだけで大丈夫か?」
「うん、しばらくはサカイが売り子してくれるし、そっちもそろそろ交代来ると思う。……ゴメン、俺そろそろ時間だから抜けるわ。サカイ、有難うな、ハヤシもあとよろしく」
「了解。材料はこっちの袋か?」
「うん。一応あるだけ材料切ってあるから、暫くは持つと思う。割りばしとパックは……あるな、よし。……しかし、お前も調理できるんだなあ。 家でやってんの?」
「いや、去年ソノのキャンプで習った。 ……油どこにある?」
「お前の握ってる金属へらの右隣。じゃあ、後わかんないことはサカイに聞いてな。サカイ、マジで有難う、お前も交代来たら休憩ガッツリとれよ。じゃあな」
「藤谷もな、おつかれ~」
軽く二人に手を振って、大慌てで屋台を抜ける。
今日はハジメさんがくるからと思って、午後当番を午前当番に交代しておいたのまでは良かったが、思ったより時間ぎりぎりになった、ヤバい。
エプロン、マスクに手袋、三角巾の給食係フルセットを屋台の裏で脱ぎながら、ズボンのポケから今日だけは自由に携帯できるスマホ引っ張り出して確認する。
「……やっべ、もう着いてる! ……センセ、正門って言って分かるかな……」
正門って言って裏門で待ってそうなんだよな、センセだから……。
9月とはいえ、今日は日差しもあるし気温も結構高い。
ハジメさんはあんまり日に強くないから、外で待たせたくはない天気だ。
制服についたソースの匂いを気にしながら、とりあえず正門に向けて全速力で駆けだした。
「キヨくーん、こっちこっち!」
校門外の人の流れから外れたところで、ヨソイキのハジメさんが手を振っている。
待っていたのは、案の定、正門ではなく裏門で、探し回った俺は予定外に汗まみれだ。
せっかく久々にちゃんとカッコいいハジメさんと一緒に回るから、俺もちょっとくらいは格好つけたかったんだが。
「……センセ、さっき正門にいるって書いてませんでした?」
「うん、だから正門…………もしかして、こっちって裏門?」
「はい」
「ご、ごめん……こっちもちゃんとした門構えだから間違えちゃった……。もしかして、すごい探してくれた?」
「……はい」
「わー、ごめん! 大丈夫? ちょっと休む?」
「まあ、ハジメさんならこうなるだろうって思ってたんで、大丈夫ですよ。センセも大分待ったでしょう、……肌大丈夫です?」
「うん、なんとかね。ジャケットも来てるし。 ……これ、中にはどこから入るの?」
「ああ、こっちです」
正門ほどじゃないとはいえ、こっちも結構な人混みだ。センセは目立つからはぐれることもなさそうだけど、なんとなくそのゴツイ左手を引いて、ずいずい昇降口へと抜ける。
ハジメさんの乾いた手のひらを俺の汗で湿った手で握るのは申し訳なさもあったけど、センセは気にせず繋いでくれていた。
「なんか、こういう校舎裏みたいなとこ通るの楽しいね。舞台裏、みたいな感じで」
「センセは大学が最後でしたっけ、学校って。……懐かしいです?」
「うん、すっごく。 でも、やっぱり高校の時の記憶思い出すなあ。こういう駐輪場って雑に自転車停めるから、奥の方取れなくなったりするんだよね……キヨくんはそういうの、ない?」
「俺は最近までギリギリアウトで通学してたんで……」
「あ、そうだね……頑張ってたね、キヨくん」
「……あ、今はハグはやめてください、センセ。ガッコなんで。回りヒトいるんで」
そうでなくても、センセと繋いだ手の感触だけでも俺にとったら結構ヤバい。
心臓の鼓動が早いのが自分で分かる。
どうにか正面の昇降口まで抜け出して、ソロっとセンセの手を離そうとしたら、思ったより強く握られていて、思わずセンセの顔を見上げる。
「センセ?」
「……あ、ごめん、何でもないよ」
なんでもない割には寂しげに笑うのをやめてほしい。
本当に、俺の恋がかなう恋だったらよかったのに。
そうしたら、今この瞬間で抱きしめて、そんなに何を憂いているか聞き出せるのに。
そうするには、あまりに俺は子供で、ハジメさんは大人で、とても返しきれない恩があって、こんな行事に来てもらうくらいには血が近くて、情けないくらいに意識なんかされてなかった。
だから、俺は抱き締める代わりにセンセの背中を一つ叩いて、にやりと笑う。
「せっかく来たんだから、いきなりションボリしないでくださいよ。俺が頑張ってカッコつけさせた意味、ないじゃないですか」
「……え、ちょっと待って、キヨくんの中の普段の俺、そんなひどいの?」
「はい。あの格好でガッコ来られたら他人の振りするレベルです」
「……そこまで!?」
「はい、ショック受けてないで行きますよー。後ろがつっかえるんで」
来客用のスリッパを上り口に出して、先に行かせたハジメさんの背中を見る。
本当はいつもの着崩れた白衣の方がよく似合うし、ハジメさんの自分でやる所々後れ毛のあるユルユルの三つ編みも本当は可愛い。
あの趣味の悪いチンピラみたいなアロハはちょっとどうかと思うけど、それだって見慣れた俺からすれば本当は似合っていた。
でも、あのハジメさんは俺達だけのハジメさんだから。
こういうきちんとした格好のハジメさんは、ちょっと威圧感が出るけど、今日はそっちの方がきっといい。
叶うことはなくたって、ライバルは少ない方がいいからな。
その無防備な広い背中をもう一度眺めて、俺はセンセがオロオロしないうちに足を速めて追いついた。
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