6 / 111
清水 温かを含む
6 ※リン視点
しおりを挟む
まだ冬から覚めたばかりの春先は、こうして街中を走っていても空気が澄んでいて気持ちがいい。
このちっちゃいベスパならそこまでスピードもでないからバイクほど寒くもないし、おっきめのリアバックもつけてあるから、ちょっとした買い物したい時にも楽なのだ。
……まあ、誰かさんは背丈に合わないって笑うけれど。
考えているうちに、道の先、商店街の外れにちょっと古びた見慣れた薬局が見えてくる。
ここを建てたお爺ちゃんの趣味で、屋根は入り口の上だけ中国風の瓦を使っていて、入口自体は杉の扉に中華風の透かし彫りが入ってるらしい。
もう汚れがすごくて真っ黒いのと、手前と奥にごちゃごちゃ色々物を積んであるから、なんだかわからないけどね。
「……あれ、」
店の前でオートバイを止めて、とっくに開いてるだろうと思った入口がシッカリ閉ざされているのを見て首を傾げる。
今日、ハジメくん、いるって言ってなかったっけ。
不思議に思いながら、店の横に小さく作ってある駐輪場に止めに行ったら、そっちには見慣れた自転車が止まっていた。
「ふぅん?」
キヨくん来てるのか。
バイト、また始めてくれるのかな。私としては、正直その方が助かる。
ここの薬局の一応の店主であるハジメくんは、なんというか生来のダメ人間で、お爺ちゃんが後継ぎにしようと考えた時に、私も一緒に呼ばれて面倒見るよう頼まれたものだ。
絶対ヤダって断ったけど。
なんだかんだの腐れ縁で、無理にとらされた漢方医の資格を使って、週に1,2度こうして店番に顔出すようにはなったんだから、結局はお爺ちゃんの粘り勝ちかな。
ヘルメットをリアバッグに仕舞って、羽織っているジャケットに入れていたカギを引っ張り出す。
開いてないって事は、ハジメくん店来るつもりはなさそうだから私が開けるしかなさそうだ。
先に上と下の錠を2つ開けて、古びたキイキイいうカギを回す。
これもそろそろ油差したりしてほしいけど、ハジメくんだからやらないだろうな…。
あとは、開けた扉の向こうの椅子とおっきな衝立を退かせば、いつもの漢方薬局の出来上がり。
カウンタ向こうに押し込むように作ってあるラックから、自分の分の白衣を出して着こむ。
下ろしていた髪を手首に付けていた髪ゴムで結わえば、お仕事コーデの出来上がりだ。
「さて、お給料分くらいはお仕事しますかー」
常連のおばあちゃんの薬がそろそろ切れる頃だから、用意しておかなくちゃ。
あとあのおばあちゃんの好きなお茶も。
「お茶は……たしか龍井ベースだったよね、あとクコと……」
菊花は入るんだっけいらないんだっけ、と棚上の調剤録見ようと思ってる所にドタドタ駆け込んでくる音がする、というか近づいてくる。
「……え、店開けたままで行ったっけ? あ、リンちゃんか、おはよう」
「むしろなんで開いてないのさ、開けときなさいよ」
あともう夕方だからおはようの時間じゃない。
足音で大体わかってたけど、調剤室の入口に頭をぶつけそうになりながら走り込んできた大男はやっぱりハジメくんだった。
この人と会うと、自分でも声が尖るのが分かる。
あまりにもふわふわフニャフニャしてるから、ついついイラッとしてしまうのだ。
「それが、買い出し行って帰ったらキヨくん来てて……。 バイト、またやってくれるんだって」
嬉しそうに言いながら、私が使おうと思ってるクコの箱をひっくり返しそうになっている。
「……キヨくん来てくれるのは良かったけど、とりあえずクコの箱から手を離そうか」
あとが大変だから、触んな。
ホント、もう継いで十年近く経つのに、浮かれると手元が狂う悪癖何とかしてよね。
箱ごと取り返して、調剤台の上にある秤を引き寄せ、薬包紙を乗せる。
「クコ、何に使うの? っていうか、どれくらいいるの?」
「……あ、キヨくんがご飯作ってってくれるって話になって…。リンちゃんの冷凍庫いれてた鶏もも使っていいかな?」
「……え!?」
私の明日のお昼のヤンニョムチキン!
