漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋

文字の大きさ
上 下
27 / 111
穀物 すなわち実る

21 ※先生視点

しおりを挟む
キヨくんに連れられて辿り着いた別棟は、さっき見てきた本校舎よりもちょっとゆるくて普通の学校感があってホッとする。
科学室、とか物理研究室、とかの札が見えるので、こっちがいわゆる化学棟ってやつなんだろう。

「どこだって言ってたっけ? 地学?」

「あってますよ、地学で。 こっち……あれ、並んでるな」

「……あ、ホントだ、すごいねえ、大人気だ」


入口の白い鉄扉からずらっと続く教室の一番奥に地学の部屋があったみたいだけど、俺たちはまだそこまでたどり着いていない。
そのちょっと手前で椅子に座って並ぶ列があり、一番最後に「最後尾こちら」の札をもって暇そうに立つ生徒の姿があった。
こっちに気づいたとたん、朗らかに笑ってキヨくんに話しかけている。

「お、藤谷じゃん。どしたん、親戚の人に学校案内するって言ってなかった……でっかっ!」

「……センセ、この失礼なヤツが、俺が入らされた天文部の部員その2の東原。……で、たぶん本物の部員の御園は、中でプラネタリウムの解説やってると思うから、後で紹介します」

「……無視すんなー」

「まあまあ、キヨくん。……こんにちは、清文くんの友達かな? 親戚の桐院とういんといいます、よろしくね」

少し背をかがめて笑顔であいさつすると、

「こ、こんにちは」

小声で挨拶が返ってきて、看板ごとキヨくんの背中に隠れられてしまった。

「お前、何隠れてんだ、そういうキャラじゃないだろ」

「だって、大人の男の人と挨拶するなんてなかなかないから……キンチョ―するじゃん」

「はあ?」

あー、でっかいから萎縮しちゃったのかな……。
中学生くらいまでの男の子がよくする反応に、無意識にサマージャケットのポケットを漁ったけど、いつも着ている白衣じゃないから、こういう時用の飴は入ってなかった。

珍しくイラッとしているキヨくんの肩をポンポンと撫でて、改めて東原くんに話しかけてみる。

「そういえば、その看板に15分待ちますって書いてあるけど、時間で入れるようになってるのかな?」

「あ、うん!……じゃなかった、はい! もうそろそろ終わるはずなんで、そうしたら次の組を入れます……あ、終わった!」

中の方でも、人のざわめきと一緒にヒーリングミュージックみたいなのが止んで、夢から覚めた、みたいな顔をした人達がぞろぞろと出てくる。
最後の人が出てくると同時に東原くんが待機列の人々に元気よく声をかけた。

「はーい、おまたせしました! 天文部主催 夏のプラネタリウムはじまりますよー! 足元に気を付けて、中に入ってお好きな所に座って下さーい!」

明るく良く通る声の案内にぼうっと待っていた人もハッとしたように立ち上がって、東原くんの後についていく。


「さて、じゃあ、俺達も入れて貰いましょう」

「え、大丈夫? 結構ヒト入ってったけど……」

「この後休憩入ると思うんで、これ見逃すともう見れないかもしれませんよ」

「あ、それなら入れてもらおう」

ここまで来て見られないのは勿体ない。
中は締め切ったカーテンの上から暗幕でもかけているのか、完全に暗くしたうえで、今は柔らかいオレンジ色のランプを付けている。

化学棟っていうと、定番のシンク付きの机が並ぶ光景を想像していたけど、ここにはなくて、背後には机を積み重ねた上からこれまた暗幕が掛けられていた。
床は黒い紙を張った段ボールのようなものが敷き詰められていて、たぶん光を反射させない工夫なんだろう。
その上に大きな丸いクッションのようなものがいくつも置かれて、どうやら転がってみるタイプらしい。
端っこの余っていたひとつにキヨくんと一緒に座って、部屋の真ん中に立つ生徒とその横の装置を見上げる。
装置の横にあるプロジェクターとPCを触っていたその子は、東原くんの合図に気づくと、にこやかに笑って頭を下げた。


「こんにちは、ようこそ、天文部へ。プラネタリウムの上映の前に、先に夏の星座について簡単に説明しましょう」

彼の解説は簡潔で分かりやすく、星座に全く興味なかった俺にもとりあえず、夏の三角形と織姫彦星がどこにいるかは理解できた。さそり座がどこにいるかの見分け方も。
チラリと見た隣のキヨくんも感心したように頷いていたので、キヨくんも初めて聞いたのかもしれない。
そのまま自然とはじまったプラネタリウムショーはなかなか圧巻だった。
本物の星空を写し取ったんだろう、丁寧で繊細な光点はさっきの星図もキレイに映し出している。



ボンヤリと暗幕に映る星を見上げていると、同じようにキヨくんと並んで夜空を見上げた夏祭りの夜を思い出す。
あの切実な声と眼差しと硬い手の熱と、俺の噛み潰した心細さと罪悪感を。
優しい彼が、彼が去った後の俺のことまで心配してくれているのはよくわかった。

貰ってばかりの俺はキヨくんに何ができるだろう。
あの大人になりかけの手のひらに、なにを渡してあげられるだろう。
彼が去るまでに、何を。










「俺達は有難いけど、キヨくん……こんな日までバイト入れなくても良かったんだよ」

プラネタリウムが終わった後、天文部の部長だという御園君にも挨拶し、ちょうど文化祭の終了時刻になった辺りで、そのまま一緒に帰ってきた。
キヨくんは自転車だったからそのまま先に行ってもいいのに、俺に付き合ってわざわざ隣を歩いてくれている。

「まあ、元々行く日ではありますし。最近は咲子が忙しくなって、夕飯も一人で食べることが多くて。それならセンセのとこで作って食べた方が一石二鳥なんで」

「……咲子ちゃん、どう?体調崩してない?」

受験に向けて根を詰めてるんだろうが、詰めすぎも体に毒だ。
チラッと心配になって、自転車を引くキヨくんを見ると、大丈夫ですよ、と兄の顔をして笑っていた。

「咲子はああ見えて、俺よりしっかりしてるんで。体調悪いと思ったら、たぶん自分でセンセのとこ行ってると思います。俺も一応、朝と帰宅時は様子見てますから」

「……うん、少しでも調子悪かったら、何時でもいいからおいでね。俺が嫌ならリンちゃん呼ぶからさ」

年頃の女の子だからな、咲子ちゃんも。
そう言ったら、キヨくんが複雑そうな顔をした。

「センセ相手だとフツーに診察してもらいたがりそうで、困るんですよね……。いや、センセ相手なんで大丈夫ですけど、もうちょっと警戒心持ってもらわないと……」

「まあ、咲子ちゃん、素直にまっすぐ育ったからねえ。でもきっと大丈夫だよ、行きたい高校、女子高なんでしょ?」

「はい。……確かに共学の寮に入れるより安心感ありますけど……」

まあ、お兄ちゃんだしな。心配は尽きないんだろう。
ポンポン、と軽く背を撫でて、励ますようにもう一度だけ背を叩く。

「今から心配してても仕方ないし、ほら、これからスーパーで俺の財布が擦り切れるまで使うんでしょ」

「……あ、今日はいい肉買いますからね。俺んちの分も一緒に作るんで。 財布も荷物もセンセ持ちなんで覚悟しといてください」

「え、大丈夫かな、クレカ置いてきてないよね……」

「……センセだとほんとに冗談にならないんで、着くまでに確認しといてくださいね」

「わあ、本気で使う気だ……」





金色がかったオレンジの夕暮れの中、学校から緩やかに下る坂道を、俺たちは子供みたいにくだらないことを話しながら歩いた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...