楽しみにしてたのに!
「……んー、でもキヨくんか……。分かった、いいわよ使って。何作ってくれるって?」
「薬膳風中華がゆだって」
キヨくんはちっちゃい頃からやってただけあって、手際とセンスがなかなかで、美味しいご飯を作ってくれるのだ。
「……持って帰るのちょっと大変だけど、いいか。 私の分、とっといてよね」
じゃあ、使うのはクコとナツメと松の実かな。
薬包紙を仕舞って、薬を仕分けするのに使うビニール袋に適当に入れていく。
私はクコ好きだからちょっと多めに入れよ。
相変わらずふわふわ嬉しそうなハジメくんの背中で跳ねてる、本人そっくりのフワフワした一本結びの三つ編みを見ながら、一年前のキヨくんと、この前見たキヨくんを思い返してみる。
中学の最後の頃のキヨくんは、完全に他人である私が見ても神経質でピーキーで、ハジメくんが近くにいるとそれがよりひどかった。
あんまりひどい時は、基本他人に興味ない私が思わず間に入ったくらい。
私もハジメくん見てるとふわふわボンヤリ過ぎてイライラするから同士かと思ったけど、彼の視線やその熱量は私とは違うベクトルだったんだろうと今は思う。
この前見たキヨくんはあれから比べれば、一年ですっかり大きくなって大人びていたけど。
ハジメくんを見る目に篭る熱は、中学の時とあんまり変わっていなかった気がする。
ただ、上手く隠せるようになっただけ。
「……うん、まあいいか。アオハルな年頃だし」
悩んで苦しむのも醍醐味って聞いたことあるし。
ただ、相手がこんなふわふわダメ人間なオッサンでいいのかなとは思うけど。
蓼食う虫も好き好きっていうしね。
材料の入ったビニール袋をハジメくんに手渡しながら、その背を励ますように軽く叩いた。
「はい、じゃあこれ持ってって。……ハジメくんも、キヨくんがまたバイト止めちゃわないように、もうちょっとシッカリしてよね」
「あいた!! …ちょっと、リンちゃん―!!」
……思わずイラッとして、強く叩き過ぎたかもしれない。
このちっちゃいベスパならそこまでスピードもでないからバイクほど寒くもないし、おっきめのリアバックもつけてあるから、ちょっとした買い物したい時にも楽なのだ。
……まあ、誰かさんは背丈に合わないって笑うけれど。
考えているうちに、道の先、商店街の外れにちょっと古びた見慣れた薬局が見えてくる。
ここを建てたお爺ちゃんの趣味で、屋根は入り口の上だけ中国風の瓦を使っていて、入口自体は杉の扉に中華風の透かし彫りが入ってるらしい。
もう汚れがすごくて真っ黒いのと、手前と奥にごちゃごちゃ色々物を積んであるから、なんだかわからないけどね。
「……あれ、」
店の前でオートバイを止めて、とっくに開いてるだろうと思った入口がシッカリ閉ざされているのを見て首を傾げる。
今日、ハジメくん、いるって言ってなかったっけ。
不思議に思いながら、店の横に小さく作ってある駐輪場に止めに行ったら、そっちには見慣れた自転車が止まっていた。
「ふぅん?」
キヨくん来てるのか。
バイト、また始めてくれるのかな。私としては、正直その方が助かる。
ここの薬局の一応の店主であるハジメくんは、なんというか生来のダメ人間で、お爺ちゃんが後継ぎにしようと考えた時に、私も一緒に呼ばれて面倒見るよう頼まれたものだ。
絶対ヤダって断ったけど。
なんだかんだの腐れ縁で、無理にとらされた漢方医の資格を使って、週に1,2度こうして店番に顔出すようにはなったんだから、結局はお爺ちゃんの粘り勝ちかな。
ヘルメットをリアバッグに仕舞って、羽織っているジャケットに入れていたカギを引っ張り出す。
開いてないって事は、ハジメくん店来るつもりはなさそうだから私が開けるしかなさそうだ。
先に上と下の錠を2つ開けて、古びたキイキイいうカギを回す。
これもそろそろ油差したりしてほしいけど、ハジメくんだからやらないだろうな…。
あとは、開けた扉の向こうの椅子とおっきな衝立を退かせば、いつもの漢方薬局の出来上がり。
カウンタ向こうに押し込むように作ってあるラックから、自分の分の白衣を出して着こむ。
下ろしていた髪を手首に付けていた髪ゴムで結わえば、お仕事コーデの出来上がりだ。
「さて、お給料分くらいはお仕事しますかー」
常連のおばあちゃんの薬がそろそろ切れる頃だから、用意しておかなくちゃ。
あとあのおばあちゃんの好きなお茶も。
「お茶は……たしか龍井ベースだったよね、あとクコと……」
菊花は入るんだっけいらないんだっけ、と棚上の調剤録見ようと思ってる所にドタドタ駆け込んでくる音がする、というか近づいてくる。
「……え、店開けたままで行ったっけ? あ、リンちゃんか、おはよう」
「むしろなんで開いてないのさ、開けときなさいよ」
あともう夕方だからおはようの時間じゃない。
足音で大体わかってたけど、調剤室の入口に頭をぶつけそうになりながら走り込んできた大男はやっぱりハジメくんだった。
この人と会うと、自分でも声が尖るのが分かる。
あまりにもふわふわフニャフニャしてるから、ついついイラッとしてしまうのだ。
「それが、買い出し行って帰ったらキヨくん来てて……。 バイト、またやってくれるんだって」
嬉しそうに言いながら、私が使おうと思ってるクコの箱をひっくり返しそうになっている。
「……キヨくん来てくれるのは良かったけど、とりあえずクコの箱から手を離そうか」
あとが大変だから、触んな。
ホント、もう継いで十年近く経つのに、浮かれると手元が狂う悪癖何とかしてよね。
箱ごと取り返して、調剤台の上にある秤を引き寄せ、薬包紙を乗せる。
「クコ、何に使うの? っていうか、どれくらいいるの?」
「……あ、キヨくんがご飯作ってってくれるって話になって…。リンちゃんの冷凍庫いれてた鶏もも使っていいかな?」
「……え!?」
私の明日のお昼のヤンニョムチキン!
楽しみにしてたのに!
「……んー、でもキヨくんか……。分かった、いいわよ使って。何作ってくれるって?」
「薬膳風中華がゆだって」
キヨくんはちっちゃい頃からやってただけあって、手際とセンスがなかなかで、美味しいご飯を作ってくれるのだ。
「……持って帰るのちょっと大変だけど、いいか。 私の分、とっといてよね」
じゃあ、使うのはクコとナツメと松の実かな。
薬包紙を仕舞って、薬を仕分けするのに使うビニール袋に適当に入れていく。
私はクコ好きだからちょっと多めに入れよ。
相変わらずふわふわ嬉しそうなハジメくんの背中で跳ねてる、本人そっくりのフワフワした一本結びの三つ編みを見ながら、一年前のキヨくんと、この前見たキヨくんを思い返してみる。
中学の最後の頃のキヨくんは、完全に他人である私が見ても神経質でピーキーで、ハジメくんが近くにいるとそれがよりひどかった。
あんまりひどい時は、基本他人に興味ない私が思わず間に入ったくらい。
私もハジメくん見てるとふわふわボンヤリ過ぎてイライラするから同士かと思ったけど、彼の視線やその熱量は私とは違うベクトルだったんだろうと今は思う。
この前見たキヨくんはあれから比べれば、一年ですっかり大きくなって大人びていたけど。
ハジメくんを見る目に篭る熱は、中学の時とあんまり変わっていなかった気がする。
ただ、上手く隠せるようになっただけ。
「……うん、まあいいか。アオハルな年頃だし」
悩んで苦しむのも醍醐味って聞いたことあるし。
ただ、相手がこんなふわふわダメ人間なオッサンでいいのかなとは思うけど。
蓼食う虫も好き好きっていうしね。
材料の入ったビニール袋をハジメくんに手渡しながら、その背を励ますように軽く叩いた。
「はい、じゃあこれ持ってって。……ハジメくんも、キヨくんがまたバイト止めちゃわないように、もうちょっとシッカリしてよね」
「あいた!! …ちょっと、リンちゃん―!!」
……思わずイラッとして、強く叩き過ぎたかもしれない。
94
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!
三崎こはく
BL
サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、
果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。
ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。
大変なことをしてしまったと焦る春臣。
しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?
イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪
※別サイトにも投稿しています
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる